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▼第八話「タルタロスの魔獣たち」




 重臣たちの間に、どよめきが起こった。「あれ」とは、タルタロスの奥深くに封印されている、神話の時代から恐れられてきた怪物のことだった。


「しかし、陛下! あれらを解放するなど、あまりにも危険です! 制御など、到底不可能……!!」


 一人の重臣が、必死の形相で反対した。他の重臣たちも、不安の色を隠せない。


「黙れ! 貴様らが無能なためにここまで進軍されておるのに、今更何を言うかッッ!!」


 ハイペリオンは、その重臣を睨みつけると、再びサイキックを発動させた。反対した重臣の身体は、内側から押し潰されるように変形し、絶叫と共に絶命した。

 返り血を浴びたハイペリオンの、その目に宿る、狂気の光の凄まじさに、重臣たちは恐怖に駆られ、何も言えなくなった。


 重臣を粛清した(のち)、ハイペリオンは自らタルタロスへと向かった。


 王都の地下深く、さらに地の底へと続く奈落の入り口。

 そこは禁忌の地であり、重苦しい瘴気が立ち込め、底の見えない暗闇が口を開けていた。


 ハイペリオンは躊躇なくその暗闇に足を踏み入れた。彼の周囲には、サイキックの障壁が展開され、瘴気を寄せ付けない。

 降りても降りても底が見えない、永遠に続くかのような階段を、彼は静かに降りていった。


 やがて、かすかな光が見え始めた。その光は、濃度が極度に濃い瘴気がもたらす緑の光である。それは、底に近づいている証拠だった。


 そして、底に辿り着いたハイペリオンの目に飛び込んできたのは、巨大な岩である。

 岩には無数の鎖が巻き付いており、その奥には、異形の影が蠢いているのが見えた。


 これが、タルタロスの最深部に封印された怪物たちの牢獄だった。


 ハイペリオンは、牢獄の前まで歩みを進めた。近づくにつれ、怪物の唸り声や咆哮が聞こえてくる。それは、地底の奥底から響いてくるような、恐ろしく、そして不気味な音だった。


「まさか、こやつらを解放するときが来るとはな……」


 ハイペリオンは、冷たい声で呟いた。そして、両手を広げ、念動力を最大限にまで高めた。彼の周囲の空間が歪み、重力が乱れる。そして、牢獄を覆う鎖が、音を立てて次々と砕け始めた。


 最初に解き放たれたのは、双頭の魔犬オルトロスだった。

 鎖が解き放たれた瞬間、オルトロスはけたたましい咆哮を上げ、牢獄から飛び出した。巨大な体躯、鋭い牙と爪、そして二つの口からは猛毒の息を吐き出す、まさに悪夢のような魔獣である。


 続いて、三つの頭を持つ地獄の番犬、ケルベロスが解き放たれた。地獄の業火を纏い、周囲の空気を焦がしながら、牢獄から姿を現した。その威圧感は、オルトロスの比ではない。


 さらに、ライオンの頭、山羊の胴体、蛇の尻尾を持つキマイラが、牢獄から飛び出した。炎と毒の息を同時に吐き出し、いかなる者をも冥府に突き落とす、死神の如き魔獣である。


 最後に、無数の頭を持つ巨大な蛇、ヒュドラが、ゆっくりと牢獄から姿を現した。それぞれの頭から異なる属性の(ブレス)を放つこの魔獣は、まさに絶望の象徴だった。


 四体の怪物は、解き放たれた喜びか、あるいは長年の幽閉に対する怒りか、激しく咆哮を上げ、暴れ回った。しかし、ハイペリオンは念動力で宙に浮かび、冷静にそれを見下ろしていた。


「聞け、魔獣ども!! 余が、貴様らを再びこの地に解き放った!! 余は、貴様らの恩人であると心得よ!! 余に仇なす者を、全て滅ぼせッッ!!」


 ハイペリオンの命令を受け、怪物たちは一斉にタルタロスを飛び出した。地上へと続く道を進む彼らの足音は、地鳴りのように響き渡り、ティターン王都全体を震撼させた。


 怪物たちを解き放った後、ハイペリオンは捕えてきた姪、ヴェスタのいる場所へと向かった。

 そこは王都の一角に設けられた、厳重に警護された一室である。豪華な装飾が施されているものの、ヴェスタにとっては牢獄と変わらなかった。


 部屋の中央には、ヴェスタが静かに座っていた。彼女の周りには、目に見えない神聖な力が満ちており、近づく者を拒絶している。これはヴェスタの念動力であり、血族が生きている限り、ハイペリオンはその力に阻まれ、ヴェスタに指一本触れることができない。


「ヴェスタよ、ついにお前の兄も終わりだ。血の守護も、もはや終わりだ」


 ハイペリオンは、冷たい声で彼女に呼びかけた。ヴェスタは顔を上げ、ハイペリオンを睨みつけた。その瞳には、憎しみと軽蔑の色が宿っていた。


「お兄さまに何をしたのですか!?」


 ヴェスタの声は、怒りで震えていた。ハイペリオンは、薄く笑みを浮かべた。


「なに、魔獣ども解き放ったのよ。さしもの軍勢も、あれらが相手では、どうにもならんだろう」


 ハイペリオンは高笑いした。その下卑た笑い声は、ヴェスタの心胆を寒からしめた。


「なんてことを!! そのようなことをすれば、お兄さまだけでなく、無数の命が奪われてしまうというのに!!」

「それがどうした。有象無象の命など、知ったことではない。重要なのは、お前の兄が死ねば、貴様を護るこの忌々しい力も消える。そうなれば……貴様は私のものだ」


 ハイペリオンの言葉には、狂気じみた欲望が滲み出ていた。

 彼は、姪のヴェスタと子を成し、最強の子を産み出そうと企んでいるのだ。


「あなたのような野獣に……お兄さまは絶対に負けない!!」

「そう願っておくことだ。だが、現実は残酷だ。間もなく、貴様は絶望を知るだろう」


 ハイペリオンはそう言い残し、部屋を出て行った。ヴェスタは、一人残された部屋で、静かに涙を流した。そして、兄の無事を祈った。


「お兄さま……どうか、ご無事で……」



 一方、ユピテルの軍勢は、ティターン王都を目指し、最後の進軍を開始していた。

 しかし、その行く手を阻むように、異様な気配が漂い始めた。


『警告。強力な魔力反応を複数感知。接近中』


 ケラウノスの警告を受け、ユピテルは警戒を強めた。すると、前方から巨大な犬の咆哮が聞こえてきた。


 現れたのは、双頭の魔犬オルトロスだった。巨大な体躯は、まるで山のようにそびえ立ち、鋭い牙と爪は、鋼鉄をも容易く引き裂くであろう鋭利さを放っていた。そして、二つの口からは、紫色の猛毒の息が絶え間なく吐き出され、周囲の草木を瞬く間に枯らしていく。生ける災害、走る恐怖である。


「デミティターンズ!迎え撃て!」


 ユピテルが叫ぶと、アキレウス率いるデミティターンズが前に出た。彼らは、ヒト族の身体に巨人族の権能を備えた、混血の最強兵士たちからなる、十一人の最精鋭部隊である。


 しかし、オルトロスの放つ圧倒的な力の前には、その力も霞んで見えた。


 オルトロスは、巨大な前足で地面を薙ぎ払った。その一撃は、巨大な岩をも粉砕するほどの威力で、地面に深い亀裂を生じさせた。巻き上げられた土煙が視界を遮る中、デミティターンズは散開し、攻撃を回避しようと試みた。

 しかし、オルトロスの動きは見た目からは想像できないほど俊敏だった。幾人かは、オルトロスの前脚で吹き飛ばされ、地面に物凄い勢いで激突し、意識を失った。


 そして、その双頭から同時に放たれる毒の息は、広範囲に拡散し、避けることすら困難だった。

 デミティターンズたちはサイキックで毒を浸透させぬ防護膜を咄嗟に張ったが、ほかの一般兵たちは、毒に触れると、苦悶の表情を浮かべ、倒れていった。皮膚は焼けただれ、呼吸も出来ず、意識を失っていく。


 アキレウスは、大剣を構え、オルトロスに正面から挑んだ。しかし、オルトロスの巨大な牙がアキレウスを捉えようと迫り、その巨体から繰り出される攻撃は、アキレウスですら容易に受け止められるものではなかった。辛うじて大剣で防ぐものの、その衝撃は凄まじく、アキレウスの腕は痺れ、体勢を崩してしまう。


 オルトロスは、その隙を見逃さず、もう一つの頭でアキレウスに襲い掛かり、その鋭い牙でアキレウスの肩を噛み砕こうとした。間一髪でアキレウスは身をよじったが、肩に深い傷を負ってしまった。


 他のデミティターンズも、必死に応戦するものの、オルトロスの圧倒的な力の前に、次々と傷を負っていく。彼らの攻撃は、オルトロスの分厚い皮膚を傷つけることすらままならない。


 その時、地鳴りのような咆哮と共に、さらに巨大な影が現れた。


「う、嘘だろ!!!!」兵士たちは恐慌を起こした。


 姿を現したのは、三つの頭を持つ地獄の番犬、ケルベロスだった。その巨体は、オルトロスをさらに上回り、まるで動く山脈のようだった。

 三つの頭はそれぞれ異なる表情を持ち、中央の頭は憤怒に燃え、左の頭は嘲笑を浮かべ、右の頭は飢餓に渇いていた。


 そして、三つの口からは、絶え間なく地獄の業火が吹き出し、周囲を焼き尽くしていく。


「何てことだ!! どうなってる!!」


 ケルベロスの業火は、ただの炎ではなかった。それは、冥府の底で燃え盛る、魂をも焼き尽くす黒炎である。触れたもの全て、容赦なく焦土に変えていく。


「あ、ああああああああああッッ!!!!!」


 兵士たちの絶叫が、戦場に響き渡る。黒炎に包まれた彼らは、瞬く間に黒焦げの塊と化した。革鎧は熱で一瞬で燃え、皮膚は焼けただれ、原型をとどめないほどに炭化していく。黒炎は、地面にまで燃え移り、草木を焼き払い、炎の海を現出させた。


 ケルベロスは、満足げに咆哮を上げた。その咆哮は、周囲の空気を震わせ、兵士たちの恐怖をさらに煽る。彼らは、目の前で繰り広げられる地獄絵図に、完全に戦意を喪失していた。足がすくみ、逃げることすらできない。


 ユピテルは、その光景を目の当たりにし、歯を食いしばった。これは、ただの戦闘ではない。虐殺だ。


 さらに、絶望が畳み掛けるようにしてやってきた。空から、異形の怪物が舞い降りてきたのである。それは、ライオンの頭、山羊の胴体、蛇の尻尾を持つキマイラであった。

 そして、最後に現れたのは、無数の頭を持つ巨大な蛇、ヒュドラだった。


 ユピテルは炎の海の中で、巨大な魔獣に囲まれ、戦意を喪失していた。十五歳の柔い心は、恐怖と混乱とで打ちのめされていたのだった。


「このままじゃ全滅だぞ!!」とアキレウスが叫んだ。「あの馬鹿ハイペリオンめ、魔獣まで解放するとは!! 見境を失ったか!!」


 ユピテルはアキレウスの声で、正気を取り戻した。

 俺が平常心を失ってしまっては、総崩れになる——。


「ケラウノス、俺に力を貸してくれ!!」

『勝率ゼロパーセント。撤退してください』

「馬鹿野郎、仲間を見捨てておけるか!! たとえお前が協力を拒んだとしても、俺はここで仲間のために死ぬ!!」


 ユピテルの美しい顔が、怒りに燃えた。


『危険です。危険です。危険です』

「うるっせえ!!!! 邪魔するなら黙ってろッッ!!!!」


 ユピテルは槍を握り締め、念動力によって跳躍した。


(つづく)

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