【検証】窒息魔法、試してみた
「ああ……白馬に寄り添うナサニエル様のお麗しいこと」
「でも、二日間、学園でナサニエル様のお姿が見られないだなんて、寂し過ぎます……! それに、とても心配です! もしまたナサニエル様の玉のお肌が傷つくようなことがあれば……」
「駄目ですわよ。サーシャ。ナサニエル様は、騎士になられる御方。大義を全うする為に、果たさねばならないお役目がありますの。淑女として、私達はそれを笑ってお見送りしないといけないのですわ。どれほど寂しく思ったとしても。どれほどナサニエル様の御身が心配だとしても」
「クラリッサさん……なんて、健気な」
「ご立派です、クラリッサ様!」
茂みから飛び出したクラリッサ嬢が、金色の縦ロールを振り乱して私の前に立ち、泣きそうな笑顔を浮かべながら、両手で私の手を握りしめた。
「ナサニエル様……どうか、ご武運を」
「ありがとう。クラリッサ嬢」
……いやあ、元々クラリッサ嬢はアレス殿下の婚約者の立場を狙っていて、初対面では「男か女か分からない見た目の貴女なんかより、私の方がアレス殿下に相応しいですわ!」とライバル宣言されたものだけど、三年で人って変わるものだね。いや、入学して一週間も経つ頃には、既にこんな感じだった気もするけれど。
それで君達……相変わらず、家政科の講義はどうしたの? あまりサボると、学園からお家に連絡が行ってしまうよ。ああ、前回は騎士科の補助講師に回収されてたけど、今度は家政科の先生が鬼の形相でこっちに向かって来てる。私の方が逆に、三人の武運を祈る必要がありそうだ。
「……女にきゃあきゃあ言われて喜んでいる辺り、本当にお前は気持ち悪ぃな」
葦毛の馬の手綱を引きながら、ウィルソンが悪態をつく。そんなウィルソンの態度をたしなめるように、葦毛の馬ことバーナードが鼻先で軽く、その脇を小突いた。
……本当にバーナードは大人だなあ。そんな大人で懐が深い馬だからこそ、学園の馬全てにそっぽを向かれたウィルソンでも、仕方ないとばかりに背中に乗ることを許してくれたんだけど。ウィルソンもウィルソンで、学園中の馬に嫌われたことがよっぽどショックだったのか、今ではまるで祖父を慕う孫のように、バーナードを大切にしているし。
考えなしのウィルソンと、思慮深いバーナード。正直とてもいいコンビだと思う。
「はははっ、ウィルソン、ナサニエルに嫉妬かぁ? この場合、どっちが嫉妬対象なのか、実に興味深い所だな」
「ど、どっちにも嫉妬なんかしてねぇよ!!!」
グレゴリーが、既に騎乗している状態で豪快に笑う。
大熊グレゴリーを背中に乗せるのは、学園の馬で一番の巨体を誇るアントニー。筋肉質な四肢に真っ黒な毛、全身に刻まれた歴戦の傷跡と、全てが恐ろしげな馬で、実際気性もかなり荒いのだけど、グレゴリーとは文字通り馬が合うらしい。ウィルソンが正反対だからこそ相性が良いというならば、こちらは似た者同士だからこそ相性が良いコンビと言う所だろうか。
私ともそんなに相性は悪くないのだけど、アントニーはロシナンテに惚れ込んでいる為、彼女が悲しむという理由で絶対に背中に乗せてはくれない。時々嫉妬が滲んだ恨みがまし気な目で見られることはあるけれど、他の生徒みたいに噛みつかれたりはしないので、恐らく嫌われてはいないのだろう。……私に攻撃をした結果、ロシナンテから徹底的に嫌われる可能性を恐れているだけなのかもしれないけれど。
「皆さん準備は出来たようですね。それでは出発しますよ」
馬にまたがりながら仕切り出すのは、キツネ騎士ルーク。ゴリラ騎士アーノルドは、特に不満もなさそうに、それに従っている。
……ふうん。敬語を使っているから、てっきりルークの方が部下なのかと思っていたけど、逆だったか。ならきっと、馬番はアーノルドが担当で、引率はルークが行う可能性が高いな。
見かけが力に直結するわけではないけれど、引率者が体格の良いアーノルドではなさそうなことに、少しだけ安堵する。特殊な魔道具で力を制御している可能性も0ではないけれど、見た限りでは二人とも魔力量はウィルソンよりも劣るくらい。一対一で戦って敵わない相手ではないし、何なら二人まとめて襲い掛かってきたとしても、倒せる自信はある。
……まあ、だからと言って油断はできないけどね。どんな悪辣な罠を用意しているかわからないし。プライドが高い見栄っ張りで、底意地が悪く、何度も刺客を差し向けてくる癖に自分が首謀者であるという証拠は一切残さない第二王子が、わざわざ私の為に手配した部下なのだから。一筋縄に行くはずがない。
すました表情で、戦闘で馬を走らせるルークと、背後から襲い掛からないことを証明するかのように、それに続くアーノルドの背中を睨みつけながら、私もその後ろに続いた。
剣というのは地上では便利な武器だけれども、騎乗での対魔物戦となると、一気に使い勝手が悪くなる。
「はははははっ! 森に近づくに連れて、手応えがある魔物が増えてきたな!」
「どけ、グレゴリー! 俺の獲物だ!」
アントニーの背中の上で炎を宿した大槍を曲芸のように振り回して、森狼の群れに突っ込んでいくグレゴリーと、その隙間を縫うようにして弓を放つウィルソン。
私はその様子を、少し離れた位置から観察していた。
……もっと大型の魔物や人型に近い魔物相手ならば、グレゴリーと同じように飛びこんでいく方法もあったけど、リーチが短い剣で同じことをした所で、ロシナンテに無駄に怪我をさせるだけだからな。
それよりもここは剣から魔法に切り替えて、後方支援に徹底した方がいい。せっかくだから、セルティス先生がアドバイスをくれた方法を試してみようか。
水中にグレゴリーの顔くらいの大きさの水の玉をいくつか出現させて、グレゴリーとウィルソンの攻撃対象になっていない森狼の顔を目掛けて、風魔法で送り込む。
顔に張り付いた水の玉は、森狼の酸素を奪い、一分ほどでその意識を奪った。ここで解除しても良いのだけど、意識を取り戻したら反撃される恐れがあるので、絶命するまで五分ほどはそのままにしなければいけない。
……ううん。悪くない方法ではあるんだけど、一度に五体くらいしか攻撃できないうえに、五分くらい他の魔法を使えなくなるのが難点だな。魔力操作をしなければ、ただの水になって重力で流れちゃうもんなぁ。
いや、待てよ。同じ水魔法では無理でも、風魔法なら使えるんじゃないか。酸素を奪うだけなら、風魔法でもできるし。……あ、でも水魔法と同時だと、三体が限界だ。合計で八体かあ。少し効率が悪いなあ。
一人魔力操作に集中していると、私の魔法対象でない森狼を倒し終えたらしいウィルソンと、引率の騎士二人がドン引きの表情で、グレゴリーが心から楽しそうな表情で、こちらを眺めていた。
「……い、いやはや。遠隔魔法で、同時に八体の森狼を無効化。五分で全て絶命させるとは、さすがはドレー家ご令嬢。パウエル騎士団長の姪御さんでいらっしゃる」
「ル、ルーク……駄目だぞ。講義中は、生徒の身分は平等なんだろう……?」
先ほどと違って、騎士の二人の嫌味? も、何だか覇気がない。というよりも、何だか少し怯えが見える。
……うーん。やっぱりこの反応を見ても、この二人がそれほど脅威には思えないんだけどなあ。これもまた、油断させるための作戦なんだろうか。




