「夢野三杉・中」
◆◆◆
――――はーい、どなたでしょうか。
「あぁ、先程お電話させていただいた探偵の家綱と申しますが」
――――あぁ、探偵さん。少々お待ちください……。
そうしているうちに聞き込み調査も13人目。茉都梨さんの友人の『彼方春香』さんの住むマンションまでやってきた。
春香さんは茉都梨さんの友人で、彼女を通じて盛森満と顔を見知った一人。電話で話を聞いたところ、盛森の態度を怪しみ、彼に気付かれないよう、密かにその声を”録音”していたのだという。
茉都梨さんが逮捕されたことをニュースで知り、ボクらが彼女の無実のために動いている探偵だと聞いて協力を快諾してくれた。
こんなに簡単に行くのなら、最初から電話で聞き込みをしていけばよかったんじゃないか。ボクも、おそらく家綱もそう考えたのだろうが、今までの徒労を思ってか口には出さなかった。
「お待たせしました探偵さん。こちらが……」
「会話の内容を録音したもの、ですか」
春香さんから手渡されたのは、掌に収まるほど小さな型の古いミュージック・プレーヤー。操作はかなり簡略化されており、操作用のダイヤルを回して聞きたい曲を選び、ボタンと共用になったそれを押し込んで録音やラジオ、曲の削除などを行えるようになっている。
ボクと家綱はイヤフォンを借りて早速録音内容の確認を行う。茉都梨さんの涼やかで聞き心地の良い声と、ややしゃがれ、どこか含みのありそうな声が交互に聞こえてくる。これが盛森満本人の声なのだろう。
念のため、春香さんにも茉都梨さんが描いた盛森満の写真を見せてみる。確かにこの人だ、と春香さんは声を上げた。
どうやら本当に信用に足る証拠らしい。プレーヤーを受け取り、ボクと家綱は彼女に背を向けて小さくガッツポーズをした。
「それではよろしくお願いします。茉都梨ちゃんを……」
「お任せください。ここまでくれば後はこれを彼女の旦那さんに渡すだけ。茉都梨さんの無罪は火を見るよりも明らかですよ」
こら、こら。それじゃあ失敗フラグじゃないか。春香さんを安心させるのはいいが、こっちが不安になるからその辺にしておけって、と家綱に耳打ちした時、だっただろうか。
――――彼方春香さん。あなたのお命、「お買い上げ」に上がりました。
ボクたちの視界の外から一本の”フォーク”が飛び、春香さんの後頭部を突き刺した。
春香さんは何も言えずに口をぱくぱくとさせ、後頭部から血を垂れ流して突っ伏してしまう。あまりに唐突すぎて、事態を把握するのに十数秒かかってしまった。
「な、なななな、何ッ!? 一体何が、一体誰が! じゃなくて……春香さん、春香さんッ」
「落ちつけ由乃、彼女はもう死んでいる。なんだかよく分からねぇが……ヤバいぞ」
そう言って春香さんの首筋から手を離し、ゆっくりと下ろす家綱。冷静な口ぶりだが、脈を取る手は小刻みに震えている。
何が何だか分からないと困惑する僕らの前に、家のベランダの窓の開いている所から、整髪料でがっちりと固めた七三分けに、高そうな黒縁の眼鏡、やや出っ歯の、それほど若く見えない一人の男が現れた。
「お初にお目にかかります、お客様方。私の名前は……」
「由乃、危ねェ、伏せろッ」
男はスーツの中から長方形の何かを取り出すと同時に、ボクたちに向けて角についたスイッチを指で軽く弾く。
瞬間、何か非常に鋭利なものが空を切ってボクたちに向かって飛んできた。
家綱は一瞬でそれが危険なものであると判断。ボクに伏せるよう促し、自分も側転でそれをかわす。家綱の予測は大当たりだ。かわされて行き場をなくした”それ”は、マンションのコンクリート塀に深々と突き刺さった。
一体何だとボクは刺さったものに触れてみる。驚くべきことにそれは、白い厚紙で出来たただの”名刺”だった。
男はボクたちを仕留めそこなったことに軽く落胆しつつも、気を取り直して口を開く。
「さすがは探偵とその助手。そう簡単には”お売り”いただけないようですね。あぁ、私『株式会社・元気盛森コーポレーション』の営業部部長・川瀬違留と申します。良くして頂いているお客様の一人、茉都梨様の旦那様が、何やら不穏な動きを見せていると聞いて、あなた方を陰ながら尾けさせていただいていたのですが、まさかあのような証拠が存在していようとは。我が社のモットーは『クリーンなイメージの徹底』。それを脅かすものは例え何であろうと、どんな手段を用いても消滅させなくては。七重家綱探偵とその助手、和登由乃さん。あなた方の命、私に『お売り』いただけないでしょうか」
そう言ってボクと家綱に向け、立てた親指を振り下ろす川瀬。
おいおい、それじゃあ我が社は真っ黒ですよ、と自白しているようじゃないか。仕事柄変な奴と関わることは多かったが、ここまでおかしなやつも珍しい。
「ところで、こちらの黒い長方形の箱。一見何の変哲もない名刺入れではございますが、角にあるボタンを押すとあら不思議! 秒速70mのスピードで飛び出す”武器”としてお使いいただけます。もちろん、通常の名刺入れとしても使用可能。有事の際にもこれがあれば一安心。現代社会人の新たなるステイタスになること請け合いです。この名刺入れ、定価15000円のものを、今なら二割引きの13500円! 13500円でご奉仕いたします! どうです、どうです!? お客様もお一つ買われてみては? 」
よほど自分の力に自信があるのか、はたまた本当に馬鹿なのか、川瀬は先程用いた名刺入れを取り出して、”営業トーク”を始める。前言撤回。ここまでおかしな奴は、少なくともボクが見てきた中じゃあ初めてだ。そして、今後とも関わり合いになりたくない。
家綱もボクと同じことを思ったのか、深々と突き刺さった川瀬の名刺を壁から引き抜いて床に放り、わざと足で磨り潰した。
「名刺入れなら間に合ってる。そいつが売りたきゃ永田町のサラリーマン相手にでもやんな」
「そうですか、それは残念です」
川瀬は言うが早いか、家綱に飛び掛かり、右手を手刀にして振り上げる。あまりの早さに対応しきれず、家綱はそれをいなしきれず、両腕で受け止める。
「てめぇ、30過ぎの営業マンにしちゃあ、動きが俊敏すぎンじゃねぇか!? どうなってやがる」
「一流の営業マンにとって必要なのは、しゃべりの巧さや爽やかな笑顔ではありません。目的地へと赴く、契約を取る、機転の利き云々……すなわち、″早さ″です。のろまな営業マンは同輩や同業者だけでなく、世界そのものから取り残されてしまう。これは″持論″ではありません、私の『経験則』です」
そう言って、降り下ろした手を戻し、家綱と距離を取る川瀬。
一体、どうしたことだろう。両腕を十字に組んで防いだはずなのに、家綱の腕からぽたぽたと血が滴り落ちている。ボクと家綱が困惑していると、川瀬はいつの間にか切れた右手の袖を指で指しながら口を開いた。
「何が起きたか分からないようですねお客様方。その秘密はこれです。我が社謹製の万能包丁! 少し力を加えるだけで野菜から鳥の煮物の骨まで楽々切断、特殊合成チタン合金を用いた刃は切れ味だけでなく、耐久性も抜群! 10mの高さから落としても歯こぼれ一つしない優れ物! この包丁、通常25000円のところを、今回三割引きの……」
値段や値引きの辺りからは聞き流した。要するに、そんな物騒な包丁をスーツの袖の下に仕込んでいたということだ。一流の営業マンのくせに、スーツが破れることは別にいいのだろうか。
だがそんなことを気にしている場合ではない。再び家綱に詰め寄り、(もう片方の手にも仕込まれているであろう)包丁による文字通りの”手刀”が迫る。今の家綱にあれが避けられるだろうか。否、早すぎて避けられない。万事休すか。
――――オーゥ、イタイデースネー。ナニヲスルンデスカー。
川瀬の手刀は家綱の脇腹に深々と突き刺さった。その激痛に耐えられず男の野太い悲鳴が上がるはず……だったのだが、家綱、いや厳密には”その場所にいた碧眼で、金髪で鼻が高く、如何にも外国人といった風貌の男は自分の脇腹に刺さった包丁を易々と抜いた。
家綱が内包する人格のうちの一人、怪力自慢で大柄の男、”アントン”だ。
自分では対処し切れないと感じ、咄嗟に彼を呼び出したのだろう。その判断は正しいが、盾にさせるだけのために呼びだされたアントンが、どうにもかわいそうに見えた。
纏さんの巫女装束を、びっちびちのぱっつんぱっつんで無理矢理身に纏っている姿を見ると、尚更だ。
クロスチェンジャー……どこかで安く買えないかなぁ。
「ほほぉ。なかなか面白い能力をお持ちですね、お客様。そのような能力、この目で観るのは私も初めてです」
「オ話ハダイタイ聞カセテイタダキマーシタ。キャッチセールス、ダメ! 絶対デース」
いや、彼は別にキャッチセールスじゃないけどな。とりあえず乗り気になってくれたのならそれでいいか。
包丁の借りを返さんと、闘牛のような野太い声を上げて川瀬に襲いかかるアントン。しかし相手は家綱ですら動きを予測し切れなかったほどの素早さの持ち主。アントンの大振りな拳は寸前でかわされ、かすりすらしない。しかも相手はそれに合わせて包丁による一撃を、的確に加えてくるのだからたまらない。
体の色々なところから血を流すアントンを見かねた家綱は、この状況を打開すべく別の”人格”を呼び出した。
「おいおい、僕は今落ち込んでいるんだ。勝手に出さないでって言わなかったかい」
聞いてねぇよそんなこと。とはいえ、晴義を呼び出した家綱の判断は正しい。彼の眼の良さとエアガンなら、閉所を素早く動き回る川瀬を捉えきれるかもしれない。
晴義は川瀬の攻撃一つ一つをかわしつつ、エアガンを抜いて反撃のチャンスを窺う。男にとってはやぼったい、ロザリーの普段着(ゴシック・ロリータ風の服装)でよくあんなことができると素直に関心してしまう。
「また変わりましたか。実に興味深い。しかし、それで私の命を”お買い”になれるとは到底思いませんが」
「君の安っぽい命なんていらないよ。ま、でも。くれるっていうんなら頂こうかな。……そこだッ」
空振って拳を振り切った一瞬の隙を突き、川瀬の鳩尾にBB弾を叩き込む晴義。タイミングも、打ち込む位置も絶妙だ。立ってはいられまい。いられるわけがない。
「おぉっ、なかなかに強力な一撃。素晴らしい、素晴らしいですが……それだけでは私の命はお買い上げにはなれませんよ、お客様」
「何ッ、うぐ……うっ」
ボクは自分で自分の目を疑った。倒れているのは川瀬じゃない、晴義の方だ。腹部にフォークを突き刺され、血を流して片膝を突いている。逆に川瀬は鳩尾にBB弾を撃ち込まれてもよろけないどころか、痛がる様子さえ微塵も見せていない。
撃ちこんだ場所もタイミングもばっちりだったはずだ。なぜ倒れない。
「なんで、なんでだよ! どうして晴義が……」
「私が何故倒れなかったか? 特別にあなた方だけにお教えしましょう」
川瀬はスーツの下のワイシャツの中から、自身の掌よりも大きい白いお皿を取り出してボクの問いに答える。
「その秘密はこちらのお皿! 先程紹介しましたあの包丁と同じ合金によって作られており、剛性は抜群! こうして懐に忍ばせておけば、携帯用防弾ジャケットしてもご利用いただける優れ物でございます! 今、そちらのお客様の腹部に刺さっておりますフォークとこのお皿、5本と5枚、セット価格で今なら4890円、4890円でのご奉仕ですッ」
便利そうだ、1セット欲しいと少しでも思ってしまった自分が悔しい。そしてそんなことを言っている場合ではない。ボクや晴義が呆けている間に、川瀬は彼の眼前まで近づき、喉元にフォークを突き立てようとしているじゃないか。あのスーツの中に、どれだけ商売道具を隠し持っているんだよ!
「これにて、商談成立ですね。命をお売りいただき、誠にありがとうございます」
フォークを逆手に握りしめた川瀬の手が晴義の首筋に迫る。今度こそダメか、ダメなのか。
だが意外にも、血を噴いてのけ反ったのは晴義の方ではなく、フォークを突き立てようとした川瀬の方だった。
「あ~……お腹いったぁー……。いきなり呼び出しておいて何よこれ」
「く、葛葉さん!?」
先程まで晴義が立っていた場所にいたのは、茶髪のストレートロング、いつも顔の右半分が前髪で隠れていて、どこかミステリアスな雰囲気を漂わせる大人の女性、家綱の人格の一人『葛葉』さん。クロスチェンジャーの不調で家綱のスーツを着ており、本人が醸すどことなくミステリアスな雰囲気と相まって非常に格好良く見えた。
彼女がここにいて、川瀬が口から血を噴いてのけ反っていると言うことは、彼がフォークを刺すよりも早く、葛葉さん自慢の銭投げが、至近距離で彼の顔にヒットしたということだろう。想像したくもない光景だ。
「ねぇ由乃君、どうしたのよこれ。なんで私、お腹や腕から血ぃ流してるの?」
「後で説明します。それよりも葛葉さん、目の前のあいつ! あいつを仕留めないとヤバいんですよ」
「ええ~っ。お腹も空いたし……めんどくさいなぁ」
「そんなこと言わないでくださいよ! ほら、このカロリーメイトあげますから」
「おっ、さんくー。しょうがないなぁ、やっちゃいますか」
事態をきちんと把握しているのかいないのか分からないこの態度。得体の知れない相手を前にしている時、葛葉さんほど頼もしい人はいない。
「私がお客様から反撃を喰うとは……この衝撃、この感覚! 久しいですねぇ。こちらの用意した要件では不服と見える。では私も、さらなる交渉材料を用意しましょう……かね」
ずり下がった眼鏡を上げて起き上がった川瀬は、ボクと葛葉さんを睨みつけつつ、スーツのポケットの中から、”髑髏”が描かれた手袋を取り出して両手にはめる。
そこに何の意味があるのかは分からないが、そのままにしておくのはまずい。葛葉さんはポケットの中の小銭を取り出して構えた。
「何がしたいのか知らないけどっ、これ以上私や由乃君に近づかないでくれる?」
「そうはいきません。私もお仕事ですので」
「セールスマンさんって面倒な職業なのね。まぁ、どうでもいいけどっ」
「失礼ですが一つ訂正させていただきたい。私はセールスマンではありません、営業マンです」
「どこが違うのよ、一緒じゃない」
言葉上は軽口のやりとりだが、この間葛葉さんは部屋の中を逃げ回る川瀬を狙い、ひたすら撃ち続けている。よくもまぁそんな余裕があるなと感心せざるを得ない。
葛葉さんの銭投げは早くそして正確だが、それでも川瀬の方が素早かった。彼女が切れた十円玉を補充すべくポケットを探ったその一瞬で、川瀬は彼女の懐に入って拳を握っていたのだから。
「終わり、ですね。お客様」
「何が終わりよ。あんたが素早いのはよく分かったわ。けど、この距離なら私だって外しようがないわよ」
素早さなら葛葉さんだって負けてはいない。彼が懐に入ると同時に、十円玉を彼の額へと向けて構えているのだから。
葛葉さんの言う通りだ。彼女ほど素早い人ならば、この状態で川瀬がどこに逃げようと外しようがない。しかし川瀬はそこに微塵の恐怖も見せず、にやりと笑って握り拳にさらに力を入れた。
「いいえ。私の射程圏内に入った時点で、あなたは既に負けているのですよ、お客様」
言うが早いか、川瀬の拳は葛葉さんのお腹に深々と突き刺さる。彼女もそれに対応し十円玉を叩き込んだが、首を捻って急所には至らず、彼の左肩に当たってよろけさせるに留まった。
「あんた……ねぇッ! 女性のお腹に拳入れるなんて、どうかしてるんじゃないの」
「これも仕事ですから。必要なら仕事と自分の考えやモラルは割り切るもの。デキる大人の鉄則ですよ」
「この……ッ!」
怒りに表情を歪ませ、痛みを堪えて十円玉を握って立ち上がろうとする葛葉さん。
状況はかなり厳しいけれど、これぐらいのピンチ、何度だって乗り越えてきたじゃないか。大丈夫、問題ない。少なくともボクはそう思っていた。
しかし、ボクの目に映るこの光景は、一体何なんだ。
「う……っ!? か、変わった! いや、戻った?」
「なんだよ家綱、また僕を呼んだのかい? あ、あれ?」
「ウゥン? ドウナサッタノデスカ家綱サーン……オ、オウ?」
なんだこれは。家綱の体が光り輝き、無意味に、しかも物凄い頻度で姿を変えている。
いや、”変えている”という言葉自体間違っているのかもしれない。『自分の力でそれを制御できない』とでも言うべきか。
「おいおいおいおい、どうしたんだよ家綱ッ」
「離れていろと言われていたのに、わざわざ近づいてくるとは。いやまぁ。私としては好都合なのですがね」
しまったと言うより早く、川瀬はボクの手からミュージック・プレイヤーを奪い取る。冗談じゃない、返せと川瀬に掴みかかるも、喉元にフォークを突き立てた。
「そちらのお客様のお命を先に買わせていただく所でしたが、まぁいいでしょう。それではあなたのお命、私めがお買い上げさせていただきます」
まずい。まずいまずいまずい。家綱がこんな状態になるなんて予想外にも程がある。
川瀬の身体能力は今の今まで十分に見せつけられた。ボクがどうこうできるようなものじゃない。冗談じゃないよ、こんなところで一つしかない命を捨てろっていうのか。嫌だ、絶対に嫌だ!
「……ほほぉ、やってくれましたねお客様。いざという時の保険、ですか」
「保険? 一体何のことだ」
ボクの喉元に突き立てようとしたフォークと、それを持つ手が止まる。
理由は分かっている。パトカーのサイレンが周囲に鳴り響き、このマンションを目指して向かってきているからだ。
家綱が負けるとは微塵も思っていなかったが、彼らが戦っている間、いざという時のために110番通報をしていたことが、こんなところで役に立つとは。
「私の仕事は対人の営業です。ゆえに警察のような公的機関に顔を見知られるのは非常にまずい。私の仕最大にして至上の目的は、このミュージックプレイヤーただ一つ。これが手に入った以上、あなたたちには何の興味もありません。長くなりましたが、これにて失礼致します。ご縁があればまたお会いしましょう」
そう言って、川瀬はボクの喉元に突き立てたフォークを、白い布で綺麗に拭いてスーツの中にしまい、自身が入ってきた窓から、驚くほどあっさりと退散してしまう。
当面の危機は去った。が、それ以上の危機が今、目の前で起こっている。この窮地を脱する手立ては、ボクどころか家綱自身にも分からないだろう。
どうすればいいのか。どうすればいいんだ。分からない。何も分からない。
――――川瀬ェェェェェェェェエエエ!!!
どうしようもできない苛立ちと、何も出来ない怒りが、言葉となってマンションの一室に響いた。