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セルティス先生の講評

 昼休みの時と同じように、ウィルソンが中級以上の魔力を片手に集中させたのがわかったが、今度は私もグレゴリーも動かなかった。


「……そこまでです。ウィルソン・ハルバード。講義中に私闘を行おうとするとは良い度胸ですね。僕は君がたとえ侯爵令息であっても、規律に反すれば躊躇なく停学処分にしますよ」


 奥が見えないようになっている黒い片眼鏡を持ち上げながら、三つ編みに結った水色の髪を揺らして近づいてくるのは、今回の乱取り稽古の責任者であるセルティス・アメリア先生。

 一見女性と見間違うような線の細い美貌の持ち主だけれども、その実力を侮ってはいけない。セルティス先生は、片目の欠損によって引退を余儀なくされた、元騎士だ。片眼鏡型の特殊な魔道具を使って視力を補っているが、以前のような戦闘はできなくなった為、講師となる道を選んだらしい。

 それでも生徒相手では負け知らずで、ウィルソンはもちろん、私やグレゴリーも、何度もけちょんけちょんにやられたことがある。と言っても、私やグレゴリーは最近では引き分けの確率も増えては来たのだけど。

 ちなみにウィルソンはまだ一度も引き分けに持ちこめていないので、セルティス先生を見るなり苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、手に集中させた魔力を霧散させた。


「言い方には棘がありますが、ナサニエルの言葉は何も間違っておりませんよ。ウィルソン。接近戦も選択肢に入れていたというなら、そもそも何故最初に弓以外の武器も一緒に選ばなかったのです? グレゴリーは大槍以外にも、メリケンサックを併用していました。君は短剣もそれなりに使えるでしょう? 何故懐に潜ませようと思わなかったんです」

「そ、それは、少しでも身軽な方がいいと思ったから……」

「騎士がそんな身軽な状態で戦闘に集中できるような状況なぞ、ほとんどありませんよ。騎士の戦闘に怪我人はつきもの。仲間であろうが、民間人であろうが、いざという時にすぐに救助ができるように、様々な救急道具を肌身離さず持ち歩いているのが普通です。亜空間収納バッグなんて、そうそう持てませんからね。短剣一つで鈍るような戦闘能力なら、それは既に君の実力とは言えません」

「…………」

「まあ、でも無詠唱で展開する魔法の威力と、その操作能力は流石です。風魔法で逸らされてなお、ターゲットに迫る弓の軌道を計算する力も。風属性持ちでもないのに、これほど見事に矢を操る人間はそうそういませんよ。もしウィルソンが、自分の状況をもっと客観的に捉えることができたうえで、冷静に作戦を立てることができたならば、君はきっと僕よりもずっと素晴らしい騎士になることができるはずです」

「…………」


 飴と鞭を上手に使いこなすセルティス先生の言葉に、ウィルソンが難しい顔で唸っている間に、講評はグレゴリーに移った。


「グレゴリー。僕は、君の戦闘能力が、騎士科で一番高いと思っています。というよりも、君の戦い方は、実際に昔から魔物を相手にしてきた人間の戦い方です。相手の急所を狙うことに躊躇いがない。ゴードンが火だるまになった時は、正直ひやひやしましたよ。とうとう死亡事故が発生するのではと」

「あっははは。すみません。先生。オレはガキの頃から辺境で魔物相手に訓練させられているせいで、加減が苦手でして」

「加減はしなくて結構。死亡事故につながらないように、見極めるのは教師の仕事です。下手に加減を覚えると、君の為にも他の生徒の為にもなりませんから。それよりも、君の弱点は魔力操作にあると思っています。ウィルソンとは逆に、君は魔法の遠隔操作が苦手ですね」

「それは心外。自分では、結構遠くまで地面を割れたと思っていましたが」

「手をついた場所から、地面は割れていっていたでしょう。地続きで遠い場所まで影響を与えられるというのは、遠隔操作とは言いません。単に魔法が及ぶ範囲を広げただけです。火魔法に至っては槍先に炎を宿すばかりで、ろくに操作自体していなかったじゃないですか」

「一応詠唱すれば遠隔で魔法攻撃もできますけど、無詠唱だとどうしてもなぁ」

「まあ、無理に導入しろとは言いません。選択肢の幅が広いのは武器ですが、広すぎて混乱すれば本末転倒ですから。土魔法は難しいですが、火魔法ならば風属性の魔法効果が付与されている魔法具で、苦手な操作を補う方法もありますし。ただ弱点を自覚しているのとしていないのとでは、今後の成長に影響がありますから。そのことだけは頭に留めておいてください」

「わかりました」


 続けてセルティス先生の視線が私に向けられ、思わず背筋が伸びた。……自分ではなかなか良い線いっていたと思うんだが、さてさて何と言われるかな。


「――ナサニエル」

「はいっ」

「君の戦闘は、グレゴリーと真逆です。ナサニエル。君はまだ一度も魔物を殺したことはありませんね」

「え? それはまあ、そうですけど」


 基本的に平民の冒険者だって13歳からしか登録を許されない状況を考えれば、貴族の子女が16歳まで魔物を殺したことがなくても普通だと思うんだけど。何でセルティス先生は、こんな難しい顔をしているんだろう?


「……君の戦い方は、対人を意識した戦い方。それも相手を生かして捕えることを前提とした戦い方です。君はこの乱取り稽古中、他の生徒たちを場外に飛ばすばかりで、一度も傷つけなかった。風魔法や水魔法を補助に使うばかりで、殺傷能力が高い使い方は一切していませんでしたね」

「え? ええ、まあ、稽古ですし」

「貴方の優しさは美徳ですが、戦場に置いてはその優しさは命取りになります。特に対魔物に対しては、命を奪うことを躊躇してはいけません」


 ??? ……あれ、もしかしなくてもこれ、何か変な勘違いされてないか。


「風魔法でつむじ風を起こして敵の全身を引き裂いたり、水魔法の水圧で体に穴をあけたりという行為は残酷だというのならば、顔に水魔法で作った膜を張り付けて窒息させるという方法もあります。これならば血がでない分、少しは抵抗がなくなるでしょう。君の魔法操作も剣の腕も、間違いなく一級です。なのでどうか傷つけることを恐れたりせずに……」

「……ちょっと待ってください、セルティス先生。誤解、誤解です」

「え?」

「私は魔物相手ならば、命を奪うことを躊躇いませんよ。そもそも今回他の生徒を傷つけなかったのも、単純に今までの癖みたいなものですし」


 どうやら先生は、私を、人を傷つけることを躊躇うものすごく繊細な女の子だと勘違いしているようだ。正直先生の方がよっぽど儚げな姿をしているのに、一体何を言い出すんだ。


「私は婚約者の関係で、昔から命を狙われることが少なくなくて。私の父は、対魔物の戦闘よりも、対人戦闘を先に身に着けさせたんです。その時に口酸っぱく『できる限り相手を殺すな』『殺したら依頼主の情報を聞き出せなくなるし、下手したら死人に口がないのをいいことに冤罪をでっち上げられるぞ』と言い含められていて。その影響でつい、殺さずに相手を無効化させる戦法を取ってしまいがちですが、魔物相手なら、最初から躊躇しない自信があります」

「…………」

「そもそも危険な魔物を生かしておけば、何らかのきっかけでいつかアレス殿下に害を及ぼすかもしれませんし。魔物の肉や素材が、我が国の糧になれば、巡り巡ってアレス殿下の益になりますから。殺すのを躊躇する理由がありません。さすがに危険性のない魔物を、肉や素材を得るという理由もなければ、わざわざ殺そうとは思いませんけど」

「………………」

「あと、水魔法の膜で窒息させるのも試したことありますよ。刺客から情報を引き出す為の拷問で。あれ便利ですよね。道具が必要なくて」

「………………………………」


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