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第3話  調達 2

 水曜日、私と結翔はバーベキュー食材の買い出しに出かけた。現地調達も出来ると結翔は言ったが、事前に準備した方が納得出来る上に経済的だと思う。結翔と一緒の買い物は久しぶりで、同居の日々を思い出す。


 まずは野菜売り場へ。玉ねぎ、にんじん、キャベツ、トウモロコシをカートへ入れていく。ピーマンの袋を手にすると結翔の表情に緊張の色が走った。彼のピーマン嫌いは健在だが、今回は無理に食べさせるつもりはない。抗議したそうな結翔をチラ見しつつカートへと放り込む。


 次いで精肉売り場へ。


「おっ! この牛肉よさそうだな! 少し高いけどせっかくのバーベキューだから奮発しないか?」


 と、パック入りの肉を私に手渡した。


「見てみます」


 私は渡された肉をラップ越しに吟味する。


「……あの、値段の割にちょっと……そこの安いお肉で十分です」


「えっ? 本当?」


「はい……こちらの方が新鮮ですし、脂の付き具合もいいと思います」


「そうなんだ? 沙羅ちゃんは目利きだなぁ……」


「そっ、それほどでは……普段から買い物してるから……」


 リスペクトの眼差しに窮屈になる私。


「本当さ! 同じようにバレエをやっていても舞とは大違いだ!」


「おっ、おおっっ……同じだなんて! とんでもありません!!」


 怯みながらもきっぱりと否定する私に結翔がたじろぐ。


「……そっ、そこまで否定しなくても……上下関係? それとも師弟愛? ちょっと感動だな~!」


「そういうわけでは……穂泉さんの人柄です……」


 穂泉舞花はヒエラルキーのトップに君臨する憧れのプリマなのだ。私とイコールにしていいはずがない。


 だが立場の問題だけではない。まずダンサーしての資質がずば抜けていること。加えて人に対して気配りが出来る女性なのだ。おっとりと優しい性格が立ち振る舞いに顕れていて後光が差すようだ。


「ふ~ん? そうなんだ……」


 興味深そうに私を見つめる結翔。彼はやや天然の舞花を敬遠しているが、彼の心情も理解出来る。才能に恵まれた上に人柄が良いものの、時折気まぐれで人を振り回す。一番の被害者が身内の結翔ということだろう。おっとりと優しい反面、天然で気まぐれ。楡先の看板プリマはかなり奥深い人物なのだ。


「あ、あの……上手く言えませんけど……魅力的な女性(ひと)だと思います……」


「なるほど……でも本当なんだ。買い物下手で、使い道のない食器を衝動買いしたり、安いからって賞味期限ぎりぎりの果物をまとめ買いして使用人から苦情が出たこともある」


「そんなことが? いつも素敵な服を選んでくださるのに……」


 ふと、はじめて舞花と買い物をした日の記憶が蘇る。あの日の舞花は値札を全く見ることなく商品を選んでいた。昨日もワゴンの水着には目もくれなかった。まるでワゴンから彼女にだけ見える負のオーラが放たれていたように。

 

 きっと値段の問題ではない。


 「気が乗らない」


 それだけなのだ。


 心惹かれることのみをおこない、魅力を感じなければ指一本動かさない。


 それが舞花の流儀なのだ。


 多分。


「う~ん? だから日用品とか、そういうものを買うのに向いてないんだ……浮世離れしているというか、掴みどころがないというか……」


 遠く目を泳がせる結翔。


 それでも浪費家というわけではないし、一通り家事は出来ると彼は言った。


 緩やかな巻髪に優しい微笑み。

 楡先の伝統を引き継ぐ天性のプリマ。

 穂泉舞花。

 人は彼女を女神と呼ぶ。


 普段から値段を気にせず買い物をしている所為で、日常的な金銭感覚が育たなかったのかもしれない。


 それでも舞花は良識があって細やかな気配りが出来る女性なのだ。そのくらいの短所ならば、かえって親近感が涌いてくる。


 ……それにしても。


 高級ブランドの買い物は得意なのに日用品を買うことが下手。社交的で気配り上手なのに天然。


 舞花は社会的な能力が高くて生活能力が低いというか。私はこういう人間をもう一人知っている。


 コミュニケーション能力が抜群なのに本音を隠しがち。優しいのに鈍感。神様は程よくバランスを崩した状態で贈り物をするものだと思わせる人。


 私は結翔をチラ見する。おっとりと優しい舞花も、彼に浮世離れしているなどとは言われたくないはずだ。


「どうした? 沙羅ちゃん」


「いえ、その……」


 私は曖昧に言葉を濁す。苦手な相手に共通点を発見すると軽くショックを受けるものだ。他人から指摘されればいっそうだろう。特に結翔はそういうことを気にしそうだし。


「その……ダンサーだから皆一緒というわけではないですよ?」


「そういうものか……そうか。なるほど!」


 納得したように大きく頷く結翔。話題はセンシティブな軌道を反れて適切な着地点を見出した。これで楽しく買い出しが続けられる。


「そういえば……未来君は何が好きですか?」


「うーん? 何だったかな……舞に聞いとく」


「お願いします」


 未来は舞花の一人息子で四歳。幼児はどんな献立を好むのか。大人と同じ食事をさせても良いものか。子供食を作るのは初めてだから知っておきたい。


「了解!……ところで、肉や野菜の持ち運びは?」


「クーラーボックスに保冷剤と一緒に入れていきます」


「やっぱりしっかりしてるな~!」


「夏は食品衛生に気を付けないとです」


 予報では、明日は最高気温30℃超えの真夏日だった。生鮮食料品の扱いには細心の注意を払わなくてはならない。責任は重大なのだ。


 それでもバーベキューのためなら、準備の手間さえもわくわくする。私は節制中の身だが、たまにはしっかり食べたい。きっと舞花も同じ気持ちだと思う。


「流石! ……任せきりで悪いな」


「ありがとうございます! 結翔さんにも大事な役割がありますから……」


 結翔の役目は車の運転だ。


 六月に結翔は運転免許を取得した。彼が運転する車に乗るのは今回の日帰り旅行が初めてで、それが楽しみでもある。


「安全運転を期待したまえ!」


「……結翔さんたら……」


 結翔の言葉は頼もしいものの、仕草が大げさでつい笑ってしまう。


「準備があるから買い物は早めに切り上げるぞ。明日は車で迎えに行くから……最高のイベントにしよう!」


 結翔は中指と人差し指でこめかみを弾いて二指の敬礼をする。心和む天使の笑顔と共に。


「はいっ!」


 親しい人と共に夏の思い出を作りたい。

 きっと楽しい一日になる。

 私は胸を弾ませながら、こめかみに指を添え答礼をするのだった。

 



 










ここまでお読みいただきありがとうございました。

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