太陽が落ちてくる(後半 side:ナサニエル)
襟元を掴んで乱暴に持ち上げられたウィルソンは、喉を圧迫されたことで咳込みながらも、挑発するように男達を嘲笑った。
「……ガキ一人にやられるような、使えねぇ雑魚連れてんのが悪ぃんだろうが。バァーカ。お前らも魔道具がなけりゃ、雷魔法で黒焦げにしてやったのに」
「っだと!」
「このクソガキ!」
「っ……」
二人がかりで顔を殴られてなお、ウィルソンは悲鳴一つあげず、折れた歯と血を口から吐き捨てながら、男達を睨みつけていた。
暗殺者を差し向けられることはままあるものの、こう言った荒々しい暴力行為自体は見慣れていない私は思わず固まり、リンゲルは青ざめた顔で小さく悲鳴をあげた。
「……ああん? 銀髪に、雷と氷の魔法って、もしかして一時期俺らのシマを荒らしてたスラムのクソガキか?」
「ああ! とっ捕まえて売り飛ばす計画をしてた矢先に、お貴族様にもらわれて行って断念した奴か。懐かしいねえ。もう10年になるか」
「仕方ねぇからお貴族様として偉くなった時分に昔のネタで脅迫するつもりだったのに、廃嫡が決まってるって話仕入れて、二重でガッカリしたんだよなあ。しかしまあ、ずいぶんデカくゴツく育っちまって。ガキの時分の方が、高く売れたのによお」
「でもこれはこれで、金持ちのババアあたりに高く売れるんじゃねえの? 二属性持ちなら、戦闘奴隷として売り込む手もあるしよお」
ウィルソンの髪を鷲掴みにして顔を覗き込みながら、男達はニヤニヤと不穏な会話を続ける。
「一日ここで潜伏したら、あとはお前らの処遇も含めて好きにしていいって言われてんだ。王子様は余計な事を言わねえよう、舌を切って薬で視力奪った上で、他国の変態貴族に売り飛ばしてやるよ。男にしちゃあお綺麗な顔立ちだし、元王族のブランドがあれば、男でもそれなりに高く売れる」
「もう一人の坊っちゃんは、顔も立場も大分落ちっからなあ。そこそこ可愛らしい顔をしてっから、探せば買い手がいるかもしんねえけど。まあ、買い手が見つからなきゃ、バラしてパーツ売りだな。内臓や目はもちろん、人間の体の部位って言うのは意外と高く売れるんだわ」
「ひぃっ!」
泣きながらガタガタと震えるリンゲルに申し訳ない気持ちはあったが、私の心は凪いでいた。
男達から告げられる未来は非常に恐ろしいものであるはずなのに、何の恐怖も湧き上がってこない。と言うか、男達の話が絵空事のようで、現実味を感じなかった。
「……何だ。信じない信じないと言いながら、とっくに信じているんじゃないか」
「何を言って……っ!?」
「屋根がっ!!」
何があっても……ナサニエルなら必ず助けに来てくれると。
本当は、とっくに信じていたから。
「ーーアレス殿下!」
二つに割れた屋根から覗く青空を背景に、剣を高く振り上げたナサニエルが、虹色の光を携えて降ってくる。
ああーー太陽が、落ちて来た。
(side:ナサニエル)
「ーーここだ! ノクス、ディエス! 全ての力で剣を強化して!」
「「はあい」」
風魔法で落下速度を落としながら、移動の為に乗っていた剣を空中で持ち上げ、眼下に見える空き家に向かって振り上げる。
「はああああっ!!!」
高位精霊の力で、全ての属性の魔法によって強化されたノクスディエスは、どんなものでも一刀両断できるくらいに硬くて、鋭い。
振り降ろした剣は、空き家の屋根を割り開き、真っ二つに両断させた。
「「お見事!」」
「ーーアレス殿下!」
自らの風魔法で落下の衝撃を和らげながら、探し求めていた愛しい御方の元へと舞い降りる。
「ご無事で何よりですっ! お怪我はなさっていませんか? 何か酷いことをされたりはっ……」
「私は大丈夫だ。ただ、彼が……」
「彼?」
そこで私は初めて、殿下の傍らに転がっているズタボロなウィルソンの存在に気づいた。
「……何で君がこんな所にいるんだ。ウィルソン」
「……ナサニエル。てめぇ、それが怪我してる俺を見た第一声かよ」
「その程度の怪我、私も君も騎士科の講義で慣れっこじゃないか。ディエス。申し訳ないけど、光魔法で治してあげて」
「ナサニエル以外に光魔法使ってあげるのは嫌だけど、まあいいわ。ナサニエルの頼みだものね」
「ディエスばっかりずるい! 次は私を頼ってね。ナサニエル。約束よ」
剣の先からほとばしった金色の光を浴びたウィルソンは、みるみる腫れ上がった頬や全身の傷が治療されていく。
「ふえーん。ナサニエル様ー、助けに来てくださってありがとうございますぅ。僕、バラバラにされて売られちゃうとこでしたあああ」
「よしよし、リンゲル。怖かったね」
「ところでこの場所は、どうやって?」
「……愛だよ、愛。私のアレス殿下への愛が引き起こした、奇跡さ」
……アレス殿下にプレゼントした腕輪に、万が一の為に発信魔法器を仕込んでいたのは、言わずが花だな。愛の奇跡と言うことにして、誤魔化そう。
泣きじゃくるリンゲルを慰めているうちに、すっかり元の状態に戻ったウィルソンは、苦々しそうに歯を剥き出しにした。
「……おい。折れた歯が治ってんぞ。どんな高級ポーションでも、最上級の光魔法でも、欠損は治せねぇはずなのに」
「精霊の魔法を人のものさしで測ったら負けだよ、ウィルソン」
……まあ、治らないよりは、ね?
全部解決したら、ゴードンも見舞ってあげよう。万が一身体のどこかを欠損してたら、この先アレス殿下の護衛騎士は続けられなくなるし。
実力はともかく、ゴードンほどアレス殿下に真摯な護衛騎士は今後現れないだろうから、いなくなられては困る。アレス殿下の今後の為にも。
精霊魔法の奇跡に関する情報統制は……まあ、フェルドリート殿下に丸投げで良いだろう。そもそも私が拝み倒した所で、常にディエスが聞いてくれると限らないし。何となくだけど、私がそれなりに親しい相手以外は応じてくれなさそうな気がするんだよな。キリがないって。
「……ノクス。水魔法で、魔道具を吹き飛ばして」
「はあい♪」
「っぐ!」
こちらの隙を突くように魔道具を使おうとしていたスキンヘッドの賊を、一瞥もせずにノクスに魔法で妨害してもらい、剣を構えて飛びかかる。
男が別の魔道具で発動した結界を、私自身の魔力を込めた剣で切り捨てて無効化させてから、男を床へ蹴り飛ばし、首元すれすれに剣を突き刺した。
……愚かだな。付与魔法で発動された結界は、うまく魔力の核を捉えれば無効化できるんだよ。アレス殿下からいただいた結界の魔道具を、グレゴリーが無効化してテントに侵入してきたように。
「……よくも、私のアレス殿下を拐かしたな。貴様。八つ裂きにして殺してやりたい所だが、黒幕の情報を得る為には生かしておかないとまずいからな」
「ひっ」
「取り敢えずーー今はこれで勘弁しておいてやるから、感謝したまえ」
そう言って笑顔で拳を硬く握り、手加減なしに男の顔面を殴りつけた。
「ぐべらぁっ!」
わあ、随分間抜けな声で鳴くね。君。
この感触は、歯が三本くらい折れたな。まあ、こいつらもウィルソンの歯を折ったみたいだし。当然の報いだろう。
「……よし、少し気持ちが落ちついた。ノクス。闇魔法でこいつの意識を刈り取ってくれ」
「はーい!」
「ずるいわ! ノクスばかり、連続で!」
「……次は、ディエスに二連続で頼むからさ」
「約束よ!」
「ーーひぃぃぃっ! 家も結界も、剣一太刀で切り裂くとか、化け物かよっ……! 伝説の剣の主がこんな化け物だとか聞いてないぞっ」
気絶したスキンヘッドの男の脇で腰を抜かしていた十文字傷の男が、悲鳴をあげながら懐から出した魔道具を高く掲げた。
「い、いいか! よく聞け。この魔道具はなぁ、炎一つで街を破壊尽くすと言われてる、伝説のファイアドラゴンを召喚する魔道具だ! 俺がこの魔道具を発動させたら、いくらお前でもひとたまりもねぇぞ! これを使われるのが嫌なら、俺だけでも無事にここを……っ」
「……いいね。私は構わないから、使いたまえ」
「…………え?」
「アレス殿下に、希少種であるドラゴンの素材を献上する夢が叶う」




