第4話【覚醒】地味子の正体は伝説の歌い手、さらに妹が“Z様♡”と爆弾投下してきた【正体バレ③+④】
文化祭の講堂に、ざわめきが残っていた。
さっき流れた謎のASMR音声――あの“ささやきメルちゃん”の声は、早乙女ひなたのものだった。
正体バレの余韻が、講堂全体をほんのりくすぐっている。
だが、次の出し物の準備が進むにつれ、観客の意識は自然とステージへと向かっていった。
カバーバンドの登場だ。
「次のステージは、話題の歌い手“ANE”のカバーです!」
アナウンスと共に、バンドメンバーが楽器を構える。観客は手拍子を始め、講堂はライブ会場のような熱気に包まれていた。
だが――その盛り上がりは、開始早々に冷や水を浴びせられることになる。
1曲目のイントロが鳴り始め、ギターがリズムを刻む。
しかし、ボーカルマイクからは――何の声も発されなかった。
(……マイク、死んでる?)
ざわつく観客。
メンバーも動揺を隠せず、演奏が止まる。
その沈黙を破ったのは、講堂の一番後ろ――PA卓からの“歌声”だった。
『この夜をぶち破れ 真も燃やし尽くせ 心が牙を剥く 誰よりも私を信じて』
俺の隣で、天音すみれが――歌っていた。
立ち上がり、誰にも見えない舞台裏、PA咳で
何かに取り憑かれたように、マイクを握っていた。
おとなしくて、感情を表に出さない、あの天音すみれが。
今、まるで別人のような顔で。
彼女の目が、鋭く細められる。
ステージを見ていない。観客も見ていない。
どこか、もっと遠い場所――自分の深い内側だけを見つめるように。
その眼差しには、普段の「静かさ」とは真逆のものが宿っていた。
黒い炎。
しなやかな刃。
まるで誰にも触れられない“獣”だ。
歌声が伸びるたびに、会場がどよめく。
彼女は気にも留めない。
髪を、ぐしゃ、と片手でかき乱し、乱れた前髪の隙間から、鋭い目が覗いた。
獣は吠える。
全てを飲み込むように、ただただ歌に喰らいつく。
(……嘘、だろ)
俺は動けなかった。
心臓を掴まれたように、ただ黙って彼女の声を浴びていた。
これは、“歌”じゃない。
“戦い”だ。
叫びにも近いその歌声は、間違いなく――ANEの歌だった。
張りのある、力強くも繊細なその声は、静まり返った会場全体に響き渡った。
観客たちが一瞬で息を飲み、次いで歓声が沸き上がる。
「え、録音?マジで原曲並みの上手さなんだけど!」
「やば!!」
バンドメンバーは同様しながらも演奏を再開し、ステージは奇跡的に立て直された。
何事もなかったかのように楽曲は最後まで流れ、観客は割れんばかりの拍手を送った。
PA卓の横で、一人だけ青ざめていたのは――真中陽翔だった。
隣にいた地味な同級生、天音すみれが、何食わぬ顔でマイクを握っていたのを、
陽翔だけが、見ていた。
歌い終わった天音すみれは憑き物が取れたかのように、おとなしくなり席に座りなおす。
陽翔は愕然としたまま、恐る恐る聞く。
「……お前、まさか……歌い手のANE……なのか……?」
すみれは無言で、自分の胸元を指差した。
「……私、ANE」
俺は白目を剥きそうになる。えーと・・・何人目?正体バレ何人目?ギネス記録?
ANEのカバーバンドの演奏が終わり、文化祭ステージイベントの演目は全て終了した。
陽翔と天音すみれのPAの仕事もここまで。
文化祭ステージでまさかの3人目の正体バレを目の当たりにした陽翔は尋常ではなく疲れていた。
***
講堂を出ると、陽翔のスマホが震えた。
通知の嵐。
配信サーバーの切り抜き動画に、タグ付きの実況ポスト。
《結局ドロプレット軍曹の正体ってわかったの?》
《軍曹のYwitter全然更新されないな》
「うわ、軍曹・・・しずくの件も大変な事になってるな・・・」
陽翔は額を押さえた。
***
陽翔は校舎に戻り、PA関係の荷物を整理していた。
そのタイミングで、昇降口に見覚えのある姿が現れた。
「……あ」
音瀬しずくだ。ドロプレット軍曹の配信切り忘れの件で同様していたしずくを学校に呼び出していたのだ。
「お・・・おう。大丈夫か?」
「……」
そこに出店の食材運搬をしていた同じクラスの女子生徒が通りかかる。
「お!しずくじゃん今来たんだ!しずくも早く来てステージ観てれば良かったのに!
色々すごかったんだよ!なんか”ドロプレット軍曹”ってうちの生徒らしいんだよ!しかも今日遅刻してくるらしい!」
「もしかしてしずくが軍曹?」
笑いながらそう問いかける。
ドキリとする2人。
「そ・・・そんなわけないじゃん・・・ははは・・・」
焦りながらもなんとか誤魔化すしずく・
「だよね!まさかね~。じゃあ私仕事あるから行くわ!」
「やばいな・・・学校は危険かもしれない・・・。」
陽翔は即断した。
「今日は登下校は自由、俺も仕事が終わった。しずく、これから俺のうちに来い。一旦作戦会議だ」
自宅に戻る道すがら、スマホが鳴った。LIMEだ。
【文化祭、おつかれさまでした。夕食できてますよ♪】
送り主は妹の美羽。このとんでもなく疲弊した陽翔には一筋の光、癒しだった。腹減った。。。
***
家に着く。夕食の良い香りが漂う。
「陽翔、私の配信切り忘れの件、なんとか出来るの?リスナー達はSNSとかでお祭り状態なんだけど・・・」
「まあ・・・俺はそのあたり詳しいというか・・・Vの配信は大好きで色々観てるからな。知見はある。」
「・・・そっか」
少し安堵の表情を見せるしずく。
その時
ピンポーン__
チャイムがなる。誰だ?
出てみると、制服姿の天音すみれと早乙女ひなたが立っていた。
「え・・・?なんで・・・?」
「秘密・・・知られたから・・・口止め・・・というか・・・」
と早乙女ひなた。文化祭の仕事でバタバタしていて、早乙女の正体バレについてあれから特に会話もなかったし、念を押しに来たって事か・・・。
「……歌、どうだった?人前で歌った事ないから気になって。」
とすみれ。無表情だが、わずかに期待を込めた瞳。
お前は何を聞きに来てるんだよ・・・。
「え!?あのステージで歌ってたの天音さんなの!?音源流してたんじゃなくて!?」
「私、ANE」
「ええええええ!?」
なんでお前は淡々と自ら正体バレしにいくんだよ!!
「早乙女さんはなんで来たの?口止め?まさかあのASMRって早乙女さん?ささやきメルちゃんなの?」
「えと・・・それは・・・」
「やっぱり、ささやきメルちゃんなんだ。」
そして天音は淡々と詰めるな。早乙女かわいそうだろ・・・。
陽翔の疲労は限界を超えていた。
玄関に3人が揃い、自然と正体バレ後の空気に。
その中で、しずくがぽつりと漏らす。
「え……みんなも……?それじゃあ、私だけじゃないんだ配信事故……」
自爆である。
「え!?じゃあ音瀬さんってドロプレット軍曹・・・!?」
しまった、という顔をするしずく。アホだ。
空気が最高潮にカオスになりかけたそのとき――
奥から柔らかくも冷えた声が響いた。
「なにやら、騒がしいですね」
台所から、妹・真中美羽が姿を現した。
「兄さん、今日はずいぶん賑やかなんですね。……女の子ばっかりはべらせて」
その言葉には、笑顔とは真逆の冷気が宿っていた。
「この流れですから私も、言っておきますね」
手元には美羽のスマートフォン。画面にはVTuberの配信管理画面。
一同、凍りつく。
「え!?ゼト!?あの、伝説の配信者“Z”の後継を名乗ってる……!?」
「はい♪私VTuber”ゼト”なんですよ♪」
___伝説の配信者“Z”
ゲーム配信、ASMR、歌い手、その他諸々全てのジャンルでトップの人気を誇っていたVtuber。
しかし“Z”は突如として引退してしまい、ネットは騒然とした。「Zロス」に陥る人たちも続出した程だ。
そこで現れたのがVtuber"ゼト"
彼女は自らを“Z”の意思を継ぐ者と自称し、“Z”への愛とリスペクトから、“Z”の配信スタイルに寄せたゲーム実況で人気を博している。
「Zロス」であったリスナー達からも受け入れられ、むしろ救われたと言っている者も多い。
そんな"ゼト"がまさか陽翔の妹、美羽だったのだ。
「私も正体は隠しておくつもりだったのですが、このままじゃ兄さんが取られちゃ・・・
いえなんというか、身近な方々が正体バレしているのにフェアじゃないなと。
というかここまで来たら奇跡です♪
皆さんで手を取り合って行きましょう♪」
静まり返る一同。さらなるカオス空間。
そんな中陽翔は、それまでの疲労も怒りも吹き飛ぶほどの衝撃に襲われていた。
は!?!?!?うそだろ!?!?!?
しずくや、早乙女、天音に続いてまさかの妹までが配信者だったなんて...!!!
なんだよこれ!!!!!
「そうだ!ちょうど夕飯ができてるんです。皆さん、よかったらご一緒にどうぞ♪一旦食事にして落ち着きましょう?」
ぐうぅ____
お腹が鳴ったのは、しずく。
にこりと笑う美羽。
「ちょうどしずくさんのお好きなバーゲンバッツのアイスもありますから♪ほらほら皆さんリビングにどうぞ」
「え!バーゲンバッツあるの!やったー!」
幼馴染のしずく、当然美羽とも長い付き合い。
美羽は昔からしずくの扱いが上手い。
ていうかしずくもいつもうまく転がされ過ぎだろ...
少し空気が緩み、一同は促されるままリビングへ移動していく。
「今日は兄さんの大好きな、チーズインハンバーグですよ〜」
動揺しながらも、その声に少し安堵しかけた陽翔。
だが――最後尾で歩く彼の耳元に、美羽がそっと囁く。
「いつも配信で“妹の作るチーズインハンバーグは絶品だ”って、褒めてくださいましたもんね……Z様♡」
「……っっっ!!」
「今盛り付けますからね~♪」
美羽はリビングに向かう。
え・・・?え・・・?美羽、なんで知ってるの・・・?
俺がかつて伝説の配信者と謳われた”Z”であることを___
世間で大人気のネットアイドルたちが何故か集合している自宅で、陽翔は硬直していた。
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