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生徒会!? の日々  作者: 夜神
1学期
21/46

番外編 ~苦労人の妹?~

「……ったく、もうすぐ昼食出来るってのにまだ寝てんのかよ」


 と、無意識のうちに呟いてしまった。

 私が今いるのは家の台所だ。洋風の造りをしているのでキッチンと言った方がいいのかもしれねぇけど、ここは日本だから別に台所でいいんだろう。意味さえ通じれば問題ねぇわけだし。


「料理ってのは出来立てが美味いってのに……」


 まだ起きて来ない兄と妹にイラつきを覚えつつ、独り言で発散する。

 言っておくけど、別に理由もないでイラついてるわけじゃねぇからな。私だって今年で中3だ。理由もなくイラついたりはしない。

 イラついている理由は単純に寝不足だからなんだ。今週はテスト前最後の休日だから、昨日の夜はテスト勉強を夜遅くまでやってた。ってのは嘘。勉強できるってわけでもないのにテスト勉強しない妹に勉強させてたんだ。

 勉強できないのって私の方じゃないのかって思ったやつ、まあ見た目や性格から判断すりゃそうだ。私の客観的な印象は活発な女子だろうし、由理香の印象は大人しそうな女子だろうから。

 この際言っておく。私らはそういう一般的イメージとは全く真逆の姉妹だ。でも、別に私が運動オンチってわけじゃないからな。私の運動能力を言葉にするなら『そこそこ』や『平均』だし。体育の成績だって毎回5段階評価で3だ。……毎回じゃねぇか、球技とかの時期でなら、陸上みたいに純粋な運動能力を問われないから4を取ったことあるし――


「――考えるのやめよ」


 何か自分で自分を慰めてるみたいで悲しくなってきた。

 まぁなんだ、簡単に言えば由理香は私より格段に運動できんだよ。体育の成績も万年5を取るくらいに。

 嫉妬してるかって? ……そりゃ私だって人間だし、由理香の姉って立場上嫉妬してたよ。過去系なのは今は別にしてないからだ。詳しく言うなら中学入ったあたりからだな。

 1番嫉妬してたのは小学校中学年くらいかな。運動できることを親や兄貴に褒められる由理香を見るのが嫌だったなぁって感じの記憶があるし。確かそんときくらいから勉強頑張り始めたんだったっけ。


「……妹に負けないことがほしいから勉強頑張ったとか、周囲の人間に知られたら『亜衣って意外と子供だね』とか言われるだろうな」


 自分でもそう思うし。

 運動のこと以外でだと……身長のことでも嫉妬してたっけ。

 今は同じくらいだけど、由理香のやつ背伸びるの早かったんだよ。だから小学生の後半は由理香の方がデカかった。中学入る前か入ったくらいから背が伸びてくれなかったら、兄貴だけじゃなくて由理香まで見上げてたんだよな……うわぁ、由理香を見上げるって最悪だな。自分よりデカいやつが兄貴にベタベタ引っ付いてるとか想像するだけでキモい。由理香がチビだったなら……これといって気にしなさそうだな私。想像しても可愛い妹だって思えるし。


「おはよ~」


 間の抜けた声が聞こえたので視線を声をした方に向ける。視界に映ったのは、可愛らしいパジャマを着ている寝癖のついた由理香の姿だった。

 由理香はまだ寝ぼけているのか、トボトボとした足取りでテーブルに歩いている。

 ……今の由理香は……まぁ可愛いかもしれねぇな。


「まったく、いつまで寝てんだよ」

「しかたないでしょ……よるおそくまで勉強してたんだから。というか~怒るのはおかしいよ。お姉ちゃんのせいなんだし……」

「何言ってんだ、お前が日頃からちゃんと勉強してるなら私は何もしねぇよ」

「それなりにしてるもん――」


 唇を尖らせて可愛らしいが、それなりにしてるということが嘘なのでかえって怒りが湧き上がる。

 それなりにしてるって言ってるけど、由理香の小テストとか見ると大抵0点に近い点数なんだ。期末テストも80点以上のものを見たことがない。それなりに勉強してるなら得意教科でそれくらい取れるもんだろ? ……80点は行かなくても70点台は。

 もう分かるだろうけど、由理香は70点も取れないやつなんだよ。


「――それなりにしてるって言うなら、テストの点数で証明しやがれ」

「むぅ……お兄ちゃんが教えてくれたら良い点数取れるもん」


 ……アァン! それは私の教え方が悪いって言ってんのかテメェ!

 って落ち着け私、今は包丁持ってんだから由理香に気を取られすぎるとあぶねぇだろ。怒りに身を任せて思いっきり切って、それで自分の指まで切ったとかなったらシャレにならねぇし。


「兄貴に教わったら良い点数取れるって、それはただのお前の気分の問題ってことじゃねぇか。というか、何のために私が教えてると思ってんだよ。兄貴はもう高校生なんだぞ。私らみたいにテストの点数が悪くても進級とかできるわけじゃねぇんだ」


 順調に行けば私も来年からそうなる予定だ。

 受験生なのに受験勉強しないでいいのかって思ったやつ、甘いぜ。というか考えが浅い。由理香の勉強を見るってことは、私は昔習った内容を復習しているに等しい。だからちゃんと私は受験勉強しているんだよ。……年々教科書違うから習う内容も少しは違うだろってツッコミはなしで。


「兄貴が留年しちまったら嫌だろ?」

「……2回留年したら一緒のクラスになれるかもしれないなぁ~」


 ……このブラコン!

 どんだけ兄貴LOVEなんだよこいつ。いや、一緒の家に住んでるから嫌ってほど分かってるんだけど。だけど、普通は兄貴が自分と同じ学年って嫌だろ。そもそも兄貴は、私らと同じ学年になるのは嫌だろう。事故とか病気になって仕方なく留年ってケースを除いて。


「いやいや、おそらく学校は人がいなくて1クラスしかないとか以外兄妹を一緒のクラスにはしねぇだろ。そもそも、兄貴は高校入ってから前より真面目に勉強してるみてぇだから留年はしねぇと思うぞ」


 私がそう言うと、由理香は唇を尖らせた。大方希望をなんで破壊するかなぁ、とか思っているんだろう。

 それに寝ぼけてるから今みたいな反応ですんでいるが、ちゃんと頭が働いているなら言い合いになってただろうな。


「……ねぇお姉ちゃん」

「んだよ」

「お兄ちゃんは?」


 どれだけ頭回ってないんだよお前は。ここにいねぇならまだ寝てるに決まってるだろ。……ちょっと訂正しよう、寝てるか部屋で何かしてるんだろう。

 外出してる可能性だってあるだろ? って思うだろうけど、今日は私が1番最初に起きたからそれはない。それに、私が兄貴より遅く起きたとしても、兄貴は私らが寝てたりしてるときに外出するときは置手紙とかをちゃんとしていく。だから外出って線はない。


「まだ寝てるか部屋で何かしてんじゃねぇの」

「……由理香、お兄ちゃん起こしてくる~」

「待て、お前は行かんでいい。じっとしてろ」


 言い終わった後の由理香の反応は言わなくても分かるだろう。すぐさま「なんで~?」と言ってきた。

 こいつが寝ぼけてて助かった。寝ぼけてなかったら激怒してるだろうから。起こしに行くなって言っただけで激怒されたら堪ったもんじゃねぇ。


「何でかって、お前は兄貴が寝てたら起こさないで兄貴と一緒に寝るつもりだろ。昼飯作り終わってもここに来なかったら私が行く。だからじっとしてろ」

「……そうやって自分がお兄ちゃんと一緒に寝るつもりなんじゃ」

「寝ねぇよ!」


 何で中3にもなって兄貴と一緒に寝ないといけねぇんだ! 大体そんなことしてみろ、絶対兄貴に引かれるか具合悪いのかって心配されるだろ!

 って落ち着け私……今思いっきりまな板からガンッ! って音がしたんだから。下手したら指を切断しててもおかしくなかったぞ。

 ……ふぅ、由理香と話しながらの料理は危険だぜ。由理香の言葉はいちいち私をイラつかせるから。何で毎日のように会話してるのに慣れねぇのが不思議だ。……オトナになるんだ私。


「――はぁ、いいか由理香。私はお前と違ってとっくに目覚めてるんだ。だから寝ようと思っても寝れない」

「寝れなくても添い寝はできるでしょ?」

「(ああ言えばこう言いやがって……)ふぅ……言っとくけどな、私は兄貴と添い寝とか別にしたくねぇ」


 ガキんときならまだしも、今の年齢で添い寝とかシスコンとブラコンの兄妹じゃねぇか。兄貴はシスコンじゃねぇし、私もブラコンじゃない。添い寝なんてするわけがない。……大体添い寝なんかしたら恥ずかしい。いや、恥ずかしいってのもあるが何か気まずい。

 話は変わるが、私はブラコンだろって思ったやつ。由理香が前に言ったこと鵜呑みにしてんじゃねぇ。即行で認識を切り替えろ。

 いいか、私はブラコンじゃない。どうしてもブラコンって言いたいなら元ブラコンにしろ。いや、ブラコンはダメだ。お兄ちゃん子にしろ。元お兄ちゃん子ってことなら一応納得してやる。ガキの頃はお兄ちゃん子だったから。言っとくけど勘違いすんなよ、今の由理香みたいじゃ決してねぇからな。普通に妹が兄に甘えてたってだけだ。


「うしょだ!」


 ……思いっきり噛みやがったな。

 あぁー由理香、別に早口言葉でもない「嘘だ」って3文字を噛んだのが恥ずかしいのは分かるが、そんな顔すんな。噛むなんてことは誰だってあるんだ。別に傷口に塩を塗るような真似しねぇよ。


「……とりあえず顔洗ってこい」

「……うん」


 由理香は、顔を俯かせて妙に落ち込んだ雰囲気を出しつつトボトボとドアに向かって歩き始めた。

 そんな由理香に、私は追い討ちになるかもしれない言葉を発した。


「寄り道しないで真っ直ぐここに戻って来いよ」

「…………」

「聞いてんのか? 答えねぇとお前の飯だけ捨てるぞ」

「……トイレもダメ?」

「……いや、トイレにはさっさと行け」


 由理香は小声で「うん、分かった」と呟くと、さっきよりも落ち込んだ様子でリビングから出て行った。

 普通なら何かしら反論してくると思うだろう。何で由理香が素直に従ったかというとだ、由理香は見た目は私よりも女っぽいが料理とかできないんだ。全くできないってわけじゃないが、出来たとしても簡単なものだけ。例えば卵かけご飯とか……料理じゃないかもしれないけど、勘弁してくれ。そういうの以外自分で作ってるの見たことがないんだ。

 まあ私や兄貴が作るからってのも料理できない理由かもしれない。だから今すぐ作れるようになれ、とかは思わない。というか、当分の間はできないでいてほしい。由理香を素直に従わせられることは私にとって結構ストレスというか、イライラを少しでも感じないために必要なことなんだ。


「……ねみぃ」


 由理香が出て行ってすぐ、寝癖がついたままの兄貴がリビングに入ってきた。

 兄貴は、テーブルに進まないで頭の後ろを片手で掻きながら大きなあくびをひとつ。そのあと両手の指を絡めて大きく背伸び。昼まで寝たにも関わらず、よほど眠いようで背伸びをしているときもあくびをした。


「ふぁ……」

「昼まで寝たってのにあくびばっかすんなよな」

「んー亜衣か……仕方ないだろ、眠いものは眠いんだから」


 私にそう返した兄貴はのそのそと歩いてテーブルに向かった。テーブルに着くと、いつも座っているイスに座って突っ伏した。

 まったく、だらしねぇ。……まあ本音を言えば別に用事があるわけでもないからどうでもいいんだけど。そもそも、このまえ美咲ねぇが来たとき私も今の兄貴みたいだったしな。今の兄貴に向かってだらしない、なんて言えない。


「いつまで起きてたんだよ?」

「……さあな。時間確認してなかったから正確な時間は分からん」

「あっそ」


 下手したら日が昇り始める時間帯まで起きてたんじゃないだろうか、と思いながらも素っ気無い返事を返した。ここで「何で時間を確認しないんだよ」とか言っても過ぎてしまったことは変えられないので無駄だし、言ったらおそらく口論みたいになるだろう。普段なら兄貴に丸め込まれるかバッサリ斬られるだろうからすぐに終わる。だけど今日はお互い寝不足の状態だ。ガチのケンカになっても全くおかしくない。

 日常的にケンカしている由理香ならいいけど、兄貴とガチでケンカはしたくねぇな。兄貴と仲が悪くなったら家の中が相当気まずくなるだろうし、もしものときに頼る相手いなくなるしなぁ……って何考えてんだ私は。親より兄を頼りにしてたらお兄ちゃん子卒業してないってことじゃねぇか。

 ……でも、うちはガキんときから共働きだったから親じゃなくて兄貴を頼るってのが私の常識になってんだよな。できるだけ頼らなくていいように色々頑張ってるけど。


「……なぁ」

「なに?」

「俺の分少なめにしてくれ」

「作ってもらってる立場に加えて、完成した瞬間に言うな。捨てるのもったいないし、夏ばて防止のために無理しててでも食べやがれ」

「……鬼」

「兄貴、いま何か言ったか?」

「別に」


 ……ったく、何で妹の私がイライラを抑えこまねぇといけねぇんだよ。普通に考えたら私と兄貴の対場は逆だろうに……兄貴はまだ寝起きだからしゃーねぇか。立場が逆なら私も兄貴みたいな反応しそうだし。


「あっ、お兄ちゃ~ん」

「…………」


 リビングに戻ってきた由理香は、兄貴を見た瞬間に満面の笑みを浮かべながら抱きついた。……のだが、兄貴が無言で後方に手を伸ばし、的確に由理香にアイアンクローを決めたため、由理香は抱きつくことができなかった。

 普通は後ろを見ないで的確に顔面にアイアンクロー決めれないよなぁ……それだけ日常茶飯事に由理香が抱きついたりしてるってことか。


「お兄ちゃん、痛いんだけど」

「なら引っ付こうとするな。暑苦しい」

「冷房入ってるじゃん」

「俺が言ってるのは精神的なほうだ」

「痛い痛い! お兄ちゃん、ストップ。は、離れるからこれ以上強くしないで!」


 兄貴が力を強めたからか由理香は叫び始めた。寝起きの兄貴は由理香の声がうるさくてイラついたのか、腕により力を込めているようだ。

 おっかしいな、兄貴ってそんなに握力強かったっけ? 私の記憶が正しければ私と同じで体育の成績は3、体力テストは中の中ってところだったよな。怒りでパワーUPしてる……なんてありえないよな。でも人間って火事場の馬鹿力があるしな……こんなしょうもないことで使えるもんじゃないだろうけど。

 ……まあどうでもいいか。それよりも由理香、純粋に兄貴の力が強くて痛いのかイイところに入って痛いのかは分からないけど、アイアンクローやめてほしいなら兄貴の腕をベシベシって叩くのやめろよ。

 おいおい、私に助けてって視線を送るんじゃねぇよ。お前が腕を叩くのやめたら兄貴も解放してくれるんだから。……しゃーねぇ。料理が冷めちまうし、食べ終わらないと食器の片付けできねぇから助けてやっか――


「――兄貴、由理香にアイアンクローするのは別にいいけど、その前に飯食ってくれねぇかな」


 テーブルに料理を置きながら言うと、兄貴は少し間を置いて由理香の顔から手を放した。そのあと由理香は両手で顔をさすり、兄貴は由理香に叩かれていた場所をさすり始めた。

 どうやら私の忠告で放したというよりも痛かったから放したようだ。赤くなっているので結構な痛みがあったことは容易に予想できる。


「「いただきます」」

「……いただきます」


 全員手を合わせ、習慣になっている食前の挨拶をする。兄貴はまだ完全に覚醒していないようで、私と由理香に遅れる形になった。

 座っている場所を説明すると、私は兄貴の左。由理香が右にいる。とはいえ、3人並べんでいるわけではない。だって一般家庭の長方形テーブルが、3人並べるわけがないだろ。私らはもう幼稚園児とかくらいのチビじゃないし。

 話を戻そう。私は兄貴から見れば左斜めにいる。このことに由理香のブラコンを直そうとしているのにそれでいいのかって思うやつもいるだろう。

 だけど考えてほしい。小学校のときから今の座席なんだ。違う座席に座ると気持ち悪いというか、落ち着かない。これは理解できるだろ?

 それに、由理香は私に女性らしくしろって言うだけあって、食事のときに行儀の悪いことはしない。つまり食事中は大人しいってことだ。だから座席についてどうこう言うつもりはない。


「……ふぁ」

「兄貴、飯食う前に顔洗ってきたらどうだ?」

「顔洗ったからって変わる気がしないから遠慮する」

「どんだけ勉強やってたんだよ。勉強ってのは頭に入らないならいくらやってもや意味ねぇんだぞ」


 と、正論を言うと兄貴は視線だけでなく顔ごと私から少し逸らした。それを見た私の中にある考えが浮かんだ。

 この反応からして勉強してたわけじゃねぇな。勉強してたなら後ろめたさなんてないはずだし。視線だけじゃなくて顔ごとってことは……さては兄貴――


「――なぁ兄貴……ゲームやってただろ」

「…………あぁ」


 兄貴は少し考えた後、嘘はついても無駄だと思ったのか認めた。私の心の中に再びイライラが湧き始める。

 兄貴……兄貴は高校生だよな。テストの点数が悪かったらダメって環境のはずだよな。前みたいに私らの面倒や家事で勉強する時間がないとかでもないよな。

 ……なのに、何でテスト前だってのにゲームしてんだよ。別にゲームをするなとは言わねぇけど、テスト前に深夜までやるのは常識としておかしいだろ。テスト前にゲームするにしても勉強の合間の休憩時間にするだろ。

 それに、さっき兄貴は高校生になってから真面目に勉強してるって言ったのが嘘になっちまったじゃねぇか。兄貴がそんなんだから、由理香に勉強させるのが難しくなってんだぞ。ブラコン卒業のために面倒を見てる私がおかげで苦労してんの分かってんのかよ。

 ひとりだけゲームやりやがって……やるならやるで誘えよな。プレイ人数1人ってわけでもねぇのに。兄貴だけワンランク上の武器とか装備してるのって、由理香は楽できると思って別に気にしないだろうけど、私は気にするからな。


「……ちったぁ良い点数取ろうとか思わねぇのか?」


 色々と湧き上がったことを口に出しそうになったが、グッとこらえて言った。だけど完全に感情を殺すことはできず、普段より少々強めだった。


「……取れたらいいなとは思う。だけど、最低目標は赤点回避だしな。高望みはしない」


 ……赤点って確か30点だろ、目標低いな! 少しは高望みしろ、そんで努力しろ!


「お姉ちゃんのうそつき。お兄ちゃんも頑張ってるからって昨日言ったくせに」

「アァ?」

「……何でもないです」


 由理香は、私から顔を背けて食事を再開した。

 意識がはっきりしている由理香が素直に従うなんて珍しいことがあるものだ。……もしかして、それほど今の私は怒った顔をしているのだろうか?


「亜衣、それ以上強く握ると箸折れるぞ」


 淡々と言われた兄貴の言葉で、私は箸を持っている右手に意識を向けた。視界に映ったのはギシギシと聞こえてきそうなほど力のこもっている自分の手。確かに折れるかもしれないと思い、右手から力を抜いた。

 ……って、元はといえば兄貴のせいじゃねぇか。それなのに私に注意するとか……このクソ兄貴……。

 いや……落ち着け私。ここで感情を爆発させたら今までの我慢が無駄になる。理由はどうあれ兄貴は寝不足。そんで私も寝不足。ここは日々の由理香とのやりとりで忍耐力を養ってきた私が我慢するべきだ。


「……そういや兄貴」

「ん?」

「あの日から気になってたんだけどさ、兄貴って生徒会の中に好きな人とか……気になってる人とかいんの?」


 私がそう言うと、兄貴は動きをピタリと止めた。由理香も同様に動きを止めているようだ。


「……急に何言ってるんだ? 生徒会について何の興味なさそうだったのに」


 確かに兄貴の言うとおり対して興味はなかった。生徒会に入ったんだ、くらいにしか思ってなかったし。

 だけど、生徒会のメンバーを知ったら興味を持って当然だと思うんだ。私は『普通』の生徒会って思ってんたんだ。なのに実際は、あんな『かわいい』『綺麗』って言葉が似合う人達。兄貴以外『女子』っていう生徒会だったんだぜ。

 しかも生徒会の人達、少なくても兄貴のことを嫌ってはない様子。中には気に入ってるって感じの人や意識してる感じの人がいた。

 私だって恋愛に興味のある年頃だ。この手の話は好きなほうだ。割とクラスの女子とするし。……私のその手の話はすぐに終わるけどな。

 だって好きなやついねぇし。告白されたことは……まああるよ。今のところ全部断ってるけど。断ってる理由は、別に理想が高いってわけでもないし、由理香みたいに兄貴と! ってわけでもない。ただ単に告白してきた連中が碌に話したことない連中ってだっただけだ。よく分からないやつと付き合うってのは私はできない。

 って話が逸れてんな。まぁ私も恋バナは普通に好きだから人の恋愛には興味がある。身内、兄貴ってなれば1番興味があると言っていい。もしかしたら将来の姉になるかもしれねぇしな。他にも由理香のブラコンを直す良い薬になるだろうから。


(……それに)


 ちゃんと兄貴が自分のこと優先したって実感できるし。

 兄貴は決して表に出さないし、思ってすらないかもしれない。だけど私は、兄貴はやりたいことがあっても私らの面倒でできなかったんじゃないか。そんな感じに兄貴の時間を奪ってたんじゃないかって申し訳ない……ていうか、後ろめたさを感じてる。

 だけど兄貴に訊いたりしない。訊いたって兄貴の答えはひとつだろうから。……まぁ、「過ぎた時間は戻らないんだから気にするな」みたいにぶっきらぼうというか、冷たい感じで言われるかもしれないけど。

 兄貴は私や由理香のことを気にかけるけど、私としては兄貴にさっさと彼女を作ってほしい。そうすれば心の中にある兄貴への後ろめたさみたいなのが薄れるだろうから。

 ……でも今のところ無理そうだよな。兄貴って見た目が平凡だからって生徒会の人みたいな美少女を彼女にしたいとか高望みしないし、自分から積極的にアピールするタイプでもないから。

 でも、あの生徒会の人達は押しが強そうだからイケそうな気もする。


「生徒会の人達と会ったから興味湧いたんだよ。別に変じゃねぇだろ?」

「……まあ」

「それに、兄貴だって私にこの手の話するじゃねぇか。私が兄貴にしたって別にいいだろ?」


 兄貴はこっちの問いに無言の返事を返した。結果から言えば私の勝ちのようだ。兄貴の顔から判断して「くそ……あのとき訊いてなければ……」みたいなこと考えていそうだから。


「兄貴の好みからすると――月森さんか秋本さんあたり?」


 おぉ……今までにないくらい嫌な顔してるよ兄貴。特に秋本さんの名前を言った瞬間が「何でそいつの名前が出るんだ」って感じで1番嫌そうだった。

 でも反応するってことは、別に興味がないってわけじゃないわけだよな。本当に嫌いなやつには人間無関心のはずだし。反応するんだからきっかけさえあれば秋本さんとでも――


「……何でそのふたりが真っ先に出てくるんだ?」

「兄貴の好みって言っただろ。兄貴って髪長い人好きだったろ」

「……そんなこと言ったか俺?」

「言ったよ。間違いなく」


 結構昔にだけど。

 ちゃんと証拠はある。それは由理香だ。由理香は腰くらいまで髪を伸ばしている。髪を伸ばしてる理由は兄貴が長い方が好きって言ったからに他ならない。私に女らしさをあれこれ言ってくる由理香だが、兄貴の好みと女らしさと比べれば100%兄貴の好みを取るだろう。

 今も聞き逃さないように耳を立てているし。自分以外の女(生徒会の人達)の話をしているから機嫌が悪そうな顔をしているが。

 私も多少伸ばしているから……って私に疑問を思ったやつ。まぁ……伸ばした理由のひとつではある。だけど由理香みたいに兄貴の好みになろうってしたわけじゃないからな。小さい頃はあれだ、由理香に兄貴を取られるんじゃないかって思ったんだよ。下に弟か妹がいるやつはこういう不安分かるだろ。

 大体、兄貴の好みにしようってことなら由理香みたいに伸ばしてる。だけど私は伸ばしていない。兄貴の好みになろうってしたわけじゃないってことだ。重要だからちゃんと理解しろ。

 髪を伸ばした根本的な理由は……美咲姉に憧れてたってのが理由かな。身近な年上の女子って美咲姉くらいしかいなかったし。他の理由は……まぁ私も男っぽいところを気にしてるんだよ。短髪だったら余計に男っぽくなるだろうし。

 でも……美咲姉ほど伸ばしてないんだよな。何でかって? それは……髪長いと煩わしいだろ。それに髪洗ったり、さばいたりするのに時間がかかるだろ。手入れに時間かかるとか面倒臭いったらありゃしない。

 今私のことがさつって思ったやつに言っとく。うるせぇ、ほっとけ。面倒なもんは面倒なんだよ。それに別にお前に好かれようとは思ってない。私は他人に好かれるために自分を変えるつもりはねぇんだよ。どうせならありのままの自分を好きになってもらいてぇじゃねぇか。

 って今はこんなことどうでもよかったんだった――


「――それよりもどうなんだよ?」


 さっさと教えてくれよ兄貴……思ってた以上に興味津々だな私。

 でも仕方ねぇよな。兄貴のことだし、相手が相手だしな。

 月森さんは、すっげぇ美人。正直言って女の私からしてもやべぇって思うくらいだし、憧れる。だって、髪とかちょー綺麗な上に長くて女っぽいだろ。それに女性の理想を体現したあの『ボン、キュ、ボン』って感じのスタイル。そんで落ち着いた物腰。色気だって高校2年生とは思えないくらいある。これで憧れない女子はいないだろう。

 私が思うに、性格さえ問題なければ兄貴をコロッと落とせそうなんだよな。月森さんって素直に自分の気持ちを言えないタイプって気がするし、人前だと変にキャラ作って素の部分を見せないようにしてる気がする。何でそう思うかっていうとだ、簡単に言えば私に似てる気がするからだ。別に私は人前でキャラ作ったりはしてないし、基本的に自分の気持ちを素直に言えないタイプでもない。でも兄貴に甘えたいって気持ちとかは素直に言えない。

 言っとくけど由理香と一緒にすんなよ! そのなんだ……お兄ちゃん子を卒業しても、たまに構ってもらいたいってときがあるんだよ。誰だって誰かに構ってほしいときってあるだろ。うちは基本的に両親は仕事でいねぇし、由理香と一緒にいたらイライラするから消去法で兄貴しかいねぇんだよ。それにやってることも理数系の勉強教えてもらうとかだからな。


(……って、私のことはどうでもいいな)


 次に秋本さん。秋本さんは実にいまどきの美少女って感じだよな。美人とも呼べるだろうけど、年相応の無邪気な表情とかしてたから美少女の方が私はしっくりくる。

 まず目を引くのは、あの明るい茶髪だ。染めてるのか地毛なのかは分からないけど、黒髪の私としてはいまどきの女子だなって思う。手入れもちゃんとやってるみたいだった。結ばれた髪、見てさらさらだって分かるくらいに動くたびになびいてたし。あれだけさらさらってことは手入れちゃんとしてんだなぁ……あれで何もしてないとかねぇよな。もしそうだったら……何かすげぇムカつく。

 ムカつくとか理不尽だって思ったやつ、女って生き物はそういうもんなんだ。それによ、秋本さんってすげぇスタイル良いんだぜ。全体的に細いって感じなのに出るとこはちゃんと出てるんだ。細いって言っても病弱って感じじゃなくて引き締まってる感じ。全く努力してないものならムカついてもしょうがねぇだろ。私だって今の体型を維持するのに気は使ってんだから。


(まぁ……胸がでかくなっていってるから、その分は増えても仕方ないって思ってるけど)


 さっさと成長しきってほしいもんだ。でかくなるたびにブラとか買い変えねぇといけねぇし、サイズが合わないブラつけるときついし。

 ってそうじゃないだろ私。今は秋本さんのことだろうが。

 私が思うにだな、秋本さんは…………分からねぇ。あの人、生徒会の人の中で1番兄貴にフレンドリーに接してる感じはするんだ。だけどさ、何か変だって感じちまうんだよ。月森さんみたいにキャラ作って接してる感じもするし、素で接してる感じもする。だから秋本さんの素って部分がはっきり分からねぇんだ。

 だからさ、あの人がどう変われば兄貴を落とせるのか分からないんだ。まぁその前に兄貴が意識してるのか、とかの方が大事なんだけどな。


「……秋本は限りなく異性と思ってない」


 ……そっかそっか。その顔からして本当に碌に異性と思ってないんだ兄貴。でもさ、そんな嫌そうな顔で言わなくてもいいじゃねぇか。秋本さん可哀想だろ。

 でも、限りなくってことは全く異性と思ってないわけじゃないってことだよな。あれか、フレンドリー過ぎて異性と思えないってパターンか。ならきっかけさえあれば行けるな。

 月森さんについて言わなかったってことは、それなりには意識してるってことだよな。まぁ日頃弄られてるらしいけど、あの人に引っ付かれたりすれば意識して当然か。あの人に引っ付かれたりして意識しねぇ男は、私はあっちの方の人って思っちまうよ。


「そっか。んじゃ次は……」

「まだ聞く気か?」

「当然だろ」


 生徒会は兄貴以外に5人いんだし、まだ半分も聞いてねぇじゃねぇかよ。私も由理香も興味津々なんだから一通りは絶対聞くからな。


「話し戻して、次は会長さんかな。聞いた話だけど会長さん、兄貴に抱きついたりしてんだって。かなり好かれてるみたいじゃん」


 私がそう言うと、兄貴は目を閉じて何か考え始めた。先ほどの秋本さんの話をしているときよりも格段に機嫌は良さそうだ。


「……あの人は見た目が見た目だから意識はするな。だけど……」

「だけど?」

「あの人って思春期迎えてないほど無邪気というか、子供っぽい人だからなぁ。全く異性として意識されていない。だから意識してもすぐに消滅するんだ。なんつうか……あれだ、あの人は俺を好いてるというよりは懐いてるって感じだ」


 おいおい、会長さんはペットじゃないんだぜ。懐いてるって……やべぇ、普通に納得しちまってる自分がいる。

 ……仕方ねぇよな。だってあの人、すげぇ無邪気な笑顔してたし。なんつうか、あの人って人の毒気抜きそうなんだよな。由理香が兄貴に抱きついたりしてるの見るとブラコンってことでムカつくだろう。だけど会長さんが抱きついてても別にいいかって気分になる。妹と赤の他人ってフィルターの違いがあるかもしれないけど。

 そういや……いや今は別にいいか。ん? 気になるって。別に大したことじゃねぇよ。まぁ言わない理由もないから言うけど。今してた話とは変わるんだが、会長さんってあのとき初めて会ったはずなんだ。けど、どうしてか初めてじゃないって気がするんだよな。

 まぁ多分あれだ。街中とかで見かけてた、とかだろう。会長さんの髪色って赤みがかってるから目を引くし。


「ふーん……じゃあ誠さんは?」


 正直に言うと、誠さんは私が1番気になってる人だ。何で名前で呼んでるかっていうと、名前で呼んでほしいって言われたからだ。確かに女なのに大空ってのは嫌だな。漫画の主人公みたいだし。それに誠さんって容姿も……。多分コンプレックスなんだろうな。私の胸あたり見て凹んでたみたいだし。

 気になってるって言ったけど勘違いすんなよ。言っとくけど、私はノーマルだからな。誠さんはボーイッシュで兄貴よりもカッコいい外見してる。でも普通に男の方が好きだからな私は。

 ……話が逸れてんな。

 気を取り直して何で気になってるかというとだ、誠さんって兄貴に好意を抱いてるからだよ。誠さんってやたらと兄貴の話題に反応してたし、兄貴が前にボロボロって感じで帰ってきたときの話聞いてるから間違いないと思う。

 誠さんみたいに外見とか含めて男らしい女子って危ないところを助けてもらう、みたいなシチュエーションって憧れるだろう、と私は思う。

 大抵の女子だって憧れを持つだろうけど、憧れる度合いで考えたら男っぽい部分のある女子の方が上だろう。誠さんとがっつり話したわけじゃないけど、生徒会の中で最も乙女らしい思考してるなって感じたしな。


「誠か……」

「へぇ、誠さんは名前なんだ」

「ニヤニヤするな。あいつに苗字は男っぽいから名前で呼べって言われたんだよ。まぁ最初の出会いが最悪だったから、誠って呼ぶようになったのは割と最近だけど」


 ほほう、つまり兄貴が危ないところを助けた日の次くらいから変わったと。しかも最初の出会いが良くなかった。これから判断して誠さん、おそらく兄貴に助けてもらった日に惚れたな。

 印象が悪いやつが良いことするとすげぇ良い人に思える効果。それに加えて誠さんは女扱いあんまりされない方だろう。だから女として扱ってもらうと人よりも格段に嬉しいだろうから。


「最初の出会い?」

「……それは今の話に関係ないだろ」

「いや、私は結構関係あると思うんだけど」

「ねぇお兄ちゃん、言いたくないってことは何かやましいことでもあったのかなー?」


 おい由理香、そんなこと言ったら余計に話してくれないだろうが。それと、そのイイ笑顔やめろ。お前はブラコンだから生徒会の人の話で機嫌が悪いのは分かる。やましいことがあったのなら妹として何かしら言ってやりたい気持ちも分かる。

 だけどな、私はお前の姉なんだよ。お前の考えの深いところまで分かっちまうんだ。お前の本心はあれだろ。生徒会の人にやましいことしたんなら自分にもしろ。それか、やましいことは自分に言ってくれたらやらせてあげるのに、みたいなことだろ。

 いいか由理香、お前は兄貴の『実の妹』なんだ。義理とか従兄妹じゃないんだ。お前の姉として絶対に間違いは犯させないからな。兄貴は普通だから大丈夫とは思うけど。

 とりあえず、そっち方面の願望を口走った瞬間、当分お前の食事を作らないからな。分かったな?


「……別に。誠の勘違いがあっただけだ」

「……そう。ならいいけど」


 ちゃんと伝わってたみたいだな。よしよし善い子だ。

 兄貴、そんな「由理香がこんなにも早く引き下がっただと!?」みたいな顔しなくていいだろ。由理香だって日に日にブラコンを卒業してんだ。

 ……やべぇ、今までの努力がやっと実ってきたって思えて涙出そう。でもそれは完璧に卒業するまで取っておこう。油断すれば由理香のブラコン度は一気に戻るだろうし。


「そんじゃ最後、氷室さんは?」

「あの人は善い人だ。割とすぐ怒鳴るけど。でも気は合いそうだから、ぜひとも仲良くなりたい」


 そっか、今までで1番テンション高いから本心だってのは分かったよ。でもさ兄貴――


「――なぁ兄貴……兄貴ってロリコン?」

「違う」

「お兄ちゃん、ロリコンなの!?」

「由理香、俺いま違うって言ったよな」

「どどどどうしよう、身長を低くしたりできないよ。そ、そうだ、ゴスロリみたいな衣装を着れば行ける!」

「行けない、そもそも行かせねぇよ! そもそも話聞けよ、兄貴は違うっつってんだろ!」


 ロリコンに反応しすぎだろお前。つうか、ロリコンでそんな反応するなら月森さんあたりで反応しろよな。それとも何か、お前は数年後あの人みたいになる自信でもあんのか。今でも頑張って胸大きくしようとしてるけど報われてないお前があの人みたいになれると思ってんのかよ。……まぁ可能性は0じゃないだろうけど。

 でも、月森さんって中学のときから胸デカかった人だと思うからおそらく由理香は無理だろうな。私は今の調子なら行けるかもしれないけど。……個人的に秋本さんか会長さんくらいでいいんだけどなぁ。月森さんレベルの胸になるとすげぇ肩とかこりそうだし。


(……今後の楽しみが出来たな。定期的に兄貴に聞くことにしよ)



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