伝説の洞窟
「……昼間よりも、やっぱり魔物の数が多いな」
「昼間のように亜空間収納バッグを使えない分、血の臭いが強いのも一因だな。だがその分、こちらに対して興味を失うのも早い。危険な戦闘をせずに、オレ達が殺した魔物の肉にありつけると、すぐに学習するからな」
襲いかかってくる魔物を機械的に倒しながら、暗い森の中を進む。
月明かりは生い茂る枝木で塞がれてしまうから、光源はグレゴリーが槍に宿した炎。
視界が悪い戦闘はやはり昼間よりやりにくいが、それでも森の中ならば問題はない。
「……ここか」
伝説の剣が眠ると噂の洞窟は、その大層な逸話に反し、どこにでもあるような特徴がない洞窟だった。
……やっぱり、これはルークに担がれたかな。
だとしても元々洞窟の中は魔素が溜まりやすく、外に比べて討伐難易度が上がるのは事実。伝説の剣なぞなかったとしても、警戒を怠ってはいけない。
「洞窟の中には、可燃性のガスが発生している所があるかもしれない。光源を切り替えよう。君もガスがないと確信ができるまでは、火属性の魔法は使わないでくれたまえ」
取り出すのは光属性の魔法が付与された、灯りの魔道具。万が一の時に備えて持ってきた、使いきりの消耗品なので効果は数時間しかもたないが、中が安全なことが分かればグレゴリーの火魔法に切り替えられるから問題はない。
「しかし好奇心からとは言え、君が来てくれて良かったよ。グレゴリー。君と私の魔法属性があれば、洞窟散策における懸念はだいたいが避けられる」
グレゴリーは、火と土。私は、風と水。
グレゴリーの土魔法があれば、どんな落盤事故があったとしても対処ができるし、窒息の危険は私の風魔法、洞窟内で迷って脱水に陥った時は私の水魔法があれば、取り敢えずは何とかなる。
洞窟内にガスがないと判断できれば、中で魔物の肉を調達して、焼いて食料にすることもできるだろう。
「逆に言えば、雷と氷属性のウィルソンは、雷魔法で光源を維持するのがせいぜいだな。まあ、多少の落盤は氷の壁で補強できるし、氷を舐めたら多少の水分補給はできるだろうが、非効率的過ぎる」
「…………」
グレゴリーの言葉に、思わず眉間に皺が寄る。
本当に、無謀にも程があるぞ。ウィルソン。自殺志願としか思えない。
洞窟に一歩足を踏み入れた瞬間、肌にまとわりつくような湿気を感じた。
外よりも気温が低いのに、息苦しい。魔素が濃いせいか、空気がどろりと重たい。
壁面は鈍く光る鉱石に覆われ、ところどころに水滴が垂れていた。滴が岩肌を伝って落ちる音が、ぴちょん……ぴちょん……と、規則的に響いている。静寂の中に響き渡る、時計の針の音のように、さして大きくはないはずのその音が、やけに明瞭に聞こえた。
足元には苔のような魔素性の植物が張り付き、光の届かぬ奥へと細い道を伸ばしている。
「……風魔法でサーチを行った結果、近くにガスの気配は感じない。けど、こういった状況では、できる限り魔力を節約するのが鉄則だ。しばらく光源は魔道具に頼ろう」
「槍に火を灯すくらいでは、大して魔力は消耗せんがな。しかし、ここはナサニエルに従っておこう」
グレゴリーの低い声が、岩壁に反響して二重三重に重なる。
音が籠もる。方向感覚が狂う。……想定以上に、洞窟というのは厄介な場所のようだ。外で戦うのとは、全然感覚が違う。
魔道具の灯りを頼りに歩を進めるたびに、空気の流れが変わる。かすかに風が通っている――と言うことは、この洞窟には別の出口があるのだ。もしかすると、複数の。
つまり道に迷った際でも、脱出場所の候補は一つではないと言うわけだ。それだけで大分安心感が違ってくる。
ホッと安堵の息を吐いた瞬間、何十、何百もの羽音が前方から反響して聞こえてきた。
「ジャイアントダークバットの群れだ! 油断すると飲み込まれるぞ!」
ジャイアントダークバットは一匹が赤子の大きさほどもある、巨大なコウモリで。集団で狩りをする習性がある。
一匹一匹はそれほど脅威にはならないが、多勢に無勢で襲いかかって来るため、巨大な魔物ですら瞬時に骨にされることもある、恐ろしい魔物だ。
もっとも相手が集団でも敵わない強敵だと悟った瞬間、すぐに逃げ去る潔さもあるのだけど。
前方の道を埋め尽くして迫ってくる、真っ黒な群れに向かって剣を構える。
「魔法なら対処は簡単だけど、君も大槍で十分だろう?」
「一気に焼き尽くした方が、手っ取り早いんだがな」
そうぼやきながらも、グレゴリーもまた大槍を構えた。
「行くぞ!」
目の前に迫るジャイアントダークバットを切り捨てながら、そのまま群れの中に飛び込む。もっと標的が小さいのならともかく、これくらいの大きさならば、さして問題はない。
グレゴリーもまた、少し離れた場所で大槍を振り回していた。
「ぷぎゅーっ!!」
……やたら可愛らしい悲鳴と共に地面に落下していく姿を見ると、罪悪感があるな。油断したら鋭い歯で生きたまま貪り食われるから、同情の余地はないんだけど。
容赦なく切り捨てていくうちに、目の前のジャイアントダークバットの数は少なくなっていき、残りも焦ったように頭や体の脇をすり抜けて、遠ざかって行った。
「……ああ。返り血まみれで気持ち悪いな」
枚数に制限があるけど、仕方ないから洗浄札を使うとするか。
「グレゴリー、君も洗浄札を使うなら……」
振り向いてグレゴリーの姿を見るなり、顔が引きつった。
「……血まみれグリズリー……」
返り血で真っ赤になりながら、金の目をランランと輝かせる姿は、ホラー以外の何ものでもなかった。
思わずその顔めがけて、問答無用で洗浄札を投げつけてしまうくらいに。
「……まだ序盤だぞ。洗浄札を使うのは早くないか」
「血の臭いで魔物が寄ってくるだろう。あと、単純に血まみれの君が背後に立っていたら、戦闘に集中できないし、何なら魔物と間違えて攻撃しかねない」
「だから火魔法で始末させろと言ったのに」
ブツブツ言いながらも、素直に従ってくれる辺り、グレゴリーは面倒臭くなくて助かる。
いや、ウィルソンとは違う意味で面倒な男ではあるのだけど。
「お、見ろ。ナサニエル。あそこにウィルソンの置き土産があるぞ」
グレゴリーが指差した先にあるのは、巨大な氷の塊。何十匹ものジャイアントダークバットが氷漬けで閉じ込められているのを見た瞬間、深々とため息が漏れた。
「……洞窟の序盤で、こんな魔力消費量の激しい高ランクの氷魔法を使うなんて。本当に、考えが甘すぎる」
「だがウィルソンの得物の弓矢では、あの群れを対処するのは難しいだろう」
「雷魔法なら、魔力消費量の少ない初級魔法で十分だっただろう。光と音が弱点なんだから」
暗闇が生息地であるジャイアントダークバットは光を避ける傾向があるし、目が退化している分聴覚が鋭いから大きな音には弱い。
初級魔法であっても、雷撃を発生させれば、一部はそのまま失神して、残りは蜘蛛の子を散らすように逃げて行っただろうに……さては突然現れたジャイアントダークバットの群れに怯えるあまり、反射的に必要以上に強力な魔法を発動させたな。雷魔法だと範囲指定が難しいから、氷魔法で。
そう言う所だよ、ウィルソン。
だからセルティス先生も私も、技術よりもメンタルを強化すべきだと、何度も忠告したんだ……。




