乱取り試合とその結果
迫り来る雷撃と氷の礫を、風魔法で逸らし、別方向から飛んできた矢を剣で弾く。
その隙を狙うように、グレゴリーがメリケンサックをつけた拳で地面を殴りつけ、地割れを発生させたが、足元にできた亀裂を高く飛び跳ねることで避けた。
まだ地に脚をついていない間も、ウィルソンによる矢と魔法の攻撃は続いている。結界のようにぐるりと周囲に水の壁を作ることによって、全ての攻撃をはじき返した。
けれど安堵する間もなく水を割るようにして、グレゴリーの大槍が目の前に現れる。水を潜ったのにも関わらず大槍の刃先は炎で纏われていて、じゅわりと音がしたと同時に熱い湯気がこちらに向かってきて、顔の表面を軽く焼いた。
「……やっぱり、二人相手は厳しいな」
だがしかし、その条件はグレゴリーもウィルソンも同じ。今はたまたま二人とも私をターゲットにしているが、この乱取り稽古では全員が敵だ。
私は風と水。グレゴリーは火と土。ウィルソンは雷と氷と、三人が三人とも二属性持ち。もともとの才能と鍛錬の結果、各属性の魔法を詠唱なしでも、強さも方向も自在に操れるのも三人共通。
剣は私が一番得意だが、槍と体術はグレゴリー、弓はウィルソンが最も優れている。他の参加者はゴードンも含め、全員倒すことに成功したが、残った私たちは実力が拮抗していて、なかなか決着がつかない。ほんの一瞬のミスが、勝負の分かれ目になる。
「……っぐ!」
ターゲットを私だと思わせていたグレゴリーが、隙をついてウィルソンの足もとを隆起させた。体勢を崩したウィルソンに、咄嗟に水魔法による水鉄砲を食らわし、場外へと弾け飛ばす。
「っ畜生――!!!」
「ははははははっ! これで二人きりだなあ、ナサニエル!」
朗らかに笑うグレゴリーだが、その金の瞳は剣呑な光を宿してギラギラ光っていて、獲物を前にした獰猛なグリズリーの魔物にしか見えない。グレゴリーとグリズリーで、名前の響きも似ているし。
しかもこのグリズリー、二種類の属性の魔法だけではなく、大槍まで使うのだ。厄介このうえない。
……私の水魔法の威力では、グレゴリーの火魔法を相殺できないみたいだな。なら、作戦は一つしかない。
「うおっ!」
風魔法によって酸素を送り込むことで、敢えてグレゴリーの槍に宿った火の勢いを強化した。私の魔力で発生させた酸素で膨らんだ火は、グレゴリーが自分の魔力だけで作った火よりも操作が困難になる。おまけに風魔法の勢いで、火がグレゴリーの方向に向かっている。こうなったらグレゴリーは、いったん槍に付与した魔法を解除するしかない。
グレゴリーが槍に気を取られているうちに、足元に水の膜を作って滑るように接近した。土魔法で足元をすくわれても、重心は水の膜の上にあるから体勢は崩れない。
咄嗟にグレゴリーが繰り出した大槍の攻撃を、体を縮めて避け、グレゴリーの喉元に剣を突きつける。
「――見事」
頭上のグレゴリーが、口端を持ち上げた。
「そこまで!」
先生の合図と共に、ぴたりと体の動きを止める。
目論み通り、私の剣先はグレゴリーの喉に届いていた。
だが同時に、グレゴリーのメリケンサックの先もまた、私の喉に突きつけられていた。
「――ああ、引き分け、引き分けですわ! 絶対にナサニエル様が勝ったと思ったのに!」
「でもあんな巨漢相手でも一歩も引かずに、踊るように剣を振るうナサニエル様の、お美しいこと。素晴らしい戦いを見せてもらいました。って、まずいわ! きっとサーシャがまた鼻血を噴いて失神を……て、泣いてる⁉」
「……あの、大熊男……よくもナサニエル様の麗しいお顔に火傷をっ……」
「駄目よ、サーシャ。そんな風に言っては。グレゴリー様は、ソディック辺境伯家嫡男なのよ。家柄が劣る私達がそんなことを言っては、問題になるわ。たとえ、凶暴なグリズリーの魔物そっくりであっても。ナサニエル様の顔を傷つけたことが許せなくても。私達は心の中で罵倒するしかないの」
「でも、でも、エリザさんんんんんー……」
「まあ、侯爵令嬢である私は、ソディック辺境伯家よりも格上の家柄ですので、遠慮なく『大熊男』と呼ばせていただきますわぁー! おーほっほっほっほ!」
「さすがです! クラリッサさん!」
「さすが、我らがナサニエル様親衛隊長!」
……物陰で騒いでいるのは、サーシャ嬢に、自称私の親衛隊長であるクラリッサ侯爵令嬢、その侍女であるエリザ伯爵令嬢かな? 制裁をとがめた時は、しぶしぶって感じだったけど、仲良くなったんだね。良かった。
でも、今は全学科講義中なはずなのだけど、家政科の講義はどうしたんだろう?
……あ、先生に見つかって連行されている。しょぼんとしていて可哀そうだから、手を振っておこう。……まずい、サーシャ嬢がまた鼻血を噴いて失神した。
「……残念。引き分けかぁ」
予想外の観客に気を取られてしまったけど、気を取り直してため息と共に接近しすぎた距離を離そうとしたが、グレゴリーが私の両頬を両手で挟み、ぐいと顔を覗き込んできた。
「何と……顔を火傷させてしまったな。ナサニエル。責任を取って、お前を嫁にもらおう!」
「……先生の魔法か、貴族向けの薬ならば、欠損と死亡以外は治せるだろう。それでも責任を取るというなら、君の炎で大やけどを負ったゴードンを娶ってやるといい」
「……俺を巻き込むな。ナサニエル」
火だるまになって、あわや命に関わるかと思われたところを、的確な先生の聖魔法で救われたゴードンが、火傷一つ残っていない顔を心底嫌そうに歪めた。
「……そうか、欠損させれば、お前を娶れるのか」
ぼそりと不穏な言葉を呟くグレゴリーに、全身が粟立った。
「……悪い冗談はよせ。グレゴリー。手足のいずれかを欠損すれば、どちらにしろ君が望むような、戦闘能力が高い辺境伯夫人にはなれないだろう。本末転倒にもほどがあるぞ」
「もちろん、冗談だがな。だがしかし、お前ならば片腕がなくても十分戦えるだろう? オレはお前の腕が一本なくても、全く気にしないぞ」
……もう、嫌だ。このサイコパスグリズリー。何でいちいち、言うこと成すこと怖いんだ。
「――俺はお前に負けてねぇぞ、ナサニエル!」
咄嗟にグレゴリーから距離をおくと、いつの間にか傍に立っていたウィルソンが耳元で叫んだ。
う、うるさすぎて、頭がキーンとする!
「俺がお前のヘボ水魔法を食らったのは、グレゴリーの土魔法があったからだ! あれがなければ、俺が勝っていた!」
両手で耳を塞いでなお、聞こえてくる声に眉をひそめる。
……どう考えても負け惜しみだから、適当に流してもいいのだけど。これは、明らかに自分を客観的に捉えられてないな。
どうせ先生からも後から指摘はあると思うけど、先に言っておくか。本人の為に。
「あのさあ……気づいていないかもしれないけれど、私はウィルソンと一対一で戦ったらもっと早く倒せていたよ」
「は⁉」
「自覚はないかもしれないけど、君は私達三人だけになってからは、遠隔攻撃しかしてないよ。私の風魔法で逸らせるような、ね。自分では気づいてないかもしれないけど、君は私とグレゴリーの攻撃を恐れて、腰が引けていたんだよ。無意識のうちに接近戦を避けたんだ」
ウィルソンの得意な武器は弓だから、ある程度距離があった方が良いのはわかるけど、遠隔攻撃だけになると、どうしても攻撃の幅が狭まる。
氷や雷を上手く魔法操作すれば武器がなくても接近戦は可能だけど、ウィルソンはあくまで自分の弓が有効なフィールドから、動こうとしなかった。私やグレゴリーと接近戦で戦うことを、無意識のうちに恐れていたから。
「ウィルソン。魔法も武術も優秀な君が、私やグレゴリーに勝てないのは、そのメンタルのせいだともっと自覚を持った方がいい。まあ、戦術を即座に考える脳がないだけの可能性もあるけどね」
「っふざけるな!!!」