第16話 ~生徒会、桐谷家へ その1~
何でこうなってしまったんだろう。
目の前にあるのは俺の家。どこをどう見ても、物心ついたときからこの目で見てきた一般的な家庭が住んでいると分かる二階建ての家だ。
まぁ目の前にあるものはおかしくない。というか、学校から帰ってきて自宅がおかしかったら即行で親に連絡している。仕事中で申し訳ないと思うが、それ以上に優先すべきことだからな。
いったい何がおかしいかというとだ、それは俺の後ろにいる存在だ。
「ここが桐谷の家ね。実に平凡って感じ」
「おい恵那、失礼だろ」
「ねぇねぇ千夏、真央くんの家の中って真央くんの匂いがするんだよね?」
「えぇそうよ。というか、桐谷くん以外の匂いがしたら大変だと思うわ」
「お前らってどこに来てもブレねぇな。いきなり来て申し訳ないって気持ちねぇのかよ」
今ので分かるとおり、俺の後ろには生徒会ご一行様がいる。
何でいるかというとだな。
現在は少し時が流れ1学期末のテスト直前。それで今日は昼まで土曜学習があった。生徒会は部活動と違ってテスト前でも活動するのかと思って生徒会室へ。生徒会室では勉強会が開かれていた。仕事の有無を聞き、無いと分かったので帰ろうとした。
そしたら「桐谷くんの家に行きましょう」と何の前触れもなくある先輩が発言。心がお子ちゃまな先輩とノリのいい同級生がフィーバー。小さい先輩とボーイッシュな同級生は会話に参加せず、助ける気はなかった。反対はしたのだが、「桐谷くんの家の場所知らないと困るわ。もし休んだときに大切な書類とか資料があったときに届けられないじゃない。ついでに勉強会も桐谷くんの家でしましょう。私が勉強見てあげるわ」と言われ、学校に家族がいるわけでもなく、学年でトップクラスの先輩に勉強を見てもらえるということなので仕方なく了承。
ということがあって、今に至る。
「奈々、桐谷くんの許可は取ったじゃない。申し訳ないって思う必要はないわ」
「いや少しは思えよ。キリタニと小さい頃からの付き合いじゃねぇんだから。親御さんだっているかもしんねぇだろ」
「大丈夫、ご両親と上手くやる自信があるから」
「月森先輩、何であなたは俺の嫁みたいな立ち位置なんですかね?」
「もう、俺の嫁だなんて桐谷くんったら」
あなたも秋本に負けないくらいキャラの引き出しが多いですね。
Sッ気がある人って大抵色んなキャラを持ってるもんなのかね。そういやSってサービスのSとかテレビでチラッと聞いた気がする。相手が喜ぶような人間になれるってことならキャラが多いのは必然なのかもしれない。
だけど、これだけは言っておきたい。俺はあなたにキャラを変えてほしいとは望んでないです。そもそも月森先輩、あなたの普段のお姉さん的なキャラって演技ですよね。この前生徒会室で俺が胸見たってことを秋本が言ったとき、胸を隠しながら顔真っ赤にしてましたし。あれが先輩の素……はい、これ以上考えないのでその不気味なほどイイ笑顔やめてください。
「とりあえず中に入りましょうか。あぁそれと氷室先輩、両親は仕事で夜まで帰ってこないんで気にしなくていいですよ」
「誠、親いないんだってよ。これは……」
「えっと、つまり、その……」
「そう!」
「そこの2名は今すぐ帰れ」
そう吐き捨てて、家のドアに手をかける。
何で秋本と誠は昼間だというのに考えることがあっちなのだろうか。平日はまだ授業が終わった後だから分からんでもない。これから夜に向かうって時間帯だから。……夏なんだから7時くらいまで明るいだろってツッコミはなしで。俺だって理解できないのを頑張って理解しようとして色々と妥協してるんだから。
年頃の男子である俺でさえ、そこまでエロいことは考えないぞ。平日は月森先輩とか秋本の所為で考えさせられるけど。
「ただいま」
「ん、おかえりー」
『お邪魔しま……』
玄関のドアを開け、帰宅したときに言う定番の言葉を言いながら中に入ると、ちょうど亜衣が廊下にいたようで返事が返ってきた。
俺に一歩遅れて入ってきた生徒会のメンツは予想外にも礼儀正しい行動をした。と思ったが、途中でやめてしまった。
何故に途中でやめるんだ。途中まで言ったのなら最後まで言おうぜ。
そう思いながら振り返ると、何やら全員驚いた顔をしていた。何に驚いているんだと思い、全員の視線の先を見てみる。
視線の先に見えるのは、家の廊下。それと妹の亜衣。
廊下に驚くような物はないので原因は亜衣にあるだろう。考えられる原因は……俺と亜衣が似ていないから妹だと思われておらず、俺が女を連れ込んでるというパターン。実にエロい生徒会らしい思考のひとつだろう。
これ以外となるとだ……しいて挙げれば亜衣の服装だな。
亜衣の今の服装は、上は胸しか隠していない服のみ。下は何も履いておらずパンツのみ。オプションとして右手に棒アイスを持っている。棒アイスは現在亜衣の口の中に入っている。それにしても、くそ暑い中、学校から帰ってきた兄の前で美味そうにほうばりやがって……。
じゃなかった。よくよく考えれば、今の亜衣の姿は見慣れた俺からすれば普通の光景だが他の人はおかしな光景か。
まあ今考えたどっちか、または両方の理由で生徒会のメンツは固まってるんだろう。
「なぁ亜衣」
「ふぁに?」
「アイスを抜いて話せ、といいたいところだが、まずは着替えろ。人が来てるんだから最低でも下に何か履け」
俺がそういうと、亜衣はポンと音を鳴らしてアイスを口から抜いた。
何で音を鳴らすかなお前は。それを見せられるこっちは、アイスをいかにも美味そうに、味わって食べてる感じがして妙にイライラするんだぞ。
「そういやそうだ。最初に言ってくれよ」
「ただいまの次に言っただろ。いいからさっさと着替えに行け」
「んー」
亜衣はアイスを咥えて返事を返すと、マイペースな足取りで自分の部屋へと歩いて行った。
いつまでも玄関で突っ立ってるわけにもいかないので、靴を脱いで家に上がる。上がってからほんの少し後悔した。
普段ならきちんと靴の先をドアに向けた状態で脱ぐのだが、今回はやらないで上がってしまった。いつものように揃えようとすると、かがむ必要がある。つまり生徒会のメンツにパンツを見る気か、などと言われかねない。
なので靴を揃えるのは諦めて、生徒会のメンツの方に振り返る。
「突っ立ってないで入って構いませんよ」
『……ちょ、ちょっと待って!』
飲み物でも用意しようと思い、リビングに向かおうとすると、ハモった声で静止をかけられた。
そこはお邪魔します、でいいところだろうに。
「何です?」
「いや、えっと、その」
「桐谷、あの子誰さ?」
「俺の妹だが」
質問されたので嘘偽りのない返事を返した。
すると、信じがたいというニュアンスで「妹……」とボソッと会長を除いた全員が呟いた。会長だけは「そっか、妹さんかぁ」と、亜衣の存在に納得しているようだ。
反応からして会長以外が次に発する言葉は大体想像がつく。普通なら失礼にあたるだろうが、この連中は非常識の塊だ。堂々と言ってくるだろう。
「えー桐谷くん、血は……」
「繋がってますよ。月森先輩、似てないってのは俺も分かってますが、義理の妹と……みたいな発想は捨ててくださいね」
秋本と誠は妄想するのやめろ。
誠は妄想すると顔が赤くなるから分かるけれども、何で秋本まで分かったかと言うとだな。
秋本は誠のように顔は赤くしていないが、ブツブツ呟いている。妙にテンションが上がっているようなので善からぬことを考えてるに違いない。
「ええ、そこまで動揺もせず、はっきり言われたからには実の妹さんってことは信じるわ」
「そうですか、じゃあさっさと入ってもらえます? 誰か来た時に迷惑なんで」
「そうね。でもあとひとつだけ聞いていいかしら?」
変な誤解をされたくないので別にいいのだが……玄関のところでやらないといけないことだろうか? いや、先輩もそのへんは分かってるだろう。
この人は特定の相手(弄っても問題ない生徒会メンバー)以外には迷惑がかからないようにする人だろうしな。学校じゃ何の噂も立ってないし……美人とかそういうのは別だけど。
だからあまり長くなるような内容じゃないだろう。ならさっさと終わらせたほうが賢明か。
「なんです?」
「妹さんって見た目からして中学生くらいよね?」
「ええ、それが何か?」
「そのね、私だけじゃないと思うのだけれど、中学生って思春期を迎える頃でしょ。女の子って男の子に比べたら早熟なことが多いから、妹さんも迎えてるわよね」
そりゃ迎えてますとも。そこにいる生徒会長様じゃないんですから。会長さん、何で俺が見てるんだろうって首を傾げなくていいです。それが分かるならあなたは天然でもないし、ちゃんと思春期迎えてるだろうから。
「迎えてると思いますよ。で?」
「で? って……だからさっきの妹さんの服装がおかしいって思うのよ。思春期の女の子が、兄とはいえ年頃の男子の前でする服装じゃないわ」
と言われても……亜衣が自分でやってることだしな。あいつが見られてもいいのなら、俺は別にいい。別にあいつの下着姿に欲情とかしないから。そもそも夏場になってから毎日のように見てるから、あいつのああいう姿は見慣れてるんだよな。
「先輩、世の中には腐るほど人間がいるんですよ。うちの妹のように、家族になら見られても平気ってやつもいますよ」
「……まぁいてもおかしくはないけれども。あの子の将来心配じゃないの?」
「別に。あいつの人生ですし。それに別に露出狂とかでもないですから。普段は家族以外の前では下着は見せませんよ。今日は先輩達を突然連れて来たからあの姿だっただけですけど」
堂々としていたのは先輩達が女だった……からだろう。下手をしたら男の前でもあの格好で堂々としている可能性もあるが。ここ数年男友達を連れてきていないので分からないけど。男友達と遊ぶときは俺が行ってたし。俺の家だと妹がいて友人が気まずかったりするだろうから。
「先輩だって自分の家では俺の妹まではいかなくても気楽な格好するんじゃないですか? 秋本とかは俺の妹と同じレベルだと思うけど」
「ちょ、何で知ってんのさ!」
知ってるわけないだろ。お前の性格から推測しただけだ。お前って亜衣に似てがさつなところありそうだし。寧ろ亜衣よりがさつな気がする。一応亜衣は家事とかできるから部屋綺麗だし。
「……まさか、桐谷」
「お前のストーカーとかしてないぞ」
「あ、あんな姿見られたかと思うと恥ずかしい」
何で続けるんだよ。俺はお前の家の場所知らないからな。お前と初めて会ったのもこの前の生徒会役員の顔合わせのときだから。
「あら、大丈夫よ恵那。私の方が凄いから」
「いや、あたしは桐谷の妹レベルですよ。それより凄いって、先輩はどんな格好するんですか」
「ふふ、私は……は・だ・か、よ」
…………。
……何さらっととんでもないこと笑顔でカミングアウトしてんの!? 今回のはマジでやばい、だって俺だけじゃなくて全員驚いてるから! 会長はとりあえず俺達が驚いたから合わせただけだけど。何でこういうときだけは空気読めるのあんた。
って会長は今はどうでもいい。裸って何だよ、亜衣の服装からの流れからして風呂とかの話じゃないよな。月森先輩って家の中じゃ裸なのか……それって露出狂だよな。秋本と同じように、実はM、疑惑が浮上するとは思ってもみなかった。
裸の月森先輩……白い肌が丸見え……あの爆乳と呼べる胸がきっとすっごく揺れる。……だぁぁぁぁ! ストップ、ストップだ俺! まだ昼だぞ、考えるにしても先輩達が帰った夜だ! このまま考えてたら鼻血出るから善からぬことを考えたってみんなにバレる。バレたら最低、という冷たい視線で見られるに決まってる。下手したら家族にも見られかねない。
……よし、最悪のパターンを考えたら落ち着いてきた。
「月森先輩、人の家で爆弾のような冗談言わないでもらえますか」
「ふふ、ごめんなさい。でも桐谷くんは良かったでしょ」
「何がですか?」
「夜のオカズ」
昼間っから、そんなことさらっと言うなァァァァァ! あんたの所為で意味が分かってない会長以外は顔真っ赤だろうが! 間違った、秋本は顔赤くしてない。こいつは月森先輩側の人間だった。
「オオオオ……」
「マ、マコト、それ以上言ったら殴るぞ! チ、チナツ、テメェも昼間っからぶっとんだこと言うんじゃねぇ!」
「昼間がダメってことは、夜はいいのね。何時に電話すればいいかしら?」
「そんな内容で電話すんな! テメェな、この前わたし達の前で失態を晒したからって、今日のは冗談が過ぎるぞ!」
氷室先輩、もっと言ってやっちゃって!
会長は話についていけずにオロオロしているなぁ……話がややこしくなるのはご免なので、あなたはそのままオロオロしておいてください。
状況を悪化させそうな秋本は……誠の耳元で何か囁いているな。内容は間違いなくエロいことだろう。誠の顔が赤いから。秋本を止めたほうがいい気もするが、放置しておけば状況は悪化しない。……放っておこう。
「もうそんなに怒らないで。私もさすがに言い過ぎたと思っているから。これでももっと言いたいのを我慢しているのよ」
「知らねぇよ! そんな冗談ばっか言ってると、友達なくすぞ!」
「そ、んな……奈々は私を捨てるの?」
あんたは何でそんな今にも泣き崩れそうになってんだよ! というか、そのへんの女優よりも演技上手いな! 今すぐ女優になれば成功するんじゃないか!
「……捨てねぇよ。わたしが捨てたらお前を止めるやつがいねぇから」
氷室先輩、善い人過ぎるぅぅぅぅ!
だけど完全に月森先輩に怒りの矛先をヘシ折られた。
俺、この前よくこの人をあんなにできたな。いや、この前あんなにしちゃったから月森先輩が二度とあんな姿は見せないって決意したのか。今後のことを考えると……自分で自分の首絞めたんだな俺。
「ありがと奈々。でもね、私だって冗談ばっかり言ったわけじゃないのよ」
「どこに本当の要素があったんだよ?」
「裸のところよ。あっでも、さすがに裸で家の中をうろついてるわけじゃないわ。私でもさすがにそれはまだできないから。一人暮らししてるなら別だけど」
ですよねー……って一人暮らししてるならやんの!?
「じゃあ嘘じゃねぇか」
「そうね、半分嘘になるわね。裸なのは寝るときだけだもの」
「はい先生!」
まさかの発言に全員が凍った中、ひとりだけ勇者がいた。この場の空気に合わせたかは知らないが、別に先生じゃなくてもいいと個人的に思う。
「何かしら?」
「先生は何で寝るとき裸なんですか?」
勇者(会長)スゲェ!?
人の家の玄関で堂々と質問しやがった。しかも目をキラキラさせて。
「ふふ、それはね……裸で寝た方が気持ち良いからよ」
「へぇーそうなんだ。じゃあ私も今日……」
「会長、会長にはまだ早いです!」
「チナツ、サクラに冗談言うな! すぐに信じるんだから!」
誠が会長、氷室先輩が月森先輩にツッコんだ。
氷室先輩はいいとして、誠がツッコむとはびっくり。てっきりまた妄想するかと思ってたし。
「分かったわよ。本当のこと言うわ。パジャマ着ると胸が苦しいのよ。背伸びとか、寝返りしたらボタン飛んじゃうこともあるし。裸が楽なの」
「事実はわたしやマコトに対してのあてつけかよ! というか、パジャマじゃなくていいだろ! 男もんのでかい服でも着ればいいだろうが!」
「あぁーそれは良い考えね。裸よりも上だけYシャツとか着てる方が妙にエロく感じるし」
「……ダメだこいつ。友達でいんのやめようかな」
氷室先輩、ついに折れたな。
まあ月森先輩も満足したようだから移動できるだろう。靴を脱ぎ始めているし。
はぁ、妹に今の話聞かれてないといいんだが。色々聞かれるの面倒だし。
ドアがきちんと閉まっていれば、そこそこ防音性の高い家だ。妹がドアさえきちんと閉めておけば大丈夫の可能性がある。……でも色々と聞かれるか。生徒会の中で誰が好きなの? とか。
気分が沈んだ状態でリビングに向かって先頭で歩いて行く。……とりあえず先のことはいいから、今のことを考えるか。
そう思い、お茶を出した後は制服を着替えようと考え、リビングのドアノブに手をかけた。
ドアノブを下に45度ほど倒してロックを外し、その状態のままドアを押す形で開ける。
「……あっ、お帰り、お兄ちゃん」
リビングに入ると、亜衣によく似た顔をした人物に声をかけられたのだった。




