第17話 ~生徒会、桐谷家へ その2~
ドアを開けると、リビングのテーブル付近にあるイスに座っていた、亜衣によく似た人物が話しかけてきた。
話しかけてきた人物の名前は桐谷由理香。俺と亜衣の妹にあたる。俺の2つ下、亜衣の1つ下の中学2年生。亜衣に似ているので美少女と呼べる顔をしている。無論血は繋がっている。
顔立ちのいい妹が2人もいると、何で俺だけ平凡なのだろう、と思ってしまう。親は俺と同じなのに。俺がもし女だったら美少女だったのだろうか?
なんて考えてみたが、現実は変わらない。俺は俺で、妹達は妹達だし。それに妹達は、大方母親の血を濃く受け継いだのだろう。
俺達の母親は実年齢よりも若く見える人だ。俺からしたら普通の母親って感じだが、学生時代は綺麗か可愛い系かは分からないがモテていたのかもしれない。前に、親が酔ったときにそんな話をしていた。詳しく知らないのは、朝から晩まで両親とも働いているので会話する時間がないからだ。
「ただいま」
由理香に返事を返しながら、生徒会に出すお茶の準備をするためにテーブルに向かう。キッチンではなくテーブルに向かう理由は、お茶を準備するのにかばんとかが邪魔だからだ。
個人的には汗もかいているのでさっさと制服から私服に着替えたい。それに勉強会に必要のない荷物も置きたいので自室に行きたいのだが、客人に何も出さずに自室に行くというのは失礼な気がする。客扱いするとつけ上がりそうな連中だから失礼でもない気がするけど。だけど、自室に行っている間に色々散策されそうだからな。
「おにぃーちゃん」
「っと」
テーブルに近づいていると、由理香が立ち上がって俺に抱きついてきた。
それほど勢いはなかったことと、由理香の背丈は俺よりも低い、なので会長のときのように倒れたりすることはなかった。
由理香は亜衣と違ってスキンシップを取りたがる甘えん坊だ。性格も強気な亜衣と違って内気な方だ。顔立ちはよく似ているが、由理香は亜衣よりも目つきは悪くない。まあ亜衣が悪いというわけでもないのだが。亜衣が由理香よりつり目なのと強気な性格なので、悪いように思えるだけで。
他の違いで言えば身体的な特徴になる。背丈は亜衣と由理香は同じくらいだが、亜衣より由理香のほうが髪を伸ばしている。亜衣は肩甲骨あたりだが、由理香は腰くらいまである。
がさつな亜衣より由理香のほうが人は女らしい、と言うだろう。ただ……胸は亜衣の方がかなり育っているんだ。
子供の頃から妹に抱きつかれるというのはよくあったので慣れている。なので由理香に欲情はしない。亜衣が抱きついてきたら……少し女として意識してしまうかもしれないな。理性が崩壊することはまずないだろうけど。思春期迎えてから亜衣が抱きついてくることはないし、アクシデントで身体が触れた場合でもお互いすぐに離れるだろうしな。
「えへへ……お兄ちゃん、何で顔を掴むの?」
「暑苦しいから離れろ」
室内は冷房が効いているので冷えているのだが、夏に人と引っ付きたくはない。それに今日は生徒会のメンツがいる。チラッと確認してみたが、由理香の行動に全員呆気に取られているようだった。会長だけは仲良さそうって感じで見てたけど。どこか羨ましそうな目をしている気がしたが……気のせいだろう。
「由理香、ずっとここにいたから冷たいよ?」
……うん、確かにお前の身体は暑い中帰ってきた俺からすれば羨ましいほど冷えてる。
だけど、お前に抱きつかれてたら最初は涼しくても、早いうちにお互いの体温で暑くなるから。それに精神的に暑いって感じるし。
がっちりと背中に腕を回して抱きついている由理香を離すため、由理香の顔を押しながら口を開く。
「俺は汗かいてるんだぞ」
「お兄ちゃんの匂いだから、別にいいもん」
俺に顔面を押されている由理香は、迷うことなく言った。
俺の匂いだからいいって、理由がおかしいだろ。スポーツマンの掻くような綺麗ってイメージがある汗じゃないんだぞ俺の汗は。
「俺の匂いだからっていいってな、良い匂いでもないだろ」
「お兄ちゃんの匂いは良い匂いだよ。汗をかいてても良い匂いだよ」
お前、本気で言ってるなら今すぐ病院に行ってこい。確かに人によって好きな匂いがあるだろうが、兄の匂いが好きはおかしい。
同じ家に住んでるんだから俺とお前の匂いは同じだろ。同じ匂いは嗅ぎ慣れてるはずだから分からないはずだ。しばらくの間、家にいないかったときを除いて。
そりゃ多少匂いに差はあるかもしれない。女性特有の匂いってのがあるわけだから。女性にも男性特有の匂いってのがあるかもしれない。だが、兄妹でその匂いを意識することはないだろ。お前や亜衣にそういうの感じたことないし。
「いいから離れろ」
「いーやーだ、まだお兄ちゃん分が補給できてない」
何だその訳の分からん成分は。世の中の兄にはそんな成分があるのだろうか、いや絶対にない。
そもそも仮にそんな成分があったとして、抱きつくことで補給できるってお前の精神的な問題だろ。そんなことで抱きつかれてたまるか。もうお前は中学2年生だろ、お兄ちゃんお兄ちゃんってついて回るような子供じゃないだろ。
あぁもう、面倒くさい。生徒会がいるからあんまりやりたくなかったんだが……今の状態を見られてるからもう遅いか。
「ちょっ、お兄ちゃ、あははは、ダ、ダメ、く、くすぐるのは、ひ、きょう」
「知るか、こっちはさっきから離れろって言ってるんだ」
「い、いや、せっかくのお休、みだもん。あは、わ、分かったから、離れるか、らやめて」
離れると言ったのでくすぐるのをやめると、由理香はその場に力なく座り込んだ。
まったく手間をかけさせやがって。高校生の兄が中学生の妹をくすぐるとかなかなかないことだぞ。それを家族以外の第三者、しかも非常識人達に見られた。明日、いや今日から弄られるネタになること間違いなしだろう。
くそ、由理香がいたばかりに俺が苦労する。
何で今日は友達の家に遊びに行かなかったんだよ。家にいて問題ない美咲のときはいないのに、問題のあるときは居やがって……。
「はぁ……はぁ……お兄ちゃんに汚されちゃった。由理香、もうお嫁さんに行けない……」
「汚れてねぇよ。堂々と嫁に行け」
まったく、なんでお前の思考は生徒会の面倒な連中に似たところがあるんだ。この非常識人予備軍め。
いや、こいつの妹らしからぬ行動に非常識人である生徒会が何も反応できていない。非常識人を呆気に取れるということは、由理香は充分に非常識人ってことだよな。
よくよく考えれば、俺のすぐに身近に非常識なやつがいたってことか。昔から由理香の俺への接し方って変わってないから、あまり深く考えてなかった。世間で言えば、由理香ってブラコンだよな。軽度なのか重度なのかは由理香以外知らないのでよく分からないが。
まあとりあえずこれは置いといて、固まっている生徒会のメンツをどうにかしないと
「……へ?」
生徒会の方に振り返って瞬間、胸部から腹部あたりに何かが衝突。突然のことで反応できず、その衝撃によってバランスを崩し、視界が上方向にスライドし始める。
視界に天井が映ったのとほぼ同時に、背中が床に打ち付けられた。痛みと息苦しさを覚えた次の瞬間、後頭部が遅れて床にぶつかった。ほぼ同時に来た2つの痛みに、反射的に目を閉じた。
痛い……うえに苦しい。……この背中を打っただけではない苦しさ、絶対何かが俺の体の上に乗っかっている。
この痛みに息苦しさ、それにシチュエーション。先月くらいに経験したような気がする。
「えへへ」
痛みに耐えながら目を開けてみると、目の前に可愛らしい笑顔が見えた。
くりっとした大きな瞳と赤みがかった髪。子供のような無邪気な笑顔、それに突然人に抱きつきそうな非常識さ。先ほど羨ましそうな目をしていたことなどから考えて、いやこれだけ揃えば考える必要もない。俺の上にはド天然生徒会長、天川桜が乗っかっていた。
いや違う。前回とは違って乗っかってるわけではない。床に倒れている状態なので、背中には回っていないが、抱きついていると言える状態だ。抱きつくというよりは、子供みたいにしがみついていると言ったほうがいいかもしれない。
前回と違うのはこれだけではない。会長は頬を俺の胸に擦り付けたりしているのだ。夏服ということと密着してることもあって、会長の大きくて柔らかく弾力のある胸の感触が伝わってくる。
それだけでなく、女性特有の甘い匂いが鼻腔を刺激する。当然俺の身体は緊張で急激に熱くなり始めた。
この状況をどうにかしようと、身体の痛みを忘れて会長に話しかける。
「な、何してるんですか会長?」
「えっとね、真央くんに抱きついてるの」
それは俺でも分かりますよ。俺が聞きたいのはそうじゃなくて
「何で抱きついてきたんですか?」
「妹さんと仲良さそうにしてたでしょ。だから私も、って思ったんだ」
うん、何言ってるのあんた。じゃれついてたから私も、って理由で抱きつくとかおかしいよね。人を押し倒す勢いでやるとか非常識だよね。
由理香を妹って認識したってことは、他のメンツみたいに思考は停止してないんだよな。だったら突然抱きつくような思考しないで、大人しく待っててくれ。
「それにー、私も真央くんの匂いが嗅ぎたくなっちゃったの。良い匂いって言ってたし」
笑顔で何言ってんの!?
あんたってあっち面の思考しない、いやできないくせに匂いフェチなわけ? ……そういや、家に入る前に匂いの話をしてた気がする。
ってこら! なに人の匂いを嗅ごうとしてるんだよ!
「あぅ……真央くんの手が邪魔する」
「邪魔するに決まってるだろ!」
生徒会のメンツ+由理香の前で押し倒された挙句、匂いを嗅がれるってどういうプレイだよ! あんたは甘えるとかに近い感じでやってるんだろうけどな、俺にはただの羞恥プレイだからな!
「さっさと退け!」
「嫌だ! まだちゃんと匂い嗅いでない!」
この変態!
あんた、いつの間に月森先輩や秋本側の人間になったんだよ。あいつらに影響されたのだろうか?
この人は簡単に色々と信じそうなだから可能性が充分にある。あいつらに今のようにしたら俺が喜ぶみたいなことを言われたなら会長は実行するだろうから。
元々そういう性癖を持っていたのなら……さすが現在の生徒会の長、というべきだろう。
「いい加減しろ!」
「あぅッ!」
誰かの怒声が聞こえた次の瞬間、会長が声を上げた。その後会長は、俺に近づこうとするのをやめて後頭部を両手で押さえた。
会長に制止をかけたのは小さな先輩こと、氷室奈々先輩だった。
ありがとう氷室先輩、会長を止めてくれて。でも、かばんで思いっきり叩くのはさすがにひどいと思います。空のかばんじゃないんですから。会長はガチで涙目になってますよ。
何で分かるかというと、俺が会長の下にいるからだ。会長は俺の上に座っている状態なので、会長が顔を俯かせていても顔がよく見える。
会長、頭が痛いのはよく分かる。会長の顔を掴んでたから俺にもかなりの衝撃が伝わってきたしね。
だけどさ、さっさと退いてくれないかな。正直に言って重い。見た目の割りに重いってことではないが、腹だけに座られたら子供でも重たいのだ。会長は身長は平均くらいだが、平均より遥かに発育していらっしゃる。つまり背丈が同じくらいの女子より重い……スタイルいいから変わらないかもしれないけど。まあ腹だけに乗られたらそのへんがどうであれ重いのだ。
腹に力入れてないとグホッ! ってなるから力は抜けない。視線を下にし過ぎると下手したら会長の下着が見えるかもしれない。そのため視線もほとんど動かせない。
なので早急に退いてほしい。
「な、なにしゅるの?」
「何するのじゃねぇよ。人を押し倒した後に変態みたいな真似するんじゃねぇ!」
「真央くん、奈々ちゃんが……」
いやいや、何でここで俺に助けを求めてくるの? 俺は普通ならあなたに怒鳴ってる立場の人だよ。
そりゃ教材とか入ってるかばんで叩かれたことには同情するし、泣きそうだから助けてあげなきゃって気分にはなる。だけどさ、俺はあんたを助けないよ。
元はといえば自業自得なわけだし、全然人の上から退こうとしないふざけた人だしね。
「会長、さっさと退いてください」
「だそうだ」
「あぅー」
氷室先輩に首根っこを掴まれた会長は引きずられるようにして俺の上から退いた。いや、退いたというより退かされたと言うべきか。
それにしても、氷室先輩のどこに自分より大きな会長を引きずる力があるのだろうか? 会長が未だに助けて、みたいな目で見てるが、それは無視する。……お願いだから濡れた子犬よりも助けてあげたくなるような目で見ないで。罪悪感とかが湧いてきて俺の心が揺らぐから。
「あぁ……たんこぶとかできなきゃいいが。……適当に座っといてください、お茶出すんで」
「桐谷くん、あなた大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょ。受身も取れず、会長まで乗ってたんですから痛いです」
「え、あっ、うん。それは言われなくても分かってるわ。私が言いたいのは、何とも言えない空気を感じているはずなのに、全てスルーして話を進めようとしているから、頭の打ち所が悪かったんじゃないかってことなんだけど」
頭の打ち所が悪かったなら気絶するなり、話すことがおかしくなってますって。
俺だって妹とあなた達から発せられている「……誰?」みたいな空気は感じ取ってますよ。そして両方知っている俺に説明しろってこともね。
でもさ、話すにしたって落ち着いて話しましょうよ。座ってお茶でも飲みながら。
「ダ、ダメ! お兄ちゃんに近づかないで!」
由理香、何故に俺のプランを破壊するんだ。
というか、言うなら言うで俺の後ろに隠れないで言えよ。俺を盾にするな、月森先輩は平気な顔で何かやってくるんだから。
「こ、この……美人!」
……月森先輩に悪口言うつもりだったんだな。くまなく悪口言えるところを探したけど、女性の理想のような見た目だからなかった。でも何も言わないわけにもいかず、率直な感想言ったんだろう。
それを月森先輩も分かっているようで、悪口を言うような口調で褒められた場合はどういう顔をすればいいのだろう。喜ぶべきか悲しむべきか、といった感じに悩んでいるようだ。
「えーと……一応ありがとう」
「うぅ……お兄ちゃん!」
うるさい! 背中に密着してるのに大声出すな、軽く耳鳴りしたぞ!
「この無駄におっぱいが大きい人は誰なの!」
無駄に大きいってのは失礼だろ。あの人は意外と打たれ弱い人だから、お前みたいにノリとか流れ関係なく無駄とか言われると傷つくんだぞ。お前が無駄って言った瞬間、ボソッと「む、無駄……」って言ったの聞こえたし。
そりゃお前は胸小さいほうだから気にしてるのは知ってるよ。亜衣とケンカすると胸の話になるから。余談だが、ふたりのケンカのきっかけは亜衣にもっと女らしくしろって由理香が言って……ってのが大半だ。
「とりあえず落ち着け。この人はな、俺の」
「恋人よ」
「行ってる学校の先ぱ……はあ!?」
この人は突然何言ってるのだろうか。俺はあなたに告白した記憶はないし、あなたに告白された記憶もない。
「あら、何を驚いてるのかしら?」
月森先輩はそう言いながら、俺に近づき、片腕に抱きついてきた。
月森先輩は胸に押し付けるような抱きつき方をしているので、胸の柔らかさや弾力を感じる。会長のよりも凄い。
これだけでも俺の緊張はピークに達しそうなのに、先輩と背丈がほとんど変わらないこともあって、先輩の綺麗な顔が真横にある。
前に月森先輩に後ろから抱きしめられたことがある。だけどあのときは恐怖心があったので、俺の中では抱きしめられている、ではなく捕縛されているだった。
しかし今回は違う。月森先輩に恐怖心なんて微塵も感じない。寧ろ安堵感を覚えそうなほど優しい笑みを浮かべている。……このままじゃ俺……鼻血出すかも。
「なななな、おおおおお、お兄ちゃんどういうこと!」
背中に隠れていた由理香が動揺しながら大声を上げた。それと同時に、月森先輩のように空いている腕に抱きついてきた。
「知るか……」
「どういうことってそのままの意味よ。あなたが無駄って言った私の胸を、あなたのお兄さんは好きなの。大好きなの……愛してくれてるのよ」
そういうことかよ!
あんた、由理香に胸が無駄に大きいって言われたことに怒ってるんだろ! それを「そんな大きい胸でも将来的には垂れるんだから。今だけチヤホヤされるだけで、将来的には脂肪の塊じゃん」とか余計な深読みしたんでしょ。
それでよりへこんで、由理香への怒りを上げましたよね。普段のあなたなら中学生に言われてもさらっと流しそうですから予想できますよ。……いや待てよ。
先輩は普段胸を自分が楽しむために使うけど、本当は大きいことを気にしているとか。この前かなり恥ずかしがっていたし。胸が大きいことをコンプレックスって思わないように、楽しむために使おうってしているとか。
もし胸がコンプレックスなら由理香が失礼なことを言ったことになる。謝るべきだよな。
「あの先輩」
「ふふ、なにかしら真央くん」
もうやめて、お願いだからややこしくしようとしないで!
さっきまで普通に桐谷くんって言ってたよね! 何でこのタイミングでいかにも付き合ってますよ感を出してくるんですか。
「お兄ちゃん、どういうことなの! 恋人って何!」
「とりあえずお前は黙っ」
「恋人は恋人よ。あなたは恋人って意味も分からないのかしら? あぁーごめんなさい、あなたにはまだ早い言い方ね。あなたが分かるように言ってあげる。彼女よ」
「由理香だって知ってるもん!」
あんたも黙ってェェェェェェ!
何で人が由理香を落ち着かせようとしているのに、由理香を煽るようなこと言うのさ!
これじゃいつまで経っても平和な時間が来ない。
「さっきから騒がしいけど、何かあった……」
由理香の大声や会長の一件で騒音が鳴り、それが気になった下にきちんと短いズボンを履いた亜衣がリビングに来た。視界に俺達を捕らえた瞬間、動きを止めたのは言うまでもない。
リビングには最初のまま棒立ちの誠、途中からニヤニヤし始めた秋本。首元を掴まれている会長に掴んでいる氷室先輩。そして……妹と美人に抱きつかれている兄がいたのだから。
「えっと……兄貴、どういう状況?」
「それはだな……」
ここで俺に説明を求めてくるか……まあ由理香に聞くよりは俺に聞くか。今日初めて会った生徒会のメンツに聞くわけないし。
今の状況を説明……難しいな。由理香が先輩に悪口を言い、それに腹を立てた先輩が俺に抱きついて由理香を煽った。それで売り言葉に買い言葉が続いて今に至る……わけだけど、抱きつくってところに絶対突っ込まれるよな。
「あぁー説明しにくいことってことは何となく分かった。うーん……由理香が抱きついてるってだけなら問題ないんだが……」
「えええ恵那、この兄妹おかしいよ」
「あっ回復したの。誠、そのおかしいと思ってる兄妹で妄想してるあんたも充分におかしいよ」
「ねぇ奈々ちゃん、千夏はいいのに何で私は抱きついたらダメなの?」
「サクラ、お前のは抱きつくんじゃなくて飛びつくだ。それにお前とチナツじゃ抱きついてる目的が違うんだよ。というか、あいつに言うと面倒なことになりそうだから言いたくねぇ」
「それは私との差別じゃないかな?」
「うるせぇ、変態ってことを自覚してるやつより無自覚な変態を止めるのは当たり前だろうが。それにお前な、キリタニに痛い思いさせたの分かってんのか?」
「……分かってるよ、ドスッ! って音鳴ったし。だから謝る!」
「そうかって行かせねぇよ! ほんとテメェは自分の欲望を満たすためなら頭が回るやつだな!」
……何か同じリビングのはずなのに、俺の居る場所とあっちが居る場所じゃ空気が違う気がするなぁ。生徒会の会話は普段ならツッコミしてそうなおかしいものも混じっているのに、今は平和だなってしか思わない。こっちカオスで、あっちピースって気がする。俺もあっちに行きたい。
「なあ兄貴」
「嘘吐かないでください、お兄ちゃんから彼女ができたなんて聞いてません!」
「何だ?」
「あら、兄妹だからって別に報告する義務はないでしょう。私だって家族に言ってないわ」
「そのさ、兄貴の腕に抱きついてる人って」
「そっちのことなんか知らないもん! 由理香のお兄ちゃんは、あなたと違って大事なことはちゃんと言う人だもん!」
「兄貴の」
「言わないと思うわよ。あなたみたいに嫌がっているのに甘えようとする妹がいるんじゃ……ね。言ったら今みたいに騒ぎそうだもの」
うるせぇなこの2人。全然亜衣との話が進まない。
亜衣も似たようなこと考えているようで頭を掻いている。何やらブツブツと呟いているようだが……
「違うもん、お兄ちゃんは素直じゃないから嫌がってるフリしてるだけだもん!」
「……ほんとあなたって自分勝手な妹ね。あなたが妹なんて真央くんがかわいそう」
「だぁぁぁうっせぇな!」
突如亜衣が怒鳴り声を上げ、一同は話すのをやめて視線を亜衣に向けた。
「人が状況理解しようとしてんのに、何でギャーギャー騒ぐんだよ。そっちの4人は普通に話してたから別にいいんだけど」
「だ、だってお姉ちゃん、この人がお兄ちゃんの恋人って嘘言うんだよ」
「嘘って証拠がどこにあんだよ、このブラコン! 兄貴だってな、もう高校生なんだよ。恋人がいたって何にもおかしくねぇだろうが!」
「で、でも! 由理香達に何にも言わないなんて……!」
「おかしくねぇよ! 兄貴だって私らに言えないこととか言いたくねぇことのひとつやふたつはあるだろうさ! 私だって兄貴やお前に言いたくないこととかあるしな」
亜衣のやつ、ガチで説教してるな。普段は「うるせぇな、私の勝手だろ!」とかしか言わないのに。ちょうどいい機会だから言っておこうってことか。
俺に言いたくないこと? ……いったいなんだ。
実は彼氏がいる? ……いや、亜衣なら普通に言いそうだよな。恋愛関係の話題になったときは「出来たらちゃんと紹介するって」とか言ってたし。こいつ、妹を彼氏に取られたくないんだな、って思ったやつに言っておく。平凡な俺と違う妹達に彼氏ができないことの方が心配だっつうの。彼氏を連れてくる? 大いに結構。寧ろウェルカムだ。俺に家にいてほしくないってなら、家から外出だってしてやるさ。
まあ深く考えなくていいか。性別の違いとかで話したりできないことだってあるんだし。例えば年頃の女子ってことで下着とか。亜衣はすくすく成長しているようだし。下着を買い換えるか悩んでても、男の俺に話すわけないだろうしな。
「あっちの妹さんは意外とまともなのね……」
「兄貴に抱きついてる人!」
「え、はい!」
「おそらく兄貴の恋人ってことが何かの弾みでバレて、ブラコンの妹が噛み付いた。それでケンカになった、って状況から予想した。他にも兄貴の性格からしてあんたみたいな美人と付き合ってるとしたら、周囲には黙っているだろうってことからもだけど」
後半はいらないだろ。なに俺を堂々と付き合えないへたれって長年一緒にいた実の妹が断言してんだよ。
「もしあんたが兄貴の恋人だって言うなら……」
「……なら?」
「まずバカな妹にあんたに謝らせる。そんで今後二度とこんなことにならねぇように私がどうにかする。だからこそこそしねぇで堂々と兄貴と付き合え。兄貴にも私から堂々と付き合うように言ってやっから」
やべぇ、亜衣が何かカッコいい。
それに月森先輩にここまで上から言えるとは……俺だけでなく、生徒会全員驚いてる。というか呆気に取られている。月森先輩は亜衣の迫力に押されてる感じだ。
「お、お姉ちゃん、その人が恋人って決まったわけじゃ……!」
「黙ってろブラコン、今はそっちの人に話してんだよ! 話を戻すけど、あんたが恋人ならさっき言ったようにする。恋人でないなら……」
「……ない……なら?」
亜衣のやつハンパねぇ!
なんたってあの月森先輩をビビらせてるんだから。何で分かるかというと、俺へのしがみつき方が変わったからだ。
詳しく言うなら、今は腕に胸に押し付けるようにして抱きつくのはやめて、片手はそのまま腕に絡めている。もう片方は制服を握り締めている。
「……とりあえず妹の前で兄貴とイチャつくのはやめてくれ。大人しくさせるのが面倒だから。私の勘だけど、いつも今みたいに兄貴のことからかってんだろ? 何かお姉さんが兄貴のこと弄ってんの簡単に想像できるしさ。それがお姉さんと兄貴らしいスキンシップって感じもするし」
えぇ!?
俺が弄られるのがそんなに想像できるの。弄られたのなんて生徒会入ってからが初めてって感じなんだけど。
亜衣、俺はお前を今すぐ病院に連れて行きたくなってきた。
「それに、まあこれも私の勘なんだけど、お姉さんって見た目からは甘えさせるって感じなんだよ。でもほんとは甘えたいほうなんじゃねぇかな」
「な、なにを……」
「兄貴が好きだからアピール、って感じには思えないんだよな。弄ったりするために身体を触れ合わせるってのは異性に対してはやりすぎな気がするし。兄貴ってさ、私らの面倒見てきたからだろうけど包容力がそのへんのやつよりはあると思うんだ。包容力っていうよりは甘えやすいって感じかもしれねぇけど。私は兄貴はなんだかんだで最後は許してくれるって人に感じるからさ。お姉さんもそんな感じで兄貴に色々とちょっかい出す形で甘えてんじゃないの?」
……何か物凄く身体中が痒くなってきた。亜衣にガチで褒められるって滅多にないし、今回のようなことは初めて言われた。
妙に動揺しているように思えた月森先輩は……
「「…………」」
月森先輩の方に顔を向けると、月森先輩も俺の方に顔を向けていた。
月森先輩は、俺と視線が重なると徐々に顔を赤らめ始めた。
「ち、違うのよ! 別に甘えたいとか思ってるわけじゃないわ!」
俺から一瞬にして1メートル以上離れ、図星だったと思えるようなことを言ってきた。
ほんとにこの人は一度崩れると別人みたいになるな。それに亜衣の言ったことが当たってるなら、今からこの人の見方と接し方が変わる。
「そ、その……誠とか奈々とかと違って弄れる範囲が広いし、動揺したり冷たい反応したりと色んな反応するから、からかうのが楽しいのよ! それだけなんだから!」
「なに言ってんだよあんた、俺はあんたのおもちゃじゃねぇよ!」
最初の「そ、その……」ってときにした期待を打ち砕くのはいいよ。俺だってそんなに期待したわけじゃないから。でもさ、おもちゃにするのが楽しいってのはひどいだろ。期待を砕くにしたって他に言い方があるだろうよ。見た目が釣り合わないとか、年下は嫌だとかさ。
「別におもちゃでいいじゃない。桐谷くんだって美味しい思いできてるんだから!」
「いいわけないだろ、それにだ、別に美味しい思いをしたいとか思ってない。というか、妹の前で言うなよな!」
「桐谷くん、思ってないってのはどういう意味よ。私に魅力がないってこと?」
「何でそこに食いつくんだよ!」
「2人ってそれなりに仲良いんですね」
「ん、まあそうみてぇだな。というか、おめぇの兄貴はそれなりに全員と仲良いと思うぞ。少なくても嫌ってるやつはいねぇ。……あいつは2、3名ほど嫌ってるやつがいるかもしれねぇけど」
「何で私を見たの奈々ちゃん?」
「先輩、チラッとだけどあたしのこと見ましたよね」
「僕は違うのか……」
「まあ大丈夫と思いますよ、別に家で文句とかは言ってませんし。本気で嫌ってるなら愚痴とか聞かされるでしょうし。突っ立ってるのもなんですからイスに座ってください。お茶出すんで」




