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▼第六話「新兵器と軍事改革」




 オリンポス最強の兵士・アキレウスを、子ども扱いして圧勝したユピテルは、サートゥルヌスとの賭けに勝った。

 それは、絢爛たる不敗神話の終焉とともに、新しい明星の誕生の瞬間でもあった。


 アキレウスはしばらく意識を失っていたが、目を覚ましてすぐに負けを認めた。油断していたなどという言い訳は一切せず、ユピテルの驚異的な武功に感嘆さえした。


「お前、一体何者なんだ」

「未来の神から奇跡の力を与えられた、とでも言っておきましょう」

「たしかに、奇跡としか言いようがないな」


 アキレウスは後頭部をかきながら、ため息をついた。まさか、自分がこんなにあっさりと負けるだなんて、まだ信じられない。しかし、結果は歴然であった。


「俺は、この力で、殺された父の復讐をします——」ユピテルは思い詰めた顔をした。「手伝ってくれますか?」

「当然だ。俺たちはみんな、そのために戦場に行くのだから」


 ユピテルは手を差し出し、アキレウスはその手を握った。

 西の空を真っ赤に染めていた夕陽が、二人の握手を茜色に照らした。



 オリンポスの兵権を、わずか十五歳の少年が手にすることは、ふつうなら各地で乱が起きても不思議はない。

 しかし、アキレウスとの伝説的な戦闘の詳細が、爆発的速度で人口に膾炙(かいしゃ)されていったため、誰からもなんの不満も出なかった。


 ティターンの牛耳る世界は、強者尊であり、力こそ正義であった。



 ユピテルは、一刻も早くティターンに攻め入りたいという逸る気持ちを抑え、まずは軍備を整えることをした。


「ケラウノス、武器を強化する案を策定してくれ」

『かしこまりました。いくつかのプランをご案内いたします……まず弓ですが、(いちい)(にれ)など弾力性のある木材と、樫や胡桃など硬い木材を組み合わせることで、より強力になります。また、加熱処理を加えることで、より強度を増すことができます。また、硝石、硫黄、炭素を組み合わせ、火薬兵器の開発を行います』


 ユピテルには火薬が何かはわからなかったが、硝石や硫黄の採取を兵に命じ、大量に集めさせた。


「こんなもの、いったい何に使うんだ?」とアキレウスが不思議そうに聞いた。

「未来の神のお告げがあったんです。でも、実は俺にもよくわからないです」とユピテルは笑った。


 それからユピテルは、各地の腕利きの職人を集めるよう命じた。

 そして、鍛冶師、陶工、そして錬金術の知識を持つ者まで、様々な分野の職人がユピテルの元に集められた。


 ユピテルは彼らに、ケラウノスから聞き出した配合比率を、丁寧に説明した。職人たちは戸惑いながらも作業に取り掛かった。


 それからユピテルの細やかな指示のもと、何度かの実験を重ねるうちに、職人たちは火薬の色や匂い、手触りなどで、その状態を判断できるようになり、取り扱い方法を完全に手の内に入れた。


「旦那様、これでいかがでしょう?」煤で顔を黒く染めた老職人が、ユピテルに完成した火薬を差し出した。


『火薬の品質が水準に達しました。続いて、火薬兵器の開発フェーズに移行します』


 ユピテルは、雷管と土瓶の開発を職人に命じた。


 土瓶は粘土を丁寧にこねて作られ、天日でじっくりと乾燥させたものだ。雷管は、火打ち石と硫黄を混ぜたものを、動物の皮でできた小さな袋に詰めた簡単な構造だが、火薬に点火するには十分だった。

 職人たちは、土瓶に火薬を詰め、雷管を慎重に差し込んだ。口を粘土で塞ぎ、さらに麻紐でしっかりと縛り付けた。


 一つ一つ手作りされた手榴弾は、原始的ながらも、その中に秘められた破壊力を予感させた。

 それは、原始弓と手槍の世界においては、完全なるオーバーテクノロジーの産物である。


 ユピテルは出来上がった最初の手榴弾を矢にくくりつけ、それを平原に向けて放った。

 弓自体も改良されているのに加え、ユピテルの念動力が合わさり、常識では考えられぬほど遠くの地面に着弾した。次の瞬間、轟音と共に土煙が舞い上がり、周囲の空気が震えた。地面には大きな穴が開き、草木は吹き飛ばされていた。


 アキレウスは信じられないものを見る目でその光景を見つめた。


「一体……何が起こった?」


 他の兵士たちも唖然としていた。ユピテルは満足げに頷いた。


「皆の者、よくやった!! これが、俺たちの新しい兵器だ!! 見てろ、ティターン。これは、お前らを穿つ、神の矢だ」



 ユピテルは並行して、投石器や衝車など新兵器の設計図を描き、職人に作らせた。投石器は古代の大砲であり、最強の後方支援兵器である。そして衝車は、城門や城壁を打ち砕く攻城兵器だ。


 未来ティターン文明の偉大な賢人らの足跡は、この時代の兵器水準を遥かに上回っていた。職人たちはユピテルの頭脳にうずまく無限のアイディアと、それを具現化する知能に、畏敬の念を示した。彼こそが、戦争の神である、と崇める者まで出た。


 さらに、弓を使った集団戦闘ドクトリンを新たに考案し、兵たちにそれを修練させた。

 各個がばらばらに好きに撃つのではなく、指揮官を配置し、彼が攻撃目標を指示するのだ。

 新型の弓は威力・精度ともに段違いであり、それが集中したときの威力は、これまでの何十倍もの水準に達した。


 アキレウスは、弓兵たちの集団戦闘能力を見て、これまで自分が不敗だったのは、ユピテルのような将軍が居なかったからだ、と思い知らされた。先進国ティターンですら、これほどの兵器と戦法はまだ確立されていない。

 強大な個の力を以てしても、平凡な個が規律を持って動く集団には勝てぬと、矢の雨を見て実感したのだ。


「これからの時代、俺たちは不要になるかもしれんな」とアキレウスが言った。

「それくらい強くならなきゃ、ティターンには勝てないでしょう?」

「それもそうなんだが。おい、ユピテル。俺たちはヒト族からすれば厄介者なんだ。それを忘れるなよ」

「はい、肝に銘じておきます」とユピテルは返事したが、その真意は理解できなかった。


 ユピテルの軍事改革は、ティターンに知られぬよう秘密裏に行われた。が、その成果を知るオリンポス上層部らは、感嘆するとともに、危機感さえも覚えた。


 あれがティターンを滅ぼすことに夢中になっている間はよいが、ひとたびその力がヒト族に向けられたら、と懸念したのである。


 ユピテルの母はティターン人であることは、すでに周知の事実であった。ヒト族からすれば、同族でさえも信じられぬのだから、余計に危うさを感じるのは当然だったと言えよう。


 サートゥルヌスの周囲に(はべ)佞臣(ねいしん)たちが、あれこれとユピテルについての疑念を吹き込んでいることに、まだ十五歳のユピテルは気付いていなかった。

 力は強く、未来の知恵もあったが、経験が足りなかったのだ。


 ユピテルが十五歳でなく三十五歳だったなら、恐怖に身震いする彼らを安心させる方法を、ケラウノスに諮問(しもん)していただろうが、彼は若すぎた。

 どれだけ優れた道具を持っていたとしても、使い方がわからなければ用をなさないのは、古代でも未来でも同じことであった。


 ケラウノスは聞かれたことには答えられるが、お節介なことは言わないのだ。


 彼は宮廷政治にあまりも無頓着であり、ただ純粋に復讐心から兵器開発を進めていたのだった。



 そして、わずか一ヶ月という驚異的な速さで、ユピテルは軍備の刷新を完了させた。妹ヴェスタの身を案じる気持ちが、彼を突き動かしていた。一刻も早く救出しなければならない。その強い意志が、不可能を可能にしたと言えるだろう。


 ユピテルは、小高い丘の上に立っていた。眼下には、整然と並んだ一万の兵士たちの姿が広がる。彼らが身につけているのは、これまでとは全く異なる、最新鋭の装備だった。新型の弓、新型の革鎧を身に纏った彼らは、壮観であった。さらに巨大な投石機が何台も並び、衝車も揃えて並べられていた。


 ユピテルは、その光景を目の当たりにし、興奮を抑えることができなかった。ついに、その時が来たのだ。


「全軍、進撃!! 敵はティターン王都にあり!!」


(つづく)

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