婚約破棄しよう
野外演習の時に、儚く散った夢が叶うんだ。しかもアレス殿下の御前で。最高じゃないか。
ディエスに光魔法で結界を張ってもらえば、アレス殿下はもちろん、周囲にも被害を与えず討伐に集中できるわけだし。何の問題もない。
「は、はったりだと思ってんのか⁉ この魔道具は本物だぞ!」
「はったりだなんて、思っているわけないじゃないか。君個人ならともかく、君に今回の依頼をした相手なら、それくらいの魔道具は簡単に融通できるだろうさ。多少懐は痛んだとしてもね」
黒幕がエルヴィン第二王子なら、それくらいの魔道具を手配するのなんて簡単なはず。というか、こいつらの三下っぷりを考えれば、寧ろそれくらいの魔道具は用意して然るべきという所かな。伝説の剣に選ばれた私が、どれくらいの実力か測りたいのならば、剣を手に入れる前の時点で簡単に制圧できるような敵じゃ、話にならないわけだし。
仮にフェルドリート殿下のヤンデレ奥方様の誰かが主犯だとしても、まあそれくらいの魔道具は準備できるだろう。お三方とも、非常に裕福な実家をお持ちなのだから。
だから、私は最初から本物の前提で話しているのに、どうしてこうも聞き分けが悪いのだろうねえ?
「な、舐めんなよ! 俺ができねぇと思ってんだろ! 俺はやると言ったら……」
なおもまた、グダグダと何かを言い続ける男の顔面を、片手でがしりと鷲掴みにする。
「は や く 使 え」
……私はね、怒っているんだよ。
アレス殿下を誘拐した奴らにも、その状況をむざむざ許した私自身にも。
この煮えたぎるばかりの怒りを、何かにぶつけなければ気が済まないんだ。
「「きゃあああああ~! 瞳孔が開いたナサニエルのそのお顔、(ライオネルが/シエルが)怒った時にそっくり!!!」」
「な、な、舐めやがってえええええっ!!!」
男が泣きそうな顔で魔道具を発動させた瞬間、空に召喚用の亜空間ホールが発生するのを見て取れた。
「ディエス! 周囲に被害がでないよう、光魔法で結界を! アレス殿下は特に厳重に守ってさしあげて!」
「はーい! それでもう一個は?」
「ええと……剣に、火属性を宿してくれるかな?」
「火属性同士で対決するのね! わかったわ。巨大トカゲ如きに負けない所、見せてあげるっ」
……本当は水属性のノクスにお願いしたいところだけど、今回はディエスに二連続で頼るって縛りがあるからな。
ディエス担当の氷属性と雷属性は、火属性のファイアドラゴンに対して相性は微妙。光属性に至っては、そもそも闇属性の魔物以外に攻撃効果はない。
同属性でバフ効果を得る魔物もいるけど、ファイアドラゴンは火耐性があるだけだから、ドラゴンを圧倒的に上回る火属性なら十分対抗できる。だから、敢えて火属性付与を選んだんだけど……自信満々で喜んでいるようで、何よりだ。
「私は? 私は何をすればいいの? ナサニエル」
「ええと……ノクスは全ての属性の魔力で、剣の強度を強化して欲しいかな。あ、ディエスも余力があったら、それもお願い」
「「はあい」」
……よし、これでお願い回数が平等だ。次回、とっさの判断でどちらに魔法をお願いしても、長々ごねられずに済む。
併せると全属性の魔法が使える二人の高位聖霊を従えることができるというのは、ありがたくもあるけど、楽じゃないな。常に平等に扱わないと、絶対面倒なことになるし。
内心ため息を吐きながら、亜空間ホールから出現した、ファイアドラゴンを睨みつける。
体長は15メートルほどであろうか。炎のように真っ赤な鱗を持つドラゴンは、羽を羽ばたかせながら大きく咆哮すると、早速こちらに向かって炎を吐きかけてきた。
「ひ、ひえええええええええええ!!!」
……あ、ディエス。十文字傷の男を結界に入れなかったのか。自分が召喚したドラゴンがすれすれの所に炎吐きかけて来たから、悲鳴をあげて失神しちゃったよ。私は跳んで逃げたけど。
……まあ、いっか。うっかり燃えちゃっても。スキンヘッドの男の方は結界の中にいるから、そっちだけでも情報は吐かせられるだろうし。それでも火が建物に燃え移ってないあたり、さすがディエスの結界だね。
そんなことを考えながら、自身の風魔法を使って屋根へ跳び移り、そこからさらに高く跳躍する。
「見ていてくださいね、アレス殿下! これが貴方の騎士、ナサニエルの実力です!!!」
フェルドリート殿下の言いつけ通り、できるだけ派手に。できるだけ華やかに。
焔を纏った刀身を、ドラゴンの首に向かって振り下ろす。
ファイアドラゴンは再び私に向けて炎を吐いてきたけれど、それすらも同時に斬り開いて、剣先はドラゴンの首に届いた。
「……何だ。呆気な過ぎるだろう」
まるで膾を斬ったかのように手応えがないまま、ストンとドラゴンの首が落ち、首を失った体ごと重力に従って落下していく。
……精霊のバフがあると、ドラゴンですらこんなにもあっけないもんなんだな。不完全燃焼過ぎて、もやもやする。
「ディエス! 光魔法でドラゴンの落下地点に結界を張って! ノクスはええっと……風魔法で、私の体を受け止めて」
……正直風魔法は私自身の魔法だけでも十分だからノクスの補助はいらないんだけど、何も役割も与えないと拗ねるからね。まあ、目視した限りドラゴンの落下地点にも木があるだけで、ディエスの結界もあまり意味はないようだし、ある意味これも平等と言えば平等だろう。
「「わかったわ」」
柔らかい風の繭に包まれながら、ゆっくりと屋根が崩壊した空き家の中へと降りて行く。
ドラゴンの死体も、結界の上に乗り上げるように、損傷が少ない状態で木の上へと落ちて行った。……どうせその辺りに、フェルドリート殿下が派遣した偵察隊もいるだろうから、胴体の回収はそっちに任せよう。アレス殿下には、空き家の方に落ちた頭部の素材を捧げればいい。
万が一でも落下した頭部が殿下にぶつかったりしないよう、風魔法で落下地点を調整しながら、同時に床に降り立った。
……あ、ドラゴンの首の方は、ウィルソンのすぐ脇に落ちたみたいで、「……ひっ」て、変な声あげて固まってるや。確かに牙とは怖いけど、大蜘蛛や巨大蟻地獄よりはよっぽどましじゃないか? 君、変な所繊細だよね。
「――いかがでしたか! アレス殿下! 私の活躍は?」
特に危険があるわけじゃないので、ウィルソンはそのまま放置して。お褒めの言葉をいただくべく、笑顔でアレス殿下のもとへ駆け寄って行く。
不完全燃焼ではあるけれど、ここでアレス殿下のお褒めの言葉をいただけるなら、全ての不快感がふっとぶはず。そう思っての行動だったのだけど。
「ナサニエル……やっぱり、婚約破棄しよう」
「はあ?」
……いくら何でも、その反応はないんじゃないですかね? 殿下。
「――この状況でなお、その反応はひど過ぎませんか⁉ 『ドラゴンを瞬殺するような、野蛮な女は、私の婚約者として相応しくない』とかおっしゃいませんよねえぇぇぇ? ええい、いっそのこと、この期に及んでこんなことを言う可愛くないお口を、口づけで塞いでさしあげましょうか! そうすれば殿下だって、もっと素直に可愛いお言葉を下さるんじゃないですかねええええ⁉」
ドラゴンがあまりに手応えがなさ過ぎて不完全燃焼だった怒りが、ついつい再燃して、怒鳴りちらしてしまった。
……私としたことが、うっかり下品な本音まで。でももういっそ、体から落として素直にさせた方が早いような気がしてきたんだよなぁ。無理やり口づけされて、泣くアレス殿下とか絶対お可愛いし。
でも私も、正真正銘ファーストキスだから、落とせるほどのテクニックがない可能性が高いのが問題だなあ。
「っ違う!」
「じゃあ、何でです!」
「お前が私に相応しくないんじゃない、私がお前に相応しくないんだ!」




