拗らせ侯爵令息ウィルソン
どれほどたくさんの魔物を倒せたとしても、その死体を有効活用できなければ無駄な殺戮だ。危険性故に討伐が求められている魔物でない限り、素材の回収は必須。
しかしこれほど大量の魔物をいちいち解体するのは時間がかかるし、必要最小限の部位だけを厳選したとしても、とんでもない荷物になる。なら、どうするのか。
「……すごいな。これが亜空間収納バッグの性能か」
小さなバッグの中に瞬く間に吸い込まれていく、大量の森狼の死体に思わず舌を巻いた。
亜空間収納バッグはすごく高価かつ希少で、貴族であっても一個人が簡単に手に入れられるものでもないのだが、エリュシア王国の騎士団及び魔法士団には、一部隊につき一つずつ支給されている。ルークとアーノルドは、軍務卿の許可のもと第二部隊が持つバッグを持参し、今回の演習で手に入れた素材を全て(と言っても、夕飯に使えるものくらいは、こちらに提供してくれるようだが)第二部隊のものとして持ち帰ることを条件に、引率を引き受けたのだと聞いた。
魔物の解体自体が未経験な為、少し残念な気もするけれど、そのおかげで行程が早く進むのはとても助かる。これから先出会う魔物が、高価な素材が取れる希少種であるかもしれないことを考えれば、惜しい気がするのも本音だけれども。
……希少な素材をアレス殿下のもとに持ち帰って、(あたふたした殿下が、ギリギリ絞り出した)お褒めの言葉を賜る夢は潰えたな。うん。正直とても残念だ。
「……本当に、躊躇なく魔物をぶっ殺すんだな。てめぇは」
指輪を掲げながら跪いてプロポーズをする恋人のように、希少なドラゴンの爪を殿下に捧げる自分を空しい気持ちで想像していると、ウィルソンから舌打ちと共に声をかけられた。
「だから、そうだと言っただろう」
「本当……てめえは女じゃねぇよな」
「君もしつこいね。ウィルソン。いい加減性別なんてどうだっていいじゃないか。私は女である前に騎士を志す者であり、君のクラスメイトなんだからさ」
騎士科で過ごすのも、既に三年目。入学当初はともかく、これだけ共にいれば、皆私の実力だって散々目の当たりにしているわけで。他のクラスメイトが、私が女だからどうとか言っている姿は、陰口ですらもう見なくなった。
ことあるごとに嫁に来いと言ってくる、グレゴリーもいるけれど。いちいち女女と突っかかってくるのは、ウィルソンだけだ。ここまで来ると、逆にその執念に関心するくらいだ。何せ初対面の開口一番から言い続けているからね。何がそこまでウィルソンを突き動かすんだか。
「……森狼の討伐数で俺に勝ったからって、調子に乗るなよ。ナサニエル。その前の魔物を入れれば、俺の方が討伐数が多いんだからな」
……ああ、想定内とはいえ、また始まったよ。これじゃあ、セルティス先生の心配通りじゃないか。
「調子になんか乗っていないし、そもそも討伐数が、今回の評価規準ではないことを忘れていないかい? 自分の身は自分で守ること。魔物を倒せたからと言って、調子に乗らないこと。これがセルティス先生が言っていた、今回の評価の軸だよ。数を意識している時点で、既に君は調子に乗り始めていると思うよ。ウィルソン」
「うるせぇっ! 負け惜しみを言うな!」
「負け惜しみって、君ねえ……」
一方的に吐き捨てるだけ吐き捨てて、ウィルソンは行ってしまった。
……あ、バーナードからお説教のように鼻先で小突かれている。もっとやってくれ。バーナード。どれほど正論でお説教したところで、ウィルソンには通じないのは経験則でわかっているけど。
「……本当、困った奴だなあ」
思わず口から苦笑いが漏れる。仕方ない。ウィルソンが暴走しないように、野外演習中は気にかけておくか。
ウィルソンのことはキャンキャンうるさい駄犬だと思っているし、正直苦手だけれども、嫌いというわけではない。
……というか、鬱陶しいとは思うけど、どうしたって嫌いになれないんだよなあ。
アレス殿下と、少し似ているから。
『初めまして。私は、ナサニエル・ドレーだ。君の名前は?』
入学式を終えて、ゴードン以外に知り合いがいない騎士科の教室で、私が最初に声をかけたのはウィルソンだった。
何かにいら立つように眉間に皺を寄せて、一人そっぽを向いて宙を睨みつけているその姿が、初めて会った時のアレス殿下と似ていたから。
『……はあ? 何で女が騎士科の教室にいるんだよ。それに俺は侯爵令息だぞ。気やすく話かけんな』
……まあ、アレス殿下と違って、全然可愛くはなかったんだけど。
まだ13歳だった私は今よりも子供だったから、その反応に腹を立てて、その直後の講義で開催された現在の実力を見るためのトーナメント試合で、ウィルソンをボコボコにしてしまったのだけど。それ以来ウィルソンは私をライバル視して、やたら突っかかってくるようになったわけだ。
「……全く可愛くはないのだけど、放ってはおけないんだよな」
おそらくウィルソンが抱えている闇は、アレス殿下が抱えているものと似ている。
毎日毎日うざったく絡んでくる癖に、完全に無視を貫いた時は、やたらとショックを受けている姿も、アレス殿下を彷彿させるし。
だからといって私は、自分から開示しようとしないウィルソンの闇を暴くつもりはない。その闇がどんなものかは大体想像がついているけれど、あくまで気づいていないふりを続けている。
私はアレス殿下以外の人間に対しては、そこまで優しくはないからね。大事なことだから何度も言うけど、ウィルソンは可愛くないし。
それでも痛々しくて無視するのは忍びないから、忠告と言う形で色々是正しようとしているのだけど……残念ながら全てが逆効果で終わっている感は否めない。
いつまでたっても自分への評価を変えられないアレス殿下といい、ままならないものだね。それだけ他人を変えるのは難しいってことか。
「……今回の野外演習が、少しでもウィルソンの在り方を変えるきっかけになればよいのだけど」
死体の回収が済んだことを知らせるルークの声を聞きながら、第二部隊の思惑とはまた別の悩み事に、小さくため息を吐くのだった。
「どけどけ! 俺が仕留める!」
「だから、少しはチームワークも考えてくれよ。君一人の戦闘じゃないんだから」
「はははっ! いいじゃないか。ナサニエル。ウィルソンの好きにさせておけば。痛い目を見たとしても、それも勉強だろう?」
ウィルソンの暴走は、森の入口でバーナード達と別れたことによって、一層顕著になっていった。
案の定アーノルドが馬番で、引率はルークの担当だったが、このルークがとにかく役に立たない。
「やる気があって、とても素晴らしいですね。ウィルソン侯爵令息。今度のポイズンボアは、三頭討伐達成ですか。ナサニエル伯爵令嬢は、四頭討伐されたようですけども」
……本当にこのキツネ騎士は、陰険だ。笑顔で賞賛するように見せかけて、ウィルソンのライバル心を敢えて煽るような発言を繰り返している。
第二部隊の目的は、ドレー家とハルバード家の対立を煽ることだったのだろうか? ……ハルバード家は裕福な侯爵家ではあるけれど、政治的に重要なポジションにいる家人はいない。それに私の推測が正しければ、いくらウィルソンが私に敵対心を抱いたところで、それでハルバード家が関与するとも思えないのだけど。ルークは一体、何を企んでいるんだ?
完全に面白がっているグレゴリーも、ウィルソンを止める様子もないし。ここには、私の味方は誰もいないのか。
「っ見てろ、ナサニエル! 次こそはお前より多く魔物をっ……」
「っ危ない! ウィルソン」




