じいちゃんの生き方
ここに語るは、酒とpeaceと阪神タイガースを愛した男の話。
この人の出生については、とある田舎町の高校教師の元に生まれたという事しか、私は知らない。未だにこの人の幼き頃を知る人がこの世界に残っているのかどうかも知らない。
この人の一番古い逸話は、高校生の時に、ヤクザに絡み喧嘩をし、その後、ヤクザにスカウトされたと言う真偽の計り知れないもの。これはその人の息子に語られ、孫に伝わった話。
孫はヤンキーなじいちゃんの姿なんかイメージ出来ない。真面目な人だったと思う。本と野球が好きだった虚勢を張る気の弱い青年。そう思ってる。
当時は日本で読んではいけない小説。アメリカやイギリスの本を、こっそりと手に入れて夜を明かすそんな青年。将来、この敵国の作家の文の素晴らしさを伝えられる国語教師になることを夢見て、本を読み耽った。
そんな高校生の夢は叶う事は無かった。その人は気が弱かったのだ。戦争に行きたく無かった。
学徒出陣。文系大学生は否応なしに前線へ送り出される。
その人は大学の数学科に進んだ。数学の教師なら神戸の軍事工場で働けるから。戦争に行かなくていいから。戦争の結果を知ってる現代から見れば、正しい判断と見られるかも知れないが、当時は非国民と呼ばれる人。
別に日本が負ける事を予期していた訳じゃない。どちらが勝っても良かったのだ。敵国の本も堂々と読めるようになるのなら。
その人は戦争が終わり、田舎へと帰り高校の数学教師になった。
生徒さん曰く、怖い人だったらしい。机から足を投げ出して居れば、態度が悪いとその足を蹴り、その人の授業中に寝ているものが居れば黒板消しや教科書が飛んで来た。現代でやったら、体罰と訴えられる事だろう。
いつも孫達にお菓子を用意している笑顔なじいちゃんからは、想像出来ない姿。
その人の生徒で、その孫の担任の国語教師になった人は語った。
誰も、先生には逆らえなかった。恐かったから。怒鳴るのも怖かったけど、何より間違った事で叱られた事が無かったから。それに私が大学受験の時に、数学が出来ないって泣き付いたら、夜遅くまで補習して付き合ってくれた。
その人が顧問だった野球部の生徒さん。
修学旅行に酒を持ち込んで夜こっそり酒盛りしてたんだ。そこを見つけた先生。先生の恐い顔にこれは朝までコッテリ搾られると固まる俺達に何て言ったと思う。何で俺を呼ばないんだ。それから、何処からか持って来た一升瓶で朝まで付き合わされて、俺達、二日酔いで殺されかけたよ。
その人の次男曰く、不良教師だそうだ。
その人は、小学校の国語教師の女性と結婚した。
その時、相手側の親と一悶着あったそうだ。しかし、二人の男児を作り幸せに暮らした。一日、ビール瓶一本と徳利一本を空け、阪神タイガースの勝敗によって機嫌が上下する。長男の長女と次男の長女が同時に生まれた年、阪神最強の助っ人ランディー・バースが優勝と孫を二人も持って来たと喜ぶぐらいに。
その後、次男に長男が生まれる。凄く喜んだらしい。毎週週末に車で三キロ程の次男の家を訪ねて来てはその孫の顔を見ていたらしい。その孫に記憶は無いのだが。
そんな孫馬鹿だったじいちゃん。定年後は読書とジグソーパズルとタイガースとpeaceと酒と孫を趣味にのんびり過ごしていた。
死因は食道ガン。peaceと酒が原因だった。
その人の葬儀の準備が整い、後は通夜の前のお経を読む坊さんを待つだけ。その人の長男と次男の兄弟が各々の葬儀の準備に忙しい妻や母親に見つからないようにこっそり動き出す。
その伯父と父を見ている孫。その中学生の視線に言い訳を始める兄弟。
良いか、葬式ってのは、死者を愉快に送り出す行事なんだ。酒を呑まずにじいちゃんを送り出すなんてこれほどじいちゃんに失礼な事は無いんだぞ。
その後、母親や妻達に見付かり年甲斐もなく叱られる、その人の悪い所を継ぎし息子達。
その人の次男はセブンスターを吸いながらその人の孫に語る。
親父はやりたい事をやって満足して死んだよ。一つ、親父に無念があるとすれば、お前と酒を飲み交わせ無かった事だな。
その人が死んで丁度十年目。二十歳を越えたその孫はビールを片手に、普段は吸わないpeaceをその人に捧げる。
ちびっと染み垂れた話ですね。
少し補足
ランディー・バース
私の生まれる前に阪神タイガースに来て、優勝をもたらした名バッターです。
因みに孫は広島カープファンです。
peace
すげぇ濃い煙草。しかし、上手い。大抵の愛煙家は色々吸った後に、これに落ち着くそうです。
因みにまだまだ餓鬼な孫はセブンスターです。