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生徒会!? の日々  作者: 夜神
1学期
12/46

第12話 ~取扱説明書がほしい~

 休日が明け、再び始まった俺の高校ライフ。

 今日からまた周囲の視線が……、と思うだけで気分が滅入る。それに加えて、7月を迎えたことによってこれから日に日に暑さが増していく。6月でも晴れてたら充分に暑かったし。

 登校する朝はまだいいが、昼になるにつれて絶対暑くなる。というか、暑くなった。どれくらい暑かったかというと、男子どもの視線が俺に向かないくらい。

 何たって今日は窓を開けても風がなかったからね。暑さでぐったりするやつ続出してたよ。特に日光が直接当たる窓側の生徒。

 絶対地獄だっただろう。でも8月に向けて日に日に暑くなって行くわけだから、これからが本番なんだよな。教師次第で全体の机の位置が廊下側にズレることもありえるだろうな。


「……今はどうでもいいか。暑い中頭使うなんて疲れるだけだし」


 現在、帰りのHRを終えて生徒会室に向かっているところだ。今は2号館と3号館の渡り廊下を歩いている。

 それにしても、何故あそこを生徒会室にしたのか疑問だ。なんで疑問なのかというと、生徒会は職員室に頻繁に行くものだろ。集会とかの打ち合わせとか、雑用は何かってことでさ。

 なのにこの学校、生徒会室は3号館2階の突き当たり。職員室は1号館2階にあるんだぜ。生徒会室から職員室に行くには、①生徒会室から出て突き当たりにある階段を上って3階に、②3階に来たら渡り廊下を渡って2号館2階へ、③そこから歩いて1号館に向かう。

 たった3段階かよって思うかもしれないが、結構な距離があることは分かるだろ。それと言ってなかったと思うので言っておくが、1号館と2号館は立地の高さは変わらないので普通に繋がってる。

 生徒会室を1号館にしてれば格段に距離は縮まっただろうに。冷房の効いた職員室に向かうときに暑い時間が短縮されるのに。


「よっ、キリキリ」


 階段を下ろうとしていると、聞き覚えのある声が耳に聞こえた。

 声からして相手は誰だか分かっている。いや、あいつ以外今のような話し方はしない。よっ、までは候補は小さな先輩を含めて2人だが。

 声で分かるだろ、と言われればそうなのだが、それ以外で考えてもキリキリとか、俺が許可していない愛称で呼んでくる馴れ馴れしさからして先輩ではないことははっきりと確定した。

 俺はそんな愛称で呼んでいいとか許可してないぞ


「秋……本?」


 何で声をかけてきた人物を予想して振り返ったのに疑問系になってしまったかと言うと、いま俺の目の前にいる人物は秋本。のようにも見える女性だ。秋本と同じくらいの身長にスタイル。秋本と同じくらいの明るい茶髪。そして話かけてきたときの声も秋本。

 ここまで同じなら秋本だろ、と人は言うだろう。俺だってそう思ってる。けどその一方で目の前にいる女性は秋本ではないのでは? と思ってしまうのだ。

 その理由は目の前にいる秋本? が、普段と違って髪を下ろしているからだろう。サイドポニーのときよりも格段に大人びて見える。明るい茶色の長髪が、夏の強い光を受けて輝いているようにも見えるのも大人びて見える理由かもしれない。


「ん、どったの? 初対面でもないのに疑問系とかさ」

「い、いや……秋本だよな?」

「そうだよ。あのさ、逆に聞くけどキリキリはあたしが秋本恵那以外に見えるわけ?」


 正直に答えるなら『秋本恵那以外』ではないけど、『秋本恵那のような人』には見える。

 こいつって髪下ろすだけで印象がガラっと変わるやつなんだな。秋本だって分かったのに大人っぽい所為か違和感が消えないし。例えるなら先輩と話してる気分。同い年って分かってるのに変だろ? だから余計に違和感を感じるんだ。


「そうじゃないが……」

「じゃあ、なに?」


 秋本さん、顔を近づけないでもらえますかね。それとあまり俺を直視しないでください。今のあなたは慣れが存在しないのでやばいです。顔を近づけられるといつも以上に内心緊張しますから。


「そのだな……まず離れてくれないか?」

「別にそこまで近づいてないんだけど」


 いやいや、半径50cm以内に立ってるから充分近づいてるだろ! お前の中の常識はどうなってんだ!


「今日のあんたさ、妙に変だよ」

「べ、別に変じゃないだろ」


 こっちはただ緊張してるだけなんだから人の顔を覗き込もうとするんじゃない! あぁもう、何で今日のお前はボケないんだよ!

 ボケてくれたら「やっぱ秋本だ」ってことでいつもの調子に戻れるかもしれないのに。


「いや変。何か今日はあたしの方見ようとしないし」


 いやお前の考えが変。なんで俺がお前見なかったら変なわけ? 別に俺はお前の小さい頃からの幼馴染でもないし、彼氏でもないよね。そもそも常に見るほうが変だよね。それとも、俺はいつもそんなにお前をじっと見つめてましたかね。


「まさか体調悪いの?」

「悪くない」

「悪くないって顔赤いじゃん」


 そりゃ顔赤くなるわ、なんで今日のお前は察しが悪いんだよ! この前ファミレスでお前に顔近づけられて顔赤くしただろ俺!


「それは暑いからだろ」

「そりゃ暑いけど、それって桐谷が熱あるからじゃないの? あたしは顔赤くなってないと思うしさ。日焼けしたって可能性は、振り向いたときは赤くなかったからないよね。最初はあたしに見惚れてるなこいつ、とか言おうと思ってたんだけど。どうも今の桐谷はいつもと違うからさ、いつもならキリキリってところにツッコミ入れてるはずだし。話を戻すけど、我慢しないで保健室に行ったら? あたしが先輩達には言っておいてあげるから。ひとりで無理ならこの前みたいに一緒に行ってあげるよ」


 ……俺のバカ野郎ォォォォォォォ!

 何で素直に緊張してるから顔が赤いって言わなかったんだ! 言ってたらそこで終わってたのに!

 というか秋本、何で思ったのに言ってくれなかったんだ! 言ってくれたらお前の言ういつもの俺に戻れたのに!

 どうしよう……素直に言わなかったから本当のこと言うのが何か恥ずかしい。でも言わないと無理やり保健室に連れて行かれそうだしな。保健室で熱測っても絶対熱ないよ……多分。秋本が近くにいなければ。

 ……よし、保健室の先生に迷惑かけたくないから正直に言おう。


「ちょっ、なに生徒会室行こうとしてんのさ。というか、人が心配して言ってあげたのに返事を返しもせずに生徒会室に行こうとするかね普通」

「体調は悪くないって言っただろ。俺の様子が変に見えたり、顔が赤かったのは……その、なんだ。いつもと雰囲気が違うから戸惑ったというか……」


 秋本より先に階段を下りながら、さっき決めたとおり正直に言った。

 正直って言ったくせに妙に誤魔化してるところがあるじゃないかって? ……そこは見逃してくれ。本当のこと言うのは恥ずかしいんだ。妹や従兄妹に可愛いとか美少女とか言うのは抵抗はあまりないが、秋本とかにそういうこと口に出すのは恥ずかしく思うんだ俺も。心の中では言えるけど。

 ……まぁ予想だけど、秋本って割りと頭がキレるというか回る部分あるから今ので俺の誤魔化した部分も分かった気がするんだ。


「へぇー」


 ほら、思ったとおり秋本のやつ分かってるみたいだよ。何たって階段下りた途端、俺の隣に来てニヤニヤしながらこっち見てきてるもん。絶対次に発せられる言葉は俺を追い込む方向の種類だよ。


「キリキリはいつものあたしより今のあたしのほうが好みなんだー。雰囲気違うって言ったけど、どう変わったのかなー?」


 おぉ予想通り言ってきたよ。実にイイ顔してるなこいつ。

 それにしても秋本って月森先輩ほどじゃないけどSッ気のあるやつだよな。まあ対応の仕方は割りと分かってるけどね。誠とか氷室先輩が弄られてるのを日ごろ見てるから。

 それを踏まえて考えると、慌てず淡々と素直に言うこと。これがすぐに終わらせるポイントのはずだ。


「雰囲気が違うって言ってだけで、秋本が好みとか言ってないだろ。雰囲気だが、髪下ろしてるほうが大人っぽく感じる」

「へぇーそうなんだあたし」


 何か納得してるようだからすぐに終わりそうだな。


「……何か一気にいつものキリキリに戻ったー、恵那つまんなーい」


 秋本は少し間を空けた後、ぶりっ子のような声で再度話しかけてきた。

 こいつ、強引にでも会話を続けさせるつもりだな。というか


「許可してないのにキリキリとか愛称で呼ぶな。それとそのキャラやめとけ、今のお前って雰囲気が大人っぽいから合ってない。いつものお前でも合ってないだろうけど」

「ひでー、いつにも増してひでー桐谷。そりゃ自分でも『うわっ、ぶりっ子ってあたしのキャラじゃねぇ』って思ったけど、そこまで言うとかマジでひど」

「そう思ってるならそれらしい顔しろよ。今みたいに笑ってたら全くお前に対して罪悪感感じないぞ」


 俺がそう言うと、秋本は一段階上の笑顔を浮かべ「いつもの桐谷だね。安心した」と言ってきた。全くこいつはこういうところがあるから、悪ノリして追い込むようなことをしてきても憎むに憎めないんだよな。

 まあ憎まれるやつなら生徒会役員に選ばれるわけないか。

 そういや何で秋本は髪を下ろしてるんだろうか? いつもはサイドポニーにしているのに。今更だな、と自分でも思うが、やっと緊張感がなくなって冷静に思考できるようになったのだ。理解してほしい。


「……なぁ秋本」

「なんだいキリ?」

「キリを減らせば許可すると思ってるのかお前」

「許可するとは思ってない。だけどキリならキリキリのように幼稚みたいな感じはないから許可してくれるのでは、と期待はしている」


 そのキリッとした顔は話題になっているキリにかけてるつもりか。はっきり言うがそこにツッコまないからな。すでに俺の意図しない方向に話が行っているから。それにこいつの場合、ただ単にドヤ顔がしたかったような気もするし。


「どこからそんな自信が来るんだよ」

「だってキリってカッコいい感じがするじゃん。……キリッ」


 ヤベェ、無性にこいつを叩きたい衝動が湧き上がってきたぞ。効果音と人をおちょくる愛称の意味がこめられている言葉を発しながらドヤ顔されたから。

 会長のときは自制心が働いたが、こいつなら衝動のままやってもいいんじゃないだろうか。こいつは意図的にこっちがムカつくことしてきてる感じがするしさ。


「おっ、ツッコんできそうだね。しかも言葉だけじゃなく手とかもつけて。キリ、手は使ってもいいけど気をつけるんだよ」


 キリって呼ぶなって言っただろ。それと『なんでやねん!』みたいなツッコミしないから。気をつけるって何にだよ。


「胸とかにやったらあたし、おそらくHな声出すからね。敏感なほうだから……キリッ」


 なんでやねん! 普通はそこで出すのは悲鳴だろ!

 もしくはセクハラとか、エロ男子とか罵倒の言葉だろ!

 というか、何で自分の性感帯をドヤ顔で言ったんだよ! お前に羞恥心はないのか! それとも何か、Sッ気あるくせに本当はMなのかお前! 

 ……くそぅ、『なんでやねん』ってツッコミしないって決めた傍からツッコまされた。いかんいかん、冷静になるんだ俺。……テメェな、胸の下で両腕組んで胸を強調するんじゃねぇよ! 俺にそこにツッコミ入れろって言ってんのか!


「ここは触っちゃダメだよマジで。マジで敏感だから」


 それって触れって俺にフッてるよな! 『絶対押すなよ!』と同系統のフリだよな!


「…………」


 秋本、「触らないの? ツッコまないの?」みたいな視線で訴えるんじゃねぇよ! そもそも俺に胸にツッコミ入れさせてお前に何の得があるんだよ! 聞いたら「感じるから」とか返ってきそうだから聞かないけど。もし本気で言われたら、俺どうすればいいか分からなくなるし。

 あぁもう、いったいどうすりゃいいんだよ。誰か秋本の取り扱い説明書用意してくれないかな。このまま何も反応しないと「暗に触っていいと言ったのに触らないとか、桐谷ってちょーへたれだね」とか、また同性愛者とか言われるぞきっと。


「触っちゃ……ダメだからね」


 か、可愛い……ってそうじゃないだろ秋本! 胸を触れってことじゃなかったのか! って何でこんなこと考えてんだよ俺!

 あぁもう、秋本がマジな恥ずかしそうな顔と可愛い声出すから思考がぶっ飛んだ方向に行っちまった。これはやばい、何か訳が分からないことばかり考え始めてるぞ俺。これは早期終結しないと、俺の思考が破壊されかねん。


「いい加減にしろ」

「あぅッ!」


 手をピシッと伸ばして秋本を1回叩いた。叩かれた秋本は声を上げました。

 言っておくが、俺は秋本の胸にやったわけじゃないから。秋本の上げた「あぅ」も感じたからとかじゃなくて純粋に痛かっただけだからな。


「……桐谷ひどい、胸にツッコミ入れないで、でこにチョップするなんて。しかも結構マジで」


 秋本はこちらをやや睨んでツッコミどころのある抗議を言ってきた。

 抗議している内容は何で力を抜いてチョップしなかったかということだよな。胸にツッコミを入れなかったことがひどいってことじゃないよな。解釈によっては後者にも取れるから日本語は恐ろしい。普通なら難しいと言うべきところだが、異性の胸にツッコミを入れたところを誰かに見られたら、と考えると恐ろしいだろ? 女が男にやる分には特に問題ないけれども。

 それにしても、睨まれてるけどあんまり怖くないな。秋本の自業自得だからこちらに非はないってのもあるだろうけど。その部分を抜いても、秋本がおでこをさすりながら言ってることも怖いと思わない理由だろうな。意外と可愛らしく見えるし。でも会長や小学生のような先輩のほうが可愛く見えるだろうな。2人は秋本より子供っぽいから。


「自業自得だ。というか、そもそも胸にツッコミ入れさせようとすんな」

「そりゃそうだけど、でこにやることないじゃん。衝撃を吸収できる胸を除いても腕とか腹とかこっちが力入れられるところあんじゃん」


 ちゃっかり衝撃を吸収できるほど自分は胸が大きいって自慢するなよ。誠がこの場にいたら嫌味か! って言ってるぞ絶対。


「こっちだってそれなりに痛かったからお互い様だ。というか、いま納得したよなお前。常識あるなら最初からやんなよ。やるにしてもお前が今言った腕や腹に入れさせるようにしろよ」

「いやさ、自分で触るとの人に触られるのじゃ感じ方違いそうじゃん」

「そんな理由で人に触らせようとしたのか? お前バカだろ」

「バカとは失敬な。それに理由はこれだけじゃないよ、異性に触られた場合も同時に検証できるんだよ!」


 なに自信満々に言ってるのあんた。しかも大声で。いま結構響いてたぞ。3号館は人気は少ないが、3号館で部活やってるところもあるから聞かれたかもしれないぞ。自分を追い込むような真似をするなんてお前ってMなの?


「なに知的好奇心からやりました、みたいに言ってやがる。本気で言ってるなら俺はお前を変態って認識するぞ」

「あまり痛くはないけど、一言言うたびにでこにチョップしないでくれる。それと冗談だから変態って認識はしないで。面白いやつって認識はいいけど、変態は嫌だ」


 なら冗談を言うのをやめろ。言うにしても偶にしろ。もしくは時と場所を考えろ。日常的に言うんじゃない。


「……思い返せばお前って俺に対して基本的に冗談としか思えないことばかり言ってるよな。それなのによくそんなことが抜けぬけと言えるな」

「まぁあたしだからね」


 よく自信を持って言えたなお前。でこに思いっきり一発入れてやろうか? チョップじゃなくてグーで。


「それと話が凄くズレてるから戻そう。そんであたしに何を聞きたいわけ?」


 ズラしたのはお前だよな。よく自分から言えたな。……ここで俺が我慢しないと話がまた逸れそうだから我慢してやる。


「――なんで今日は髪下ろしてるんだ?」

「桐谷にアピールするため……うん、冗談。ちゃんと言うから、そのチョップしそうな手下ろして」


 ハハハ、よくまたすぐに冗談が言えたな。もう俺への言葉は冗談でって身体に染み付いてるのか。それとも一瞬で判断して冗談で返してきたのかな? もしそうならお前は芸人にでもなりやがれ。


「えっとね、イメチェン」

「殴るぞ」

「チョップはやめ……殴る!? 今マジな顔と口調で殴るって言ったよね!?」


 なに驚いてるんだよ、お前はそれだけ人をイライラさせてるんだよ。しばくぞ、って言うつもりが反射的に殴るって言うくらいに。


「男が女を殴っていいのか? ダメだろ。女の子はか弱いんだから大切にしろって教わっただろ。というかさ、イメチェンって女子ならちゃんとした理由じゃね?」

「キャラ、コロコロと変えるな。しばらくひとつに安定させろ、蹴るぞ。疑問系で聞いてきたってことは本当の理由じゃないってことだな」

「悪化しちゃった上に墓穴掘った!? はい、普通に行くので蹴る予備動作しないでください!」


 お前にとってこうなることは驚くほど予想できないことなのか? 違うよな。お前は頭回るやつだよな。それと安定させろって言って返事したわりに安定してねぇな。敬語使うキャラじゃないだろお前。そもそも今日のお前キャラが多すぎなんだよ。この短時間でどれだけの引き出しを開けた。


「……で?」

「それは……あたしの髪を触れば分かるよ」

「いや、さっさと口頭で言えよ。なんでお前の髪を触って推理しないといけない」


 そもそも髪だろうとお前の身体の一部だろ。俺は男なんだから女であるお前の髪に触れるのにも抵抗あるんだぞ。会長の髪は頭を撫でたときに触ってしまったけど、あれはこちらから言ってしまって会長が約束を守ったから仕方がなく触っただけで。


「簡単に教えてもらおうとするな、自分で考えろ! 元々桐谷の疑問だろうが!」


 なんでここで逆ギレする。お前は逆ギレできる立場じゃないだろ。


「こっちは髪を触らせてやると言ってるんだから触って推理くらいせんかい!」

「お前、ほんの何秒か前に普通で行くって言ったよな。即効でキャラブレてるじゃねぇか。そもそも何で髪を触らせるわけ? お前が言ったらすぐにこの話題終わるんだけど。言いたくないなら言いたくないでもいいわけだし」

「えー、だってさ、すぐに会話が終わったら面白くないじゃん。恵那さんは桐谷とはがっつり話したいわけよ。最低でも数分は」

「がっつりって言った割りに数分でいいんだな。というかさ、数分でいいならすでに話したよな? 変に会話を伸ばそうとしないでよくないか?」

「……えぇい、ああ言えばこう言いよってからに! 何なんだ桐谷は、あたしと話したくないってのか! あたしと仲良くなってラブラブになろうって気はないのか!」


 うん、ない。1年間生徒会を一緒にやっていく以上、親しくなって友人にはなってもいいとは現状思ってはいるけど。それとさ、普通ここで怒るのは俺の方だよな。


「ないって顔で見るな、というかラブラブになる気はないって思ってもするな! 意外と傷つくから!」


 じゃあお前が言わなくていいじゃん。てか、お前って意外と打たれ弱いんだな。


「と、とにかく桐谷はあたしの髪を触って、あたしが髪を下ろしている理由を推理すればいいんだ! 推理が間違っていたとしてもちゃんと答えは教えるから!」

「最終的に教えてくれるなら無駄な時間省こうぜ。いつまでも廊下で突っ立って会話してるわけにもいかんだろ。先輩達とか誠が来たら何事だって思うぞきっと」

「うっ……な、なら、桐谷がさっさとあたしの髪を触って推理すればいいんだよ」

「いやいや、何でそうなる。てか、何故にお前は髪を触らせようとするわけ?」


 会話を続けたいからって理由だけじゃない気がするんだけど。


「それは……」

「それは?」

「……あたしは人に髪を触られるのは嫌いじゃないから。いや、正直に言おう、あたしは髪を触られるのが好きだ! だけど変な髪型に弄られるのは嫌い、じゃなかった。自分から髪を触ってほしい、とお願いすると変なやつと思われるかもしれない」

「そう思うなら俺にもしないでもらえますかね」

「桐谷は何度もあたしに痛い思いをさせたじゃん、あたしが喜ぶことしてくれてもいいじゃん!」


 最初の一発以外力込めてないんだけど。それはお前も認めるよな、あまり痛くないって自分で言ったんだから。

 それにしても……マジで誰か秋本恵那の取扱説明書作ってくれないかなー。今日の秋本恵那は普段の数倍訳が分からないから。……俺がこの1年間で心に刻んでいくしかないのかなー。

 そんなことを考えながら、さっさと推理したほうが早く終わると思って秋本の髪に手を伸ばした。


「ちょっ、アイアンクローする気?」

「お前が髪触って推理しろって言ったよな?」

「なんだぁ、やっとやる気になったんだね。最初からそう言えばいいのに……あのさ、口を閉じるからその今にも痛いことしそうな笑顔やめてくれる?」

「だったらさっさと口を閉じて後ろ向け」


 イライラしながらも笑顔で言うと、秋本は俊敏な動きで背中をこちらに向けた。

 はぁ……なんで俺が彼女でもない女子の髪を触って、髪型を変えてる理由を推理しないといけないんだ。はたから見たら、俺は髪についたゴミを取ってる男になるだろ。それで秋本と親しい→恋人なのでは? となったら面倒な展開まっしぐらだってのに。


「……何だよチラチラこっち見て。まだ触ってないだろ」

「いやー急に前に手を回してきて胸を鷲掴みにされる、とか考えると気になって」

「……お前さ、今日はやたらと人に胸触らせようとか、性癖を暴露するとか色々やってるけど。欲求不満な変態さんなわけ?」

「あのさ、そのあたしを心配しているようで引いてるような目で見られると反応に困るんだけど。それと念のため言っておくけど、大抵は冗談で言ってるから欲求不満でも変態さんでもないからね。欲求不満なら桐谷を人気のない教室に連れ込んで押し倒してるよ」

「……お前ってさ、否定しようとしてるのにいらない一言で振り出しに戻すやつだな。肉食系女子って言えるけど、連れ込まれて押し倒された側からすればお前は変態だぞ」


 今の言葉が秋本の心にクリティカルヒットしたのか、秋本は顔を俯かせて沈黙した。

 結構ひどい言葉を言ったので普段なら罪悪感が湧くと思うのだが、秋本に対しては全く湧いてこない。おそらく秋本とのやりとりは、男友達とするようなやりとりと似ているからだろう。そういうやりとりができるあたり、意外と俺と秋本の距離は近いのかもしれない。

 その一方で俺と秋本が恋仲になることはない、ということも意味しているわけだろうがな。俺は秋本を異性として見ているが、秋本は異性として見ていないだろうから。秋本からの評価は『面白くて少し男らしい奴』だったはずだし。まぁそもそも、異性として見ているけど恋仲になりたいって願望が俺にはないんだけどな。


「…………(間近でよく見たのは初めてだが、秋本の髪って綺麗だな)」


 普段のこいつ見てると髪の手入れとかあまりしてなそうって感じだけど、やっぱり女子ってことか。って髪が綺麗になびいてた時点で手入れしてるのは分かることか。……これで何もしていないってなら数多くの女子を敵に回すだろうな。


「桐谷って髪触るのに何か慣れてるね」

「そうか?」

「うん、触り方が優しいし」


 ふーん、でもまあ多少慣れてるかもしれないな。俺には妹がいるし。今はしてないけど、前は寝癖直したりしてやってたからなぁ。最初は凄く文句を言われたものだ……。やってやってるのに何様だって思ったりもしたっけ。まぁ今では良い思い出……かもしれない。

 ってそうじゃない。今は妹とかどうでもいい。秋本が髪を下ろしてる理由を推理しなくては。

 まず触って分かったことは生え際から毛先までよく手入れされていて綺麗だ。じゃなくて、わずかだが湿っている。


「…………(これから考えられることは……)」


 ①暑かったので汗をかいた、ということ。……まあこれはないな。髪の毛全体が湿るほど汗をかいたのなら、秋本が汗だくじゃないとおかしい。いま秋本はこれといって汗をかいているようには見えない。そもそも髪の手入れをきちんとする女子なら汗をかいた後は何か対処するはずだし。

 ②暑かったので頭から水を浴びた、ということ。これは秋本ならやってもおかしくないことだ。しかし、これも違うだろうな。シャワーでもない限り髪全体が濡れるはずがない。水道の構造から濡れるのは後頭部からだ。普段どおりサイドポニーでやったなら濡れない部分が必ずあるあず。下ろしてやったことも考えられるが、髪全体が濡れたなら制服も濡れるはずだ。非常識な部分がある秋本だが、制服が濡れるような浴び方はしないだろう。

 衣服は濡れずに髪全体が濡れる……となると今の時期を考えて答えはひとつだ。


「――今日の最後の授業って体育、具体的に言えば水泳だったのか?」

「おっ、正解。それが分かったら髪下ろしてる理由も分かったよね?」

「……まあな。これだけのためにいったいどれだけ無駄な時間を使ってしまったんだ俺は……」

「むっ、無駄な時間とは何さ、それじゃ何も価値がなかったみたいじゃないか」

「何か価値あったか?」


 何も返せなかったら一発入れよう。さっきまでは利き手じゃない左手でやってたけど、かばんを置いて右手でやろう。


「あったとも、あたしとキリの友好が深まったじゃない」

「…………」

「ちょっ、無視して生徒会に行こうとするのはひどいって! 桐谷ってばー!」



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