共同戦線
グレゴリーと進む道中は、想定以上に順調だった。
「ナサニエル。右脇の岩は、魔物の擬態だぞ。気を付けろ」
「グレゴリー! 風が変わった。右から二番目の道から、魔物が来るぞ!」
お互いがお互い、異なる手段で周囲を警戒するから、漏れがない。昼の演習の時から思っていたけれど、攻撃の連携も恐ろしいスムーズで、無駄がない。痒いところに手が届き過ぎて、気持ち悪いくらいだ。
「……本当に君は、魔物との戦闘に慣れているんだな」
戦闘中は極度の緊張のあまりに、脱水に気づかないで進んでしまうことがある。
そうなると後々大事な場面で倒れてしまうこともあるので、意識して水分補給をしなければならない。
水魔法で生成した水を、グレゴリーの持参した水筒に注ぎながら、小さくため息を吐く。戦闘に慣れているグレゴリーがいなかったら、今頃、撤退を余儀なくされていたかもしれない。
「まあ、オレは物心ついてすぐに、魔物討伐に参加させられているからな。これくらいのレベルの魔物相手なら、それほど苦戦はしない」
水筒の水を煽りながら、グレゴリーが目を細める。
「しかしナサニエル、お前も今日初めて魔物と戦ったとは思えないくらい、動きがいいぞ。辺境騎士団でも、お前レベルの戦い手はそうそういない」
「……まあ、対人戦は慣れているし。魔物の生態を勉強しながら、魔物討伐のシミュレーションは散々してきたからね」
「本気で殺す気で襲い掛かってくる刺客相手に、幼い頃から戦ってきたなら、魔物討伐の経験と大差はないか。少なくとも、精神面では」
そう、結局の所、戦闘において一番重要なのは、精神面の強さだ。自分の持っている技術や普段学んできたことを、いかに生かすか。その為には、どんな状況でも動じない精神が最も重要になってくる。
「それに比べて、ウィルソンは……」
「……言うな。グレゴリー」
近くに転がっていた、雷撃で黒焦げの魔物の死体を横目に、ため息を吐く。
洞窟の中はいくつも道が枝分かれしていたが、ウィルソンが倒したと思われる魔物の死体が残っていたから、進むべき道を迷うことはなかった。
問題は、その魔物の死因だ。
「遭遇する魔物全てに、消費魔力量が多い高レベル魔法を叩きこむなんて、考えなしにもほどがあるだろ……もう、とっくに魔力が尽きていてもおかしくないくらいだぞ」
「まあ、学園からポーションと魔力ポーションが、各自一本ずつ支給されているからな。まだもう少しは、持つはずだ」
「二本目以降は、引率者であるルークの預かりじゃないか! ルークの亜空間収納バッグから、何本か持ち出していたのかい? それとも私や君みたいに、個人で予備用を準備していたとか」
「いや、亜空間収納バッグは、ルークが肌身離さず持っていたからな。持ち出しは不可能だろう。それにウィルソンの家庭事情を考えれば、高価な貴族用ポーションを個人で用意できるとも思えんから、仮に持っていたとしても効果の薄い安物だろうな」
「だったらもっと、魔力量計算して進んでくれよぉ……自暴自棄になっているとしか、思えないぞ」
思わず頭を掻きむしって泣き言を口にしてしまった私は、悪くないと思う。
……今のところ、死亡を裏付ける跡もないけれど、それも時間の問題だ。本当に間に合うのか、これ? 死体と共に帰還とか、嫌過ぎるんだが。
「さっきウィルソンの物と思われる多量の血痕も見かけたから、恐らくポーションも、既に一本使っているはずだ。その後に同程度の威力の攻撃を受けていたら、即死を免れたとしても、回復手段がなくて死んでるだろうな」
……だから、笑顔でそういうこと言うの、やめてくれよ。グレゴリー。ありそうで、とても怖いから。
「まあ、仮に死体でも、お前の純潔の証明にはなるから、問題はないな! 全ては無理だとしても、体の一部くらいなら回収できるだろう」
「……水分補給の休憩はこれくらいにして、さっさと追いかけよう。まだ何とか、間に合うかもしれないし」
グレゴリーの豪快な笑い声が、洞窟の中を何重にも響き渡るのを聞きながら、水筒をしまって道を進めた。
「…………」
道を進むにつれて、弓矢が刺さって絶命した魔物や、短剣で急所を掻き切られてこと切れた魔物の死体が、ちょこちょこと出現してきた。
ようやく魔力節約に思い至ったのなら良いが、完全に魔力を消費してしまった結果だとしたら、とても恐ろしい。
「見ろ、ナサニエル。この岩石トロールの死体の棍棒に、血がついているぞ。それに地面には転々とした血痕と、足を引きずったような跡。これはふくらはぎの骨を砕かれたな」
「笑顔で言う台詞ではないだろ……それ、結構致命的な怪我だぞ」
血痕はしばらくすると消えていたけど、引きずった跡は道の先に続いている。
……止血はできても、骨は治らなかったか。ウィルソンの得物が遠隔攻撃可能な弓なのが、せめても救いだな。
暗い気持ちになりながら、前に進もうとした時、不意にグレゴリーから肩を掴まれた。
「……ナサニエル。ここで右に曲がって、しばらく行った先だが。地面の気配がおかしい。おそらくでかい穴があって、中に魔物がいる。足もとに気をつけろ」
「さすが土属性。ありがとう。助かるよ」
グレゴリーの警告を受け、慎重に進んだ先に――ウィルソンはいた。
「……ケイブアントリオンか」
ケイブアントリオンは、洞窟に生息する巨大なアリジゴクの魔物だ。
岩石や硬い土で覆われているはずの地面に、突如すり鉢状の砂地を出現させて、狙った獲物を底に引きずり込んで捕食する。
巣の場所は魔法で転移できるため、地面の気配に敏い土属性持ちでなければ、足もとに現れた巣の存在に気づかずに、罠にかかってしまうのだとか。
「取りあえず、生きてはいるようだな……」
すり鉢状の砂地にゆっくりずりずりと落ちながら、蒼白な顔で必死に弓矢を発射しているウィルソンの姿に、ひとまず安堵する。と言っても、砂地の中腹まで落ちている辺り、後半刻も遅れたら、助けられなかっただろう。
ケイブアントリオンの厄介な所は、本体を倒しても、助かるとは限らない所だ。ケイブアントリオンの巣は底なし沼のように深く、一度底に到達すれば、流砂のように地中深くに引きずり込まれて窒息死する。
「……グレゴリー。君の土魔法は、砂地でも有効なのか?」
「砂は結合が弱いからな。操るのが難しい」
「私が水魔法で湿らせれば?」
「そのままよりは操作性が上がるが、あの位置にいるウィルソンを巣の外まで運ぶのは難しいな」
ならば手段は一つしかない。
「……私が水魔法で砂地の上側を湿らせるから、君は土魔法で湿った砂を固めて踏み石のように足場を作ってくれ。私が、ウィルソンを救出に行く」
先に魔法でケイブアントリオンを倒す方法もあるが、そうすると驚いたウィルソンがさらに巣の底の方へ落ちて行ってしまうかもしれない。
ケイブアントリオンの巣に落ちてしまった時は、まずは動かずその場で救助を待つのが鉄則。できる限り、ウィルソン本人にも気配に気づかれないように、近づく必要がある。
ケイブアントリオンは目が退化していて、砂の振動でしか獲物の位置を把握できないから、砂を落とさないように気をつけながら固めた足場の上を移動すれば、私に攻撃することはない。
私の提案に、グレゴリーは不満そうに眉をひそめた。
「……それはナサニエルのリスクが大き過ぎないか? こういう時はロープを垂らして、ウィルソン自身にできるだけ砂を落とさないように、慎重に上まで登ってこさせるのが普通だろう。オレとお前が足場を固めてやれば、それほど困難な退避法ではない」
「けど、ウィルソンのメンタルの弱さを考えれば、焦ってそのまま底に落ちてしまう可能性が高いぞ」
「それこそ、奴の自業自得だろう」
そう言ってグレゴリーは、皮肉っぽく、口の片端を吊り上げた。
「それにわかっているのか。ナサニエル。お前の作戦は、あくまでオレの協力ありきだということを。オレが土魔法を解除すれば、お前もウィルソンもケイブアントリオンの巣に真っ逆さま。二人まとめてお陀仏だ。それでも実行するのか? お前は、それほどまでにオレを信用できると?」




