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生徒会!? の日々  作者: 夜神
1学期
20/46

第20話 ~生徒会、桐谷家へ その5~

 やっと勉強会が始まる。

 テーブルに着き、教科書やノートを開く前にまず思ったことはそれだった。

 普通ならば『勉強会をしよう』という話で家に来たならすぐに勉強会は始まるだろう。しかし、勉強会を始められた今の時間は家に到着してから1時間ほど経っている。

 その1時間のうちに会長に押し倒されたり、月森先輩と由理香のケンカに巻き込まれたり、自室で秋本の悪質なイタズラに遭ったり、リビングに戻ったかと思うと妹達のケンカを目撃したり、と普通ではありえないほどの濃い時間だった。

 生徒会活動がなかったから体力が温存できた、と思えたのは家に着いてほんの少しの間だけ。正直に言えば生徒会活動をしていた方がマシだったかも、と思えるほどすでに俺の体力は減らされている。

 よくよく考えればこうなることは分かっていた。何故なら生徒会活動があるから疲れるのではなく、生徒会のメンツと一緒にいるから疲れるのだから。中には問題ない人もいるのだが、俺を除いた生徒会のうち過半数が非常識人だ。しかも非常識人は俺がお気に入りなのか、弄ってくる回数が他の人に比べて多い。

 はぁ……ほんの少し前の俺に出会えるならぜひとも出会いたいものだ。そして、生徒会を家に連れてくるなと言ってやりたい。何たって家には思春期迎えてないの? と不安にさせる露出の多い服装を平然とする妹とブラコンと呼べる妹がいるのだから。

 慣れている俺からすれば問題ないことだが、よそからすれば実に弄ったりするポイントなわけだし。慣れというのは感覚が麻痺してるんだ、ということを改めて認識させられた。

 生徒会の弄りにも慣れる日が来るのだろうか? 来るのならぜひとも早く来てほしい。慣れてしまえばきっと疲れることが少ないだろうから……でも、何か大切なものを失ってしまう気がする。


「……(……それにしても、何でこうなんだろう)」


 現在、俺と秋本、そして誠にはそれぞれ先輩がひとりずつ就いている。

 ちょっと待て、あのぽわんぽわんしている会長が勉強を教えられるのか? と思ったやつに言っておく。俺もそう思ったよ。普段のド天然さを見ると、勉強できなさそうって思うし。

 だけど……月森先輩や氷室先輩が言うには、『サクラは勉強できる子』らしい。しかも何気に国語が1番の得意科目だそうだ。学年トップクラスの月森先輩よりも良いときがそれなりにあるとか。

 おかしいよな、自己中心的な会長さんが国語できるんだなんてさ。だって国語って科目には、人物の内心とか読み取ったりしないといけない問題とかあるんだから。空気読めない会長に解けるなんておかしすぎるよ。

 こんなことを言ってはいるが、2人が証言している以上事実なんだろう。今までの人生でトップクラスの信じがたい事実だけれど。


「(……いや、認めるしかないか。テストの点数におまけとかあるわけないし)」


 それに勉強できる=頭が良いってわけじゃないって言うしな。丸暗記とかすればどの教科でも点数は取れるだろう。

 さて、そろそろこの思考はやめよう。色々とごちゃごちゃと会長について考えたけど、別に会長が俺についているわけでもない。会長は誠についている。きっと誠はこれから独特な思考の会長の教え方に頭を抱えることだろう。頑張れ誠、心の中で応援してる。

 次に、ぜひとも勉強を見てもらいたい氷室先輩は……秋本に就いているんだ。残念だ、物凄く残念だ。常識人の先輩を秋本に取られるなんて……。

 と思う一方、安心感を覚えている自分がいる。だって氷室先輩が秋本が人をからかったりしないように押さえてくれるだろうから。よって±0……いや少しマイナスだな。

 ここまでで分かってると思うが、俺についている人物は消去法であの人ということになる。


「はぁ……」

「桐谷くん、今のため息は何のため息かしら?」


 実にイイ笑顔してるよこの人。

 本当は俺が氷室先輩がよかったな、って思ったことを見抜いてるのに聞いてるんじゃないかって思ってしまうほどのイイ作り笑顔だ。


「ひとりでやったほうが勉強はかどりそうだな、と」

「ふふふ、それは私が勉強を見て上げられない無能ってことかしら?」


 いえいえ、そんなつもりではないですよ。あなたは学年トップレベルって話ですし、会長とは違って説明も上手でしょうから有能だと思います。真面目に教えてくれるならね。

 正直に言って俺は、月森先輩が真面目に教えてくれるわけがないと思っている。絶対からかってくると思う。故にひとりで勉強したほうがいいという答えが出たわけだ。


「違いますよ。先輩って学年でトップの方なんですよね? 物事の解釈の仕方とか俺とかなり違うと思うんですよ。俺の理解力が追いつかないと説明されても無駄になるから先輩に悪いなと思いまして」

「あらそうだったの。でも大丈夫よ、私は天才じゃなくて秀才の部類だから。日々の努力の積み重ねで今に至ってるからちゃんと説明できると思うわ」


 月森先輩、俺が嘘を言ったこと分かっていそうなのにまともに返事をしてきたな。……まさか、勉強会の間はふざけるつもりはないのか? ……いや、人を安心させておいて、というパターンの気がする。油断はしないほうがいい……油断していても始まってしまえば俺は無力な気がするが。


「じゃあ分からないことがあれば頼りにさせてもらいます」

「ええ、お姉さんに任せなさい。それで桐谷くんは何をするのかしら?」

「そうですな……先輩がいますから苦手な英語でもしましょうかね」

「英語が苦手なの? 一般的に中学から始まったりする科目だから真面目にやってれば人と差はできにくい科目なのに」

「……中学のときは真面目に取り組んでなかったんです」


 中学に上がった矢先に英語という科目が増え、日本にいるのに使うのか? などの疑問を覚えたのを今でも覚えている。今でも将来英語を使う機会はあるのだろうか? と思ってしまう。英語を使わないといけない職業を目指しているやつ以外は俺と同じように思っているのではないだろうか?


「まったく、やらなかった分だけ後で苦労するって分かるでしょうに。意外と不真面目なのね」

「俺も若かったってことです」

「今でも若いでしょ。ところで苦手な部分は分かってるの?」


 月森先輩、何で睨むんですか? 俺は先輩に何もしてないですよね。

 まさか「お姉さんに任せなさい」って言ってたのに本当は教えるのが面倒ってことなんですか。もしそうならひどい。


「文章の読みや和訳はそれなりにできます」

「ということは文を書いたりするのが苦手なのね」

「はい」

「ちょっと英語のテキスト見せてくれる?」


 返事はしないで英語で使用しているテキストを差し出すと、先輩は受け取ってぺらぺらと中を見始めた。

 テキストを見ている先輩の表情は、普段と違って真剣だ。ふざける雰囲気も全く出していない。そのため本気で俺に勉強を教えてくれようとしてくれているのでは、と思ってしまう。


「うーん……高1の最初って中学のときの復習とかも含んでたりするのよね。これよりも中学で使ってた物の方がいいかも」

「中学のですか……あったかなぁ」

「まさか捨てちゃったの? 君はこういうときに使ったりするだろうから捨てちゃダメだって思わないのかしら?」


 先輩は、今度は呆れたような目で見てきた。睨まれるよりも心に来るものがある。

 それと大抵の人間は捨てちゃダメとは思いません。だって高校入るときに教材とか新しく買うわけですから。高校に入ってからは高3のときに使うかもしれないから捨てないで取って置こうとは思いますけど。


「兄貴、私の使う?」


 声をかけられたので首だけ回すと、英語のテキストを片手で持った亜衣がいた。

 由理香と一緒にTVを見ていたはずだが……同じ部屋にいるんだから聞こえてもおかしくないか。


「俺じゃなくて先輩に聞いてくれ」

「それもそっか。えっと……確か月森さんだったよな?」

「ええ、桐谷さ……苗字だと桐谷くんと区別がつかないから名前でいいかしら?」

「別に構わないよ」

「じゃあ亜衣さん……」

「ちょっとストップ。私の方が年下だし、さん付けしなくていいよ。というか、私を苗字で兄貴を名前で呼んだら?」

「なら亜衣ちゃんね。亜衣ちゃんの提案はすばらしいのだけれど、お兄さんが名前で呼ばれるのに異議を唱えそうだから今はやめておくわ」


 今日出会ったばかりとは思えないほど親しげに2人は会話をし、亜衣は月森先輩にテキストを渡した。

 月森先輩は亜衣からもらったテキストを開いてページを捲るたびに「へぇ」などと呟き、チラチラと俺の方を見てくる。

 いったい何なんですか? 言いたいことがあるならはっきりと言えばいいでしょ。


「亜衣ちゃん、ありがたくこの使いやすいように亜衣ちゃんなりに工夫がされているテキスト使わせてもらうわ。それと、きっと亜衣ちゃんは今のお兄さんみたいにならないと思うわ」

「どうも。でも兄貴がこんなんだから今の私がいるんですよ。下は上の失敗を見て育つんで」


 月森先輩と亜衣はにこやかに会話しているが、2人の言葉は俺の心をいちいち切り裂く。月森先輩はまだしも、亜衣にまで言われるなんて……やる気が急激に減った。

 何で今日はやたらと俺をダメな兄って感じに扱うんだろう。そりゃ日頃から良い兄をやってるとは言えないけど、全く相手しないとかダメな兄でもないじゃないか。俺が気づいていないだけで、結構俺って嫌われてるのかな。亜衣が大人の対応してくれてるだけなのか……


「だけど、兄貴って理数系はできるんですよ。私はどっちかといえば文系の方なんで、理数系についていけてるのは兄貴のおかげだったりするわけで……別にそこまでダメな兄貴ってわけじゃないですから」

「……そうやってお兄ちゃんからの好感度を上げようとするなんて、何て腹黒なブラコン」

「私はブラコンじゃねぇって言っただろうが! というか、言うならソファーからちょこんと顔だけ出して言うんじゃなくて堂々と言えよな!」

「桐谷亜衣は周囲には隠しているけどブラコンです!」

「堂々と言えとは言ったが、断定するんじゃねぇよ! ……もう頭に来た。由理香、兄貴達も勉強してるから今から私らも勉強するぞ!」


 亜衣はどかどかと足音を立てて由理香に近づくと、由理香の首根っこを掴んで強引にリビングのドアへと歩き始めた。由理香は必死に抵抗するのだが、怒りモードの亜衣の力には敵わないようだ。俺に助けてという視線を送ってくるのだが、勉強することは悪いことではないし、由理香と月森先輩が一度絡むと騒がしくなるので放っておくことにした。


「あなた達ってみんな仲が良いわね」

「まあ他の兄妹よりはいいでしょうね……温かい目でこっち見るのやめてもらえますかね」

「あら、冷たい目で見てほしいの?」

「何であなたはそんなに極端なんですか? 冷たい目を人に向けたいのなら秋本にでも向けてください」

「待とうか桐谷、それはおかしいよね。そりゃ冷たい目で見られたらゾクッとした、とか言ったことあるけどさ、冗談だからね。それに、桐谷のじゃなくて先輩の視線は……」

「アキモト、無駄口叩いてないで勉強しやがれ。大抵のところ間違ってるぞ」


 秋本が会話に入ってきたが、氷室先輩が即行で黙らせた。黙らされた秋本は「先輩ひどい……間違ってるのも早く教えてくれてもいいのに」と小声で呟いた。

 前半はまだしも、確かに間違いを指摘しなかったことはひどいな。まとめて訂正しないといけないわけだし。先輩は一度解かせて、訂正と解説って考えてるだろうけど、解いている側としたら精神に来るだろうな。哀れ秋本、そこだけは同情してやる。

 誠は……必死に頭をフル回転させて解いているな。問題ではなく会長の言っていることを。誠、お前には普通に同情するよ。


「さて、私達もやるわよ」


 笑顔でそう言ってきた先輩に逆らうことなんてできず、俺の勉強はスタートした。

 テキストの例や解説を見ながらやっていくため大体は合っているのだが、細かいところで間違ったり、単語が分からなかったりする。そのたびに月森先輩の注意が入り、時にはシャーペンで頭を軽く叩かれたりした。こちらの学力不足が問題なので何も言えない。

 それに先輩はふざけたりする様子はなく、教え方も丁寧で分かりやすい。なので小言を言われたり、軽く叩かれたりしたとしても文句を言うのは筋違いだろう。


「次のところは……」

「……(普段も今みたいだったら尊敬できる先輩なんだけどな……)」


 真剣に勉強を教えてくれている先輩を見ていると、微笑みながら人をからかって楽しむ普段の月森先輩とは別人にすら感じる。

 よくよく思えば、俺は生徒会室以外での月森先輩を見たことがない。少し前までは生徒会室での先輩が先輩の本性だと思っていた。だが、生徒会室で素の部分らしいものを見てからは、あれはキャラを演じているだけなのでは? という疑惑が生じている。

 今の先輩は素に近いのかもしれない。生徒会室以外では、今みたいな先輩で学校生活を送っている可能性は充分にある。そう考えれば先輩に人気があるのも当然だと思える。


(……やばいな)


 非常識人フィルターと呼べそうなものが急激になくなってきている。容姿端麗で頭脳明晰である月森先輩と緊張せずに会話できたりするのは、先輩が非常識人であることが大きい。非常識人だから異性として意識することがないからだ。

 つまり、非常識の部分が消えつつある今……俺は先輩を意識し始めている。

 ただでさえ、先輩は俺に勉強を教えているので真横にいる。さっきまでは全く気にならなかったのに、今では先輩から発せられている甘い匂いが鼻腔を刺激する。それによってさらに先輩への意識は高まり、テキストやノートよりも真剣な表情をした先輩の整った顔や大きく育っている柔らかくて弾力のある胸に目が行ってしまう――


「――ってなるんだけど」

「え……?」

「……桐谷くん、その反応は聞いてなかったのかしら?」


 月森先輩は、こちらに少し近づき、やや視線を鋭くさせて睨んできた。図星だったことと、聞いてなかった理由が先輩のことを見ていた、という理由なので何も言えない。

 開き直って「はい、聞いてませんでした!」なんて言えるわけもない。どんなことをされるか分かったものじゃないから。


「あ、あの……」


 ど、どうする俺。このままでは確実に聞いてなかった理由を答えるか、先輩に怒られるかを選ばなければならない。正直に言ってどっちも嫌だ。前者は先輩との関係に影響が出るかもしれないし、他の生徒会のメンツの前で言えば面倒な展開になるだろう。秋本とか秋本とか……秋本とかいるし。

 後者は普通に怖い。普段よりもSッ気全開で何かやってくるに決まっている。今の流れにあわせて英語の勉強を頭が爆発するくらいにやらされるとかだって充分にありえる。


「ねぇ真央くん」

「……! な、何ですか会長?」

「それ飲まないなら私にちょうだい」


 会長は俺の近くにあるお茶の入ったコップを指差しながら言った。

 視線を会長のコップに向けると、綺麗に飲み干してあった。よく見れば俺以外のコップは半分以上は減っている。質疑応答がされていたのだから口が渇くのは当然か。

 会長が俺のに目をつけたのは、俺のは一口飲んだだけなので最初と見た目は変わらないに等しい。そのため飲まれていないと思ったのだろう。


「口つけてますからあげれません」

「なんで?」


 何でって……こっちからしたら何であなたは本気で分からないって顔してるんですか。……そういやあなたってそういう人でしたね。間接キスとか考えるわけないですよね。

 だけど……異性を意識していない会長さんでも、国語ができるのなら今から俺がお茶を飲むという考えくらいはできると思うんだがな。


「俺が飲むからに決まってるでしょ。会長、コップください」

「ねぇ桐谷、会長さんのコップを使って何をする気?」


 会長に返事を返した瞬間、秋本がニヤニヤしながら言ってきた。

 まったく秋本は、「会長、コップください」という前に「お茶を入れるから」って言葉があるって分かってるくせに、いちいち面倒な方向に持って行こうとするやつだな。会長がまともな高校2年生だったら面倒なことになってるぞ。例えば今の誠みたいに。

 誠は、おそらく俺が会長のコップを使って間接キスをするとでも考えたのだろう。そのため顔を真っ赤にしている。もしかしたら『俺が会長のコップを舐め回す』とか考えているかもしれない。……もし考えているのなら、誠も非常識人側に認定しないといけないな。


「お茶を注ぐだけだ。分かってるくせにそれ以上ニヤニヤするなら叩き出すぞ」

「その前にシャーペンで刺すつもりだよね? 本気で刺すつもりだよね?」

「それは今すぐやれってフリか?」

「すみませんでした!」


 秋本、お前って意外と簡単に頭下げるようになったよな。そのうち土下座しそうだなお前。

 って秋本ばかりに構っていられないな。会長はちびっ子みたいなところがあるから構ってやらないとブゥーブゥー言い出しかねないし。


「会長、コップ」

「真央くん、私はお茶よりも牛乳かジュースがいいな」


 この人って欲望に忠実な人だな。今日初めて来た家で言えるなんて。普通はこっちが聞いたらもらうもんだろうに。まあ普通じゃないのは分かってるんだけどね。

 それとコップを受け取るときに会長の指が触れたんだが、だけどこれといって慌てることはなかった。会長は美少女さんなのに、俺は異性として意識してないってことだよな。欲望に忠実な発言に心のどこかで引いたのか、日頃の会長を見ていると小学生のように見えるからなのかは分からない。

 ……おそらく前者かな。会長の思考が小学生レベルとはいえ、会長の見た目は大人だ。意識したことは少なからずある。なんだかんだで近づかれたら胸見ちゃうし。俺だって男の子だもん。


「こらサクラ、人様にもらうってのに自分から何が飲みたいって言うやつがあるか」

「氷室先輩、別に構いませんよ。俺達はお茶よりはジュースを飲む年代ですし。会長、牛乳もジュースもありますけど、どっちがいいんですか?」

「ジュースは何があるの?」

「確か……炭酸とスポーツ飲料はあったと思いますよ」

「じゃあ牛乳で!」


 ……ジュース何があるかって聞いたわりには迷うことなく牛乳ですか。かなり牛乳好きなんですね会長。その見事に育った身体は牛乳のおかげってわけですか。

 でも待てよ、牛乳を飲んだり腕立て伏せをすると胸が大きくなるって話があるけど、あまり確証のないことだよな。由理香が実践しているようだが、あまり効果はないようだし。

 会長の場合は早寝早起きを守ってそうだから、牛乳よりはそっちが発育に貢献こうけんした可能性が高い気がするな。


「じゃああたしは炭酸!」

「お前らに遠慮って言葉はねぇのか。それと、近くにいんだから元気な声で言わなくていいだろ」

「後半には同意ですけど、飲み物くらい遠慮しないでいいですよ。先輩は客人なんですし」

「そ、そうか……じゃ、わたしも炭酸くれ」

「え? 奈々、ミルクじゃないの?」

「何でそんな驚いた声が出んだよ? わたしが炭酸を飲んだらいけないのか?」

「いけなくはないけど、炭酸よりミルクの方が奈々に似合うと思うわ。それに大きくなれるかもしれないし」

「いまさら飲んでもデカくなるわけねぇだろ! それと何で似合うって方が先なんだよ、普通順番は逆だろうが!」


 まったく月森先輩は、空気が和んだと思ったら一気にからかい始めたな。まあ氷室先輩を弄らないのは、逆に違和感を覚えることでもあるけど。

 確か会長が牛乳で、秋本と氷室先輩が炭酸――


「――誠は?」

「え? ぼぼぼぼ僕のコップで何をする気なんだ?」

「……お前に何を飲むかって聞いて、それをコップに注ぐだけだが」


 お前まだ妄想してたのか。というか、それだけ妄想を続けられるってどんだけむっつりスケベなんだよ。


「ええっと……僕はいいよ」

「遠慮しなくていい」

「いや、その……遠慮はしてないよ」


 ならなんで顔を逸らしながら言う。本気でそう思ってるなら顔をこっちに向けて言えよ。……妄想してたから話を聞いてなかったのか。


「お茶以外に炭酸と牛乳、それにスポーツ飲料があるぞ」

「……スポーツ飲料で」


 ったく、最初から話を聞いてなかったって言えばいいもの。俺とあまり話したくないってことなのか……って話したくないのか。鼻血の件があるし。


「月森先輩は?」

「そうね……コーヒーあるかしら?」

「インスタントなら」

「それでいいわ。あっ、アイスでお願いね」


 えーと、会長が牛乳。秋本と氷室先輩が炭酸。誠がスポーツ飲料で、月森先輩がアイスコーヒー。これでよかったはずだよな。

 正直コーヒーには好みの味があるだろうから、月森先輩には自分で作ってもらいたいところだ。だけどどこに何があるって分からないもんな。それにあまり月森先輩には家の中を知られたくない。さらっと関係のないところまで散策されて、弄られるネタを発見されそうだし。


「味は甘めですか? それともブラック?」

「桐谷くんに任せるわ」

「いやいや、任せないでください」


 もし先輩の好む味と真逆の味のコーヒーを作ったら、確実と言っていいほどあなたは仕返ししますよね。弄ることなら百歩譲っていいですけど、「私、こんな甘いコーヒー飲めないわ。だから桐谷くんが飲みなさい」とか間接キスみたいな内容とか俺は絶対嫌ですからね。

 美人と間接キスできるんだから嫌じゃないだろって言うやつ、確かに先輩と2人っきりとかでなら俺も嫌ではない。だけどこの場には生徒会がいるんだ。秋本なんかは言い広めたりするかもしれない。それに、もし妹達が飲み物を取りに戻ってきたら……月森先輩が絶対俺が何をしたか言うだろうから面倒なことになる。


「細かくは言わなくてもいいですけど、せめて甘めとかくらいは言ってくださいよ」

「ふふ、嫌よ」

「嫌よじゃねぇよ、大雑把に言えば2分の1の確率で先輩の好みを外すんだよ! 外したら先輩は怒って何かするでしょ!」

「それは心外だわ。そんなことで私が怒るわけないじゃない。……ただ、桐谷くんが私のことを分かってくれていない、とは思うだろうけど」


 寂しそうな顔で言うなァァァァ! そもそもあんたのことなんてほとんど分かってねェェェェェ!

 俺とあんたが出会って今月で2月目だよな。そんな短い時間で分かったことなんて、先輩の名前と見た目と役職、それに普段のキャラが素じゃない可能性があるってことくらいだよ。


「好みに合わなくても理不尽なことはなしですからね。別に俺が先輩のこと分かってないって思うのはいいですけど」


 月森先輩にそう言い、全員のコップを受け取ってキッチンに向かう。会長以外はまだ残っていたはずなのに、今のやり取りの間に綺麗飲み干してくれていたのは少し助かった。残ってるのを捨てるというのはもったいない気分がするから。


「桐谷の家って良いね」

「恵那、急に何を言ってるんだよ?」

「いやさ、普通他人の家って少なからず緊張感があるもんでしょ。でもここは何か落ち着くんだよね。毎日でも入り浸りたいくらい」

「やめとけアキモト、そんなことしたらキリタニの好感度がどんどん下がるぞ」


 のんびりとした雰囲気で行われている会話を俺は作業をしながら聞いている。

 氷室先輩、よく俺のこと分かっていらっしゃる。


「何言ってるんですか、桐谷の好感度は上がったり下がったりですよ」

「否定するかと思ったら、より現実的なこと言うんだな。だけど下がってる方が多いだろ」

「さあ? 桐谷の本心なんて分かりませんし」

「あれ? 恵那って桐谷に生徒会で1番嫌いって言われなかったっけ?」

「誠、あれは桐谷の照れ隠しだよ。誠は知ってるでしょ、あたしは桐谷の部屋に入れる人間だって」


 俺は照れ隠しもしていないし、お前が勝手に入っただけで俺は自由に出入りしていいなんて言ってないけどな。……誠、顔を赤くしてるってことは俺の部屋で起きたことを思い出しているな。頼むから思い出さないでくれ。あれは俺にとって今すぐにでも忘れたいことNo1なんだ。


「アキモト、あのときいねぇと思ったらキリタニの部屋に行ってやがったのか」

「奈々先輩、行っただけならいいんですよ。恵那、桐谷の部屋で桐谷を……」

「マコト、それ以上言うな。お前の顔から判断して大体の予想はついた」


 氷室先輩ありがとう、だけど予想はしないでほしかった。

 どうしよう……会長以外の全員が俺の部屋で起きたことある程度理解しちゃったよ。氷室先輩も顔を赤らめているし、月森先輩は……イイ笑顔してる。からかえるネタGet、とか思ってるんだろうな。


「アキモト、お前ってキリタニのことホント好きだな」

「好きじゃないです。大好きです」

「そうか……さっさと撤回しないとお前の炭酸捨てられるぞ」

「え? ちょっ桐谷、その炭酸に罪はないよ!」


 ちっ、秋本だけ空のコップを出してやろうと思ったのに。氷室先輩、何で教えちゃうんですか。というか、何で秋本が俺のこと好きとか訳の分からんこと言ったんですか?


「……恵那ちゃんだけずるい」


 小声だったが、キッチンにいた俺にもはっきりと聞こえた。全員の視線がある人物へと向く。

 視線の先にいる人物は、頬を膨らませている会長さん。見るからに不機嫌だということが分かる。


「えっと会長さん、あたし何かしたっけ?」

「したよ! 恵那ちゃんだけ真央くんのお部屋に入ったんでしょ。私も入りたいんだよ!」


 ……何故に?

 俺の部屋に会長が喜びそうなものなんてないと思う。氷室先輩ならゲームっていうものがあるけれど。

 それと何でだろう、何か会長が小さい頃の妹達に見える。具体的に言えば片方が寝てたりして、もう片方だけと遊んだりしたら、後で自分とも遊んでと駄々をこねている感じの妹達だ。

 待てよ、意外と会長はあの頃の妹達と同じなんじゃないか。自分よりも他の子が何かとやっているから自分も同じだけやりたいって思って、今みたいに俺の部屋に入りたいって言ったのでは……。


「ダメよ桜」

「……なんでダメなの千夏?」

「だって桐谷くんの部屋は恵那と桐谷くんの愛の巣だもの」


 何言ってんだよあんた! 俺の部屋が秋本との愛の巣だって……死んでもお断りだ!

 秋本ォォォォォ顔を赤らめるんじゃねェェェェェ!


「巣? 千夏、真央くんも恵那ちゃんも哺乳類である人間だよ。巣なんて作らないと思うんだけど?」

「……そうね、私が間違っていたわ」


 きっと今の『間違っていた』は、会長にあっち方面のことを言った自分が間違ってたって意味だろうな。


「あっ!」

「今度はどうしたの?」

「千夏、私ちゃんと言われたとおりに七夕やったんだよ。それなのに、私よりも千夏の方が真央くんと仲良くなってる気がするんだけど!」


 ……会長、やっちゃったの!?

 どどどどうする、会長の家族に変な考えが浮かんだに違いない。もし会長の親が親バカだったら「うちの桜に男だと……桜はやらんぞぉぉぉぉぉ!」みたいになってるかもしれない。

 会長の家に行くことはないと思うけど、あっちがうちの住所調べて来たらどうしよう。……事実を言うしかないのか。

 逆に「桜に男……桜、今度家に連れてきなさい。いつでも会ってあげるから」とか天然な会長に彼氏が出来たことを喜ばれたって可能性もある。これはこれで嫌だな。


「桜、所詮しょせん七夕なんてクリスマスのサンタみたいに親がこそこそとプレゼントをあげたりするものなんだから、今回のお願いは桜のご両親が桐谷くん知らないから叶えようがないわよ」


 ……ここで現実を叩きつけるだと!?

 あれだけ会長に期待させておいて、ここで木っ端微塵に破壊するとかどれだけドSなんだよ。会長、ショックのあまり凍ったように固まってるじゃないか。

 それなのに「これでまたひとつ桜が大人になったわ。いい仕事したわ私」みたいに考えていそうな清々しい顔をするなんて……性格の悪さに磨きがかかってますね。


「でも桜、大丈夫よ。頑張れば桐谷くんとは仲良くなれるはずだから」

「……ほんと?」

「ほんとよ」

「……うん、くよくよしてても仕方がないし私がんばる!」


 立ち直るのはやっ!?

 どう考えても受けたダメージの方が大きかったよな。なのに頑張れば仲良くなれるってことと、肯定の返事だけで立ち直るってどれだけ会長はポジティブなんだよ。


「それと、別に私は桐谷くんと恵那たちに比べたらそこまで仲良くなってないわよ」


 いや、秋本とは仲良くなったつもりは俺にはないです。会話すればするほど変態の部分が見えてくるので秋本への好感度は下がる一方ですから。


「でも先輩」

「何かしら?」

「最近は積極的に桐谷と仲良くなろうとはしてますよねー」


 秋本は、ニヤけた顔で月森先輩を見ながらそう言った。

 突如放たれた秋本の言葉に、俺と月森先輩は動きを止めた。


「……恵那、あなたは何を言ってるのかしら? 別に接し方は以前と何ら変わっていないわよ」

「いやいや、今日はかなり変わってるじゃないですか。あたしだけじゃなくて桐谷も思ったでしょうけど、先輩が真面目に勉強教えるとは思ってなかったですし」

「……それだけで私は変わってるって扱いをされているの?」


 秋本、確かに俺も思ったけど面と向かって言うやつがあるか!

 どうするんだよ、月森先輩のこめかみピクピクしているじゃないか! さっさと謝れ、じゃないとマジでキレるぞ先輩。


「あぁー正直に言えばわたしも思ってたぞ。勉強は真面目に教えんだなって」

「あなた達は私もいったいなんだと思ってるのかしら……まぁいいわ。とりあえず最後まで話を聞いてあげるわ。何で勉強を真面目に教えただけで仲良くなろうとしてるなんて解釈になるのかしら?」

「そりゃ先輩が真面目だったら桐谷は先輩を見る目変わりますもん。時間が進むにつれて桐谷、教材とかよりも先輩のこと見てましたよ。特に顔とか胸を」


 俺は秋本の言葉を聞いた瞬間、身動きを止めた。いや、止めたではなく止まったに等しい。思考も凍ったように止まり、秋本達のいるほうをただ見ているだけだ。


「き、桐谷くん……」


 月森先輩が、ギクシャクした動きでこちらに顔を向けて本当なのか? という感じに俺の名前を呼んできた。

 秋本が言ったことが事実だけに、罪悪感や恥ずかしさが湧き上がってきてしまい、すぐさま視線を逸らしてしまった。


「あれー先輩、顔真っ赤ですよ。まさか桐谷の視線に気づいてなかったんですか?」

「そそそんなことないわよ!」

「チナツ、それだけ動揺すると気づいてなかったって丸分かりだぞ。まあそれだけ真剣だったってことか」

「そう、それだけ真剣だったってことは桐谷のことを思ってるってことですよね。解釈を変えれば仲良くなろうとしてるってことじゃないですか。それにもうひとつありますよ」


 秋本もうやめてぇぇぇぇぇぇ!

 月森先輩の方がダメージ大きいだろうけど、俺にもダメージあるから! このままじゃ俺と先輩、先輩の方が早いだろうけど壊れるから!


「恵那、他におかしいところなんかあった?」


 誠、切り込んでくれてありがと! その調子でどんどん切り込んで!


「おかしいってことじゃないけど。誠、先輩さ、桐谷にコーヒー作らせてるじゃん」

「……今は手が止まってるみたいだけど、そうだね」

「インスタントなんだから普通はさ、自分の好みの味になるように自分で作らない? 自分で作らないにしたって甘いのがいいとか、苦い方がいいとか言うよね?」

「それはね……でも恵那、桐谷を困らせるためって考えたら千夏先輩らしいことだよ?」


 2人以外は口を開かず、妙な緊張感を持って秋本と誠の討論を聞いている……妙な緊張感を持っているのは俺だけかもしれないが。……いや、きっと俺だけだろうな。

 月森先輩は身動きひとつしていないから思考が止まってるに等しそうだし、氷室先輩は完全に聞き手になってる。会長は難しい顔をしているので、自分なりに秋本達の話を考えているのだろう……そんなふりをしているだけかもしれないが。


「そうだけど、さっき先輩言ったじゃん。好みと違う味だったら桐谷が自分のこと分かってくれてないんだ、みたいに思うってさ。それって、解釈を変えたら桐谷に自分のこと分かってほしいとかになるじゃん」

「あ……確かに千夏先輩って肝心なところは遠まわしにしか言えないって気がするし、恵那の考えはありえるね。他にも桐谷が作ってくれたのコーヒーなら味は関係ない、桐谷の作ってくれたものが飲みたいって解釈にもなるよね!」


 誠が秋本サイドに行っちまったァァァァァ!

 そういや誠は、生徒会で一番の乙女心の持ち主だったのを忘れた。ガールズトークみたいになったら今みたいになるに決まっている。

 何故断定するかというと、話しているうちにどんどんテンション上がって行ったからだ。


「なるなる! いやー先輩、桐谷の妹さんに付き合ってもOKみたいに言われた途端、積極的になったね」

「そうだね」

「誠ももっと頑張らないと、先輩に桐谷取られるよー」

「……! 何でそこで僕が出てくるんだよ! 別に僕は桐谷の……!」


 誠は言い切らなかった。いや、言い切らなかったというのは正しくない。途中でバンッ! という音が部屋に鳴り響いた。それによって遮られたのだ。

 音の正体は、テーブルを手で叩いたことで発生した音だ。テーブルを強く叩いた人物は、キッチンにいる俺を除いた生徒会のメンツに限られる。……ここまで言えば状況的に分かるだろう。そう、テーブルを思いっきり叩いたのは月森先輩だ。

 月森先輩はテーブルを叩いた後も、叩いた状態のまま立っている。顔が下を向いているので、前髪が顔を隠しているため表情をうかがうことはできない。


「……桜、奈々――」


 名前を呼ばれた会長と氷室先輩が意識を向けると、月森先輩は俯かせていた顔を上げた。

 顕わになった先輩の顔を見た瞬間、背筋に悪寒が走った。出会ってから今までで確実に1番と言えるものだ。

 月森先輩の顔は、不気味だと感じるほど笑顔だ。それでいて目は冷め切っている。そして……先輩から黒い何かが漂っているようにも見える。


「――誠と恵那の勉強は私が見るわ。あなた達は桐谷くんを見なさい」

「ちょちょちょっと先輩、そそその提案はきゅきゅ急すぎませんか?」

「そそそそうですよ、会長や奈々先輩だって……」

「別に私はいいよ、真央くんと仲良くなるチャンスだし。千夏が見た方がテストでいい点数取れるだろうしね」

「わたしも別に構わねぇ。そいつらよりも桐谷見る方が楽だろうしな」


 恐怖のあまり身体を震わせている1年。普段どおりでさらっと1年を切り捨てた2年。

 1年のふたりには同情するが、自業自得であるとも思う。ふたりを助ける気0の天然の先輩と小さな先輩には、今の月森先輩に関わりたくないんだなと感じた。それと同時に賢明な判断とも思った。


「桐谷くん」

「は、はい!」

「分かってるとは思うけど、別に私はふたりの言ったようなこと思ってないからね」

「あっ、はい、それは分かってます」

「……さっき私のこと意識したくせに、こういうとき即答……望ましい答えではあるけど、女としては傷ついた気がするわね」


 あのーなにブツブツ言ってるんですか? 俺、何か間違った返事とか不快にさせるようなこと言いました?


「あのー先輩、ひとりでふたり見るってのはきついというか、せっかく会長や氷室先輩だっているんですからさっきみたいな形でいいんじゃないかな。誠を先輩、あたしが会長に見てもらう形とかで」

「おい恵那、そっちの方が悪いのに僕だけに擦り付ける気か!」

「恵那、そんな心配することないわ。あなた達ふたりくらい大丈夫よ。誠、うるさいから黙りなさい」

「「……はい」」

「ふたりとも落ち込むことないわ。今までで1番の成績取らせてあげるから……」



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