二人の聖霊
「幻影だったのか? ……それにしては、ずいぶんと攻撃がリアルだったけども」
「いや。攻撃自体は確かに本物だった。これは、恐らく付与魔法の応用だ。木片に全属性の魔法を付与した上で、さらに自身の意思で判断して攻撃ができるような、自律行動回路まで組み込んだんだ。いわば、付与魔法による、疑似生命体の創造だ。人間ではまず不可能な技術だな。……面白いな。何とかこれを人間の技術で、応用することはできないだろうか。対価が必要な召喚術を使わずに済み、さらに普段の世話も餌の供給も必要ない、疑似生命体が使役できたなら。大規模な戦闘において、非常に役に立つぞ。出来上がったのが先ほどの大蜘蛛とは比べ物にならんほどの、劣化版だとしてもだ」
木片の前にしゃがみこみ、興味深そうに考察を続けているグレゴリーから背を向け、ウィルソンのもとへ向かう。
ウィルソンは今だ弓を構えた体勢のまま、はあはあと荒い息を整えていた。
「……風魔法で補助、しなかったんだな」
「君の弓を信じているって、言っただろう」
……まあ、ちらっとその考えが過ったことは、言わずが花だな。
「ほら。見ろ。やっぱり、私の言う通りだったろう? たとえ家柄を失ったとしても、君には騎士として生きる才能がある。だから、何も嘆く必要なんてないんだ」
そう言った瞬間、ウィルソンは泣き笑いのような表情を浮かべた。
……おやまあ。グレゴリーといい。今日は珍しい表情ばかり見る日だな。
「いつもそう言う顔をしていたら、私も君を可愛いと思えるのに」
「は? お、俺は男だぞ! 可愛いなんて言われても嬉しくもなんともねぇよ!」
残念ながら、ウィルソンの可愛い顔は一瞬にして霧散し、元のうるさい駄犬に戻ってしまった。
……やっぱり、キャンキャン吠えても愛らしいのはアレス殿下だけだな。仕方ない。殿下のあの愛らしさは、神が与えたもうた才能だ。ウィルソンに、再現できるはずもない。
「……何か、お前。すげぇ失礼なことを考えてねぇか」
「世界の真理について、考えていただけだよ」
ウィルソンも、すっかり元の調子に戻ったようで何よりだ。ハプニングだらけの遠征だったけれど、結果的にはこれで良かったのかもしれない。
「さあ、今度こそ帰ろうか」
結局高位存在が何を試したかったのかは分からなかったけど、先ほどまであった壁が消えて道が戻っているということは、試し行為は終わったということなのだろう。
合格なのか、お眼鏡に叶わなかったのか。わからないけど、今はそれよりも早く帰りたい。
もしかしたら、ルークが戻って来ていて、私とグレゴリーの不在に気づいているかもしれないし。大騒ぎになる前に、生存とグレゴリーとの間には何もなかったことの証明を済ませたい。……朝まで戻らないと、今度は洞窟の中で致したなんて言われかねないからな。いや、さすがに魔物の巣窟でそれは無理があるか。
「グレゴリーも。考察はその辺にして、早く外へ……」
――その時、再び耳元で声がした。
『――あの采配に、統率力』
『やっぱりあの子は、あいつ似よ!』
『違うわ、見たでしょ、水魔法』
『あの子はやっぱり、あの人似!』
……わ、私が、誰似かで喧嘩している?
耳元で聞こえる少女たちの声は、さらにヒートアップしていく。
『違うわ、あいつよ。――ライオネル!』
『違うわ、あの人。――シエルだわ!』
……正直、騎士王ライオネルのことじゃないかとは、薄々気づいていたけど。
もう一人が言う、シエルって。ドレー家の初代当主のことじゃないか……!
『どっちに似てるか、確かめましょう』
『直接話して確かましょう』
『『ここに招いて、確かめましょう!!』』
「っ」
「ナサニエルっ!」
突然足元に出現した穴に、落ちていく私に、ウィルソンが焦った顔で手を伸ばしている。
異変に気付いたグレゴリーも、必死の形相でこちらに走って来ていた。
「ナサニエルーっっっ!!!」
……ああ、本当に。今日は珍しい表情を見る日だな。
「君もそんな表情ができたんだな……グレゴリー」
呟いた言葉は、闇に溶けて消えた。
そのまま私は、底のない暗闇の中へと一人、沈んでいった。
『……エル』
『ナサ、ニエル』
暗い暗い闇の中、誰かが泣いている声が聞こえる。
「……ア、レス殿下……」
この愛らしい声を、私が聞き間違えるはずがない。
暗闇をかき分けるようにして、泣いている殿下の姿を必死で探す。
どうして泣いてらっしゃるのですか?
何かお辛いことがあったのですか?
殿下を害すものがいたならば、ナサニエルが仕返ししてさしあげます。
過去を思い出してお苦しいのなら、ナサニエルがお傍で慰めてさし上げます。
だから、どうか泣かないでください。
貴方が悲しんでる姿を見るのは、自分が傷つくよりも、ずっとずっと苦しいのです。
「ああ……殿下。そこにいらっしゃったのですね」
暗闇の向こうに、おぼろげながらもその姿を見つけて、安堵する。
だがそのお姿が鮮明になるにつれて、目を見開いた。
『何故、私を残して死んだんだ! ナサニエル!!!』
アレス殿下が、私の死体にしがみついて泣いてらっしゃったから。
死んだ?
私が?
アレス殿下を残して?
「――そんな現実、私が許すわけないでしょうっっっ!!! もし死んだとしても、幽霊になって必ず殿下のお傍に寄り添い、殿下をお守りしてみせますぅぅぅ!!!」
「「あ、起きた」」
「っ⁉」
怒声と共に飛び起きるなり、目の前に白と黒の相似の少女の顔があって、ぎょっとする。
「ごめんね。闇魔法で空間を繋げる方法でしか、招けなかったの」
「闇魔法の空間を通ると、人間は悪夢を見るって忘れていたの」
霧がかった不思議な空間の中で、白銀の髪の少女が気まずそうに眉を八の字にし、漆黒の髪の少女が服の裾をきゅっと握る。
10歳くらいの見かけの彼女たちは、白と黒の色違いの揃いのデザインのドレスを纏っていた。
「ああでも本当……シエルそっくりの魔力だわ」
黒髪の少女がうっとりと、私に抱き着いた。
「貴方、シエルの子孫なのね。シエルを奪った女は憎かったけど、貴方に会えたのは良かったわ。この魔力と、この血の気配。とってもとっても懐かしいの」
黒髪の少女から引きはがすように、白銀の髪の少女が反対側から抱き着いてきた。
「血と魔力より、魂よ! お日様みたいにきらきらで、ライオネルによく似てる! 切れ長な目も、高いお鼻もそっくりよ」
「シエルの主は金髪よ! この黒髪に、この口もと。私の愛するシエル、そっくり! だいたいシエルの主とこの子は、血がつながってないじゃない」
「ドレーの坊やは、もっと女顔! 血のつながりは、関係ない。魂似てれば、見かけも似るもの!」
「……一応初代当主は男の方で、私はこれでも女なんだけどね」
初代当主の方が女顔だと言われると、非常に複雑な気分だ。
私の言葉に、少女たちはそろってきょとんとした表情を浮かべた。
「性別なんか、関係ないわ」
「好きか嫌いか、それだけだもの」
「もしかしなくても……君たちは、騎士王が所有していた剣に宿る、高位精霊なのかな?」
「ええ。私はディエス」
「私はノクス。でも、騎士王の剣と言われるのは複雑だわ」
「私はライオネルが一等好きで、ドレーの坊やもまあまあ好き」
「私はシエルが誰より好きで、シエルの主は嫌いじゃない」
「ライオネルが大好きだから、剣として仕えたの」
「シエルが頼むから、仕方なく仕えたの。……本当はシエルが、良かったのに」
「あなたは半分」
「半分ずつ似てる」
「ライオネルと半分」
「シエルと半分」
「好きは半分?」
「それとも二倍?」
「「わからないから、試させて」」
「……もう、試したんじゃないのかい?」
「「似てることしか、わからなかった」」
「それって多分、剣の主になる為の試験なんだよね? 辞退することは……」
「「駄目」」
「駄目、かぁ……」




