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▼第五話「デミティターンズ」




 サートゥルヌスはユピテルに試練を与えた。オリンポスの最強部隊「デミティターンズ」の隊長アキレウスを一人で倒すことが出来れば、兵を率いる資格を与えると約し、これと戦わせることにしたのだ。


 デミティターンズとは、ユピテルと同様、父か母のどちらかがティターン人のハーフの精鋭が集められた部隊であり、ヒト族の切り札でもある。たった十一人の部隊だが、ひとたび戦場に姿を現せば、戦局をひっくり返すほどの力を持つ。オリンポスの周辺諸国、ヒト族の国を攻め入るにあたり、これほど活躍した部隊はなかった。たとえ相手が百倍、千倍の規模であったとしても、圧倒的な力で制圧してしまうのだ。混血のデミティターンは、ヒト族の精神構造にティターン族のサイキック能力を持つ点で、通常のティターン人よりもはるかに強いサイキックを使うことが出来た。


 それゆえ、ティターン国との戦争においては、国防の要になっていた。

 ティターン人の上級兵士はサイキック能力を身に着けているが、これに対抗できる唯一の存在であったからだ。

 ちなみに、大多数のティターン人は、その粗暴な精神構造ゆえに、そのような念動力を使うことはできない。



 アキレウスの戦いはあまりにも危険であるため、戦いの舞台はオリンポス山の麓の平原で行われることとなった。だだっ広い平原に、草だけが生えている地帯である。


「俺が相手だなんて、すぐに勝負がついちまうよ。王様も酷なことをするよなあ」


 ティターン人から赤毛と巨大な体を受け継いだ、デミティターンズの隊長アキレウスが、小ばかにしたような顔で言った。

 傲岸不遜とも思えるが、しかしデミティターンズのこれまでの戦歴から考えれば、無理もない態度であった。これまで、まさに無敵であったのだから。


 とくにこのアキレウスは、デミティターンズの隊長なだけあり、一対一の戦闘では無類の強さを誇っていた。その実力は、天下十大達人に数えられているほどである。とくにティターンの王ハイペリオンとの一昼夜を通じた激しい戦闘は伝説的であり、彼の存在は、ヒト族の希望であった。


「お前もハーフなんだろ? お前が強かったら、デミティターンズの十二人目として加えてやってもいいぞ」とアキレウスが言った。

「じつは、自分がどれくらい強いのか、まだわからないんです。強い人と戦うのは初めてで……」

「そうか。世界は広いということを教えてやろう。俺たちに負けたとしても恥ではないのだから、落ち込む必要はないぞ」

「胸を借りさせていただきます」


 ユピテルはずらっと居並ぶ十一人のデミティターンズを眺めまわした。


『みんなどれくらい強いんだ?』ユピテルは声に出さず、脳波でケラウノスに聞いた。

『数値化してお伝えします』


 ケラウノスは、脳波からオーラを計測し、念動力の強さを予測するシステムを起動した。そして、ユピテルの視界に介入し、各人の頭上に、どれほどの能力を持っているかの数値を表示した。


(アキレウスが十五万、他が十万程度か。ふつうの人間は五十から百程度だから、差は歴然か……)


『ケラウノス、俺の数値は?』

『五千です』

『たったそれだけ!?』とユピテルは目を丸くした。そして、雑兵の残留思念を八十体以上吸った程度では、大した成果はないのか、と落胆した。実のところ、五千もあれば相当な手練れなのだが、ユピテルは知る由もない。


 一人で表情をころころ変えるユピテルを見て、アキレウスは困惑していた。こいつは、頭がおかしいのではないか? それに、普通の兵よりは強いだろうが、デミティターンズに交わるには、あまりにも気が弱い。


『勝ちたいんだ、どうにかならないか?』

『……分析完了。戦力不足のため、武功コーデックと超絶頂武功プログラムのインストールを行います。許可しますか?』

『もちろんだ!!』


 迷いなく即答するユピテルに、ケラウノスは機械的に応じた。


『かしこまりました。インストールを開始します』


 その瞬間、ユピテルの全身を無数の光の粒子が駆け巡った。それはまるで、体内を駆け巡る雷のようであり、同時に、宇宙の星々が瞬くような神秘的な光景でもあった。


(なんだ、この感覚は……頭の中に、ありとあらゆる戦い方が流れ込んでくる……!)


 それは、ユピテルの脳内に膨大な武術のデータが直接書き込まれるプロセスだった。四万七千年の歴史における、古今東西、神話や伝説に登場するあらゆる武術、剣術、格闘術、そしてそれらを応用した変幻自在の戦闘技術が、洪水のように流れ込んでくる。それらはティターン人が栄華を極めた世界線の、彼らの追求した最強の武功たちである。


 ユピテルは圧倒的な情報量に目眩を覚えながらも、その情報が整理され、体系化されていくのを感じていた。それはまるで、今までバラバラだったパズルのピースが、一瞬にして組み合わさっていくような感覚だった。


 インストールが完了するまで、ほんの数秒。しかし、ユピテルにとっては、永遠にも等しいほどの濃密な時間だった。


『インストール完了。武功コーデック、超絶頂武功プログラム、正常に起動しました』


 ユピテルは、自分の中に、数万年にも及ぶ武の精髄が行き渡ったのを感じ、感動で手が震えるのを止められなかった。


——勝てるかどうかはやってみなければわからないが、全力でぶつかってやる!


 ユピテルが覚悟を決めたのと同時に、大きな銅鑼が打ち鳴らされた。勝負開始の合図である。


「遠慮はいらないぞ、坊や。一手先にくれてやる」アキレウスはニヤリと笑い、大剣を構えた。

「ずいぶんと余裕ですね、ありがたくそうさせて貰います!!」


 ユピテルは、インストールされた武功の一つ『瞬空閃影(しゅんくうせんえい)』を発動した。それは未来世界において究極とされる武功であり、サイキックと体術、どちらの素養も必要とされる超難易度の武功である。しかし、ケラウノスの卓越した演算能力の前には、どのような武功も難なく実践できる。ユピテルは量子的テレポーテーションを行い、その身体は幻のようにアキレウスの目前から消え、背後に回り込んだ。


「なにっ!?」アキレウスは驚愕の声を漏らした。ユピテルの動きは、常識を超越していたのだ。それは、物理法則すら無視しているように思えた。


 ユピテルは間髪入れず、『天星砕掌(てんせいさいしょう)』を放った。それは、ティターン文明が編み出した、サイキックと武術を融合させた武功の極北である。掌から放たれた凄まじい衝撃波は、目に見えない力場となってアキレウスを襲う。


 アキレウスは辛うじて大剣で防御したが、その衝撃は想像を絶するものだった。大地に足を踏ん張るも、衝撃を受け止めきれず、平原に大きな轍を何メートルも作った。周囲のデミティターンズからも、驚愕と動揺の声が漏れた。


(これが、ティターンが追い求めた武の極致……!)


 ユピテル自身も、その強大な力に驚きを隠せない。この時代の戦闘技術とは、天と地ほどの差があるのだ。


 アキレウスはすぐに剣を構え直した。その表情は、先ほどの余裕から一変し、困惑と警戒に満ちていた。彼は、ユピテルの力を認めざるを得なかったのだ。


 そしてアキレウスは、間合いを詰めず、大剣から無数の剣気を放ち始めた。それは、広範囲を同時に攻撃する強力な技であり、膨大かつ強力無比な内功があってこそ実現する、無差別攻撃である。

 ケラウノスが警告を発すると同時に、ユピテルはすぐさま瞬空閃影を使い、空間を飛び移り、剣気を全て回避した。そして剣気の合間を縫ってアキレウスに接近し、『無常夢幻(むじょうむげん)』を繰り出した。それはサイキックで極限にまで高められた速度で無数の打撃を叩き込む技であり、アキレウスは防御する間もなく、ユピテルの怒涛の攻撃を受け続けた。


「かはっ……!!!!」


 通常の人間であれば、拳が当たる前の風圧のみで即死するほどの神功絶学であるが、アキレウスはデミティターン由来の驚異的な耐久力で、なんとか耐え凌いでいた。


 しかし、ユピテルの攻撃は止まらない。彼は、武功だけでなく、精神干渉まで併せて使った。これは、天賦の才能を持つ武人ですら、到底為し得ないことである。

 しかし、言うまでもなくユピテルには第十二世代AIケラウノスの処理能力があり、それを容易に両立してみせた。


 アキレウスの脳内に、過去のトラウマや恐怖が蘇り、集中力がほんの一瞬、乱れた。


 その隙を見逃さなかったユピテルは、深く息を吸い込んだ。その呼吸に合わせて、周囲の霊気が渦を巻き、重力さえもが歪んでいくかのようであった。ユピテルの体内に気が集束していき、その身体は、内側から発光しているかのように輝き始めた。


 アキレウスはその光で我に返ったが、時、すでに遅し。


 ユピテルは、森羅万象に遍く存在するエネルギーと、己のサイキックを融合させ、右拳に全てを集中させた。その拳は、もはや単なる拳ではない。天と地を結ぶ柱、宇宙の力を凝縮した一点と化していた。


天衝彗霊撃てんしょうすいれいげきッッ!!!!」


 ユピテルの咆哮と共に、天と地が震えた。アキレウスは、ただ、その圧倒的な力の奔流に、呑み込まれるしかなかった。圧倒的、破壊である。その一撃は、アキレウスの身体を捉えただけでなく、背後の空間にまで亀裂を生じさせた。

 それは、ユピテルの拳が、物理的な衝撃だけでなく、空間そのものに干渉し、因果律すら揺るがしている証であった。


 アキレウスの身体は、その衝撃に耐えきれず、大きく吹き飛ばされた。

 そのあとには、激しい風圧と、立ち込める土煙だけが残った。


 戦いを見守っていたデミティターンズたちは、輝かしい戦歴を誇る無敵かつ最強の隊長が、為す術もなく防戦一方のすえ敗れた姿を見て、唖然とするしかなかった。


「勝負あり!! それまで!!」とサートゥルヌスが怒鳴った。


(つづく)

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