第10話 ~生意気な後輩と素直じゃない先輩?~
その日、生徒会室に足を運んだ俺の目に映ったのは無人の部屋だった。
わけでもなく、よく見てみれば小学生くらいの人影が、生徒会室を動き回っている姿が見えた。最初はテーブルなどの影に入っていて見えなかったのだろう。
小学生の人影というのは言うまでもなく、俺の1年先輩で生徒会副会長である氷室奈々先輩のことだ。普段は座って話すことが多いので、動き回っている先輩というのは新鮮味がある。
いつも小さいなぁーと思う中、今日はそれに加えて幼いなぁーと感じる。小学生くらいの子供がチョロチョロと動き回っている姿は何だか可愛らしいだろ。いま先輩の姿を見て感じているのはそれと酷似したものだろう。
まぁ世の中にはチョロチョロと動き回られたらウザいと思う人だっているだろうけどな。
「……よぅ、キリタニじゃねぇか」
氷室先輩はピタッと動きを止めたかと思うと、急にこちらに振り向いた。
「なに突っ立ってんだ、別に部外者じゃねぇんだから入れよ」
そうですね。こういうところに突っ立ってると、小学校で教えられたルールは大抵守ってるけど、廊下は走らないは守ってない天然会長さんと衝突しかねませんもんね。ここに初めて訪れた日のように。
それにしても、先輩の口調が荒い感じなのはいつものことだからいいとして
「先輩、聞きたいことがあるんですけど」
「んだよ?」
「急にこっちを振り向いたのはまぁいいんですけど、なんで睨んでたんですかね?」
急に振り向いたりするのは視線を感じたり、何かの気配を感じたりしてそこそこある。だけどそれに加えて睨むってことは普通ないよね。ケンカしてついて来るな! ってときくらいしかさ。
「んーあんま気にすんな、わたしが睨むなんてことはよくあることだ」
「あのーそれを鵜呑みにすると、なんでよく睨む人が生徒会役員になれたのか不思議なんですけど」
「そんなこと3年の連中に聞けよ。わたしを選んだのは3年なんだからよ」
えーそこはもっとはっきり言いましょうよ。本当は先輩だって見た目で選ばれたんだって分かってるでしょ。2年連続ですし。きっと3年は「やばい、この子小さくて可愛いー!」とか思ってますよ。
「……なんでまた睨むんですかね?」
「……テメェがわたしに対して何かしら良からぬことを考えた、と思ったからだ」
何その「わたしは、自分に対して悪いことを考えてるやつが分かる」みたいな発言。
それと、さっきのピタッと急停止して振り返って睨んできたのも同じ理由ですか。
……やべぇ、もう能力って呼べるレベルだよ先輩のその何か。小さいなぁーとか幼いなぁーとか思ってたもん俺。先輩ってその見た目で進化した人類なんですか?
「おいテメェ、わたしのことバカにしてねぇか?」
「何言ってるんですか、俺が先輩をバカにするわけないでしょ。この生徒会で唯一尊敬してる人なんですから。真面目で常識人で、あの人たちに対して長時間ツッコミという形で相手できますし」
「おい待てこら、最初の以外は別に尊敬する部分じゃねぇだろ。というか、わたし以外の連中があんなだから最初のでも尊敬できてるだけだろ。つまりお前って、あいつらがまともならわたしを尊敬してねぇってことじゃねぇのか?」
ぐっ……いいところをついてきますね。伊達にキレのいいツッコミを入れてないってことですね。分かります。
確かにあの連中がまともなら……尊敬してない……わけでもないんじゃないかな。尊敬する人数が増えるだけで。
でもそれはIfの話だ。よって
「先輩、もしもの話はしないで現実を見ましょうよ。あの連中がまともだったらって考えるだけ時間の無駄ですって。というか、考えたら考えただけ現実を見たとき辛いんですから」
「……それもそうだな。……何か返事としておかしい気がするが」
「おかしくないですよ。先輩のこと尊敬してるのは事実ですから。個人的に先輩は、この生徒会に必要不可欠な人です。先輩がいなかったら生徒会は名前だけの何もできない、というかしそうにない組織になるとも思ってますよ」
「それって尊敬してるって伝えてるというより、わたしが頑張らないと生徒会はダメな組織になるって言ってるよな! お前ってどんだけわたしに期待してんの、実際に現実になりそうだからものスゲェ重圧感じ始めたんだけど!?」
なに今更驚いてるんですか、先輩はメンバーが決まってすぐに分かってたでしょうに。あっまさか、その現実から目を背けてたんですか。ダメですよー先輩が現実から目を背けたら。先輩がツッコミを放棄したり、非常識側に行ったら俺は生徒会を即効でやめようとする自信がありますよ。
先輩とは別の副会長に拘束され、色々とされるのでやめるのはできないと思いますけどねー。そもそも特別な理由がないとやめれないけど。
「それはそうと、さっきからチョロチョロ動き回って何してたんですか?」
「唐突に話変えたな、おい! それとお前、わたしのこと本当はバカにしてんだろ! チョロチョロっていう擬音語なしで、『動き回ってた』だけでよかったよな!」
今日はよく先輩にツッコミを入れられるな。別に月森先輩のように弄ったりするつもりはないのだが。だけど、月森先輩が氷室先輩を弄るのが少し分かった気がする。
何かキレのいいツッコミがちゃんと返ってくるから楽しい。それに必死にツッコミを入れる氷室先輩が実に可愛らしく見える。
「どうどう」
「わたしは馬じゃねぇ!」
速いッ! やはりこの人……できる。
先輩を馬なんて思いませんよ。先輩を動物で例えるならウサギでしょうから。おそらく大抵の人がそう思うでしょう。違っても小動物なのは間違いないかと。
はいはい、考えるのやめるので睨み度を一段階下げてください。
「まぁまぁ、チョロチョロについてはあまり気にしないでください。別に意図的に言ったわけじゃないですから」
「……信用できねぇ」
…………グサっときた。生徒会の中で一番真面目で、俺が唯一仲良くなりたいと思ってる先輩に言われただけに。
「なんでですか?」
「今日のお前は何かチナツっぽいから。それにお前が苦労してばかりだから忘れてたが、お前って初対面のときから割りと失礼だったって思い出した」
月森先輩ぽいってのは勘ですかね。
そういや最初に身長で悩んでるじゃないか? みたいなこと言いましたね俺。確かに今日のやりとりを考えると信用されねぇな。
「いや本当に意図的に言ってませんから。意図的に言うならチョロチョロの他に子供っぽくて可愛らしいとか言うはずですし。月森先輩なら急に振り向いたときに『ひとりで寂しかったのね。だからそんな人の気配に敏感に反応したんでしょ』みたいなこと言ってるでしょうけど」
「……た、確かに意図的には言ってねぇみたいだな。それに、チナツのこともこの短期間によくわかったよぅじゃねぇか」
うん、納得してくれたみたいだけどすっげぇ怒ってるよ先輩。身体小刻みに震えてるし、イラついた顔してこっち見てるし。
なのに俺が意図的に言ってなかったって分かったからか怒鳴らない。先輩って心の広い良い先輩ですね。普段も割りと今みたいに我慢してストレスとかかなり溜め込んでそう。
はっ! 現在進行形でストレスを溜め込んでいってるじゃん!
このままじゃ先輩の胃に穴が開くんじゃないのか。それはダメだ、先輩は生徒会に必要不可欠な人。1日や2日の欠席はよくても、入院なんてことになったら生徒会のカオス度が大変なことになる。何としても先輩の気を逸らさなければ。
「先輩、結局のところ何をしてたんですか?」
「……見て分かんなかったのか?」
「いや片付けしてるように見えましたよ。でも片付けするほどここ散らかってましたっけ?」
イスがテーブルに入ってなかったりするけど、紙が散乱してるとか埃が溜まってる状態ではなかったはずだ。毎日のようにここに通っているからそれは間違いない。
「別にごみとかは散らかってねぇよ。というか、散らかってたら即効でわたしが片付けてる。埃が溜まらねぇように掃除もしてるけどな」
どおりでいつもこの部屋って綺麗なわけですね。
そういえば生徒会に来た初日以外、生徒会が無人だったことがない。一番最初に来たと思ったときも必ず氷室先輩がいた。
生徒会室が3号館2階。2号館への渡り廊下は3号館の3階にあり、校舎の立地の関係で2号館の2階に繋がっている。1年の教室は2号館2階と3階にある。2階に4クラス、3階に2クラスだ。2年は3階に2クラス、4階に4クラス。
つまり教室から生徒会室までの距離だけで考えれば、氷室先輩より俺のほうが近い。しかし、先輩より早く来たことはない。どれだけ先輩は急いで生徒会室に来てるんだ……人に見られて何か言われたくないからだろうか?
とりあえずその疑問は置いといて、先輩は誰よりも真っ先に生徒会室に来て掃除をしたりしてるってことだよな。先輩に掃除させて、後輩である自分がしないってのは何かダメだと思う。
「先輩、掃除とかするなら言ってください。用がないときはいつでも手伝いますから」
「ん、そうか。なら今度からそうする。わたしだけじゃできないところとかもあるしな」
それは高いところとか、重いものが置いてある場所ですね。おっと、また視線が鋭くなってきてる。
「話が逸れてますね。それでさっきの続きは?」
「お前が逸らしたんだがな。どこまで話した?」
「別にごみは散らかってなかった、というところまで」
「そうだったな。何をやってたかというとだ、道具の整理してたんだよ。サクラのやつが使ったらあちこちに置くからさぁ」
そういや会長って暇なときにいらない紙を正方形に整えて折り紙代わりにしてたっけ。それでそのときにはさみやらカッターやら定規やら使ってたな。
高校2年生にもなって折り紙をするなんて心が子供だ、って感想を抱いたから良く覚えている。いや忘れたとしても、そのへんに会長作の作品が飾ってあるから絶対思い出すだろうな。
飾ってある作品は無駄にクオリティが高い。クシャってる部分がひとつもない綺麗な作品なのだ。
普段のド天然でドジっぽい会長が作ったとは、実際に作るところを見たことがない人間は信じられないだろう。
「それはお疲れ様です……もうひとつ聞いてもいいですか?」
「んだよ?」
「何でまとめて置いてないんですか? 各道具ひとつずつほど他の道具の位置より低いところに置いてありますけど」
「……………………」
「あの……先輩?」
「…………テメェらの取りやすい高さはわたしにとっては取りにくいんだよ! まとめて置いてたら使いたいって思ったときいちいち手ぇ伸ばしたり、背伸びしたり、イス使って取らないといけねぇだろ! あぁくそ、こんなこと言わせんじゃねぇよ!」
今日一番の睨みと怒声ですね。それと一言だけ言わせてください。
言ったのは先輩ですからね。俺が無理やり言わせたみたいに言わないでくださいよ。
「言いたくなければ言わなければよかったのでは?」
「テメェが聞いてきたんだろうが! ……まぁそうだけどよ」
先輩ってホントに良い人ですね。言いたくない気持ちがあったのに、聞かれたから言うなんて。まぁ生徒会のメンツだけだろうけど。
……いま思った考えでいけば、俺のした質問に答えてくれるってことは先輩なりに俺と親しくなろうとしてくれてるってことだよな。
何か急激に申し訳なくなってきた。
「その……すみませんでした。先輩は俺の質問に答えてくれたのに……」
「……あ、あんまり気にすんじゃねぇよ。別にチナツで慣れてるし……慣れてる分本気で謝られるとかえって変な感じだしよ」
あのー先輩、最初のは顔を逸らして頬をかきながら言うのは分かります。でも後半はおかしいです。先輩の感性が絶対おかしくなってます。先輩も内心で「わたし、何言ってんだ?」とか思ってますよね。
「……だからまぁ、あんま気にすんな」
「……先輩って優しいですね」
「……ふん、優しくなんかねぇよ。すぐにケロッとしたら泣くまで言ってやろうと思ってたからな」
先輩は照れているのか顔を見せないように後ろを向き、ぶっきらぼうな返事を返してきた。
照れてますよね? みたいに流れ的に聞くわけにもいかないので会話が途切れてしまい、無言の時間が流れ始めた。
会話がない所為か氷室先輩は片付けを再開した。
「「…………」」
会話がない時間が続き、先輩はついに片付けを終わらせたようで動き回らなくなった。
やばい、かなり気まずい空気になってきた。先輩もぶっきらぼうに言い切ったからか俺に話しかけてこない。チラチラとこっちに視線を向けてくるだけだ。
先輩の目は俺に何か言えよ、と言っているように思える。俺としてもこの空気を破壊するために話しかけたい。だけどぶっちゃけ先輩と話す話題がない。
仲良くなりたいって思ってるのに話題がないってバカだろ、って? 仕方がないだろ。先輩とは会って間もないし、2人だけで話すのは今日が初めてなんだから。
「……あ、あの」
「な、なんだよ?」
「……会長達遅いですけど、何してるんでしょうね?」
「多分チナツと一緒に職員室に仕事がないか確認しに行ってるんじゃねぇか」
「そうですか……」
そこで会話は終わり、再び訪れる沈黙の時間。
無理だ、生徒会っていう共通の話題でも会話が続かない。というか会って間もないわけだから生徒会のメンバーについて深く知らないから続くわけがない。本人たちがいれば何かしら反応するから続くけど。
非常識人達がいないだけでここまでシーンとした空気になるとは……
「……えっと、何かゲームでもしますか? 確かここに色々とありましたよね」
記憶が正しければこの部屋にはカードゲームの定番であるトランプにUNO、それにオセロなどのボードゲームがあったはず。
でも待てよ、俺は毎日ここに通っているが生徒会のメンツがこれらのゲームを使ったところは見たことがない。決して仕事があったからする暇がなかった、というわけじゃない。駄弁ってたり、各々好きなことをしたりする時間は結構あった。じゃないと会長の作品は生まれていない。
つまり、あのゲームは誰かの私物で勝手に使っていいものではないとか?
「……そうだな、やることねぇし何かすっか」
「……あのー提案しておいてなんですが、勝手に使っていいんですか?」
「あぁーそのへんは気にしなくていい。ここに置いてあるゲームは昔の生徒会が置いてったもんだからな。まぁ置いてったって言うよりは、昔の生徒会の誰かが置きっぱなしにしてそのまま卒業した。持ってきたやつはそのこと忘れてるから取りに来ない、忘れてなくても大して高いもんでもないからどうでもいい。そんな感じで放置されてるってのが正しいだろうな」
うわー超リアルな話だ。でも誰だってそんな感じだろうな。トランプとか100円ショップで買えるもんだし。
というか、生徒会って大分前から割りと不真面目なところあったんだな。真面目にやってる時代もあっただろうけど。
まあ、行事の準備とか裏方のこと頑張ってるけど、そのことがあまり周囲に認知されないだろうからな。俺も中学のとき、生徒会が具体的に何をしてるとか気にしてなかったし。
息抜きみたいなことがないとやってられないときもあるか。
「2人だからトランプとかカードよりはボードがいいか……無難にオセロでいっか。キリタニ、できるとは思うが念のため聞くぞ。オセロできるよな? というかオセロでいいか?」
「はい、できます。オセロでいいですよ、2人でババ抜きとかつまらないでしょうし……あの先輩」
「……んだよ?」
「俺が取りましょうか?」
「……頼む」
この人って根っこから善い人なんだろうな。楽に取れる位置でもないのに無意識に自分が取ろうとするわけだし。
オセロを取り、テーブルの中央に置く。向かいあう形で座り、じゃんけんで先攻後攻を決める。
最初に出したのは俺はグー、先輩はパー。よって先輩の先攻が一発で決まった。まぁじゃんけんが一発で決まることなんかよくあることだ。
ただこの場にいた俺だけだろうが、先輩の小さな手では俺の手は絶対に包めない。つまり先輩のパーでは俺のグーには勝てないだろうと思った。
でもこのことを考えるのとほぼ同時に先輩の目が鋭くなり始めたから、即行でこの思考は放棄した。
オセロを始めたものの会話がない。耳に聞こえるのはオセロのコマをボードに置くときと裏返したときのパチッというプラスチックだなぁと思う音だけ。
気まずさは薄れたけど、これじゃ何かただ暇つぶししているだけ。せっかく非常識人達に振り回されないで、普段なかなか話せない先輩と会話できる時間なのに今のままでは勿体ない。というか、こんな時間はそうそうないだろう。
生徒会として学校生活を送っていく中で、親しくなることに全くデメリットのない先輩と親しくなれる数少ない機会だ。その機会を逃すわけにはいかない。何としても少しは親しくならなければ。
「……少し意外です」
「……わたしがオセロできてることがか?」
何でそういう解釈しちゃうんですかね。先輩からオセロって言ったんですからできないとは最初から思ってませんよ。会長なら話は別ですけど。
「違いますよ」
「じゃあなんなんだよ……チッ、角取られた」
「角はまだ3つあるでしょ、舌打ちしないでください。先輩って真面目そうだからこういうことしなさそうってイメージが俺の中でありまして。今もやることがないから仕方なくやってくれてるんじゃないかなと思ったり」
「別にわたしはそこまで真面目じゃねぇよ。あいつらがあんなだから真面目に見えるだけで。今も仕方なくやってねぇ……とも言えねぇか。暇つぶしにやってるだけだし」
「確かに他の人があれですからね。でも、先輩って適度に掃除とかやってるんでしょ。なら充分真面目じゃないですか」
「それはここでのわたししかお前は知らないからだろ――」
ふむ、確かにそれは言える。生徒会室でしか先輩に会わないし。
「――まぁ教師達もわたしを真面目って思ってるかも知んねぇが、それはわたしが学校にいる間は真面目そうに振舞ってるからそう思うだけだ。学校ってのは真面目そうにしてたほうが面倒がないからな。あいつらだってここ以外じゃ真面目にしてるだろうよ」
あぁーしてそう。月森先輩は特に優等生を演じていそう。あの人が生徒会のときのような接し方してたら頻繁に騒ぎが起きるだろうし。男子の悲鳴や女子の怒声で。
「……会長って意図的に真面目に振舞えますかね?」
「……無理だろう。あいつが意図的に普段と違う人間を演じれるのなら怖ぇよ。毒気を抜けるくらい無害そうな顔してるやつが、内じゃ色々と考えてるわけだろ。そんなやつがいたらチナツより怖ぇ」
……確かに会長の外見+月森先輩の思考が実現したら恐ろしい人間が出来上がるな。純粋な笑顔の裏に黒い笑みを浮かべているっていう人間が。
想像するのやめよう。考えれば考えるほど怖くなるし。
「話は変わる、というか戻りますけど、さっきの言い方からして先輩って私生活は不真面目なんですか?」
「お前って勇気あんな、これといって親しくもない異性に私生活を聞くなんてよ」
「すいません」
「そう思うならベストな手をやんな。わざとミスして角よこせ」
「それはそれ、これはこれですからお断りします」
現在、角を取ってる分俺が有利に立っている。とはいえ微々たる差だ。普通に逆転されることだって充分にありえる。
そんな状況なのにわざと先輩に角上げたら負ける可能性がかなり高まるじゃないですか。
「生意気な後輩だなお前」
「そういう言い方はあまりしないほうがいいですよ。1年早く生まれたから威張るな、って思うやつって割りといますから。今の場合は『生意気だなお前』で」
「別に1年早く生まれたからって威張るつもりねぇよ。それに心配すんな、相手にあわせて言葉選ぶ」
そうですか。でも先輩って強気な性格ですから無意識に相手に威張ってるとか思わせることある気がしますよ。いや妙に大人ぶってる子供って思われるほうが多いかもしれないな。
「そうですか。でも1年早く生まれた分、先輩のほうが単純に考えて頭良いんですから自力で何とかしてください」
「フン、マジで生意気だなお前。絶対負けねぇかんな」
あっ、先輩の目がマジになった。まあこの手のゲームは真剣にやるからこそ面白く、勝ったとき嬉しい。負けたときくやしいけど。
でも今回は負けてもいいかな。先輩との距離は縮まったし。まぁわざと負けるつもりはないけど。そんなことしたら絶対先輩は怒るだろうし。
にしても誰かと一緒にゲームするとか久しぶりだ。だから誰かと何かをして楽しむって感覚も久しぶりに味わっている。中学のときは友人と集まってゲームとかやってたけど、高校受験が近づくにつれて回数減ってそのうちやらなくなったなぁ。
高校入ってからも誰かとゲームとかしてない。……まあ生徒会に入ったことで今は誰かとゲームをやれる状況じゃないと言ったほうが正しいか。
「……そういや来月ってフェアリィ・ワールドの発売か」
「おっ、そういやそうじゃん」
何か先輩が反応したぞ。しかも言い方からして名前だけ聞いたことがあるってわけでもない感じだ。
「キリタニも買う予定なのか?」
「も、ってことは先輩も買うんですか?」
「買うぞ」
マジですか! ってほどでもないか。真面目ってわけじゃないってさっき言われたし。
先輩がフェアリィ・ワールドをね……意外だ。と思ったが、そうでもないか。女性でもやってる人は割りといるジャンルだし。
フェアリィ・ワールドは、まあモンスターを倒して自分を強化していくゲームを、よりファンタジーにしたゲームだ。モンスターを倒していくゲームはやったことがある人も多いと思う。自分が狩人になるやつね。
そのゲームとフェアリィ・ワールドの違いは、タイトルで分かるとおり自分は狩人ではなく妖精になる。まあ大きさは変わらない。
妖精は炎や水と何種類もの中から選んでキャラメイクする。選んだ属性によって弱点とか習得できる魔法が異なるらしい。
装備はモンスターのドロップの他に素材を集めて作ることで手に入る。膨大な量のアイテムがあるというのは推測できる。だけど携帯ゲーム用だから容量的にモンスターの数が少ないかもしれない。
グダグダ言っても仕方がないので、簡潔に言う。みんなでワイワイできるゲームだ。
「それでキリタニは買うのか?」
「まぁ買う予定です。何かで出費したら遅くなるかもしれませんけど」
「そうか……誰と一緒にやんだ?」
何かゲームの話題になってからグイグイくる。先輩ってかなりゲーム好きみたいだ。
誰と一緒に……
「…………」
「何黙ってんだよ?」
「……いえ、誰と一緒にすればいいのか考えてまして。高校から友人もバラけましたし、この学校にいる連中は……」
「うん、分かったからそれ以上言わなくていい」
心遣い感謝します。できればもう少し早めがよかったですけど。
「先輩は誰とするんですか?」
「…………」
「……先輩?」
「……ひとりでやるんだよ」
「え……?」
「ち、違うぞ! 別に友達がいねぇって話じゃねぇかんな! ゲーム友達がいねぇだけで。女子でわたし以外にもするやつはいるだろうけど、学校でゲームの話とかしねぇからさ。わたしも学校じゃ真面目に振舞ってるわけだし――」
あぁーそういうことですか。確かに女子はゲームの話とかしませんもんね。女子と話すことは……最近は生徒会のメンバーとの関係を聞かれる。よって会話らしい会話はしてない。だから推測だが、女子が話すことは洋服とか歌とかだろう。
「――わたしがゲームやるのってストレス発散が理由だしよ」
……高校2年生でもうストレスを感じてるんですか!?
そりゃ勉強ずっとやってたり、理不尽なことで怒られて感じるときはありますけど。ゲームが発散方法ってことは毎日ストレス発散してるようなものですよね。
なんでそんなにストレスを――ってあの人らの相手してるからか! というかあの人らしかストレスの原因ないじゃん。先生からは優等生に見られてるはずだし。
「先輩、俺と一緒にしません? 相手がいない同士っていうと悲しいですが」
「なら言うなよ。……まぁ、これから一緒に生徒会やってくわけだから交流は深めておいたほうがいいな。お前がどうしてもってならやってやるよ」
なんだかんだ理由つけてるけど本当は一緒にやりたいですよね先輩。顔を背けてますけど、口角が上がってるの見えてますから。
先輩は俺を生意気って言いましたっけ。だから生意気に言っておきます。
「どうしてもです」
「ならやってやんよ」
「先輩って素直じゃないですね。それと今回は俺の勝ちです」
「なっ……キ、キリタニ!」
「はい?」
「もう1回勝負だ! 今度こそ勝って、お前のその生意気な口ふさいでやる!」
「いいですよ、先輩の気が済むまでやりましょう。ただ、ずっと負けたとしても泣かないでくださいね」
「泣くか! というか、次で勝つからそんなことには絶対ならねぇ!」




