第21話 ~生徒会、海へ その1~
青い空に潮の香りがする風。真夏の日光に容赦なく照らされ熱くなっている砂。
これだけ言えば、俺が今どこにいるかお分かりになるだろう。そう、俺は海に来ているのだ。あぁー実に
「さっさと帰りたい」
「来たばっかなのに何言ってんだキリタニ」
「そうだよ真央くん。海だよ海!」
心からの願望を口にすると、即行でツッコまれてしまった。
……氷室先輩のはいいとして、会長のはツッコミとしておかしいか。ただ単にハイテンションで海って言っただけだし。
会長さん、あなたって本当に幸せな頭してますね。海に来たってだけでそこまでハイテンションになれる高校生を俺はあなた以外に知りませんよ。男子が水着姿の女性を見てハイテンションってなら話は分かるんですけどね。
「おいおいキリりん、美少女5人と海に来たってのにテンション低すぎないかい?海が嫌いなのかい?」
「……クラゲに刺されたりするから嫌いだな。まぁそんなことよりも遥かにお前が嫌いだけど」
「ちょっ、いきなり鋭すぎるよ! 最初からそんなにとばされたらあたし泣くよ!」
泣けばいいんじゃないかな。不機嫌だって分かってるくせに、人をイラだたせる絡み方してくるお前が悪いんだし。
「恵那、周囲に人いるんだからあまり大声出しちゃダメだよ」
「だってキリりんが」
「はぁ……キリりんとかで桐谷呼ぶのやめなよ。そんなだから桐谷から冷たい言葉もらうんだぞ。親睦会で海に来たんだから仲良くしなよ」
そう……今日俺が海に来た理由は、毎年恒例らしい生徒会の親睦会に参加したからだ。……表向きは。
正直に言って俺は、親睦会なんかに参加したくなかった。だって生徒会とどっかに遊びに行ったってなったら善からぬ噂とかが立ちそうだろ。それに日焼けしたら痛いし、外はくそ暑いんだ。大体今日は宿題をある程度したら冷房の効いた部屋でゲームをやろうって決めてたのに。
それなのに……どこかのドSな先輩が昨日電話してきたんだ。用件を伝えた後、上機嫌な声で「参加しないと色々と言いふらして回るから」みたいな脅し付きで。
脅されて仕方なく海に来たってのに楽しもうなんて思えるわけないだろ。そもそも……亜衣の野郎が悪いんだ。電話番号を教えやがるから。しかもケータイの。
おかげで最初凄くびっくりした。知らない番号からかかってきて、とりあえず出てみるとそれがドSな先輩。なんで俺の番号知ってるんだ!? ってパニックを起こしそうにもなったぜ。
「分かったよ誠……桐谷、今日は楽しんで親睦を深めような!」
「無理」
「バッサリ!? 誠、2文字で拒絶されたー」
秋本は、誠に抱きついた。秋本に抱きつかれた誠は、「暑いんだから引っ付くなよ!」などと拒絶の言葉を秋本に言っている。しかし、誠の言葉は秋本に何の効果もないらしく、秋本は離れようとしない。
誠には悪いが、このまま秋本の相手をしてもらおう。
「桐谷くん、今日はずいぶんご機嫌斜めなのね。せっかく海に来たんだから私達とイチャイチャして楽しい一日にしましょ」
「月森先輩、あなたがそれを言いますか。俺の機嫌を悪くしたのはあなたでしょ」
「あら、何のことかしら?」
とぼけるんですか……でもこっちには証拠があるんですよ。ケータイの着信履歴っていう証拠が。
だけど……この証拠は使えない。先輩が何を言ったかまでは分からない。それにこの証拠を使ったら、間違いなく秋本が反応する。それに月森先輩が乗るだろうから……面倒なことになるよな。くそ、あのときボイスレコーダーでもあればよかったのに。
「……もういいです」
「……今日はあきらめるのが早くないかしら? もうちょっと何かしらの反応があってもいいと思うのだけれど」
「それだけ機嫌が悪いってことだろ。話を聞く限り、チナツ。お前、キリタニを脅したりしたんだろ」
さすが氷室先輩。よく分かっていらっしゃる。……月森先輩、事実なのになんでそんな風に平然な顔で「何言ってるの奈々。桐谷くんは可愛い後輩よ。脅すわけないじゃない」って言えるんですかね。
「ねぇねぇ先輩」
「誠の次は私なの恵那。そんなに誰かに構ってほしいの?」
「だって桐谷が冷たいですもん。それに親睦会なんだから仲良くしましょうよ」
「それもそうね。で、何かしら?」
「先輩って結構甘えん坊なんですねー」
秋本は笑いながら俺には決して言えないことを言った。そもそも先輩が甘えん坊と思わないのだが。
秋本に甘えん坊と言われた月森先輩は、一瞬動きを止めてからにこりと笑った。怒ったときに見せる恐怖感を感じる笑顔だ。
「恵那、私のどこが甘えん坊なのかしら?」
「え? さっき桐谷に今日はあきらめるの早くないって言ってたじゃないですか。あれって、もっと構ってよってことですよね」
秋本は、イイ笑顔を浮かべている月森先輩に臆した素振りは全く見せず、笑顔で言い返した。
すると、月森先輩は固まった。それから数秒後、秋本の言ったことを理解した月森先輩は
「ちちちがうわよ、別にそんなこと思ってなんかいなかったんだから!」
顔を真っ赤にし、本当に思っていたのではないかと思えるほど、うろたえながら秋本に返事をした。
本当に自分のペース以外だと弱い人だ。と思っていると、月森先輩は、何故か秋本ではなく俺に顔を向けてきた。
「桐谷くん、勘違いしたらダメだからね!」
「それはご心配なく。先輩は何かしらリアクションがほしい、って思ってただろうなって思ってますから」
「……桐谷、親睦会なんだからもう少しノリを良くしなよ。女ってのは無関心みたいな反応されると傷つくんだから」
「だって先輩のこと昨日から嫌い……会長より好きじゃなくなったし」
「いま嫌いって言ったよね、つうか言い直すの遅っ!?」
「お前のことがダントツで嫌いだけどな」
「がはっ!」
秋本は、大げさなリアクションを取って四つん這いになり、「今日の桐谷ひでぇ」「反応が冷たすぎる」などと言い始めた。地面が砂とはいえ、かなり強めに叩いてしまったようですぐに痛がり始めたのだが。
月森先輩はというと、少し離れたところでしゃがみこんで『の』を書いているようだ。
俺の言葉でああなったのかな、とある種の期待と申し訳なさを感じていると、先輩の近くに行って戻ってきた氷室先輩が「なんか『桜より下……』とかブツブツ言ってる」と教えてくれた。
嫌いと言われたことより、会長より下ってことで落ち込むなんてあの人って少しズレてるな。それに会長より下ってことを気にするってことは、意外と会長にライバル心みたいな感情を抱いているのだろうか。仲良さそうに見えるのに。
「真央くん!」
「何です会長、って近いです。1メートルほど離れてください」
「1メートルも!?」
「やっぱ3メートルで」
「増えた!? 真央くん、それは会話する距離じゃないよ!」
だって会長、うるさいんですもん。だから会長が、今のボリュームで会話するなら最低でも3メートルは離れないと俺の耳がやばいです。
「サクラ、キリタニはでかい声出すなって言ってんだよ」
「そうなの? それならそうと言ってくれればいいのに」
そう口にした会長は、すっと俺に近づいた。そして俺の耳元で
「あのね真央くん」
と、囁いた。
俺が身体を一瞬震わせたのは言うまでもない。突然会長が迫ってきたと思ったら、耳に会長の吐息がかかったのだから。
あんたはなんでそういう方向に行くんだよ! と内心で叫びながら、手で耳を押さえて会長から1メートルほど離れる。
「真央くん?」
「ストップ! 話すならこの距離で話しましょうか。あと声のボリュームは、俺は別に聴力悪くないんで普段くらいでいいです」
手のひらを前に出しながらきっぱり言うと、会長は近づくのをやめてくれた。
ふぅ……会長の前では、ある意味月森先輩に対して並みに油断も隙も作っちゃいけないな。会長がする行動は、極端だったり突発的なことが多いし。それにこっちの反応次第じゃ、今みたいに俺のことを心配してくれているのかは分からないが、近づこうとするしな。
「で、何ですか?」
「あのね、千夏より私の方が好きって本当?」
……そういう意味で言ったんじゃないんだけどな俺。まぁそういう風にも取れるから会長がおかしい、とかは言えないんだけど。
そもそも、前に俺は好きじゃないって言った気がするんだけどな。思考がまともになったら好きになる、みたいなことと一緒に。
「えぇ、本当ですよ」
別に嘘をついたわけじゃないぞ。
俺の好感度が高い順に言えば、氷室先輩>誠>>月森先輩>会長>>>秋本。これは昨日脅される前だけど。
現在は、氷室先輩>誠>会長>月森先輩>>>秋本だ。だから嘘じゃない。
「よかったなサクラ、と言いたいところだが……キリタニ、お前って結構サクラ嫌ってたろ。チナツはあんなやつだが、わざとやってるわけだからサクラよりまともだぞ」
それは分かってますよ。
にしても氷室先輩、何気にひどいこと言いすぎです。
何でかって? それは俺が本当って言った瞬間、会長すごく良い笑顔浮かべたんだ。だけど先輩が、俺が嫌ってるとか言った瞬間、凍ったように固まった。そのあとの会長はまともじゃないみたいことを聞くと、すぐに動き始めたけどね。
何をしてるかというと……月森先輩の真似をしているのかは分からないが、しゃがみこんで『の』を書いてる。
「それは……」
そうですが、と続けて言おうと思ったが、会長がチラチラとこちらを見ている姿が見えたので言い淀んでしまった。
素直に肯定してしまうと会長は子供思考なので「真央くんのうそつき!」とか騒ぎ出しかねない。下手したら拗ねるかも。つまり、絡んでこないってことだから静かでいいかもしれないなぁ……っていかん。そんなことよりどういう風に続きを言うか考えなければ――
「――会長への認識を変えたら、大分嫌いな部分がなくなりましたからね。妹みたいな感じの認識しておけば、うちにはあいつがいますから……」
「……あぁーなるほど。確かに下の妹、サクラと行動が似てる気がするしな」
自分で言っておいて何だが、由理香を知る人物なら納得するだろうって答えを言えたものだ。これも一種の成長なのだろう。……生徒会に入ってからツッコミとか誤魔化し方とか、どうでもいい部分が成長している気がするなぁ。
「奈々ちゃん、今のでは納得しないでよ! 私、真央くんより年上だよ。お姉さんなんだよ!」
「そうだけどよ……なぁ?」
「僕に振るんですか!?」
誠、この生徒会にいる以上はいつ話を振られてもおかしくない。慌てないために、常に自分に来たときの場合を想定しとかないとダメだ。想定していても、想定以上のものや想定の斜め上のものが来たりするけど。
さて、誠はどう答えるかな。基本的に先輩に悪いことは言わないタイプだろうし。しかも今は、会長がじっと見ているし。
「えっと、その……それは……会長には悪いと思いますけど、僕も納得できるかなって」
おぉー誠が言ったよ。誠は自分の味方してくれると思ってた会長は、見事にうなだれているな。
確かにその気持ちは分からなくもない。普段厳しいことを言わないやつに、厳しいこと言われると心にクリティカルヒットするもんだし。
ん、待てよ。考えてなんだが、俺の周りの連中って普通にズバズバと言いたいこと言う連中ばかりだよな。……この事実が、俺にとってはクリティカルヒットだな。
「私、妹じゃないもん。お姉さんだもん。真央くんより年上だもん!」
「近いです。少し離れて会長」
「真央くんよりお姉さんだもん!」
それはわかってます。俺だけでなく周囲の人間、全員が分かってます。海外みたいに飛び級のある学校じゃないですからうちの学校。
「そうですね。でも、それは実年齢だけで精神年齢は誰よりも下です」
「……奈々ちゃんより?」
「奈々ちゃんより」
「サクラ、てめぇはわたしよりも大人って思ってやがったのか! キリタニ、てめぇも奈々ちゃん言うな!」
うんうん、今日もキレのいいツッコミですね。でも先輩、いいじゃないですか「奈々ちゃん」って言っても。今日は親睦会なんでしょ。さっき言われたとおりにノリを良くしただけじゃないですか。
「奈々、見た目は遥かに桜のほうが大人よ」
月森先輩、復活したんだ。と思っていると、先輩と視線が重なった。俺が目線が重なった、と思ったらすぐに逸らされたけど。目線だけじゃなくて顔ごと。さっきのやりとりを結構根に持っているようだ。
俺の機嫌を悪くした張本人とはいえ、こちらに非がないわけでもない。しばらく無視されるのは仕方がないだろう。言っておくが、別に絡んでこないからラッキーなんて思ってないからな。
「んなこたぁ言われなくても分かってんだよ!」
氷室先輩、かわいそう。
そう思わずにいられなかった俺は、全くおかしくないだろう。
だって先輩の見た目は小学生だし。今でも小学生のときの服入るだろうし。発育の良い人が身近にいるわけだから、本人が誰よりも自分の見た目は子供って分かっているんだ。
ごめんなさい。もうこれについては、何も考えないので睨まないでください。
「そうなの。なら桜に子供って言われても我慢しなくちゃダメじゃない。桜より大人って言うのならなおさら」
そう月森先輩に言われた氷室先輩は、正論を言われたためか反論しなかった。せめてもの抵抗として、目つきを鋭くして月森先輩を睨んではいたが。
「あと」
「んだよ!」
「見た目の問題で桜よりも妹っぽいわよ。せっかくだし、今日1日桐谷くんの妹になったら? それで桐谷くんは、奈々のこと『奈々ちゃん』。奈々は、桐谷くんのことを『にぃや』って呼ぶの」
「なんでそういう話になんだよ! それと、見た目で妹ってのは納得いかねぇけど……理解できる。だけど、何で1日妹って話が出んだよ! そして『奈々ちゃん』ってのはまだ分かるが、何でわたしのキリタニの呼び方が『にぃや』ってマニアックなんだよ! 普通は『お兄ちゃん』とか『兄貴』だろうが!」
氷室先輩は、血管が切れるのではないかと思うほど顔を真っ赤にしている。月森先輩に言われた内容が内容だけに無理もないのだが。
個人的に言えば、『にぃや』は確かにマニアックだと思う。世の中にそう呼ばれる兄はそうはいないだろうし、一般的に氷室先輩が言ったような『お兄ちゃん』や『兄貴』、これが多少変化した形が普通だろう。
「確かに奈々の性格的には『兄貴』でしょうね。でも容姿的に『お兄ちゃん』って呼ばれたいと大抵の人は思うわ」
「だったら『にぃや』とか出すなよ! ――」
氷室先輩、今言われたことにはツッコまないのか。いったいどうして……単純に『にぃや』の方を優先させただけか。
「――普通の呼び方でいいじゃねぇか!」
「良くないわ」
「何でだよ!」
「何でって、『お兄ちゃん』も『兄貴』も桐谷くんの妹さん達が使ってるからに決まってるじゃない。呼ばれ慣れた呼び方じゃあ桐谷くんが面白い反応しないじゃない」
「そんなくだらねぇ理由かよ!」「あんたは俺に何の期待をしてんだ!」
何で俺が面白い反応しないといけないの。俺はあんたのおもちゃじゃないだよ。それと、氷室先輩に普通にお兄ちゃん、とか呼ばれただけで何かしらの反応すると思うよ俺。月森先輩が期待してそうな「萌え~」とかは絶対に言わないけど。
「そうね……爆笑とか」
「それは俺に期待することじゃない!」
そんなのは世の中の芸人さん達に頼みなさい!
そもそもあなたに何か言われて俺がする反応は、大抵の場合驚愕だからね。あなたを爆笑させるような反応はできないと思う。
「というか、そもそもの話ですけど。普通長男って妹よりも兄か姉がほしいって思いますからね」
「私、真央くんのお姉ちゃんになってもいいよ」
「ならなくていいです。そういう意味で言ってないですし、会長を姉とは思えません」
まったく、黙ってると思ってたらいきなり食いついてきて。どこまで自由かつ非常識なんですかあなたは。
「あらいいじゃない。この中で桐谷くんのお姉さんになれるのは桜か私しかいないんだから」
「え?千夏、年齢で言えば奈々ちゃんもなれるよ?」
「桜、それは無理なのよ。奈々は見た目的に妹には見えても姉には見えないわ」
「テメェ、人の見た目弄るのがそんなに楽しいのか!」
「楽しくないならこんなことしないわ。私、無駄なことは嫌いだから」
「今日は一段とイイ性格してんな! そんなにキリタニに嫌いって言われたのがショックなのかよ、何なら2人っきりにしてやるぜ!」
「ち、違うわ! 別にそんなんじゃないんだから!」
「へ、その割にはうろたえてるじゃねぇか」
氷室先輩と月森先輩は、いつもの漫才のようなやりとりではなくガチの口げんかをし始めた。売り言葉に買い言葉で、ふたりのケンカはどんどんヒートアップしていく。
会長が止めに入ったが、氷室先輩に怒鳴られたて即効で身を引いた。まぁ「奈々ちゃんは確かに小さいけど、別にお姉さんになれないわけじゃないよ。世の中には奈々ちゃんみたいに小さなお姉さんだっているよ」などと言えば怒鳴られて当然なのだが。
「ん?ちょっ、桐谷。どこ行こうとしてんのさ?」
「ひととおりのやりとりはしたから帰る」
「そんなのダメッ! 今日はみんなで仲良く過ごすんだから!」
氷室先輩に怒鳴られてシュンとしていた会長が、突然復活して俺に怒鳴ってきた。
俺の手を力いっぱい握り、海に向かって強引に俺を引っ張って歩き始める。抵抗しようとしたが、秋本が背中を押し始めたため、断念せざるをえなかった。女子2人に抵抗できるパワーは万年帰宅部だった俺にはない――
「――そもそも秋本は男みたいなもんだし」
「ねぇ桐谷、いま何かあたしの悪口言わなかった?」
「お前に良いこと言ったことあったか?」
「……言われた記憶はないかなぁ」
「つまりそういうことだ」
「そっか……って、こらぁ! 人の悪口言うな!」
「海に向かうのはいいが、着替えないのか?」
「悪口じゃないけど、いま言うことだけれども、ちっがぁぁぁぁぁう!」




