VSアラネイス
今まで遭遇した魔物は全て、その生態が知識として頭に入っているものばかりだったが、この巨大大蜘蛛に関しては完全に初見。
弱点は勿論、攻撃法すらわからない為、咄嗟には動けない。
まずは、離れて向こうの出方を伺っていると、ふいに八つある目のうちの一つが光った。
「っ!」
「目から火属性の光線が出た⁉」
「今度は別の目から、雷属性の光線が出たぞ!」
「今度は水属性……まさか全ての属性の光線が出るのか?」
現在確認されている魔法属性は、火、水、風、土、氷、雷、光、闇の八つ。
もしその全ての属性の攻撃が、八つの目から光線という形で発射できるなら、これほど厄介なことはない。
三人で次々発射されていく光線を避けて後退していくうちに、背中が岩壁に着いた。
「……本体はその場から動く様子もねぇし、壁際ならば光線の攻撃は届かねぇみたいだな」
「だがこの壁自体、さっきまでなかったぞ。土魔法を使っても、一切干渉ができない。意図的に、逃げ場を塞がれたか」
「やっぱり……さっきの声の言う通り、高位存在が私達を試しているようだな」
「声? 声何かしてねぇだろ」
「オレも聞いてないな」
「それじゃあ、あれは私にだけ聞かせていたのか……」
巨大大蜘蛛は、私達が話し合っている間は一切の動きを見せずに、八つの目でこちらを観察している。
何にせよ、あれをどうにかしない限り、声の主は私達を解放する気はないようだ。
「……取りあえず、ウィルソンは魔力ポーションを飲みたまえ。必要ならば、他のポーションも使えるように、いくつか渡しておく」
持参したポーションの半分をウィルソンに押し付け、剣を構える。
「まずはあの大蜘蛛を攻撃して、弱点を探るしかないな。グレゴリー、一緒に行けるかい?」
「あぁ、もちろん」
「お、俺も行く!」
「いや、ウィルソンはここにいてくれ」
そう言った瞬間、ウィルソンは泣きそうに顔を歪めた。
「それは……俺が、足手まといだからか?」
「違う。この作戦の要は、君だ。ウィルソン」
「え?」
「君は近接戦は苦手でも、遠隔攻撃は得意だろう? それにメンタルに左右されなければ、戦況を冷静に分析する能力もある。だから君はここで私達の援護をしながら、俯瞰的な立場から、あの大蜘蛛の弱点を分析して欲しい」
あれほど強力な魔物と近接戦に挑めば、グレゴリーや私だって目の前の戦闘に気が取られて、冷静に状況を分析するのは難しくなってくる。
第三者の、俯瞰した目が欲しい。
「私は君ならば、それができると信じている。だから、頼む」
「っ」
肩を掴んで、まっすぐにウィルソンの目を見てそう言うと、何故かウィルソンの顔が再び真っ赤に染まった。
「……だからお前は。そういう所がずるいと言ったんだ」
「どういう意味だい。グレゴリー」
「罪ないい女だってことだよ。行くぞ」
「(表情からして、絶対そうは思ってないだろ)……ああ」
ウィルソンの返事は待たない。待たなくても、今のウィルソンならきっとやってくれると信じているから。
グレゴリーと同時に、巨大大蜘蛛へ向かって駆け出した。
「……くそっ! 物理攻撃も魔法攻撃も一切効かんっ!」
「そのうえ、光線と足、両方で攻撃を仕掛けてくるから、避けるだけで精いっぱいだ!」
近接戦になった途端、目から発射される光線に加えて、八つの長い足による物理攻撃も追加された。光線を避けたと思ったら、槍のように鋭利な脚の先で攻撃されるから、回避難易度はさらに上がる。
それでも何とか、目が弱点だろうと当たりをつけて、使える全ての魔法は試してみたし、剣による物理攻撃も試みた。遠隔で、ウィルソンも魔法と弓矢で援護してくれているけど、どれも全て弾かれてしまった。
「取りあえず、一度離脱するぞ!」
「その方が良さそうだな」
追い迫ってくる光線と脚を避けながら、壁際まで退避する。
……うわ。闇属性の光線を掠ったせいで、左腕が真っ黒になって動かなくなっている。欠損に繋がる攻撃でなかったのが、せめてもの救いか。
グレゴリーはグレゴリーで、片足が氷漬けになっていた。よくもまあその足で退避できたものだと思いながら、ポーションを使って同時に回復する。
「……取りあえず、攻撃が一切効果がないことしかわからんかったな」
「ウィルソンはどうだい? 何かわかったことがあったかい?」
退避するなりぴたりとまた動きを止めた大蜘蛛を不気味に思いながらも、ウィルソンに話を振る。
顔を顰めて唸ったウィルソンだったが、やがて自信がなさそうに、口を開いた。
「……俺の勘違いかもしんねぇけど」
「だとしても、言ってくれ。参考にしたい」
「グレゴリーが左から三番目……火属性の目に、火属性の大槍で攻撃をしようとしていた時に、水属性の目が光線という形でそれを阻止していたように見えた」
それはあまりにも意外な答えだった。
「同属性で攻撃した所で、効果が薄い所か、バフをかけてしまうこともあるのに。そんなことをしたのかい? グレゴリー」
「破れかぶれで試したような気もするが……水属性の光線で阻止されたという自覚はなかったな。何せ攻撃中、ずっと光線が飛び交っていたから」
「いや、もちろん、俺の気のせいかもしれねぇけどな!」
「いや……きっと、それが正解だよ。ウィルソン。でもとっさに発射した風魔法が、風属性の目に当たった時は何も変化はなかったから、恐らく弱点は火属性の目だけなのだろう」
「オレが土属性の攻撃を火属性の目にした時も、変化はなかったから、弱点の属性も恐らくは火属性だけだな」
これが何者かの試し行為だとしたら、なるほどなかなか悪辣な問題だ。
本来ならば逆にバフ効果をかけかねない同属性が弱点なうえに、八つある眼の一つにしか弱点がないのだから。
ウィルソンの慧眼があってこそ、解けた答えだ。
「なら、作戦は決まりだな。グレゴリーはウィルソンの矢に火魔法を付与したうえで、火魔法をメインに使って陽動。火属性の目を守る水属性の光線は、私が水魔法を使って誘導する。その隙間を縫って、ウィルソンが火の矢で火属性の目を射るんだ」
「お、俺が止めを射すのか?」
「ああ、できるだろう。君なら。君は弓が、クラスで一番得意なのだから」
狼狽えるウィルソンの背中を、グレゴリーが叩く。
「情けないところばっかり見せているのだから、最後くらいは恰好つけろ。じゃなければ、ナサニエルに異性とすら認識されんままだぞ」
「お、俺は別にそんなっ!」
「はははっ! それじゃあ、行くか。ナサニエル! どうやっても敵わん相手との戦いも、なかなか面白いものだな」
豪快に笑いながら突っ込んでいくグレゴリーに続いて、走り出す。
迷わず火魔法を使いだしたグレゴリーに、焦ったように大蜘蛛の攻撃が集中しだした。
それを軽々と避けながら、グレゴリーが大蜘蛛を陽動する。
その間にも水属性の目は、火属性の目を守るような角度で水属性の光線を発射していた。
……もしかしたらウィルソンなら、光線の合間を縫って矢を射ることもできたかもしれないけれど、私も少しは見せ場が欲しいからね。
水属性の光線に自分の魔力を注ぎ、その流れを誘導する。慌てたように、他の目や足が私を攻撃しだしたけど、もう遅い。
「今だ、ウィルソン! 貫け!」
覚悟を決めたように弓を構えたウィルソンが、まっすぐに火矢を発射する。
物理攻撃は効かなくても、足を斬りつければその動きを制御することはできる。矢を弾き飛ばそうとした足を剣で妨害しながら、ウィルソンの矢の道筋を作る。八つの目の矛先は私かグレゴリーに向いていたから、とっさに矢に光線を向けることはできなかったようだ。
……風魔法で矢の軌道を補助するのは、さすがに野暮だな。やめておこう。
「――――!!!!」
火属性の目に、火矢が突き刺さった瞬間、巨大大蜘蛛は声にならない絶叫をあげ、煙に溶けるように姿を消し。
巨大大蜘蛛がいた場所には、矢が刺さって燃え上がる、蜘蛛の形の小さな木片だけが残されていた。




