主になった、その結果
……もうこれは覚悟を決めるしかないな。
剣の柄を握った瞬間、掌にどくんっと鼓動が伝わってきた。ほんのりと温かいそれは、金属素材にしか見えないのに、確かに生きていて。その事実が、とても恐ろしい。
私はこれから、世界に災厄すらもたらしかねない生き物の、主にならなければならないのだと、いやでも実感させられる。……騎士王の時代のような戦乱の世ならともかく、平和な今の時代は過ぎた力は脅威とみなされかねないからな。
でも力があれば、どんな敵からだってアレス殿下をお守りしてさしあげることができる。幼いあの頃のように、何もできない歯痒さに一人悔し涙を流すことはない。
だから、もう迷わない。
まっすぐ剣を見据えたまま、一息で剣を台座から引き抜いた。ーー次の瞬間。
「!!??」
引き抜いた台座から吹き出した、虹色の魔力の光が、ウィルソン救出の時に使った水魔法のように、私の体を上へ上と押し上げた。
「嬉しい、久しぶりの外よ!」
「400年ぶりの私達の復活を、私達の主の誕生を、派手にお披露目しましょう!」
「ちょ……待っ」
「さあ、行くわよ。ナサニエル!」
「魔力を飲み過ぎないように気をつけてね! 魔力酔いするから」
……あああーー嫌なデジャヴぅぅぅ!
と言うか君達、主になっても全然私の話聞かないな!
「「それじゃあ、行くわよ」」
間欠泉、もしくは鯨の潮に押し上げられるように、体が何もない空間を上がっていく。
てっぺんが見えない不思議空間は、やがて霧が晴れるように姿を消し、気がつけば目の前には満面の星が輝く夜空が広がっていた。
魔力の隙間から見える足もとには、暗い夜の森が広がっていて、その中にある洞窟が辛うじて目視できた。
「ーーっうわあああああっっっ!!!!!」
「……今度は何だ?」
少し離れた所で、同じように虹色の魔力で夜空に押し上げられているウィルソンとグレゴリーの姿を見た瞬間、私は悟った。
ーーこんな規格外の魔法現象、最早隠すの無理だろ……。
「国中に見えたかしら」
「ライオネルのお城があった場所には、見えたはずよ」
剣の傍らで再び実体化して、ふよふよ浮いて笑い合うノクスとディエスの姿に、私は幸先の不安を抱かずにいられなかった。
ポルテラの森から吹き上がった、三つの虹色の光は当然の如く観測され、一体どんな天変地異の先触れかと王都中が大騒ぎになったらしい。
たまたまその場に居合わせただけだとすっとぼけたくとも、よりにもよってノクスとディエスが私達を降ろした場所は、ルーク率いるウィルソン救援隊の第二部隊の目の前で。私は見事、いけ好かないキツネ男の度肝を抜くことに成功した。……スカッとする気持ちよりも、やってしまったという気持ちが強かったけれども。
その後、私達はセルティス先生に怒られ、学園長に怒られ、呼出された保護者に怒られ(グレゴリーは何故お前が主に選ばれなかったと、別の方向から怒られていたが……)、三人揃って三日間の停学処分が決定した。
一番罪が重いはずのウィルソンまで同じ日数なのは、大人の事情というか、まあ、侯爵家の圧力によるものだ。よくもハルバード家に恥をかかせたなと、人目をはばからず怒鳴り散らしていたハルバード侯爵は、一年の頃やさぐれてサボりがちだったウィルソンが、今回の停学処分のせいで出席日数が足りなくなって卒業できず、もう一年面倒をみなければならなくなることを危ぶんだらしい。実に貴族らしい、身勝手な大人だ。
グレゴリーが言っていた通り、ハルバード侯爵は私が伝説の剣の主に選ばれたことに関してチラとも興味を示さなかったので、ウィルソンが命を懸けたことは全くの無駄だったようだ。……いや、無駄ではないかな。ハルバード侯爵から何を言われても、ウィルソンの目にはきちんと生気が宿ったままだったことを考えると。
「野外演習中に手に入れたものは、全て第二部隊に権利があるという契約だったはずだ」ととんでも理論でルークは伝説の剣を渡すように言ってきたらしいが、それはセルティス先生が「契約したのはあくまで手に入った『素材』です。貴方は剣を素材とみなすのですか?」と突っぱねてくれたらしい。……もし第二部隊に伝説の剣を渡したりしたら、ノクスとディエスが怒りのあまり何をするかわからないから、正直とてもありがたい。
そんなこんなで、今日は三日間の停学を明けた、初日なのだけど。
「……三日間父上に殴られまくった、頭が痛い」
「ナサニエルのお父さん、怖かったね」
「血と魔力以外、シエルと全然似ていなかったわ」
学園へ向かう自家用馬車の中で傷む頭を押さえていると、ノクスとディエスが両脇から私の顔を覗きこんできた。ちなみに彼女達の姿は私にしか見えていないし、声も私にしか聞こえない。
端から見れば完全に怪しい人物だが、馬車を操るドレー家の馬丁にはきちんと通達しているので問題はない。というか使用人だけでなく、王都中で私が伝説の剣の主になったことが噂されてしまっているので、今さらである。
「ポーションも使用禁止と言うのがひどいよね。……痛みを抱えて反省しろって言うけど、父上の拳はどの魔物の攻撃より痛いのに」
今回の件で、父上は怒り狂った。伝説の剣云々はともかく、第二部隊の策略にまんまと嵌められたことに関して、すさまじく怒鳴られた。
そしてこの三日間はポーション禁止、精霊の光魔法による回復禁止での、体罰とシゴキの日々だった。せっかくの機会とばかりに、ノクスディエスの扱い方も練習させられ、ビシビシと特訓させられた。
……こんな風に育てておいて、「もっと自分が女だと自覚を持て!」と怒鳴るのは、理不尽だと思いますよ。父上。言えばたんこぶが増えるだけだから、言わないけども。
「ナサニエルお嬢様。学園に着きましたけど……本当に裏口で良かったんですかい?」
幼少期からの付き合いの朴訥な馬丁サムの言葉に、苦笑いが漏れる。
「大騒ぎになるから、初日は裏口から学園に来るように通達されているんだ」
「まあ、初代騎士王の伝説の剣から、主に選ばれたんですもんね。そりゃあお貴族様だって、大騒ぎしますわ。初代騎士王の物語は、昔から子どもの憧れですしね。ナサニエルお嬢様はそこいらの坊っちゃん何かよりよっぽど男前ですから、貴族のお嬢様達が興奮のあまり失神しかねないですわ」
「はっはっは……何人か心当たりがあるから、笑えないな」
……特にサーシャ嬢は鼻血で血の海を作りかねないから、今日はできるだけ接触を避けよう。
「そういえば、剣はどうするんです? 学園では帯剣は禁止でしょ?」
「ああ、それは大丈夫。……ノクス。ディエス」
「はいはい、目立たないようにね」
「剣の姿が好きだけど、ナサニエルといる為なら仕方ないわ」
腰にかけていた剣がしゅるしゅると縮み、小さな剣型のブローチに代わった。
「ほえー。便利ですね。俺っちの馬車も、そんな風に大きさが変えられれば、便利なんですけどね」
「さすがに精霊でも、自分の分身以外は無理じゃないかな」
……いや、でも小さな木片を巨大な蜘蛛にしてたな。深く考えないでおこう。知ってしまったら、後戻りができなくなる気がする。人間には不可能な魔法なだけに。
「え、ナサニエルが望むなら……」
「ーーそれじゃあ行こうか! ノクス、ディエス」
不穏なことを言いかけたノクスの言葉を遮って、裏口を目指す。
……本当は朝一で、アレス殿下に事と次第を報告に行きたいのに、それも禁止されているんだよな。学園側からも、父上からも。とほほ。
「あいつ、侯爵令息だなんて偉ぶってる癖に、卒業を待って廃嫡が決定されているらしいな」
「しかも母親は娼婦で、元々は貧民街にいたらしいぞ。それなのによくもまあ、俺達を見下せたよな」
「伝説の剣の主に選ばれると思い込んで一人突っ走ったあげく、ナサニエルにかっ攫われるとか……みっともないにも程があるだろ」




