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「家綱スピンオフ アントン編・上」

 前作「岩肌巖雄編」完結から早一年、七式探偵七重家綱スピンオフ企画が始動してからも早一年。「やります!」と手を挙げたは良いもののいつまで経っても書き始めず、闇に葬られるかと思った矢先でまさかの投稿。書いた本人が言うのも何ですが、こうして形に出来ることが信じられません。


 他の参加者様が皆素晴らしいストーリーを作っている中、何をすべきか相当悩んだのですが、うちのは取り敢えずアホな方向で回して行こうかなと。探偵小説の二次創作にも関わらず、推理的要素は皆無です。

 たぶん次回で完結します。



「ねぇねぇ由乃ねぇ、おかしちょーだい、お菓子ー」

「さっきしこたま食べたでしょー、ポテチにかりんとうにざらめ、来客用のパウンドケーキにボクがこっそり隠してた芋羊羮も全部。うちにはもう何も無いの。わかる?」

「嘘つき。由乃ねぇのズボンのポケットから匂うよぉ、バナナ味のカロリーメイト」

「えっ!? なんでそこまで……って、しまったァ!」

「いえーい。もーらいっ」


「由乃、紅茶が温いわ。新しいものを注ぎなさい」

「注ぎなさいって……、それで舌を火傷したんだから温くしたんじゃない」

「召し使いの分際で生意気な。わたく()は貴女の主ですのよ? 主が注げと言ったらさっさと注ぐ、主が白と言ったら赤も青も黄色もみんな白ですの!」

「誰がいつ、どこで、お前の召し使いになるって言ったよ……」


「びゅーん、びゅん! ばばばばーん!」

「あぁ、あぁ! 部屋の中でエアガンを振り回すな! 何か壊れでもしたらどうするんだよ!」

「心配すんなよまどもあぜる、おれの射撃は百発百中。どんな標的も一発で撃ち抜いてやらぁ」

「そういうことは、一発でも的に命中させてから言えよ! 事務所の壁がトムとジェリーに出てくるチーズみたいな穴ぼこになってるじゃないか!」


「由乃お姉さま、お食事の準備、お手伝いさせて頂きますね」

「あー、うん。そりゃあありがたい。ありがたいんだけどさァ……、豚肉を『脇差』で切るのはやめてくんない!? 鮮度や衛生がどうとかじゃなくて、それで今まで切ったもの想像するのが怖いから!」

「はいっ、私精一杯頑張ります! だからお姉さま、その暁にはご褒美の撫で撫でを……」

「聞いてた!? 人の話ぃ!」


 人と、人に限りなく近い異能力人種・亜人が、非常に微妙なバランスを保って暮らしている、どこぞの地方都市・罷波ひなみ町。

 ここは七重探偵事務所。金さえ貰えればご主人奥様の身辺調査に危ない証拠探し、果ては長期旅行中のペットの餌やりまでとにかく何でもこなす、少数精鋭の何でも屋だ。

 あぁした導入の後にこんな話が続くと、本業の探偵稼業が立ち行かず、シングルマザー向けの託児所にでも鞍替えしたと思われがちだが、そんなことは断じて無い。誓って言える。

 ボクの名前は和登(わと)由乃(ゆの)、この偏屈な探偵事務所の助手兼秘書だ。口調とワイシャツに青のタイ、膝小僧の見えるショートパンツという外見のせいでそうは見えないが、一応女である。そして、ボクの目の前に立つコイツが――。


「ゆのォ、テニスやろうぜテニス! 今度こそこてんぱんにぶちのめしてやるからな? な!」

「今度こそって何だ! そんなの一回もやった覚えないだろ! っていうか屋内でテニスなんか出来るか!」

「ケチくせーなー。だったらいいよ、卓球しようぜ卓球。部屋でだって出来るだろ」

「そもそも設備が無いでしょうが! いい加減に球遊びから離れろよ!」

 ……こいつが、事務所所長の七重(ななえ)家綱(いえつな)。どこかのアニメのように「見た目は子ども、頭脳は大人」何てことはない。今や本当にただの子どもだ。

 理由は分からない。朝起きて歯を磨き、朝食が出来たからと奴を起こしに行ったら、何の前触れも無くこうなっていた。

 もうお気付きだろうが、ボクが世話していた子どもたちは皆、所長・家綱の別人格たちだ。葛葉さんにロザリーに、晴義に纏さん。家綱の別人格全てが、昨晩を境に皆幼児に変貌してしまったのだ。

 いや、待てよ。「全て」と言うには誰かひとり……、欠けているような。


「ソレハキットワタシノコトデースネ、由乃サン」

「あ……、アントン!」

 思い出した。そうそう、こいつだ、こいつ。

 この妙にガタイの良い男はアントン。家綱の人格の一人で、怪しい片言を使う外国人だ。腕っぷしが強くてここぞと言う時頼りになるんだけど、小さくて可愛い女の子(本人曰く「趣味ではないが」男の子も“アリ”らしい。何がアリなのかは各人お察しください)に目がないのが玉にきず。そもそも外国って言っても、どこの国の人なんだろう。未だに謎だ。

 しかし妙だな。他の皆が心も体も幼児化してるっていうのに、こいつは何の変化もない。それどころか、子どもだらけになった街を、目を輝かせて眺めている。

「由乃サン由乃サン! ココハ何デス天国デスカ!? 街二コドモシカイナイジャナイデスカ!」

「騒ぐなよ、うっとおしい……。それより、なんでお前は子どもになってない訳?」

「サァ。私ニハナントモ……」


 ボクやアントンが子どもになっていない理由。ボクはさておき、こいつに関しては心当たりが無いわけではない。

 彼は人にして人に非ず。ヒトでありながら動植物の力を持った「亜人」のひとりだ。

 アントンの能力は並外れた怪力と打たれ強さ。この力にボクらは何度も助けられてきた。子どもを追ってって、それ以上のピンチを呼び込んだこともあったけど……。

 それはさておき。この異常事態は何らかの能力に依って引き起こされたのだと思う。干渉の幅が恐ろしく広いが、ここは異能の人間が混在する罷波の町、何が起こっても不思議じゃない。


 それがアントンに効かないということは、亜人には効果がないということなのだろうか? ならば何故亜人ではないボクも無事なんだ? 分からないことだらけでもやもやする。

 こいつ以外の人格は敵の術中(?)に嵌まって使い物にならない。頼みたくは無いが、まともに動けるのが奴しかいない訳だし――。

「分からないならそれでいいよ。町の人々をこのまま放ってはおけない。力を貸してよアントン」

「オ断リシマス」奴は取り付く島なく首を横に振る。「何ヲ寝惚ケタ事ヲ。コノ罷波町コソ、子ドモダケノ理想郷(ユートピア)! イヤ、イッソ楽園(エデン)ナノデスヨ!? 争イモ、イサカイモ、ケガレタクズ共モ居ナイ、最高ニ素晴ラシイ世界ジャナイデースカ。ソレヲ壊スナンテトンデモナイ!」

 ある程度予想はしてたけど、いくらなんでもそこまで言うか!? 仮にも今お前が住んでる町だって言うのに……。

「ンモー、ショーガナイデスネエ。先日『コスパ』ノ通信販売デ買ッタ「幼稚園児」服ヲ由乃サンガ着テ、笑顔デスカートヲメクッテクレルト言ウノナラァ」

 おい、なんかもの凄くろくでもない単語が出てきたぞ。お前、うちの金でなんつぅモノを買ってるんだよ! いや、何真顔でヒトにワイセツな事要求してんの!?

「冗談じゃない! キャンセラー(脚注:能力者を無力化する道具)撃ち込まれて超常犯罪課に引き渡されたいか!? そんなものさっさと棄ててらっしゃい!」

「オ断リデス! 由乃サンガ首ヲ縦ニ振ッテクレルマデ、ワタシハ梃子(テコ)デモココヲ動キマセーンヨ! ソレニ棄テルッテ由乃サン……、上下5マン円ノ服ヲゾンザイニ棄テルトオッシャルノデ?」

「じゃあ古着屋に売れよ……って、その服五万もすんの!?」

 うちの財政事情分かってる!? 家賃を毎月払うのだって苦労してるのに、何無駄に浪費してんの!?

 あぁ、ダメだ。もうダメだ。やはりコイツはアテにならない。色々と不都合はあるが、一緒に捜査して余計なことをされるよりはマシだろう。ボクはアントンの眉間に拳を叩きつけ、事務所のドアを力任せに閉めた。


 事務所を出て暫くし、我に返って今一度考える。アントン――家綱たちの力を借りられない今、人を子どもに変えるような能力者に、一個人が歯向かってどうにかなるものなのか……?

 取り敢えず町に出よう。情報を集めなくてはそもそも勝負も出来ないんだ。幾ら何でも、町全体が子どもに変わってるなんてどこぞの三文小説や映画みたいな話は無いだろうし――。


◆◆◆


 人の言霊には力があるそうだ。一度それを呟くと、絵空事でも現実に変わってしまうのだとか何とか。漫画の読み過ぎ・アニメの観過ぎとお決まりの定例句で黙殺されそうだし、事実ボクもそう思うのだが、今回ばかりはそんな話を信じずにはいられなかった。見立てが甘いにも程がある。まさか、まさか。本当に「町全体が子どもの巣窟になっている」だなんて――。


 どう考えても“そんなことあるわけない“なんてフラグを立てちゃったボクの責任です。本当にありがとうございました、いや、ごめんなさい。


 事態はボクの想定の斜め上を行くほどに深刻だった。道路には無謀無法のお子様ドライバーが溢れ、飲食店では白昼堂々の無銭飲食がまかり通り、玩具店ではオモチャの略奪が平然と行われている。咎める者は誰も居ない。警察でさえも子どもに変わってしまった今、この町は世紀末の荒野宜しく完全な無法地帯へと変貌を遂げたのだ。


 警察、消防、救急。須らく子どもに変えられて何の反応も示さない。町から逃げ出そうにも、暴走お子様ドライバーが起こした追突事故で、罷波と他とを繋ぐ道路が封鎖されてしまっている。飢えた肉食獣の檻に放り込まれたような気分だ。

 あぁあ、何の冗談だよこれは。これは映画や漫画や小説じゃない。れっきとした現実なんだぞ。悪い夢だと頬を抓ると、新鮮な痛みがニューロンを駆け巡る。コンクリート塀に足の小指をぶつけると、余りの激痛で暫く立ち上がれなくなった。悔しいことだが、この混沌は現実のものだと認めざるを得ない。


 ――ひぃッ、ひぃッ、ひぃぃぃぃいッ!


 ――いいぞ、やれやれ! 追い詰めろ!

 ――捕まえて『たいちょう』に突き出せばごほーびだ! 絶対に逃がすなよォー!


 足の痛みから立ち直って直ぐ、遠くの方から追う者の怒声と追われる者の悲鳴が耳に届いた。声のする方に顔を向けると、若いサラリーマンが三輪車に乗る数名の五歳児に追われ、命からがらに逃げ惑う、本気だか冗談だか分からない光景が広がっていた。

 突っ込みたいことは沢山あるが、まずは子ども以外の人間がこの町に残っていたことを感謝しなくては。


「待て待て、待てェい!」三輪車の五歳児たちの前に立ちはだかり、大袈裟に声を上げてみる。自分でやってて何だか恥ずかしくなってきたが、子ども相手には効果覿面(てきめん)らしく、彼らは足を止めてボクに釘付けとなった。


「なんだよにーちゃん、邪魔すんな!」

「そこの大人を捕まえれば、たいちょうから御褒美が出るんだぞ!」

「ごほーびはぼくたちのものだ! よそ者はとっとと立ち去れー!」

 性別を間違われていることはこの際放っておこう。

 三人の言葉で状況はだいたい読めてきた。この騒動の黒幕は、何かしらの能力で大人を子どもに変え、彼らを私兵としてこき使っているらしい。ボクのように何らかの理由で効果の無い人間もいるが、そういう人たちは私兵を使って狩っていると言うわけか。

 攻め込まれると弱いタイプの能力者だとしたら好都合だ。気は進まないが彼らにいたずらをして尋問し、犯人の居場所を聞き出してやる。


「ちょっと! なにやってるんですか、とっとと逃げないと! ホラ、早く早く早くゥ!」

「えっ? えぇぇぇっ!?」

 しかしあろうことか、ボクが助けたこのおじさんは、立ち向かわんとするボクの手を引き、この場から逃げ出したのだ。体を振って抵抗してみるが、振りほどくことはかなわない。

「あッ、逃げた」

「ちくしょう、あのにーちゃんのせいだぞ!」

「二人とも捕まえてたいちょうの元に連れて行こうぜ、ごほーびも倍プッシュだ!」

 ――おぉぉぉぉお!

 あぁあ、奴等め、更に本腰入れて追って来ているじゃあないか。あれが三輪車のスピードかよ、急がないと追い付かれちゃう!


「逃がさねぇぞ! これでも喰らえっ! ばん! ばん!」

「うおわっ!? 今のってオイッ」

 三輪車の子どもたちが放ってきたのはゴム鉄砲でも水鉄砲でも、ましてや折り紙の手裏剣等でも無く、本物の拳銃(チャカ)。放たれる瞬間、反動で大きく狙いが反れたお陰で当たらなかったが、ただの子どもにこんなものを持たせるなんて……。末恐ろしいのもあるが、そこまでするのかこの犯人は!


 狙いが不正確とはいえ、三発も同時に撃たれちゃ下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。身を隠そうにも、ここは見通しの良い大通り。銃弾を掻い潜れるような障害物は無い。そもそもボクの手を引くおっさんは逃げることに必死になりすぎて、銃弾から逃げることなど微塵も考えちゃあいない。

 あぁあ、もう次の弾を銃に込めてるよ。三輪車に乗りながら器用な奴らだなあ。っていうか、そんなこと言ってる場合じゃない! やばい、やばいやばいやばい!


「よし、見付けた! ここだ!」

「は!? ここって一体何です……おぉおっ!?」

 あまりに唐突すぎて、どうしてそうなったのかは分からない。今の今まで大通りを必死に逃げていたはずのボクたちは、視界が突然真っ暗になり、何者かに抱き止められたのだ。

「一体……何が……?」

 どうしてそうなったのかを知ろうと頭上に目を向けると、三輪車の子どもたちが凄まじい剣幕で周りをうろついている様子が見て取れた。しかし、程なくして外と内との出入り口は閉じられしまい、懐中電灯の心許ない光だけが辺りを照らす。


 弱い光ではあったが、お陰でここが何なのか理解出来た。ボクとサラリーマンが落ちてきたのは町の下水道で、閉じられた蓋はマンホール。抱き止めてくれた人はちゃんとした大人のようだ。

 暗がりの奥から更に男女二人が近づいて来る。ボクと一緒に逃げてきたサラリーマンのことを心配している面持ちだ。


「あの、あなた方は一体……」

「みんなー! フジオさんが戻ってきたぞー!」

「大丈夫、フジオさん? あいつらに酷いことされてない?」

「僕なら大丈夫です。でも少し疲れたので、水を」

「待っててください、今すぐ持ってきますから……」


 おいおい、ボクのことは完璧に無視かよ。忙しいのは分かるけど、少しくらい気にかけてくれてもバチは当たらないでしょ。

 ボクのことが眼中に無いのならそれでもいい。だったら声を上げて気付かせてやるだけだ。そう思い、息を大きく吸い込んだその瞬間、先の男女と入れ違いに入ってきた何者かが、ボクに声をかけてきた。


「和登のお嬢さん……、あぁいや七重探偵事務所の助手さん、だったかな。君も無事だったのか」

「えっ……?」

 事務所の助手は兎も角、ボクを和登家の者として認識している人はそうそう居ない。一瞬どきりとして、暗がりの中から響く声に返事を返す。

 ボクの緊張を察したのか、闇の中のしゃがれた声は、宥めるような口調で言葉を継いだ。

「怖がらなくてもいい、我々も上の奴らの被害者だ。私はヒナミ。この町の町長をさせてもらっている」

「あ……、あぁ!」

 氷浪ひなみのぼる。御歳四十七にして、少し前に二期目に当選した町長さんだ。直接会ったことは無いけれど、以前和登の家で名前を聞いたことがある。

 そんな人がなんで下水道に居る? いや、答えは火を見るよりも明らかだ。

「襲われたんですね、町長さんも……」

「私だけじゃない。ここに居る皆がそうだ」

 町長は手にした懐中電灯を自身の背後に向ける。年齢も性別もばらばらの男女が十人、狭い下水道の中で縮こまっているではないか。

「君もとっくに気付いているだろうが、これはある能力者が引き起こした由々しき事態だ。どういう訳かそうならなかった私たちを覗いた全ての町民が子どもに姿を変えられ、『隊長』なる人物の言いなりになっている」

 町長がそこまで言い終えたところで、今度はその奥に居た女性が口を開く。

「説得を試みて見たけれど、見た目も中身も五歳児のそれで、『隊長の命令は絶対だ』って聞き入れやしなかったわ」

 続いて、その奥で踞る少年が苛立った声で話に割って入る。

「捕まえて、力ずくで言うことを聞かせようともしたさ。けれどあいつら、力は大人の頃と全く変わらないし、徒党を組んで襲ってくるもんだから……」

「聞いての通り、この町は散々たる有り様だ」皆が順番に話した所で、町長がそれらを取りまとめるように継ぐ。

「警察や消防は機能しないし、通信機器は謎の電波障害でどこも不通。外部からの応援を呼ぶのは恐らく不可能だろう。悲しいことだが。

 しかし、我らとてただ手をこまねいている訳ではない。こうして地下に潜り、皆で協力して黒幕の潜伏先を探っているのだ。して、フジオ君。首尾の方は――」

 町長の声に、水を飲んで一息着いていたサラリーマンが立ち上がった。

「予想通り、黒幕の男は罷波の電波塔に潜んでいました。ですが子どもたちの守りが堅く、我々の力だけでは……」

 報告によって町長はおろか残りの人々までもがうつ向き、苦々しげに溜め息をつく。ただでさえ重くて暗い空気が更に重くなってゆく。

 どうにかしたいと思うけれど、ここでボクがアニメやラノベの主人公めいて声を張り上げた所で、何の解決にならないのは目に見えている。相手は大人と同じ腕力を持ち、人に実弾を向けても何の罪悪感も持たない『子ども成人』だ。そんな奴らに加え、そいつらに指示を出す黒幕をも倒す策なんて、思い付きっこ無いし出来っこない。

 あぁ、せめてここに家綱が居れば――。


 ――オ困リデスネ? ワターシノ力ヲ必要トシテイマスネ由乃サン? ソウデショウ? ソウナンデショウ!?

 不意に、暗闇の中で聞き覚えのある声が響き、そちらの方へと目を向ける。あまりの巨体に一瞬ぎょっとするも、よくよく考えてこんな片言の物言いに、この巨体。該当者は一人しかいない。

「げえっ、アントン!? お前どうしてここに!?」

「由乃サンノコトガ気ニナッテ、コッソリ後ヲ尾ケサセテモラッタノデス。事情ハ概ネ把握シマシタ。ココハコノ私ト助手ノ由乃サン二オ任セクダッサーイ」

「えっ!?」

 恐らくボクだけでなく、下水道の中の人々全員が同じリアクションを取ったことだろう。

「任せろって、お前に? 何馬鹿な事言ってんだ!」

「ソウハ言イマスガ……、イマ、コノ面子デ、アナタ方ニナニガ出来ルト言ウノデス?」

「ぐうう……」認めたくはないが、そこを突かれると痛い。とは言え、筋肉だけが取り柄のコイツに、一体何が出来ると言うのか。

「由乃サン、アナタハ大事ナ事ヲオ忘レデハアリマセーンカ?」

「何だよ」

「ワタシハ自他共ニ認メル『ロリコン』、ナノデスヨ?」

「だから何だよ!」大人しく話を訊いてやったというのに、もっと訳の分からない方向に持っていきやがったぞ、コイツ!

「マァマァ。由乃サンニ損ハサセマセンカラ。ホラホラ、ホラッ」


※※※ 


 罷波町最大にして唯一の放送塔の周囲は、天高く陽が昇る真っ昼間にも関わらず、異様なほど閑散としていた。ボクたちの産まれる前から罷波の町に建っているこの塔は、四・五個のマイナーなラジオ番組を作りつつ、近隣地域の番組を町民に発信し続けている。以前はテレビ番組も作っていたらしいが、放送体系がアナログからデジタルへと移行した時期に撤退し、余った敷地を観光用に作り替えたのだそうだ。十五階建ての敷地のうち、三階に一フロアにはお土産物屋や露店があり、週末には物好きな観光客相手にそれなりな収益を上げているらしい。

 塔の周囲は所謂「子ども成人」のはしゃぎ声を除いて、物が動いている感覚すらも無い。尤も、罷波電波塔は町一番の高さであり、地上から上の様子を知るのは不可能なのだが。

 入口の自動ドアの前には銃を持った男の子が二人。欠伸をし、時々扉に寄り掛かったりしている。隙を見て飛び掛かれば抜けられそうな気がするが、相手は大人並みの腕力と銃を手にした子ども成人だ。下手に刺激するとあちらも、当然ボクたちも危ない。

「……由乃サン、準備ハ宜シイデスカ?」

「なぁ、本当にこの手しかなかったのか? 流石に、これは……」

「勿論。コレ以上二安全ナ策ハアリマセン」

「じゃあなんで半笑いなんだ! なんで肩がヒクヒクしてるんだよ!」

「デハ、手筈通リ二……」

「聞いてた!? 今の話!」


 あまり気乗りはしない。というか今すぐここから逃げ出したい気分だ。あぁ、何であの時奴の言葉に首を縦に振ってしまったのだろう。アントンが後ろからボクの肩を人差し指でつついてくる。言われなくたって分かってるよ、誰も傷つかないようにするにはこれが一番なんだろう?

 ちくしょう、こうなれば自棄だ! 目ン玉引ん剥いて見て笑えばいいさ! 録画でもなんでもすればいいさ!


「はぁーい! 寄ってらっしゃい観てらっしゃい! ライオンさんとウサギさんのマジックショーの始まりでぇす! あたしは可愛い可愛いウサギさん! そして、こちらが……」

「トッテモツヨォーイライオンサンデース! Gaaaaaaaaaaaaoh!」

 勘の良い皆様ならもうご存知だろう。ボクとアントンは町の洋品店から 「ライオン」と「ウサギ」の衣装を借り受けて身に纏い、大道芸人の振りをして電波塔に乗り込もうとしているのだ。

 ウサギの着ぐるみを、と頼んで「背中が大きく開いた」、「黒いハイレグタイプのスーツで網タイツ」、「歩き辛いハイヒール」の衣装を用意してきた辺り、この状況を利用して楽しんでいるのが見え見えだが、突っ込んだ所でまともに取り合ってはくれないだろう。

「え、えっとぉ……まずは、ら、ライオンの火縄潜りでぇす!」

「ハイ、ヨロコンデー!」

 アントンは肩に担いだ白い袋より油の塗られたフラフープと、それを固定する器具を取り出し、組み上げて火を付ける。もうもうと燃え上がる火縄を目にし、子どもたちは息を呑む。

「準備完了。さてさて、ライオンさんは燃え盛る火縄を見事潜り抜けられるでしょーか! ここから先は瞬き一つしちゃいけませんよー。さあ、ライオンさん。お願いします!」

「yeah! Gaoooooooh!」

 四つん這いの体勢のままアントンが地を駆け、火縄フープへと一直線に跳ぶ。アントンは空中で体を丸めて一回転し、難なく火の輪を潜り抜けた。

「おおっ、すごい! すごぉい!」

「もっとやってー、もっともっと!」

「モチロンデス。ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ!」

 調子に乗って、空中で捻りを加えたり、バック転で潜り抜ける筋肉質のライオン男。陽動は必要だけどさ、そこまでしろとは言ってなかっただろ。まぁ、いいか。子ども成人たちが見とれている間に、彼らの武器は押収させてもらったし……。

「は、はいッ。今日のショーはこれでおしまいっ。観てくれてどーもありがとー! 拍手、拍手―」

「えぇーっ、もうお終いなのォ? つまんなぁい」

「エェーッ、モウオシマイナノデスカ? マダマダ他ニモ、ハリウッドスターバリノ……」

「お前が後悔してどうするんだ阿呆! それじゃあ、さよなら、さよなら、さよなら~」


 指を咥えて悔しがるアントンを手を引いて電波塔の中に乗り込む。一応の侵入者対策か、エレベーターは電源を落とされて停止しており、非常階段の要所要所にも武器を持った子ども成人たちが配置されている。しかしそれも、ボクとアントンの敵ではなかった。精神的に五歳児である彼らはアントンの繰り出すナイフでのジャグリングやヨーヨーの妙技に釘付けとなり、武器を持っていることすら忘れて目を輝かせている。水を差すようで心が痛むが、今はそんなことを言っている場合じゃないか。

 彼らから武器を奪い、階段を登り、最上階へと辿り着く。侵入者がここまで来るとは敵もさすがに予想していなかったらしく、不用心にも鍵がかかっていない。


「なんとかここまでたどり着いたね。にしても、なんだよあの大道芸は。いつの間にあんなの覚えたのさ」

「『通報』サレズニ子ドモタチト遊ブニハ必須テクナノデスヨ。アァイッタ技ヲ習得スルマデハ、声ヲカケタダケデポリス・オフィサーヲ呼バレタリ、警戒シテ近寄ルコトスラデキマセンデシタシ……」

「……その話、もうちょっと長くなりそう?」

「オッ、聞イテクダサルノデスカ由乃サン! アレハ丁度半年前……」

「いや、長くなるんならさっさと済ませて帰ろうよってこと。この衣装、寒いし」

「オォウ……イエス」

 奴の話を適当な所で切り上げ、電波塔最上階の扉を蹴破る。かつてニュース番組のスタジオだった駄々広い空間は、罷波の町はおろか、その周囲の街までも一望出来る展望室となっている。露店屋台が円形にずらりと並んでおり、週末は観光客で賑わう町の数少ない稼ぎ頭だ。

 フランクフルトとベビーカステラの屋台の間に誰か居る。暗視ゴーグルとヘッドホンを掛け合わせたような器具を頭から被り、上は両腕に二本のラインが入った焦げ茶色のジャンパー、下は飾り気の無い青いジーンズ。体格からして、家綱と同じか彼より若い男だろう。

 アントンを背後に立たせ、子ども成人から奪い取った銃を奴に突き付ける。男は嫌味な笑いを顔に浮かべ、ボクたちの方へと向き直った。

「ウサギにライオンのお出迎え………ねぇ。差し詰め、西の悪い魔法使いを退治しに来たオズの一団ってところか」

「オズの魔法使いにウサギなんか居ないだろ。っていうかアンタ、この状況分かってる? なんでそんなに余裕ぶっこいてられるのさ」

「何で、かって?」男は自分のこめかみを人差し指で何度かつつく。「『ココ』にビンビン来てるんだよ。ここまで辿り着いたご褒美に教えてやる。俺の能力は誰かの願望を電波に乗せて発信し、『幻覚』としてそれを信じ込ませることだ。最高にゴキゲンな能力だが、如何せん俺にゃあ想像力ってのが足りなくてよ。誰かのイメージを借りなきゃ満足に使うことも出来ないのさ」

「それが……なんだって言うんだ」おいおい、それって、まさか……。

「ありがとうよ幸運の黒ウサギちゃん、『クライアント』をここまで連れてきてくれてさァ!」

 ボクが声を上げるのとほぼ同時に、アントンはボクの手にした銃を奪い、砲身をくの字に曲げてその場に放る。丸腰となって文字通りか弱い子ウサギとなったボクの前に、アントンは何とも言えない表情で立ちはだかった。

「申シ訳アリマセン、本当ニ申シ訳アリマセン由乃サン。デスガ……、コノ世界ヲ壊スダナンテ、トンデモナイ!」


 まッ……、マジかよぉおおおおっ!?


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