表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生徒会!? の日々  作者: 夜神
1学期
24/46

第23話 ~生徒会、海へ その3~

「…………」


 疲れた、と口に出来ないほど疲れたのは生まれて初めてかもしれない。人間というのは、本当にきついときは何も言わなくなるようだ。

 なぜそんなに疲れているかというと……海に入っているとはいえ、炎天下の中でずっと泳ぎを教えていたからだ。しかも、近いうちに消されるかもしれないという不安がある状態で。この状況で疲れない、または楽しめる人物を俺は人間とは思わない。

 不幸中の幸いなのは、会長への泳ぎのレクチャーが終わったことだろう。休憩を挟んで再開ということだったら、俺は即行で家に帰っているか倒れているに違いない。ただでさえ、精神は月森先輩との一件でボロボロになっているのだから。

 ありがとう会長……って、俺がレクチャーした側なんだから会長から感謝されはすれど、感謝するのはおかしいな。

 まあ、かなり拗ねてたけど泳ぎを教えるうちに笑顔に戻ってくれたことには感謝するべきか。

 それにしても会長って凄いよな。1、2時間教えただけで俺よりも泳げるようになったんだから。最後の方は競争みたいなことさせられたっけ……疲れた最大の原因はこれだよなぁ。

 にしても、会長の飲み込みの速さが尋常じゃないよなぁ……。会長のような人物を天才……いや『やればできる子』って言うんだろう。別に天才という言葉を使うのが何か嫌だったわけじゃないぞ。会長には『天才』って言葉よりも『やればできる子』って言葉の方がしっくりくるし、似合うじゃないか。

 それに……会長って今までやらなかった、というか真面目に泳ぎの授業を受けてなかったわけだし。このことは、上達速度を見れば一目瞭然だ。まあ――初めての水泳の授業ではしゃいで先生の話を真面目に聞かなかった。それで泳ぎ方が分からず、先生にはしゃいだことで怒られた可能性が高い。それで苦手意識を持ってしまい、今まで上達しなかったという推測もできるのだが……だからなんだって話にしかならない。


「き~りりん!」


 突如背後から元気な俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返る間もなく、声の主に抱きつかれてよろけて転倒しそうになった。


「おい、よろけるとは何事だ。あたしはそんなに重くないぞ」

「歩いているときに背後から抱きつかれたらよろけるわ」

「男でしょ。受け止めなさいよ」

「そういうなら正面から来いよ。背後から来られたら受け止められねぇよ」

「それは無理。正面から行くのはあたしが恥ずい。それに、正面から行ってもきりりんが避けて受けて止めてくれない」


 お前、背後から来た理由は絶対後者だろ。前者はとりあえず言っただけだろ。恥ずかしいなんて微塵も思ってないだろ。


「そりゃそうだ。何故に俺がお前を受け止めないといけない?」

「あたしのエネルギー充填のため」


 お前は由理香の同類か? と思ったが、由理香はまだ妹なので兄に甘えるってことで理解できる。だがこいつの場合は何もないので理解できない。

 秋本、お前は何者だよ。


「じゃあもう充分充填したろ。さっさと離れてくれ」

「おいこら、水着姿の美少女に抱きつかれてその反応はなんだ。少しはうろたえるなり、顔を赤くしたりしろよな。まるであたしに魅力がないみたいじゃないか」

「……お前が思ってるより、お前って魅力ないぞ。まあそんなことはどうでもいいから離れてくれ。熱いし、お前の髪ベタベタしてて気持ち悪い」

「なあキリ、君はデリカシーってもんを覚えた方がいいと思うよ」


 恋人でもない男子に抱きついてくるお前には言われたくねぇよ。こっちはお前が普通に話すなら言わないんだから。

 ……って、なんでこいつの相手しないといけないんだろう。ただでさえ精神疲労してるってのに……変態のこいつの相手したらダウンしかねん。


「なあアキちゃん、君は羞恥心ってもんを覚えた方がいいと思う」

「ふっ、羞恥心はちゃんとあるよ。でも恥ずかしいと分かってやる行動ってのは、あたしにとって快感なのさ……ってアキちゃん!?」

「アキちゃん、驚くの遅いねぇ」

「ちょちょちょっと、どったのさ桐谷! 具合でも悪いの! あっ、熱射病か。こんだけ熱いし……」


 愛称で呼んだだけでここまでうろたえるんだなこいつ。そのわりには抱きついたままだけど。おかげで大声出されるとすっごくうるさい。


「ねぇアキちゃん、とりあえず離れてくれると嬉しいんだけどなぁ」

「む……うーん……うぐぐ」


 体調を心配してくれた割には悩むんだな。あっ、俺の心配してると思わせて実はこの状況を面白おかしくさせようとしてるのか。こっちのペースに持ち込めたような反応をしたけど、よくよく考えればこいつってキャラの引き出しが多すぎるからこっちのペースに持ち込めるわけないな。どんな状況・状態からでも面倒な展開になる言動しか取らないやつだし。

 はぁ……頭が回らないなぁ。まあ――真夏の日光に照らされる中、修羅場のような一件と元気な子供(会長)に泳ぎの指導すれば心身共に疲れるに決まってるか。特に精神面が疲れてるからか、変態(秋本)に抱きつかれてる現状にも、どこかどうでもいいなぁって思ってる自分がいるし。


「……仕方がない。さすがのあたしも体調の悪い人間にまとわりつくようなことは気が――」

「やっぱこんままでいいわ」

「――引けるし……えーと桐谷、今なんつったの?」


 こいつはなに呆けた声を出しているのだろうか? それともあれか、実は耳に水が入ったままであまり聞こえてないとか、ただ単に聞き逃しただけとかだろうか?

 実にこいつなら十二分にありえる話だな。聞いてなかったのか? って言ったらドヤ顔で「聞こうとはした!」とか返事されそうだし。


「こんままでいいって言ったの」

「ハハハ……冗談だよね?」

「お前にこのままでいい、とか冗談で言うわけないだろ」

「あのさー桐谷、マジで大丈夫? 普通は言うとしても冗談だと思うんだけど」

「このまま日差しに照らされるのは熱いから歩くぞ」

「まさかのスルー!?」

「歩かないなら離れろ」


 歩き始めようとすると、秋本は俺を解放した。

 ふぅ、秋本のやつ温かった。秋本は、ここに残るんだな……などど考えつつ歩き始めると、視界のすみに明るい茶色の何かが見えた。目だけ動かして確認すると……秋本がいた。明るい茶髪の持ち主で俺に近づいてくる人間(知り合いに限る)はこいつしかいないのだが。


「どうかしたのか?」

「いや別にどうもしないけど」

「そうか」

「……ねぇ桐谷、あんたマジで大丈夫なわけ?」

「俺、顔色でも悪いか?」

「いや、顔色は別に悪くはないけど」

「顔色以外で、お前は何を基準にして俺の体調を判断したんだよ?」

「あたしへのトゲのなさ」


 ……お前は今日も平常運転だな。

 にしても秋本、その判断基準は変えたほうがいいぞ。お前が変態な言動をしなければ、俺はお前にトゲのある言動は取らないぞ。他のメンツに何かされたらストレス発散としてやるかもしれないけど。


「お前って可愛い顔して変態だよなぁ」

「あのさ桐谷、あんたはトゲのある言葉を言ったつもりなんだろうけど、普段よりも格段にトゲがないよ」

「そうか?」

「いや、普段なら絶対に可愛い顔してとか言わないで、語尾が『だよなぁ』みたいに優しくなくて、『変態』って一言でズバッと切り捨ててるでしょ」


 ふむ、確かにそうかもしれない。だがしかし――秋本の変態さに慣れてきているのか、今日の秋本の変態度は低く感じる。ただ抱きつかれたに過ぎないわけだけだし。それに、普通に考えれば男としては得をしているわけだ。

 秋本は、内面はともかく見た目は美少女だ。服を着ているときは、全体的にほっそりとしている印象を受けていたが、水着姿を見ると無駄な肉ひとつない引き締った身体をしていることが分かる。健康美あふれる身体ってのは、秋本のような身体を言うのだろう――


「――にしても秋本って着やせするタイプだったんだな。服の上からだと会長より小さく思えたが、今はさほど変わらないように……」

「あ、あのさ桐谷……」

「どうした? ……顔を赤らめて何を考えているんだお前。また人のことをおもちゃにしようとしてるのか?」

「違うわ! あんたが人の身体のこととか、べらべらと言うから恥ずかしかったんだボケェッ!」


 ……なんだと!?


「秋本が恥ずかしがるなんて……そんなバカなことが」

「バカはお前だろうが! さっきも言ったけど、あたしだって羞恥心くらいあるわ! それに、普通そこは『口に出てたのか……』とかでしょうが!」


 …………はっ!?


「秋本がまともなこと言ってる。秋本、お前大丈夫か?」

「それはあたしのセリフだッ! ああもう、ああ言えばこういってさぁぁ!」


 秋本は、こちらの言動にイラついたのか髪を両手で掻き乱し始めた。がさつそうに見えてしっかりと髪の毛の手入れをしているというのに、大事にしている髪の毛を海水でベタついた状態のまま乱暴に扱うとは愚かなことを。


「おい、そんなことすると髪の毛痛むぞ」

「あんたのせいでしょうが!」


 こら、人のせいにするんじゃない。と、言いたいところだが、まあ俺にも非はある……気がする。だがしかし、秋本は普段俺をおもちゃにして、今の秋本のような状態にしているので謝る気はない。


「ところで、何で俺の腕を掴んで強引に引っ張るんだ? というか、お前握力強いな。すげぇ痛いんだが。早急に放してくれ」

「うっさい、あんたの申し出は却下」

「バッサリだな。せめてどこに行くくらい教えろよ」

「あたしらのビーチパラソルんとこ」


 ……何故に? とは別に思わない。だが


「何でお前に連れて行かれないといけないんだ? 俺ひとりでも行けるし。というか、俺はロッカーに水分を取りに行きたいんだが……それにさ、ほら。お前、もう泳がないならシャワー浴びに行けよ。正直に言って今の髪型ひどいぞ。それに、お前髪の毛大事にしてんだろ」

「今のあんたを放って行けるかバカ。大体ね、髪の毛よりもあんたの方が大事だってぇの。髪は痛んでも手入れとかちゃんとすれば元に戻るし、あたし個人の問題。けど、あんたに何かあったら色んな人に心配かけるでしょうが。ちょっとした油断で大事になったりするんだからね。あたしの髪の毛より自分の身体の心配してろ」


 秋本は、普段と打って変わって真剣な顔と声だった。

 別に疲れてるだけで体調が悪いわけじゃないんだが、と言おうかとも思ったが、言ったら秋本が怒ったりして面倒な展開になる気がしたのでやめておいた。


「いーい、そこで大人しくしてなさいよ」


 俺達がレンタルして使用しているビーチパラソルの元に到着すると、秋本は俺を強引に座らせ、こちらを指差しながら命令してきた。

 人を指差すんじゃねぇよ。指差すとしても、もうちょっと離せよ。目に刺さるかと思っただろうが。


「いや、だから俺はロッカーに」

「そこにいろ。ロッカーに行く途中で倒れられでもしたら面倒だし、水分ならあたしが買ってきてあげる」


 脱水症状を起こしてるわけでも、脱水症状になりかけている感じもしない。だから倒れるわけないだろ、と口を開こうと思ったが、言うとはたから見れば痴話ゲンカのように見える展開になりそうで面倒なことになる気がする。

 それに、ロッカーにあるものは絶対にぬるくなってる。俺だって人間だ。夏にはぬるいものより冷たいものを飲みたい。

 秋本がおごってくれるようだし、ここは素直に従っておいたほうが色々とお得だ。


「分かった分かった。だけどせめて頭だけでもシャワー浴びてこい。今のひどい髪型のお前とは、知り合いと思われたくない」

「……分かった。どうせロッカーに財布取り行くし」


 財布持ってなかったのかよ! って当たり前か。ビキニ姿で財布を手以外に持ってたらどこに持ってるんだって話になるし……こいつなら胸の間に札くらいはいけるか。海に入ってない状態ならだが。


「さっきから胸ばっか見んな!」

「? お前やっぱりおかしいぞ。普段なら『あっ、桐谷のエッチ。でもぉ桐谷が見たいってならあたし……』みたいかはお前のキャラが多彩すぎるから分からんが、最低でも見ろみたいに言うくせに」

「あんたがおかしいんだよ! あんたがおかしいからこっちも普段どおりにできないんでしょうが! というかね、あんたあたしの話聞いてないでしょ!」


 何を言うか、普段よりも落ち着いてお前の話を聞いてやっているだろ。


「聞いてないよ! こっちはさっきから恥ずかしいって言ってるでしょうが!」

「(何で人の内心を読んだかのような言葉が出るんだろう? ……まあいいか)恥ずかしがる演技をしてるだけだろ。たとえお前の言ってることが真実だとしても――」

「今日は本当に恥ずかしがってんだよ! 普段自分を女として見てこないやつにジロジロと身体を見られた挙句、普段からよく見てたんだなって分かるような発言されたから恥ずかしかったんだよ!」

「――お前Mッ気あるからむしろ嬉しいんじゃないか?」

「人のツッコミ無視して公然の場でぶっこんだ発言すんなッ! あぁもう、とりあえずそこにいろよバカッ!」


 俺を怒鳴りつけた秋本は、イラつきを隠さないままロッカーへ歩き始めた。イラついていることに加えて、長い髪の毛がボサボサになっているため、はたから見れば今の秋本はまるで鬼のようだろう。

 秋本、髪を多少落ち着かせてから行けよな。今のお前の姿を家族が見たら情けないって思うぞ。それとな、俺はお前よりもバカじゃねぇよ。バカな言動はしないし、普段から最低限真面目に勉強してるからテストとかもお前より良いだろう……まあ、1学期末のテストで何個か俺の方が点数低かったんだが。でもそれは仕方がない。だって月森先輩が鬼教官のように教えたんだから。

 きっと2学期のテストは、俺が全部上を行くはずだよな。……でもなぁ、秋本って宿題を溜め込みそうだよな。それで生徒会のメンツにヘルプ。再び月森先輩が教えて……何か良い点数を取りそうな予感しかしないな。


「…………にしても」


 寝転がりながら、ふと「なぜ俺はこの場に居続けるんだろうか?」と考え始めた。

 俺は、あの人に脅されて無理やりここに来させられた。それなのになんだかんだでここに居続けている……まさか俺は、無意識のところで生徒会と居るのを望んでるのか?

 いや、そんなわけがない。純粋な天然・ドS・キャラが多い変態、というメンツがいる生徒会なんだから。


「……きっとあれだ」


 きっかけは氷室先輩だが、月森先輩を押し倒した一件に罪悪感や責任と言っていいかは分からないが、それらしき何かを感じているから、俺はこの場に居続けているんだろう。手で鷲掴みしたわけじゃないけど、胸に触れちゃったわけだし。


「…………俺のバカ野郎」


 せっかく月森先輩のことを意識から外せていたのに、今までの思考で一気に戻ってしまった。あぁ……俺は『いつ』『どこで』『なに』をされるのだろう。

 月森先輩のことだから何もしないってことはまずないし、女性にとって大事な部分である胸に触れてしまったのだから、何も受けないって甘い考えは持っていない。なのである程度のことは甘んじて受けるつもりだ。

 だけど……


「……あの人なら、自分の手を汚さないで俺を社会から消しても不思議じゃないんだよな」


 ……やばい。リアルな想像しすぎて、何か寒気がしてきた。それに、不安と寒気のせいか、ひとりで居たくない。


「秋本……早く戻ってこないだろうか」


 俺から秋本を求めるような言葉が出るなんて!? と普段なら驚愕してるだろう。だが、今はそれほどまでにひとりで居るのが心細いのだ。

 月森先輩は論外だし、いま1番一緒にいてほしい氷室先輩は月森先輩に付いているだろうから無理。いや待てよ、今日の氷室先輩はどこか悪い人の部分がある。冷静に考えれば、一緒にいてほしくないって気持ちもあるな。

 一緒にいるとあまりの元気にこちらが疲れるが、何となくホッとしそうな会長が有力か……今も元気に泳いでるはずだよな。探すのが面倒だし、こっちから行くのは普段の接し方が接し方なので抵抗がある。会長は、俺から来たことに喜びそうだけど。

 誠は……他のメンツに比べたら、今日はほとんど話していない。そもそも誰よりも乙女なやつだから、俺に水着姿を見せるのを避けそうだ。それに、一緒にいてくれみたいに言ったら良からぬ妄想しそうだよな。

 故に普段からあっちから近寄ってくる変態こと、秋本ってことに消去法でなるんだよな……そもそもこの場を動いたら秋本に怒鳴られそうだよな。だからやはり秋本しかいないか――


「――誠、どこにいるのかなぁ」


 言っておくが、別に秋本が嫌ってわけじゃないぞ。今日の秋本は、普段と違って変態さがあまりないようだし。

 誠のことを考えてるのはあれだよ、気を紛らわせるだめだ。誠は今日1番接してないから色々と考えることができるだろ。色々と考えられそうな秋本が、財布取り+シャワー+飲み物を買いに行ってると確定してるから、他のメンツは考える余地がないに等しいわけだし。

 さて、誠さんは何をしてるのかねぇ。さっきまでは秋本と競争してたみたいだけど、今も泳いでるのかなぁ。あいつは会長と同じで元気……いや体力バカの方が合うか。だから、まだ泳いでてもおかしくないなぁ。


「他には……」


 男たちにナンパされてたりしてな。……いや。失礼だけど誠の場合、男にナンパされるよりは女にナンパされるか。顔良し、運動神経良し、正義感良し、という女性の理想の一種を体現してるやつだし。でも待てよ、今日は誠のやつ水着だよな。水着はスポーツ用みたいなやつだったけど、女性用の水着だ。ナンパされる可能性は、やはり男の方が……でもなぁ、世の中には同性愛者もいるし。


「いい加減にしないかお前達! 彼女達は嫌がってるじゃないか!」


 うおっ!?

 いったい誰だ、こんな公共の場所で大声を出すやつは。ただでさえ俺はいま内心はビクついてるんだぞ。普段よりも格段にびっくりするじゃないか。

 あっ、今の声で浮かんだけど、誠ならナンパされている女性を守ったりしそうだよな。今の声の主みたいに……ちょっと待てよ。今の声、何か聞き覚えがある声だったぞ。


「…………」


 俺は、先ほどの声の主が気になり上体を起こし、辺りを見渡した。すると、同世代くらいに見える女性3人と髪の毛を金髪などに染めた、いかにもチャラそうな男達(年は高校生くらい)が5、6人という集団が見えた。その集団の中に誠の姿もあった。


「(何やってんですか誠さん……)」


 そりゃナンパされてる女性を守るみたいなこと考えましたよ。それにあなたは、空手か何かは分からないけど、とりあえず何かしらの武術ができるの知ってます。前に見た蹴りのキレとかから高位の有段者の気さえする……


「……これは(……止めに入らなければまずい)」


 俺は、誠のいる集団の方に向かい始めた。男達に殴られたりするかもしれない、という恐怖感を感じながら。


「おいおい、いきなり会話に入ってきてなんだよ。それにいい加減にしろって、俺たちは話してただけだぜ」

「嘘を吐くな! 立ち去ろうとする彼女達の手を握っていただろ!」


 うわぁ……誠の声以外聞こえないけど、実に一触即発の空気を感じる。今のところ誠からだけだけど。

 誠、早まるなよ。お前が本気で人を蹴ったりしたら、蹴られた相手は入院レベルの怪我したとしてもおかしくないから。しかも一撃で。


「ったく、気の強い女だぜ」

「とか何とか言って、気の強い女好きなくせに」

「しかもぉ、外見もちょーボーイッシュでお前好みじゃん」

「……! 人の身体をジロジロと見るな!」


 誠さん、ストップ!

 いま手で胸を隠すようにしてるけど、確実に下半身に力入ってますよね。いつでも男達に蹴りを入れられる状態に入ってますよね。頼むからそれ以上臨戦状態に入らないでね。


「おい、誠」

「え? き、桐谷!?」


 うおっ!?

 もう、初対面でもないのに何で大声を出すんだよ。まったく、俺の今日の精神を考えてくれよ。驚くだろうが……ってのは、誠はあの一件を知らないから我侭だよな。大声を出したのも、俺が急に声をかけたから驚いただけだろうし。でもさ……もうちょっと小さめの驚きでいいじゃないか。そりゃ俺から話しかけたりすることはあまりないから無理もないけど……


「な、何しに来たの?」

「何しにって――」


 そんなのお前が、チャラい男達をボコボコにするのを止めに来たに決まってるだろ。問題にでもされてみろ。お前、必ず何かしらの処分を学校から受けるぞ。下手したら退学だってありえる。

 お前が生徒会から抜けるようなことになったら……俺がおもちゃにされる可能性が高まるし、比較的常識人がひとり少なくなるで精神的にくる。そんなのは俺は嫌だ。


「――言わなくても分かるだろ」

「え、あっ……うん」


 何か返事があるまでに間があったぞ。乙女思考の持ち主の誠のことだ。また乙女妄想でもした気がする。おそらく俺の思った方向と別の方向に解釈してるよなぁ


「おい、てめぇ。急に入ってきやがったが、その子の彼氏か?」

「なっ、き、きり……が、僕の彼……」

「誠はちょっと口閉じてような。質問の答えだが、別に彼氏じゃな……」

「桐谷!?」


 彼氏じゃない、と言い切る前に俺は口を閉じることになった。その理由は、俺が意図的に閉じたのではなく、こちらの答えを理解したリーダーらしき男子に右頬を殴られたからだ。


(いっ……てぇ)


 頬から口元にかけてジンジンとした痛みを感じる。顔に突然飛来してきた拳と、殴られた痛みで反射的に閉じていた目を開くと、地面に赤いしずくが垂れているのが見えた。親指で特に痛みの強い部分を触ってみると、予想通り親指は赤く染まった。


「桐谷! 大丈夫?」


 誠……こういうときはお前も簡単に男に触れてくるんだな。はぁ、そんな心配そうな顔するなよ。これくらいありそうだなって思ってたんだから。

 大丈夫だ、と言いたいところだが、言ったとしても絶対誠が信じるわけがない。思いっきり殴られるところ見られたわけだし、口元からは血だって出てるし、誠は過保護なところあるし。


「おいおい、いきなり殴るのはひどくねぇ」

「はぁ? 何言ってんだよ。彼氏でもねぇのに会話に入ってきたこいつがわりぃだろ。こういう平凡なやつってホントにバカだよな。ピンチな女を助けることでカッコつけようとするなんてよ。しかも見事に返り討ち。ははは、カッコわりぃったらありゃしねぇ」

「黙れ!」


 男達が笑い声を上げ始めた矢先、誠が怒りの感情が感じられる声を上げた。

 誠は、男達を睨みつけながらさらに続ける。


「桐谷がカッコ悪いだって、ふざけるな! 桐谷は自分の身を挺して守ってくれるカッコいい男子なんだ。強引なナンパやすぐ暴力に走るお前らの方が、遥かにカッコ悪い!」

「……アァ?」

「おいおい。こいつ、気の強い女は嫌いじゃないけど、女に手を出せないやつじゃないぜ。ボクシングかじった経験あるから殴られたら痛いじゃ済まないレベルだろうし。だから謝ったほうがいいぜ」

「謝るなんて死んでもごめんだ。特にそこのクズに謝るなんて反吐が出る」


 誠は、冷たい目を男達に向けて言い切った。リーダーらしき金髪の男は、より怒りの色が見える表情を浮かべ、他の連中はこれから起こることを考えてニヤニヤしたり、イラついた表情を浮かべた。

 そんな中、普段の誠を知る俺だけは冷や汗を感じた。普段の誠は、怒ったとしてもプンプンという感じの怒り方だ。怒鳴ったり、拗ねたような感じにはなるが、やばいという感覚はない。

 しかし今の誠は、やばいという感覚を身体が訴えてくるほど完璧にキレている。急いで止めないと全員を病院送りにしかねない。そうなったら確実に問題になる。


「誠、落ち着……」

「俺、もう我慢できねぇわ。死ねぇぇクソ……!」


 俺の制止の声は、リーダーらしき男の怒声に掻き消された。男は、怒りの声を上げながら思いっきり力を込めて誠に殴りかかった――その瞬間、誠が身体を捻りながら跳躍した。


「ッ……!」


 無声の声と共に放たれた切れ味の鋭い右回し蹴りは、見事に男の左頬を捉えた。

 誠の蹴りを受けた男は、横にスライドする形で宙を舞い、地面に倒れた。痛がる素振りどころか動く様子も見せない。どうやら気絶しているらしい。

 男達や近くにいた女性達が驚愕や恐怖の恐怖を浮かべる中、誠は淡々と冷たい目で蹴り倒した男を見下ろし、ゆっくりと残った男達の方に視線を向けた。


「誠ッ!」


 このままじゃまずい! と思った俺は、無意識のうちに誠の左腕を掴んだ。誠は、一瞬身体をビクつかせてからこちらに顔を向けた。


「桐谷、放して」

「ダメだ」

「何でさ! あいつらは女の子に強引な迫り方したり、何も悪くない桐谷を殴った連中なんだよ! しかもボクシングをかじってたって! 武術を習ってる人間が1番やっちゃいけないことをあいつらはやったんだ……」

「誠、落ち着け。ボクシングをかじってたのはそこでのびてるやつだけだろ。殴られた俺は怪我をしたけど、命に関わる重傷じゃない」

「だけど……!」

「それに、お前が今からやろうとしてることは、お前が言った武術を習ってる人間がやっちゃいけないことなんじゃないのか?」


 誠は、目を大きく見開いた後、目を閉じて奥歯を噛み締めながら何かを考え始めた。おそらく、いま感じている怒りと葛藤しているのだろう。

 葛藤しているということは、少なからず冷静さを取り戻したということだろう。実に良かった。言葉で止まらなかったら、身体を張って止めに入らなければならなかったわけだし。

 ……誠さん、えらく葛藤されてますけど……これ以上はしませんよね? のびてる男は、かじってる程度だったから今くらいの怪我で済んでますけど、誠さんの攻撃は下手したら人をあやめてもおかしくない威力ですよね。それを身体張って止めるのは正直怖いし嫌ですよ俺。だから止まってね、一生のお願いだから。


「……お前ら」

『は、はい!』

「さっさとそこのやつ連れてどっかに行け」

『え?』

「さっさと行けって言ってるんだ!」

『はい!』


 男達は、のびてる男を連れて逃げるように去って行った。その姿を見た俺は、ああいう外見だけ着飾った人間にはならない。そして、誠を本気でキレさせてはいけないと決意するのだった。

 男達が去った後、ナンパされていた女性達は誠にお礼を言って去って行った。去り際に俺の方を見ながら何やら言っているようだった。どうせ情けないとか言ってんだろうなぁ


「あ、あのさ桐谷」

「ん?」

「そろそろ……放してくれないかな?」


 何を? と思った矢先、誠の腕を掴んでいる自分の手が見えた。あっ、そういえば掴んだままだった、ってさっさと放さないと! と、内心慌てながら誠の腕を放した。

 誠は、俺の掴んでいた場所を右手でさするように触り始めた。誠を止めるために思いっきり力を入れて掴んだので痛かったのかも知れない。

 何か罪悪感が――


「――桐谷」

「悪い」

「え?」

「その……止めるためとはいえ、思いっきり握って」

「え……あっ、いやその、別に触ってるのは痛かったとかじゃなくて! その、あの……とにかく気にしないで!」

「そ、そうか。分かった」


 誠さん、急に大声出さないで。びっくりしちゃうから。

 にしても、誠さん顔が赤い。まさか……まださっきの連中への怒りが残ってるのか? それとも俺がずっと掴んでたから怒ってる? はたまた乙女だから恥ずかしがってる?

 最後のなら男として見られてるわけだから嬉しいし、危険はないのでいいけど……他だと今すぐにでも逃げないとまずいな。って、誠と俺じゃ運動能力が違いすぎる。逃げても捕まるな。


「あの……ごめん。僕のせいで迷惑かけちゃって」

「ん? 別に気にするなよ。殴られるかもしれないって思ってたし、問題にでもなってお前が停学とか退学になるの嫌だったからさ」


 正直、非常識人達に集中攻撃されたら身が持たないし、それに止めに入ってなかったらあの男達……想像すること全てが現実で起こってもおかしくないから怖い。よし、考えるのはやめよう。無事に解決したわけだし、問題になっても正当防衛が認められるだろうから。

 ところで誠さん、何であなたはどんどん顔を赤くされているんですかね? また卑猥ひわいな妄想でもしてるんですか?

 妄想するな! とは、俺もするときがあるから言わないけど、せめてひとりでいるときにしてくれ。お前って表情で割りと考えてること分かるから。


「さて――プッ! とりあえず傷口洗いに行くか。ちょくちょく口に入って血の味するし。誠」

「え、な、なに!?」

「……! ……頼むから突然大声出さないでくれ。びっくりするから」

「あっ、ごめん」

「いや、別に怒ってるとかじゃないから。あのさ、頼みがあるんだけど」

「え……」

「いやいや違うぞ。お前が思ってるようなことじゃ決してないぞ」


 だから両手で身体を抱き締めるようにして身を守らないでくれ。その辺にいる人達に誤解されかねないから。


「俺、傷の手当てに行ってくるからビーチパラソルのところに居てくれないか? 秋本が飲み物買いに行ってるから、俺より先に戻ってきたときのために説明してほしいんだ」

「え、あ、うん」

「じゃあ頼んだ」

「あぁぁちょっと待って!」


 えぇ!?

 誠、俺はお前の了解を得たよな。それなのに何で制止をかけるんだ。しかも声だけじゃなくて、両腕でがっちりと俺の腕を掴んで。


「なに?」

「そ、その……ビーチパラソルで待ってて」

「……何故に?」

「えっと……僕、簡単な治療に使う物持ってきてるから」


 あぁ、そうなの。ならお前の行動に納得だ。


「そっか。なら待ってるよ」

「じゃ、じゃあ僕、急いで取ってくるから」


 誠は、砂の上なのに走るのはえぇ、と思わずにいられないほどの速さで走って行った。

 誠の姿が見えなくなった後、いつまでもここに立ってるわけにはいかない。あの速さなら下手したら俺よりも先にビーチパラソルのところに着くかも、などど思って移動を始めた。


「お待たせ!」


 ビーチパラソルの場所に着き、腰を下ろした瞬間、誠が到着した。あと少し移動するのが遅かったら危なかった、と思わずにはいられなかった。誠の性格的に俺がいなかったら探し回りそうだから。


「ああ、ありがとう……あのー誠さん」

「え、なに?」

「脱脂綿に消毒液とか浸してくれてるみたいだけど。俺、自分でするよ」


 擦り傷とか切り傷くらいの軽い怪我の手当ては、小さい頃から妹ふたりの面倒を見てきたので慣れている。最近はふたりとも怪我をしないからやってないが。

 むしろ俺のほうが怪我して、亜衣に手当てしてもらっているか。背中とか自分じゃできないし。体育会系でもないのに背中とかを怪我するのか? と疑問に思ったやつ、倉庫の整理とかしてたらするんだよ。うちの生徒会って割とそういう仕事多いんだぞ。


「ううん、僕がするよ!」

「いや大丈夫、手が届く範囲だから自分で出来る」


 だから早く渡して……誠さん、何であなたはそんな泣きそうというか、捨てられた子犬のような眼差しで俺を見るんですかね?


「……僕にさせてよ」

「なんで? 自分で出来るんだよ俺」

「なんでって……僕のせいで桐谷怪我したんだし、間違ったことをしようとした僕を止めてくれたわけだし。それに……この前も桐谷に怪我させちゃった。それなのに……僕は何も桐谷に返してない」


 ……まずい。

 かなりまずいぞこれは。誠のやつ、俺の想像以上に罪悪感を感じているようだ。ここで誠に手当てさせないと、下手したら誠のやつ泣き出しかねない。それくらい自分を責めてる顔をしている。

 家族以外の異性に手当てしてもらうってのは、正直に言って恥ずかしいのだか……この場合、仕方がないか。


「分かった……誠がしてくれ」

「う、うん! ありがと」

「いや、普通ここで礼を言うのは俺――ッ!」

「ご、ごめん!」

「いや、大丈夫」

「その、できるだけ優しくするから、終わるまで我慢してね」


 返事をしようと思ったが、誠が口元に脱脂綿を当て始めたのでしなかった。返事をしたら脱脂綿が口の中に、なんてこともありえたからだ。まあ、消毒液が染みて痛いので、反射的に口を閉じてしまうのが1番の理由なのだが。

 ……落ち着かない。俺のような女性慣れしていない男子に、今のような水着姿の女子に手当てしてもらうというのは刺激が強いというか、相当な羞恥心を感じることから当たり前だけど。


「ちょっ桐谷、じっとしてて」

「あ、ああ……」

「……返事した割りに顔を逸らそうとしてるよね。痛いのは分かるけど、桐谷は……身体を張って女の子を守るカッコいい……男の子なんだから我慢して」


 ……ごめんなさい誠さん。でもね、俺は痛いのが嫌で顔を背けようとしてるんじゃないんだ。誠さんの顔とか、胸が目の前にあるから目のやり場に困るんだ。

 誠さんは恥ずかしくないんですか? 普段はあんなに異性と触れ合ったり、近距離になるのを恥ずかしがるのに今は違うんですか?

 それと、男の子だから我慢しろって前になんて言ったの? 目の前にいるのに全然聞き取れなかったんだけど。


「…………」

「…………桐谷、じっとしてて。後ろに下がられるとやりにくい」

「……はい」

「……僕だって恥ずかしいんだからね。好き……かもしれない男の子にこういうことするの」

「誠……小声過ぎて聞こえないんだけど」

「え……な、なんでもないから! 単なる独り言だから! 桐谷のことは全く考えたりしてないから!」


 そ、そうですか。独り言なら別にいいです。俺への悪口とかじゃないなら、どうぞ続けてください。

 でも……この状況で『全く』なんだ。誠ってスポーツとかを除いて、男に触れたりすることに慣れてなさそうなのに『全く』なんだ。俺って男として見られてないんだな。まあ、出会い方が最悪だったしな。友人くらいになっただけでもかなりの進歩か。


(……にしても……まずい)


 誠、頼むから早く終わらせてくれ。お前に聞こえるんじゃないかってくらい、すっごく心臓がバクバクしてるから……ものすっごく丁寧だよ誠さん。

 くそ、一度やっていいと言ったことを今更自分でするとは言えん。言ったら誠がまた自分を責める可能性が高いから。

 仕方がない。ここは俺が別のことを考えて気を紛らわせよう。

 ……とはいえ、この状況でパッと出てくるわけが……あっ、そういえば俺ってこの2、3ヶ月で誠の見方がかなり変わってる。最初は男女とか思ってたのに、今は普通に女として見てる。いや、まあ普通といえば普通か。誠って外見はかなりボーイッシュだけど、誰よりも乙女思考の持ち主だし。料理とか世間一般で女らしいとされることは得意なようだし。それに女性特有の甘い匂いするし……

 ってバカか俺は! 余計に意識するようなこと考えてどうする! というか、何で俺だけこんなに意識しなくちゃいけないんだ! 誠が少しくらい意識してくれたら、まだ落ち着きそう……でもないか。妙な雰囲気になりそうだし。


「あんたら……何やってんの」

「「……!」」


 第3者の声に誠は一瞬身体を震わせた。その際、思いっきり脱脂綿が傷口に当たった。脱脂綿が当たったことによる表面上の痛み。脱脂綿に染み込んでいる消毒液が傷口に染みる痛み。このふたつの痛みが混ざり合い、相当な痛みを感じた。

 痛みに耐えながら、涙でややかすんだ視界で確認すると、明るめの茶髪をポニーテールにしている人物の姿が見えた。先ほどの声と身体的特徴、それに俺達に話しかけてることなどからして秋本だと判断できた。


「え、恵那!? こ、これはその……!」

「……桐谷、怪我してんの?」


 普段より低い声で質問してきた秋本は、俺や誠の返事を聞く前に動いた。

 俺に近寄りしゃがみこむと、俺の頬に両手を当て、強引に俺の顔を自分がよく見える角度に動かした。

 首を痛めたらどうするつもりだ、と即座に言ってやろうかと思ったが、視界に映った秋本の顔があまりにも真面目な顔つきだったため言えなかった。


「……ねぇ桐谷、あたしはじっとしてろって言ったよね」

「いや、それはだな――」

「口動かすな」


 自分から話しかけてきたのに理不尽な。そう思ったが、秋本が誠から脱脂綿を奪って傷口の手当てをし始めたので何も言えなかった。


「え、恵那。桐谷は悪くないんだ。僕のせいで」

「……誠、あんたが関わってるってことで大体の察しを付くよ。あんたの正義感が強い部分、人として悪いことじゃない。むしろ良いことだし、あたし嫌いじゃないよ」


 秋本は、俺の手当てを続けながら誠に返事を返した。全く誠を見向きもせず、何やら怒りめいたものを感じさせる普段よりも低い声で。


「だけどさ――」


 そこで秋本は、いったん手を止めて、ゆっくりと誠の方へ振り返った。


「――もう少し考えてから行動しなよ。あんただけなら怪我ひとつしないで終わるだろうけど、あたし以外の生徒会のメンツは、あんたが絡まれてたらなんだかんだで助けに入るだろうから。あたし以外のメンツは、まだまだ誠のこと知らないことのほうが多いんだから。今のままじゃ、今日みたいなことがまた起こるよ。というか、この前も桐谷に怪我させたのに何で考え――」


 俺は、親しい友人であるはずの誠を、睨みつけながら冷たい言葉を言う秋本の腕を掴んだ。


「――ちょっと待て秋本。誠だけを一方的に責めるのはどうかと思うぞ。俺は怪我するかもしれないって思ってたし、この前の一件も俺が勝手に助けに入ったんだ。責めるなら誠じゃなくて俺だろ? それと、話が逸れるかもしれないが……今日のお前、おかしいぞ」


 半ば無意識に発した俺の言葉に、秋本の身体は一瞬震えた。


「……ははは、ごめんごめん。桐谷が誠とイチャイチャしてるように見えてさー、自分には冷たいのに誠には優しくするんだ、みたいに嫉妬しちゃったんだよねー。それに、桐谷があたしとの約束破って動いてさ、その挙句に怪我までしてんじゃん。さすがの恵那さんも我慢できなかったわけですよ」

「のわりには、えらく薄っぺらい言い方だな。嘘にしか聞こえないぞ」

「むむっ、やるな桐谷。この恵那さまの冗談を見破るとは。ということは、さっきの誠への罵倒も演技だと見破っていたな」

「いや、そこは見破ってない」

「なに!? はぁ……墓穴掘った」


 秋本は、四つん這いでガクっとうな垂れた。そんな秋本を見た誠は、「なんだ冗談か……」と安心感に浸り始めた。


「にしても、誠がいるとは思わなかったから、誠の分のジュース買ってない」

「いや別にいいよ。飲みたくなったら自分で買いに行くから」

「……そうだ! 誠、あんたはあたしの分を飲んでいいよ」

「え? それじゃ恵那の飲むものがなくなるよ」

「それは大丈夫!」


 秋本は、誠にジュースを一本押し付けると、もう一本のジュース。つまり、俺の分のふたを開けた。そして、腰に手を当てて勢い良く飲み始めた。


「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷはぁ。やっぱ夏場の冷たい飲み物は美味いねぇ」

「美味いねぇ、じゃねぇよ。なに人の飲んでんだよ」

「何を言うか、あたしの金で買ったんだからあたしのだ。だけど、おごるみたいなことを言ってしまったのも事実。だから、残り半分をきりりんにあげ――」

「いらねぇよ」


 秋本が言い終わる前に即行で申し出を断った。

 すると秋本は「美少女と間接キスしたくないのか!」などと騒ぎ始め、誠は『間接キス』という言葉で妄想に入ってしまった。

 まったく、こいつらはなんだかんだで普段どおりだな。てか、両方とも手当てするのを途中で放り出すのかよ。なら最初から自分でさせろよな。

 と、内心で思いつつ、俺は妄想し始めた誠を弄り始めた秋本に視線を向けた。

 普段は今のようにはっちゃけているのに、時折見せる先ほどの真面目な顔。キャラのひとつのとしての真面目な顔もあるけど、今日やこの前の倉庫の一件のときに見せた顔はなんか違う気もする。怪我や体調に過敏すぎるし。秋本のやつ、昔に何かあったのか?


「どうしたキリ? そんなにあたしのこと見つめちゃってさ。あっ、やっとあたしの魅力の気づいたのか。それで欲情しちゃったと」

「してねぇよ」

「えー、やっと覚悟できたのかなって期待したのにー」

「(覚悟? ……)……お前はまだ(人のことをオカズに)してたのかよ!」

「まあね!」

「ふたりとも何の話?」

「ふふふ、いくら誠とはいえ教えられないなぁ。あたしときりりんとの秘密の話だから」

「え……」

「お前は何で人に誤解されるような言い方するんだよ!」

「じゃあ言っちゃう?」


 ……それはもっとダメだな。話を理解できない会長や理解しても黙っててくれる氷室先輩ならともかく、誠はダメだ。


「やめてください」

「桐谷……教えてくれてもいいじゃん」

「誠、拗ねない拗ねない。教えてあげるから」

「はぁ!?」

「それはね、桐谷の傷口をあたしが舐めてあげようかって話だよ」

「え……」

「そんな話してねぇだろうが!」

「きりりん、落ち着きなよ。血が止まらないじゃん」


 お前のせいだろうが! 俺だって痛いから黙っておきたいけど、お前に言ってやりたい気持ちが強すぎるんだよ!


「そんでキリ」

「なんだよ! というか、俺の呼び名コロコロ変えんな!」

「あたしと誠、どっちに手当てしてもらう?」

「自分でするわ!」

「え……僕にさせてくれるって言ったのに」

「ほほぅ。と言ってるけど、どうすんのきりりん?」

「……するなら最後までやってください」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ