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野外演習の班編成

 水魔法を使った拷問のこつは、二次溺死を防ぐために、肺に溜まった水をきちんと全部口から吐かせること。これを失敗すると、時間差で死人が出ることになって、後処理が面倒なことになると、父から教わった。

 体内の水の操作は、直接体に触れなければならないのが難点だけれども、内臓の中の水を魔力で強制的に吐き出させられるのは窒息以上に苦しいらしく、これはこれでいい拷問になるという利点もある。魔力操作を失敗すると内臓がズタズタになって、大変なことになるけど。

 昔は私もまだ魔力操作が未熟だったから、うっかり死なせかけたりもしたなぁ。まあでも魔力操作の良い勉強になったから、結果オーライだったけど。

 ……にしても、何でみんな、青ざめて黙り込んでいるんだろう。


「……あ、拷問はしたけれど、死なせていませんよ! 魔力操作が失敗して内臓を損傷させた時も、ちゃんとポーションで回復させて、しかるべき機関に受け渡しましたし。一応まだ、人を殺したことはありません」

「――あっはははは! やっぱり、お前は最高だな。ナサニエル! さすが未来の辺境伯夫人だ」


 サイコパスグリズリーが、突然上機嫌で笑いだしてとても怖い。そして私は断じて、未来の辺境伯夫人なんかではない。言うだけ無駄なのは、もうわかっているけど。


「……今まで教えてきた数少ない女生徒は皆、最初は魔物を殺すことを躊躇うので、ナサニエルもそうかと思ったのですが。よけいな心配でしたね。パウエル騎士団長の姪御さんを、一般女生徒の基準で考えたこと自体が間違いでした」


 口もとを引き攣らせたセルティス先生が、深々とため息を吐く。

 嫡男だった父は騎士団に入団ができなかったが、父の弟であるパウエル叔父は家系の慣例通りに騎士になり、功績を積み上げて王国騎士団のトップである騎士団長まで上り詰めた。

 長年の功績を称えられ、一代限りの子爵位までもらっている自慢の叔父だ。叔父について説明するならば、何というか……グレゴリーの胡散臭さと異常性をなくした感じと言えば、伝わるだろうか。

 豪快な巨漢でありながらも、非常に頭の回転が速く、部下からの信頼が非常に厚い人たらし。女性にも非常に人気があるのだが、四十代にして未だ独身。「俺の伴侶は、祖国エリュシアだ」とウインクと共に言ってのける、伊達男でもある。


「……怖ぇ女」


 ドン引き顔でぼそっと呟いてるけど、私からすれば騎士を目指しているのに、殺生を躊躇う気持ちの方がわからないよ、ウィルソン。

 というか、しおらしく泣いてれば女扱いしてやるとか言っていたし、もしかしたら君、誰よりも私に幻想を持っていないかい? 私にというか、女の子という生き物にかな。

 生物学的性差だけで、決めつけるのはよくないと思うよ。私は女である前に、ドレー家令嬢で、生まれた時から騎士を目指すのが決まっていたんだからさ。


「まあ、でも魔物相手なら躊躇しないと言うことなら、結構です。ただ対人戦闘と、対魔物の戦闘では、勝手が違ってくるということは、頭に入れておいてください。人間と違って理性が利かないのが魔物です。一瞬の躊躇が命取りになるということは、肝に銘じておいてください」

「はい。わかりました」

「しかし、困りましたね。……今回の乱取り稽古は、来月の野外演習の為の班編成の為に行ったものですが、君達三人と他の生徒たちでは、あまりにも実力差があり過ぎました」

 

 セルティス先生はため息と共に、片眼鏡を押し上げた。


「グレゴリー以外の生徒は、初めての魔物討伐演習です。グレゴリーは不満でしょうが、冒険者になりたての子どもがまず向かうような、討伐難易度の低い魔物の生息地で演習を行う予定でした。今回勝ち残ったものをリーダーに任命して、他の生徒を指揮させれば、弱い魔物相手でも多少は学びに繋がると思ったのですが……これほどまでに実力差があるとは」

「別に私は、難易度の低い演習地でも構いませんが」

「ナサニエルはそうでしょうね。問題はウィルソンです」

「……は?」

「ウィルソンはまだ人を統率する能力が乏しい。おそらくは、同じ班の生徒を押しのけて、一人で魔物を殲滅させることになるでしょう。そのうえで、自分なら魔物を簡単に討伐できると思い込み、個体差を鑑みずに魔物全てを舐めてかかるようになる可能性があります。中途半端に実力がある者が、初めての魔物討伐に挑んだ際に、しばしば起こりうる勘違いです。そしてその勘違いは後々に、致命的な判断ミスを生じさせる。そうなる前に、伸びた鼻を折っておく、もしくは最初から鼻を伸ばさせないようにする必要があるのです」

「お、俺はそんなこと……」

「うむ、納得だ」

「ウィルソンなら、そうなるだろうね」

「っざけんなよ! てめぇら!!!」


 ここで顔を真っ赤にして怒鳴っている所からしても、説得力がないんだよ。そもそも君、侯爵令息って立場を笠に着ているから、他の生徒に忌避されてるじゃないか。君をリーダーにしないといけない、他の生徒がかわいそうだよ。


「……仕方ありませんね。ここは、騎士団に頼りますか」

「騎士団に?」

「ええ、君達三人を同じ班にして、君達だけもう少し難易度の高いエリアで演習を行ってもらうことにします。僕は他の生徒の引率があるので、騎士団に依頼して、引率役の現役騎士を一人派遣してもらいましょう」

「「え」」


 不本意ながら、ウィルソンと言葉が被った。

 ……サイコパスグリズリーと、キャンキャン煩い駄犬。三人で野外演習だなんて、何の罰ゲームだろうか。しかもこの野外演習は、泊りがけと聞いているのだけど。


「……高位貴族三人の引率となると、引率の方もさすがに肩身が狭いのではないですか?」

「学園に在学中は、高位貴族であろうと下位貴族であろうと、生徒は皆平等に扱うのが原則です。それに騎士科の野外演習は危険を伴うため、学園側に明らかに非がある場合でなければ、何が起こっても自己責任であることを、事前に契約書に署名させますので。君たちの家柄は、この場合は全く関係ありませんね」

「ということは、ナサニエルと同じテントで宿泊ができるのか⁉」

「騎士団所属の騎士であれば、性別関係なく雑魚寝しなければいけない状況もあり得ますが、これはあくまで学園の演習ですから。ナサニエル用のテントはきちんと準備します」

「そんなっ! せっかくの既成事実を作る機会が!」


 ……仮に雑魚寝だとしても、その場にはウィルソンもいるだろう。一体何を考えているんだ、この熊は。

 男泣きの真似をしているグレゴリーを、セルティス先生はゴミムシを見るような目で見ていたが、すぐに真剣な顔で私に向き直った。


「ただ、学園が行う配慮はここまでです。別のテントであっても、その気になれば、グレゴリーは簡単に侵入できるでしょう。結界を張る魔道具を手配するなどして、そういった事態を防ぐ為の事前対処を行うのも、女性騎士を目指す君が自分で成すべきことであり、学ぶべきことでもあります。ナサニエル」

「はい。先生」

「僕は自分の身は自分で守れるものしか、騎士を目指すべきではないと思っています。騎士というのは、それだけ危険な仕事ですから。……言っておきますけど、この問題はナサニエルだけの問題じゃないですからね。騎士団で、女性騎士の割合は1割程度。男だけで長期間の野外遠征を行うことは、ままあります。そうなると定期的に、性欲が解消できるなら同性でも構わないというトチ狂った輩が現れるんですよ。自分なら大丈夫だと安心して寝こけていたら、翌朝には尻の穴がずたずたになっているなんて話は、与太話ではありませんよ」

「「「「――ひえっ!」」」」


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