精霊の質問
まさか眉唾ものだと思っていた伝説の剣の話が本当で、しかも主候補として試されてしまうなんて。
正直騎士王の伝説の剣の主になんて選ばれたら、国を乗っ取るつもりなのではないかとか、変な疑いがかけられそうでとても怖いんだけど。王太子様は笑い飛ばしてくれるだろうけど、その背後にいる人達や第二王子陣営がなあ……。
とってもとっても辞退したいのだけど、無理かあ。
「だってもう、気に入ったのだもの」
「半分でも、離す気はないもの」
「400年、誰もいなかった」
「半分すら、いなかった」
「でも、半分なら仕えてあげない」
「でも、ここに閉じ込めて逃さない」
「半分ずつを愛でましょう」
「死ぬまで一緒に遊びましょう?」
「「魂と魔力と血が消え去るまで」」
「……怖いことを言うなあ」
何とか笑みは浮かべられたけど、冷たい汗が、こめかみを伝った。
理不尽だと叫んだ所で無駄だ。精霊に人間の倫理は通じない。彼女達は人間には想像もつかないような悠久の時を、自分達がやりたいように生きている。
彼女達の行動原理は好きか嫌いか、したいかしたくないか。
だから私が彼女達の試し行為に失敗すれば、本当に彼女達は私を閉じ込めるだろう。
半分しか気に入らなかった人間の、望みを叶える筋合いなどないのだから。
……と言うか、これどうすれば良いんだ。騎士王ライオネルも、ドレー家当主シエルも、彼女達片方にしか気に入られなかったってことだよな。もう片方も嫌いではなかったとはいえ。
彼女達両方に気に入られるとか、難し過ぎないか?
「……取り敢えず、私と一緒にいた二人はどうなったんだい?」
「彼らなら、安全な場所に閉じ込めてるわ」
「そのままにしてたら、貴方を探しだしたから」
「部下と引き離すのはやめろって、昔ライオネルが言ったから」
「仲間は大切にして欲しいって、昔シエルが言ったから」
「「だから確かめるまでは、生かさないと」」
「……もし私の好きが半分だとしても、二人は無事に帰してくれると嬉しいかな」
「洞窟の外に、出すくらいならいいわ」
「要らないから、外に捨てるわ」
「うん……まあ、生きて外に出してくれるなら、いいか」
……取り敢えずグレゴリーとウィルソンの生存が確定しただけ、良しとしよう。安全な場所と言ってるから、魔物からは遠ざけてくれているようだし。
「それで、私の何を試すんだい? また、何か戦えばいいのかな?」
「ううん。質問させて」
「1個だけ、答えを聞かせて」
「……いいよ。なんだい?」
「「貴方は何の為に、剣を取るの?」」
「答えが好きなら、仕えてあげる」
「貴方を主にしてあげる」
「何の為にかぁ……」
偽りを見透かすかのよう、白銀と黒の四つの目が、まっすぐ私に向けられる。
……騎士王っぽくとか、ドレー家当主っぽくとか、考えたところで無駄なんだろうな。
ならば、私の答えを素直に返すしかない。
「……【主の未来を、切り拓く為】、かな?」
「「!!」」
二人の少女が同時に目を見開いた。
「貴方、主がいるの?」
黒髪の少女、ノクスが問う。
「主というか、正式には婚約者だけどね。この国の第三王子で、私が心からの愛と忠誠を捧げてる方なんだ」
「っ!」
ノクスが息を飲んだように、口元を押さえる。
……初代当主の奥さんに難色を示したノクスからすれば、これは地雷だったかな。
「主に従うんじゃなく、貴方が主の為に未来を切り拓くの?」
白銀の少女、ディエスが問う。
「そうだよ。主が間違えないよう導きながら、彼が幸福になれる未来をこの手で切り拓いてあげたいんだ。彼は敵が多い人だから」
「っ!」
ディエスもまた、ノクス同様に言葉に詰まったように、口元を押さえた。
……行動原理が他人と言うのは、指導者であるライオネルを愛したディエスには許せないのかな。
彼女達が気に入られなくても、仕方ない。これが私だから。何とかしてこの謎空間から脱出する方法を考えよう。何とか……できる、よね?
ダラダラと冷や汗をあげながら、目線を逸らすと、左右から同時に抱きしめられた。
「すごい」
「すごいわ」
「「本当に二倍になった!」」
「え?」
「私は、主に忠誠を誓う、シエルが好きなの!」
「私は、自分で未来を切り拓こうとする、ライオネルが好き!」
「だからシエルと同じくらい、貴方が好きよ」
「だからライオネルと同じくらい、貴方が好きかも」
「「だったら、私達の好きは二倍なの!!」」
……まさかあっさり、二人ともから好かれてしまうとは。そこなんだ、ポイント。
こんな答えで良いなら私以外にいくらでも……いや無理だな。そもそもの前提が難しい。
血はともかく、初代当主が亡くなってから400年経つと魔力も色んな家系と混ざってて、近い親族でも魔力属性が違うことは珍しくない。実際私は、パウエル叔父上や兄上達とは魔力属性が違うし。
それに何より、魂の類似なんか、それこそ精霊にしか判別できない基準だ。魂の色や形は、人間には見えないもんなあ。
シエルと似た魂で、ライオネルの血と魔力の持ち主ならもしかしたら探せばいるのかもしれないけど、二人の好みのピンポイント加減からすると、それすら受け入れられないのかもしれない。
……何でそんな、砂漠の中の一粒の砂のような条件を、満たしてるんだろうなあ。私。
「二倍好きな貴方、名前を教えて」
「私達の名も呼んで」
「どういう意味かわかるでしょう?」
「私達の名を、一度も呼ばない貴方なら」
くすくすと笑い合う姿に、ゾクッとする。……やっぱり名前を教えたのは、そう言う意図があったのか。なかなか悪辣だな。
下級の悪魔や下級の魔人は、その真名を知り口にすることによって、人間であってもその力を制御して支配することができる。
だが、精霊はその逆だ。
精霊と名前を言い交わすのは、契約の証。だがしかし、どちらが先に相手の名前を口にしたのかが契約の際は重要な意味を持つ。悪魔や魔人の例とは反対に、先に相手の名前を口にした方が契約に縛られることになるのだ。
つまり私が何も知らずに、自己紹介された彼女達の名前を呼んでいたら、その時点で彼女達の玩具にされていたというわけだ。実に笑えない。
……さてさて、どうするかな。精霊と言うのはこういう生き物だから、正直契約するのは非常にリスクが高い。リスクが高いけど恩恵があるのは事実だし、何よりここまでロックオンされた以上逃げられるとも思えない。
ならばここは剣の主になったうえで、できる限りそれを公にしない方向に導くのが正解かな。
「……ナサニエルだよ。可愛いお嬢さん達」
次の瞬間、ぱあっと二人の表情が輝いた。
「「ナサニエルね!」」
「ナサニエル、ほら呼んだわよ」
「私達の名も呼んで、ナサニエル」
「……どちらを先に呼んでも、喧嘩しない?」
「悔しいけど、ここはノクスに譲るわ。シエルの剣にならなかった、借りがあるもの」
「さあ、呼んで。ナサニエル。私の名前を、今すぐに!」
「わかったよ。【ノクス】」
「嬉しい! これで私はナサニエルの剣よ!」
「次は私よ。さあ、呼んで!」
「よろしくね。【ディエス】」
「嬉しい! 私もこれでナサニエルの剣!」
「「私達【ノクスディエス】は、貴方の剣よ!!」」
声が響いた瞬間、何もなかった空間が波打った。
足元の空間がひび割れたように光を放ち、そこから白と黒が交じり合う渦が噴き上がる。
渦の中心に、台座が形を成し、その頂に白銀と黒が混ざった一本の剣が現れた。その剣に吸い込まれるように、二人の姿が消えていく。
……確か騎士王の剣の名前は、ディエスノクスだったから、呼んだ順で名前になるみたいだな。
いや、ノクスの名を呼んだのは初代当主シエルだろうから、また違うか。ノクスがシエルの名前しか呼ばない辺り、ライオネルと契約を交わしたのはディエスだけ。ノクスはライオネルの剣になることを、シエルと契約したのだろうから。
「「さあ抜いて! ナサニエル」」




