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「夢野三杉・上」

●この小説はシクル先生著作の「七式探偵七重家綱 (http://ncode.syosetu.com/n7698o/)」を、著作者の許諾を頂いた上で制作した、自己解釈による二次創作品です。

●詳しい設定説明その他は意図的に省いているため、「七式探偵七重家綱」本編をお読みいただいた上でご覧下さい。

●時系列的にはFILE11から12の間の出来事とお考えください。もちろん、本編との繋がりはございません。

●作者の違い、解釈の違いにより、キャラクタの性格設定その他に差異が生じている場合がございます。


最後に、この小説制作の許諾を頂き、『七式探偵七重家綱』という素晴らしい作品を制作されたシクルさんに、最上の感謝を。



「あーあ。どれもこれも不動産の広告ばっかり。うんざりするよ、まったく」

 事務所前の郵便受けに入っていたのは今日の新聞と5、6枚の物件の広告。

 載っているのはどれもここよりもこじんまりとした物件で、お決まりの小奇麗な文句を並べ立てた面白味もないものだ。

 新聞の見出しだって同じ、大して変わり映えのしない議会や政治の話ばかり。ボクみたいな一般人が意見したところで何かが変わるわけでもないし、読んでいても興味が湧かないので、新聞はテレビ欄を流し見て丸め、不動産の広告は中身を見ずにくしゃくしゃにしてゴミ箱の中に放りこんだ。

 これを刷って配達している人には悪意はないのだろうし、これが仕事だから仕方がないのだろうが、それが何社も連なり、毎日配達されるとなるとさすがにイラっとくる。誰が立ち退いてやるもんか。ここはうちの事務所だ。誰にも渡さないぞとつい握り拳に力が入る。


 とはいえ、それを維持するだけのお金に困っているのは嘘じゃない。お金がなければ立ち退きは必至。

 だからこそ汗水垂らして働く必要がある。嗚呼、悲しき(かな)資本主義。

 この事務所の財政事情を憂い、溜め息をついて項垂れたくなるが、稼ぐ当てがまったくないわけじゃない。何しろ今日の依頼は街一番の資産家からのもの。成功させさえすれば依頼料を”言い値で払う”とまで言って来た。久々に稼げるタイプの依頼だ。失敗は許されない。

 ボクは頬を軽く叩いて気合を入れ直し、事務所入口のドアノブに手をかける。

「依頼人の夢野さん、そろそろ来るみたいだから、家綱も準備……を……」

 ボクはドアを開け放し、真っ先に目に飛び込んできたものを見て目を疑った。

 リビングの茶色いソファに座っていたのは、この事務所の金遣いの荒い馬鹿探偵・七重家綱その人、なのだが。

「いいところに来たな由乃。……助けてくれ」

 彼が身に纏っていたのは趣味の悪い青縞黒縞のパジャマでも、季節感が感じられないいつもの黒スーツでもなく、上は不気味なほどひらひらとしたフリルのゴシック・ロリータな服装に、下は巫女装束の袴だったのだから。

「あぁ、うん。そういう……趣味があったんだ、邪魔して、ごめん」

「馬鹿ッ、違げぇよ! これには海よりも山よりも谷よりも深ぁい訳があってだなッ」

「誤魔化さなくていいよ。あと、山は特に深くないし」

「だぁかぁらぁ! 俺の話をちゃんと聞けぇええええッ」

 こんな奴がボクの上司、というかこの事務所の所長なのか。ここを辞めて、どこか別の場所に永久就職したいと、今日ほど思ったことはない。


◆◆◆


「にわかには信じがたい話だけど、だいたいは分かった」

「そうか、そうか。分かってくれたか……」

「お前のその馬鹿さ加減はね。もうすぐ依頼人が来るってのに何やってんだよ!」

「そっちかよ! だぁかぁらぁ、不可抗力なんだよあれは!」

 趣味なんかじゃない。本当に困っているんだ、話だけでも聞いてくれとうるさく言ってくるので、とりあえず話だけは聞いてみた。

 家綱の話によれば、ボクが新聞を取りに郵便受けに向かう間に、お腹が空いたからと、備えられていたコーンフレークを食べるべく冷蔵庫の中の牛乳に手を伸ばし、器の中にフレークを入れて牛乳をかけようとしていたのだが、手元が狂ってテーブルの上に置かれていた”クロスチェンジャー”に牛乳をぶちまけてしまったのだという。

 変な音がするからとボタンを適当にぽちぽちと押しているうちに、こんな良く分からない状態になった。助けてくれ……、という言葉で彼の説明は締め括られた。

 馬鹿馬鹿しくてもはや笑う気にもなれない。

「それで? どうやったら治るのさ」

「皆目見当がつかん。修理費にいくらかかるのかも含めてな」

「やたらめったら金がかかるのだけは勘弁してよ。うちの財政状況、分かってるでしょ」

「そうしたいのは山々だがな、俺にも訳が……」


――こんにちはー、昨日お電話させていただいた夢野と申しますがー。

 来客用のチャイムと共に、妙に低い男性の声が玄関の向こうから聞こえてきた。約束した時間までまだ10分も早いのにもう来たのか。

 遅れるよりはいいけれど今日は都合が悪い。こんなアホみたいな格好の家綱と依頼人を会わせでもしたらどうなるか。

 ヒかれるだけならまだいい。まだいいが、これが元で依頼を取り消されでもしたらたまらない。財政難の中久々に舞い込んだ大きな依頼だ。逃すわけには行かない。

「あ、あ、あぁあ。すみません、準備しますからもう暫くお待ちくださーい」

「お待ちくださいって由乃、なんとかできるのか、これを」

「なんとかできるかじゃない、するんだよ! そこを動くなよっ家綱」

 機械音痴のボクにクロスチェンジャーを短時間で直すのは不可能だ。だからと言って依頼人を長時間ドアの前に立たせて待たせておくわけにはいかない。

 とすれば方法はひとつ。ボクは″それ″を探しに自室へと駆け足で戻った。


◆◆◆


「あのぉ……、家綱探偵。その格好は」

「ハロウィンの仮装です」

「いやいや、ハロウィンは先月終わったはずでは」

「いっ、家綱の実家の方では今月が旧暦のハロウィンなんですっ! そうだよね? そうだよな!?」

「正月の旧暦は聞いたことがありますが……、ハロウィンに旧暦なんてあったかな」

「そんなことより依頼! 依頼の話をしましょうよ、ねっ、ねっ!」

「おっしゃる通りです。では、場所を移していただけますでしょうか。由乃さん、家綱探偵」

 やや髪の毛が後退し、綺麗なおでこを晒しつつも、それなりに若々しく、焦げ茶色の珍しい色合いのスーツを身に纏い、縁の青い眼鏡をかけた男性は、家綱の姿を見込んで呆気に取られていた。

 その気持ちはボクにもよく分かる。顔だけ出た『カボチャの被り物』を頭からすっぽりと被り、無数の星々がプリントされた『カーテン』を纏った男が目の前にいるのだ。ボクならふざけるなと顔に一発パンチをぶちこんでとっと家に帰りたくなる。

 彼の名は『夢野(ゆめの)三杉(みすぎ)』。29歳という若さで、証券会社″夢野コーポレーション″の社長を継いだ、この街でも有数の資産家だ。


 社長ともなると個人的な依頼一つ取り付けるにも忙しいらしく、早口で打ち合う日時だけを告げて、矢継ぎ早に電話を切ってしまった。そのため、彼がどんな依頼をボクらにするのか全く分からない。

 三杉さんは首を縦に振るとソファから立ち上がり、再び入口のドアノブに手をかけた。

「分かりました。ですが、ボクたちにも準備が必要ですので、その場所とやらをお教えいただけるとありがたいのですが」

「それでは……、一時間後にこの場所へ。お先に失礼します」

 三杉さんはポケットの中でくしゃくしゃになっていた紙を広げ、テーブルに載せると、気が気ではない表情で事務所を出て行った。

 何があったか知らないがとりあえずは好都合だ。さすがにこの”旧暦ハロウィン”の格好では出歩けない。ボクと家綱はどうするべきかと腕を組んで思案を巡らせた。


◆◆◆


「まぁっ。本当に”探偵さん”って感じですのねぇ」

「いやぁ、ははは。お褒めに預かり光栄です、奥様」

 それからきっかり一時間後。三杉さんから渡された地図を頼りにボクたちが訪れたのは、何らかの事件を起こし、裁判を待つ被疑者たちが多数収監されている”留置所”。

 彼の妻、『夢野茉都梨(まつり)』さんはあろうことか留置所の面会室、その柵の中にいた。やや茶髪かかった髪色に、たくあんのように太い眉毛。女性にも男性にも好かれそうな端正な顔立ちは、女をほとんど捨てているボクからしても羨ましいというか、美しく感じるものだった。

 明らかに普通じゃない状況なのだが、当人は辛そうな様子など微塵も見せず、家綱のやぼったい格好を目をきらきらと輝かせて見つめている。あの恰好を隠すため、事務所の物置の中に放り込まれていた、彼の(すね)あたりまで裾の伸びた、かなり大きな黒のコートを着せただけなのだが、どうやらこれがかの名探偵・”金田一幸助”の外行きの格好のように見えるらしい。

 この下にロリータファッションや袴を身に纏っていると知ったら、彼女はどう反応するだろうか。気になったが、試してみようと言う気にはならなかった。

「それでは、依頼と……この事件について、お話しいただけますか?」

「はい。何から話すべきか……」

「お茶をお出しできればいいのですが、今は監獄の中ですし。不便ですわぁ、まったく」

 ボクと家綱は三杉さんと茉都梨さんから今回の依頼について話を聞くことにした。

 三杉氏は名実ともに実力ある商社マンなのだが、そのために日本中を飛び回っており、妻の茉都梨さんと過ごす時間は殆んどなかったのだという。彼のことを心底愛していた茉都梨さんはそれを笑って許し見送っていたが、夫のいない淋しさには耐えられなかった。

 暇と寂しさを紛らわすため茉都梨さんが始めたのが、美顔ローラーやビデオエクササイズなど、効くのか効かないのか分からない、如何わしい商品を通信販売で買い漁ることだ。会員制のものに入会し、他よりも安く、多くの商品を購入していたのだという。

 家に帰る度に増えて行く怪しげな商品に三杉さんも疑問を覚えたものの、殆んど家にいられないことへの負い目から黙認していたという。

 だが、事態は三杉さんの知らない間に意外な方向へと進んでいた。販売会社の″キャンペーン″に乗って、友達にその商品を勧めて会員を増やしていた茉都梨さんが、勧誘を断られたという理由で友人を包丁で刺し殺した容疑をかけられ、刑務所に収監されてしまったのだ。

 ……って、ちょっと待った!

「待ってください夢野さん。こうなったらもう弁護士の仕事でしょう、ボクたち探偵の出る幕なんて」

 三杉さんは首を横に振り、それは違うとボクの言葉を遮った。

「確かに、ここまでなら弁護士を雇うべき事柄だ。しかし、関わっている″会社″がまた厄介なのです。由乃さん、″盛森(もりもり)組″という暴力団をご存知ですか?」

「盛森組……、というと」

 名前だけならボクだって知っている。若干45歳の組長・盛森(みつる)を筆頭に、構成員の平均年齢が30代半ばという妙に若い暴力団の名だ。

 妙なのは構成員が若いだけじゃない。暴力団という組織でありながら、組織の拡大にはあまり興味を示さず、専ら契約している企業の商品を、わざわざセールスマンを雇って販売していることにある。

 黒い噂もちょくちょく出ているが、確証がなく警察も手が出せないでいる、限りなく黒に近い灰色だ。

 だんだんと、彼の言わんとしたことが見えてきた。

「まさか、茉都梨さんが会員になった通信販売業者、っていうのは」

「察しの通り、盛森組が経営しているものです。私も世間体がありますし、出来るなら穏便な方向で済ませたかったのですが……」

 三杉さんはガラス張り越しに家綱の格好をなじって楽しむ茉都梨さんを尻目に、深く溜め息をついて言葉を継ぐ。

「茉都梨……あぁいや家内は取り調べで無罪を主張する際、″盛森満″の名前を挙げたんです。聞き違いだと思い、名前や絵を描かせてみたのですが、間違いなく本人でした。そのせいで盛森満本人が有らぬ疑いをかけられたと言いがかりをつけて来て」

「訴え返してきた……と、いうことですか?」

「もちろん、家内の言うことは本当だと信じています。しかし、相手は決定的な証拠を残したことがない暴力団の組長、敗訴するのは目に見えてます。お願いです、盛森組がこの事件に関与したという証拠を探し出してください」

 ずいぶんと長い前置きだったが、これが三杉さんの依頼の内容らしい。

 ボクが話を紐解いて整理している間に、家綱は三杉さんの方に向き直って、神妙な面持ちで口を開いた。

「依頼を始める前に一つだけ聞かせてくれ。仮に、あくまでも仮にだが、それでもし盛森満(モリモリマン)がシロで、奥さんがクロだとしたら……、あんたはどうするつもりだ?」

 (まん)じゃねぇよ、(みつる)だ、と突っ込むボクの言葉を無視し、家綱は三杉さんに人差し指を突き立てて話を続ける。

「こんなこと言いたくはないがよ、罪を逃れようと平気で嘘をつく輩は世の中にゴマンといる。もし奥さんの言うことが嘘だったのなら、今度は何だ。俺たちにニセの証拠でも作れっていうのか? 俺ァ犯罪者にはなりたくないし、その片棒を担ぐのも御免だぜ」

 家綱の厳しく、尚且つ尤もな言葉に、三杉さんはその手を突き立てた親指ごと握り締めて答える。

「その時は。その時は彼女と一緒に罪を被って償います。そもそも今回の事件は仕事にかまけ、家内の傍にいてあげられなかったことが原因。いざという時の覚悟はできています。だからこそ、私は”納得”したいんです。大事なのはクロかシロかじゃない、真実が何であるかです。どうか、お受けいただけないでしょうか、家綱探偵!」

 家綱と向かい合う三杉さんの目を横から覗き見る。彼の目をしっかりと見据えていて、そこに嘘や誤魔化しはない、彼は本気だ。

 そのことが家綱にも理解できたのか、彼は自分の手を握り締める三杉さんの手に、もう片方の手を被せて答えた。

「いいぜ、この依頼受けてやる。手間賃その他含めて依頼料は後払いだ。こっちの言い値できっちり頂くぜ」

「あぁ……! ありがとうございます。ありがとうございます」

 そう言って踵を返し、面会室を出ようとする家綱の言葉に、三杉さんは目元を緩ませて何度も何度も頭を下げる。バックに暴力団が関わっている上、幾分とややこしい話題だ。依頼してみたは良いが断られたらどうしようかと内心不安だったに違いない。

 まぁ、不安だったのはボクも同じだ。あのままじゃやる気になれない気持ちは分かるが、この依頼を反故にしてしまっては、今後の生活に響きかねない。ボクは彼らの見えない所でほっと胸をなで下ろした。


「あらぁ、もうお出になられますの? またいつでもいらっしゃってくださいねぇ、探偵さんにかわいい助手さぁん」

 三杉さんと対照的に、何も考えてなさそうなのほほんとした笑みを浮かべ、手を振って家綱を見送る茉都梨さん。果たしてこの人は事態をきちんと飲み込めているのだろうか。

 そんな彼女にでれっでれな三杉さんを見て、ボクと家綱の心に一抹の不安が過ぎった。


◆◆◆


「いやね、良い店知ってんだよマジで。絶対後悔させないからさ、これから食べに行こ? ねっ、ねっ、ねぇっ!」

 爽やかだが、どこか必死そうな笑顔で声をかける男に、声をかけられた女性は戸惑った表情を顔に浮かべた。

「あ、あのう……失礼ですけれど、私、そう言う趣味は……」

 事件の調査のために訪れた駅前の往来で、ボクは今猛烈に迷っていた。

 家綱の人格の一人――肩まで伸ばしたサラサラの髪と、女性を誘惑する甘いマスク、黙っていれば文句なしのイケメン・晴義(はるよし)が、得意のナンパを10回連続で失敗しているという、普通ならあり得ない光景を目にしている。

「一人二人ならまだしもまさかの十人。僕になびかない女の子がこんなにいるなんて……。なんなんだこれは、天変地異か何かの前触れなのか!?」

 晴義のナンパが成功しないのは別に天変地異でも政権交代でも国家転覆なんて物騒な事態の予兆でも、ましてや彼がイケてない顔をしているわけでもない。

 クロスチェンジャーの不調でおかしくなった服装を隠すために肩から足元まですっぽり隠れるほど大きな黒いコートを着せたはいいが、さすがに足元までは隠せなかった。

 今の彼は肩まで伸ばしたサラサラの髪と、女性を誘惑する甘いマスクという女性にもてる要素を、全身を覆い隠す黒いコートと、足元からちらりとのぞく”赤いハイヒール”というオプションで、元の良さを完全に殺した変質者になっていたのだ。女性が寄りつくはずがない。ボクも正直この場から立ち去りたい気分だ。

 このままでは調査は一向に進まない。彼に事情を話して対策を講じるべきか、『晴義が本気で自信をなくして項垂れる』という、こんなことがなければ一生お目にかかれなかったであろうこの光景を、傍目からもう少し眺めてほくそ笑んでいるべきか、非常に悩ましい。

「なぁ由乃、どうしてだ、どうしてなんだい!? なんで僕がこんな目にッ! 君は何か知らないか!? いや、何か知っているんだろう!? 教えてくれよ、頼む!」

 目に涙を浮かべ、必死な目でボクに詰め寄る晴義なんて初めて見た。いつもうっとおしい分、こういう顔をされて詰め寄られるのは悪い気がしない。

 が、このままでは晴義のライフポイントはゼロ。自信を折って今回どころか今後も使い物にならなくなってしまいそうだ。再起不能(リタイア)されるのだけは避けたいし、ボクは仕方なく彼に事情を説明してやることにした。


「しっかしまぁ、どうしたものかねぇ。おい由乃、腹が減った。そこのコンビニで肉まん買ってこい」

「ボクは別にお腹すいてないし、そういう時は自分で買いに行けよ」

「この格好で行ったら不審者だろうが。それに靴ずれで足が痛くて痛くて」

「自業自得だろ。とにかく、ボクは嫌だね」

「くっそ……っ、可愛くねぇやつ。せめて靴、靴だけでも買ってくれよ」

 彼に事情を説明したところで何かが変わるわけではなく。あまりのことに自信を喪失した晴義はボクの説明を聞くと同時にショックで引きこもり、ボクと家綱は駅前の往来、古ぼけたベンチに腰掛けて休んでいた。

 何度クロスチェンジャーを押しても、靴だけはハイヒールのまま固定されてしまっているため、家綱は必然的にヒールのまま歩かざるを得ず(余談だが、オーバーハイニーソックスに赤のハイヒールが加わった家綱の格好にはこらえきれず爆笑してしまった)、擦れた足を痛そうにさすっていた。自業自得である以上、そこに一切の同情を挟むつもりはないのだが。

 ボクたちは今、三杉さんにもらった”リスト”を片手に、茉都梨さんが”キャンペーン”で盛森組の商品を売った友人たちを探して当たっていた。

 三杉さんが言うには、彼女が盛森組組長と出会ったのは、キャンペーンで商品を勧める際。信用度を高めるためにと毎回社長(組長であることは伏せていたようだ)も一緒に来ていたようで、それで顔をはっきりと覚えられたのだと言う。

 リストに書かれていた名前はそれほど多くはない。が、聞き込みをする家綱がこんな格好じゃあ手に入る情報も雀の涙というもの。いや、情報が手に入ればまだいい方か。うち二人には逃げられ、さらに一人には通報されかけたものな。

 まったく、この馬鹿は大事な依頼の時になんてことをやらかしてくれたんだ。こいつに見られない角度で、ボクは静かに小さく溜め息をついた。



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