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▼第三話「史上最強の兵士、誕生」




 ケラウノスの声は、以前よりもクリアに、そして力強く聞こえた。

 ユピテルは、ゆっくりと目を開けた。


 世界が、また違って見えた。


 周囲の景色が、より鮮明に、そして立体的に見える。風の動き、空気の匂い、地面の温度、すべてが以前よりもはっきりと感じられる。まるで、五感が一段階進化したかのようだ。


 そして、今まで感じ取れなかった、人の感情や思考の流れのようなものも、微かに感じ取れるようになっていた。遠く離れた場所にいる人の感情が、かすかな波紋のように伝わってくる。


『精神干渉能力も向上しています。より強力な念動力を発揮できるだけでなく、他者の精神に直接影響を与えることも可能になります』

「意味が分からないな。試して理解するしかないか」


 ユピテルは焼け跡へと駆け出した。そして、驚いた。身体が、とんでもなく、軽い。しかも、無駄な動きが一切なく、すべてが効率的な動きである。その速度は、平均的なヒト族の何倍にも達していた。ケラウノスの戦闘支援とは、体術や歩法にも及んでいるのだった。


 だが、それだけではない。この異様なまでの身体能力の向上には、もう一つの要因があった。


 幼い頃、母デメテールから聞かされた物語が、ユピテルの脳裏をよぎった。

 母は、ティターンの王族の血を引いていると語っていたのだ。


 早逝した心優しく美しい母は、ネアンデルタール人だった……。


 ユピテルは、母の血であり、父の仇でもあるティターンの血を、どう受け入れればよいか、苦悩しながら、駆けた。


 巨人族の祖先、そしてその血に流れる念動力の資質。

 その血が、今、ユピテルの内に眠る力を呼び覚まし、走らせていた。



 焼け跡に近づくにつれ、ネアンデルタール人たちのざわめきが聞こえてきた。拡張されたサイキックのせいか、ティターン兵の意志や動向までが手に取るようにわかった。数は五十人。ケラウノスの観測の通りである。


 以前のユピテルであれば、物陰に隠れ、息を潜めて様子を窺うことしかできなかっただろう。

 しかし、今のユピテルは違う。ケラウノスから与えられた力、そして何より、愛の記憶と復讐心とが、ユピテルを突き動かしていた。


『敵兵、五十人を確認。密集隊形をとっています。精神干渉を使用する最適な配置です』


 ユピテルは一旦物陰に隠れると、深呼吸をし、意識を集中させた。脳内で、ケラウノスが構築した精神干渉の回路図が浮かび上がる。それは複雑な幾何学模様のようで、ユピテルの意識と巨人族たちの意識を繋ぐ、架け橋のようなものだった。


『精神干渉を開始します』


 ケラウノスの合図と同時に、ユピテルの意識から目に見えない波紋が広がり、ティターン兵たちに届いた。彼らは互いに顔を見合わせ、首を傾げ始めた。


 何が起こったのか分からない、といった表情だ。


 しかし、不快さは感じているようで、感情が波立っていくのをユピテルは感じ取った。


 そして、徐々にネアンデルタール人たちの感情に、警戒、不安、そして微かな恐怖が拡がっていった。ユピテルはそれらをさらに増幅させ、彼らの意識に直接叩き込んだ。すると、ティターン兵たちの間に、動揺が広がり始めた。落ち着きなく周囲を見回したり、武器を握り直したりする者もいる。仲間同士で言い争いを始める者もいた。統制が取れなくなり、混乱が巻き起こった。


『混乱レベルを最大まで引き上げます。暗示回路を起動』


 ユピテルの意識は極限まで研ぎ澄まされた。ケラウノスが操作する回路を通して、ティターン人たちの意識に直接、命令が書き込まれていく。それは、彼らの思考を支配する、強制的な暗示である。


 次の瞬間、巨人族たちの行動は一変した。互いに武器を向け合い、攻撃し始めたのだ。仲間同士で殺し合う。それは、正気の沙汰とは思えない光景だった。

 ユピテルは、その光景を静かに見つめていた。罪悪感がないと言えば、嘘になる。残酷な風景に、ユピテルの胸が痛んだ。


 しかし、これはあちら側から仕掛けてきた戦いなのだ。そして、妹を、大切な故郷の人々を守るための、戦いなのだ。


「俺の故郷をめちゃくちゃにした報いを受けろ、ティターン人ッッ!!!!」


 涙を流しながら、ユピテルが叫んだ。


 数分後、焼け跡には血の海が広がっていた。五十人のティターン人は、互いに殺し合い、全員が絶命していた。


 ユピテルは、その光景を背にして、冷たい表情で立ち尽くしていた。戦慄するほどの美しい顔である。


「ケラウノス、また残留思念とやらを吸収できるか?」

『警告。一日の許容量を超えてしまいます。危険です』

「構うものか。俺の身体がどうなろうと、一秒でも速く、強くなりたいんだ」


 そして、ティターン兵の怨念が、またしてもユピテルの中に取り込まれていった。それは激しい痛みやネガティブな感情の嵐とともに、ユピテルの内部に入っていったが、初めてのときよりも、むしろ感覚としては楽だった。慣れていったのである。


 ユピテルのサイキック能力は、またしても大幅に増強された。



 南西の二十人は、弓矢を試す機会とした。元々得意な弓矢が、ケラウノスの戦闘支援でどのように変わるか、試す必要があったのだ。


『南西の敵兵、二十人を確認。散開隊形をとっています。風速は秒速三メートル、東からの風です』


 ケラウノスからの情報が、ユピテルの頭の中に流れ込む。

 風速、風向き、距離、重力。それらの情報が瞬時に計算され、ユピテルに最適な射撃角度とタイミングを伝える。

 無論、そんなものがなくともユピテルの射撃制度は、ほとんど万能といってもよいほどの水準にあったのだが。


 ユピテルは弓を構えた。最初の標的は、最も遠くにいるネアンデルタール人だった。距離は優に五百メートルを超えている。以前のユピテルであれば、狙うことすら考えなかった距離だ。


「ここからで、本当に届くのか?」

『念動力による強化が行われています。テスト射撃を行ってください』


 ケラウノスの指示に従い、ユピテルは狙いを定めた。


 風を感じ、呼吸を整え、意識を集中する。


 そして、弦を放った。矢は物凄い速度で標的へと向かってゆく。それは念動力によって加速していき、亜音速に達した。周囲にソニックブームが巻き起こり、風の刃があらゆるものを切り刻みながら、五百メートル以上離れたネアンデルタール人の喉を、寸分違わず貫いた。


『着弾、目標を排除』


 ケラウノスの報告と同時に、周囲のネアンデルタール人たちが騒ぎ出した。仲間が突然倒れたのだ。しかも、ソニックブームに巻き込まれて絶命した者までいる。何が起こったのか理解できない彼らは、パニックに陥り、慌てふためいていた。


「本当に届くとはな、驚いたよ」ユピテルは口を開けたまま、立ち尽くした。「ただ、ちょっと派手過ぎるな。暗殺するには威力の調整が必要だ」

『かしこまりました。矢の出力を十段階で調整します。次は、五成の速度で発射します』


 ユピテルは出力のテストがてら、次々と矢を放った。ケラウノスの精密な計算と、強化された視力、そして念動力によって、全ての矢が正確に標的を捉える。

 ティターン兵が射られまいと動くが、矢は念動力によって軌道を変え、それらを易々と撃ち抜いていった。


 矢は風を切り裂き、罪人を裁く神の雷のように、次々とティターン兵の命を奪う。


『目標、残り十五人』

『目標、残り十人』

『目標、残り五人』


 ケラウノスのカウントダウンが、死の宣告のように響く。ティターン兵たちは、見えない敵からの攻撃に恐怖し、逃げ惑った。しかし、ユピテルの矢は、彼らを決して逃がさない。


 最後のネアンデルタール人が倒れるまで、ほんのわずかな時間しかかからなかった。

 二十人の敵兵は、ユピテルの放った矢によって、一人残らず絶命した。


 ユピテルは弓を下ろした。息一つ乱れていない。もはや、涙も出なかった。過剰に取り込んだネアンデルタール人たちの精神構造が作用したのかもしれない、とユピテルは乾いた心を見つめながら思った。


 これは強さなのか、鈍感さなのか、自分でも判別は付かなかった。


 それでもユピテルは構わなかった。


 俺の心くらい、いくらでもくれてやる。俺たちを踏みにじる奴らに復讐が出来るのなら、心くらい安いもんだ、それでいい。


『敵兵の完全排除を確認しました』


 それは、史上最強の兵士の誕生であった。



 ユピテルはまたしても残留思念を取り込むと、生き残った村民たちを村の広場に集めた。

 総勢、わずかに三十人。みな、憔悴しきっており、身体に生傷も多数ある。そして、身体の傷以上に、心の痛み、悲しみに暮れている。


 やがて、村の長老である老女ハイリが、大粒の涙を溜めながらユピテルに石を投げた。


「お前の母親はティターン人だった! お前が手引きしたんだろう! 私の息子を返せ!」

「長老!! 彼が我々の村を守ったのです!! 落ち着いてください!!」


 村の外れに住んでいて死を免れた男がハイリの身体を抑えて投石を止めた。


「ユピ兄ちゃんが僕を助けてくれたんだ!! ユピ兄ちゃんは何も悪くない!!」とシャルが怒鳴った。「ユピ兄ちゃんを悪く言う奴は、僕が許さない!! たとえ長老でも!!」


 投石を受けて、ユピテルは額から血を流した。

 しかし、決して激昂しなかった。ユピテルは、その老女の気持ちを理解できるがゆえに、怒りを抑えていたのだった。


「俺の父は、村を守るために死んだ。それでも不服か」とユピテルが冷たく低い声で言った。「そして、俺がティターン人を八十人以上も殺した。……それでも俺が犯人か。……家族を失ったのは、あなた一人なのか」


 悲しみを帯びたユピテルは、凄絶なまでに美しかった。

 長老ハイリは、その場でうずくまって泣いた。


 ユピテルは焼け跡を見下ろした。かつて家族と笑い合った場所は、今や黒焦げた瓦礫の山だ。怒りと悲しみが胸を締め付ける。しかし、今は立ち止まっている暇はない。妹のヴェスタはまだ敵の手にいる。


「誰もが、傷付いた。村も燃えてしまった。だが、戦いは終わっていない——ヴェスタが、ハイペリオンに攫われた」

「なんと!」と村民たちがざわめいた。

「俺は、ティターンに攻め入る。そして、妹を取り戻す」

「無謀だ!! 命を粗末にするな!!」と男が怒鳴った。

「一人で、じゃない。オリンポス国に行って、兵を貸してもらうつもりだ。それに、俺には神の恩寵がある」


 ユピテルは村に散らばるティターン兵の死体をすべて宙に浮かし、村の広場にまとめると、念動力で炎を放った。死体の山は、大炎をあげた。村民たちは人間業とは思えぬ御業を見て、腰を抜かして驚いた。


「ティターンの支配を終わらせるために、神の力が宿ったんだ。俺は、たとえこの身や心が滅びようとも、復讐を果たす」


(つづく)

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