拗らせも 愛しい御方は 貴方だけ(ナサニエル心の一句)
ウィルソンを突き飛ばし、ウィルソンのすぐ後ろの木陰から、生えるように現れた大熊の魔物を斬りつける。
闇影熊は普段は影の中に身を隠し、獲物を狙う時だけ実体化する厄介な魔物だ。森の中はあちこちが影だらけ。闇影熊にとって、これほど潜みやすい生息地もない。
影の中にいる際は魔法を使っても攻撃は通らないけれど、逆に言えば影から出て来たときならばあらゆる攻撃が通用する。だからこそ、その一瞬のタイミングを逃してはいけない。
「……はあーっ!」
風魔法で跳躍を強化し、一振りで闇影熊の首を狙う。
強化魔法が施されている剣の刃は、グレゴリーよりもさらに太い闇影熊の首に、狙った通り食い込んだ。
さらに風魔法で剣の勢いを強化し、骨と肉に食い込んで重いそれを、一息に振り切った。
ぽーんと闇影熊の首が高く宙に舞い、切断面からは真っ赤な血が噴水のように噴き出す。
「……ふう。危なかったな。ウィルソン。闇影熊の気配に全く気がついていなかっただろう」
顔に飛び散った血を手の甲で拭いながら、尻もちをついた体勢で唖然とこちらを見上げるウィルソンを振り返る。
「だから、討伐数なんかに気を取られずに、自分の身を守ることに集中しろって言ったんだ。前も言ったけれど、君は武術も魔法も優秀だ。後は広い視野と、何があっても動じない強い心さえあれば……」
「ふっ、ふざけるなっっっ!」
「はあ?」
顔を真っ赤に染めたウィルソンが、弾かれたように立ち上がった。
「お前の助けなんかなくても、俺はあの闇影熊を倒せていた! 気配だって気づいてたんだ! それなのに、よけいなことをしやがって!」
……まあ、これは明らかに嘘だよね。闇影熊が出現した瞬間、すごくびっくりした顔をしていたし。
「いい気になるなよっ、ナサニエル! 俺はお前なんかより、ずっと強いんだ!!!」
「……君がそう思いたいなら、それでいいけどさ。取りあえず、一度冷静になった方がいいよ。感情的になれば、それだけ戦闘面では不利になるのだから」
「うるせぇうるせぇうるせぇっっっ!!!」
「君の方が、よっぽどうるさいよ」
……ああ、段々面倒くさくなってきたな。ただでさえ、ルークが何をしでかすかわからなくて、気を張っているのに。
「――君は本当に、面倒な男だな」
多分私はルークのことを警戒するあまり、いつもの余裕がなくなっていたのだろう。
自分でもちょっとびっくりするくらい、冷たい声が口から洩れた。
「っ」
……あ、まずい。失敗したな。
ウィルソンが、絶望したような顔をしている。
「……まあ、君が面倒なことなんて、今さらだから別にいいけどね」
もしアレス殿下が同じ反応をしたなら。
私は「そんな面倒な所も可愛らしいですよ」と、すぐさま笑って抱きしめていただろう。
女の子が同じことをしたならば。
「困ったお嬢さんだ」と呆れる様に優しい笑みを浮かべて、そっと額を小突いて見せただろう。
けれども、相手はウィルソン。婚約者でも何でもなく、可愛いくもなんともない、まもなく成人を迎えるクラスメイトの男だ。そんな甘ったるい対応なんて、できるわけはない。
だからこう付け足すのが、私ができる精一杯のフォローだったのだけど。
「…………」
……出たー。だんまり不貞腐れモード。この三年で、一体何回目かな。この反応。
このモードに入ったウィルソンが、日を跨ぐまで、何があっても一切口を利かないのは、経験則で実証済み。翌日になったら、まるで何事もなかったかのように(それでいて目の中には不安を滲ませて)また鬱陶しく絡んでくるのだけど、取りあえずこれで今日一日は会話が不可能なことが確定した。
いつも思うけど……学園入学前の子どもじゃないのだからさ、もう少し大人になってくれよ。ウィルソン。アレス殿下を、見習ってくれたまえ。
殿下は同じような状況で不貞腐れると、本心をひた隠しにして、完全無欠の第三王子の仮面を張り付けるんだぞ。一切他人に迷惑をかけずに、自分を騙して演技する姿が、お健気でいらっしゃること。他の人の目がない所で必死に構い倒して、本性を曝け出させるのも、全く苦じゃないどころかとても楽しいんだぞ。
「まーた、ウィルソンが拗ねたか。あいつは本当に子どもだな」
ぷいと背を向けて離れていくウィルソンをげんなり見送っていると、いつの間にか傍らに来ていたグレゴリーが声をあげて笑った。
「まあ、いつものことだがな! そんなことより、先ほどの一太刀、見事だったぞ。ナサニエル。益々嫁に欲しくなった」
「……そんなことで済ませないでくれよ。このままだとウィルソン、夜までずっとあの調子だぞ」
「別に構わんだろう。拗ねた子どもに労力を割いてやるほど、オレは暇ではない。ナサニエルは、優しすぎるのが欠点だな。もし部隊にウィルソンのような部下がいたら、敵と戦う前に部隊は内部崩壊するぞ。オレの部下ならば、戦場のどさくさに紛れて始末している」
「それも、わかってはいるけれど」
アレス殿下は子どもでいられる時間は学園にいる間だけであることを理解していらっしゃるけれど、ウィルソンはどうなのだろうか。卒業を機会に、自分の幼児性を封印することはできるのだろうか。
「ウィルソンがナサニエルに構わなくなったなら、それは僥倖。お前と試してみたい連携攻撃がいくつかあるんだ。次の魔物で付き合え」
闇影熊と変わらないくらい太いグレゴリーの腕に肩を抱かれながら、一人ただ深々とため息を吐くしかなかった。
一通り討伐を終えた所で、野営の準備を始めることになった。
以前ポルテラの森で野営を行った冒険者か騎士団が切り拓いた平地の四隅に、学園が手配した結界用の魔道具を設置する。これで就寝中に、魔物や盗賊から襲撃される事態は、ほとんど防げる。
グレゴリー達が、三人でも余裕を持って寝られる大型のテントを設置している脇で、自分用に提供された小型の一人用テントを組み立てる。もちろんその周囲に、アレス殿下から頂いた結界の魔道具を設置するのも忘れない。
「それでは夕飯の準備にしましょうか。こちらの三角鹿の肉を使って、スープでも作りましょう。角や骨は残してくださいね。これも素材になるので。後、内臓も」
よく肥え太った三角鹿だったので、一頭潰せば十分四人分の夕食になる。
グレゴリーは、魔物の解体は経験済み。ウィルソンは、案の定だんまりを貫いていた為、私が代表して解体を行うことになった。
「器用に皮を剥がれますね。本当に初めてですか?」
「ええ。まあ……」
魔物の皮を剥ぐのは初めてだけれども、命を狙ってきた刺客を拷問するのに皮を……これ以上は、やめよう。ご飯が美味しくなくなる。
解体を終えた鹿の肉をぶつ切りにし、食べられる野草と水魔法で出した水と一緒に鍋に入れ、グレゴリーが作った竈で煮込む。後は、香辛料と調味料で味を調えて、各自が携帯していたパンを添えれば簡単な夕食の完成だ。
「それじゃあ、毒見……じゃなかった。味見をしてくれ、グレゴリー」
「もちろんだ。ナサニエルの手料理が、真っ先に食えるとはありがたい」
ついつい本音が漏れたし、当然グレゴリーもその本音は承知した上で、よそったスープを口にしてくれた。その様子を横目で見ながら、私は持参した、毒物や媚薬が混入されていないか判別できる魔道具に、スープを垂らす。
野草の識別はきちんとしたし、ルークが変なことをしていないか見張ってはいたけど、念のためにね。
「うん、美味い! ナサニエルは料理も上手いな」
グレゴリーも問題なし。魔道具にも陽性反応はない。……パンはこちらで用意したものだから、大丈夫そうだな。
「……そんな心配をなさらなくても、私が貴女を傷つけることはありませんよ。そんなことをすれば、パウエル騎士団長からどんな仕置きをされるかわかりませんから」
ルークが苦笑したようにいうけれど、まったく信用ができない。
私「が」という辺り、自分には非がないような状況で発動する罠を用意している可能性が高いからな。単純に今の私のレベルを第二王子陣営が把握するための、様子見に来ただけかもしれないけれど。
薄闇の空の下で、熾火が燃える竈を囲みながら、黙々と夕飯を食べていると、唐突にルークが口を開いた。
「――そういえば、皆さん。この近くに、初代騎士王の伝説の剣が眠る洞窟があることを、ご存じでしたか?」




