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▼第二話「念動力覚醒」




 そして、ひどい寒気のなか、目が覚めた。相変わらず、血の流出が止まらない。


 なんだったんだ、いまの夢は——。


 その時、声が聞こえた。


『おはようございます、ユピテル』


 ユピテルの心臓が跳ね上がった。夢じゃなかったのか? 声は、確かに頭の中から響いている。


「……誰だ?」とユピテルは震える声で問うた。

『私はケラウノス。第十二世代AIです』


 血を失い過ぎて頭がおかしくなった、とユピテルは絶望した。夢から覚めたと思ったら、頭の中で声が聞こえるなんて。狂っている。


『現在、失血死する確率が百パーセントです。念動力を強化する許可を頂けますか?』

「好きにしてくれ……」


 すると突然、頭の中で閃光が弾けた。


 明滅する光の奔流が、さまざまな幾何学模様を織りなしながら、無限の空間を浮遊するような感覚がやってきた。

 そして、脳髄に熱い鉄を押し当てられたかのような激痛が走り、ユピテルは思わずのけぞった。

 しかし、痛みは一瞬で、すぐに奇妙な感覚に取って代わった。


 胸の奥底で、今まで感じたことのない力が渦巻いている。

 それはまるで、生命の炎が形をなしたもののようであった。


(なんだ……これは……?)


 五感が研ぎ澄まされ、周囲の音が、まるで耳元で囁かれているかのように鮮明に聞こえる。風のそよぎ、草の擦れる音、遠くで鳴く鳥の声。今まで意識していなかった微かな音まで、全てが情報として流れ込んでくる。

 視界も変化していた。ぼやけていた視界が、信じられないほど鮮明になり、遠くの景色が、まるで目の前にあるかのように見える。地面の小さな石ころの質感、草の葉脈、空を舞う虫の羽の動き。あらゆるものが、今までとは違う解像度で認識できた。


 それだけではない。今まで感じることのなかった「何か」を感じるようになった。それは、空気の振動、微細なエネルギーの流れ、目に見えない力の繋がりである。


 世界が、今までとは全く違う形でユピテルに語りかけてくるようだった。


(これが……念動力……?)


 ケラウノスの声が頭の中に響く。


『念動力の基礎回路が活性化しました。これより、身体を修復します』


 ケラウノスの言葉と同時に、燃えるような痛みが傷口に集中した。ユピテルは驚き、自らの腹部を見た。すると、削げた肉がもりもりと膨らんでいくのが見えた。そして、噴き出した血が、ユピテルの身体のうちに吸い込まれていった。肉が再生し、皮膚が繋がり、最後に薄い皮膚の膜が張られる。その間、ほんの数秒。腹に開いた傷が、みるみるうちに傷痕もなく塞がった。

 ほとんど同時に顔色も良くなり、呼吸も楽になった。先ほどまで死にかけていたのが、嘘のようだ。


 ユピテルは奇跡を目の当たりにし、呆然としていた。


『修復が完了しました。身体機能は正常値まで回復しています』


 ケラウノスの報告を聞き終えたユピテルは、ゆっくりと息を吐き出した。それは安堵というよりも、深い驚愕を鎮めるための行為だった。腹部の皮膚をそっと撫でてみる。そこに傷跡は微塵も残っていない。信じられない。だが、これが現実なのだ。


 ユピテルはついに認めざるを得なかった。


 あれは、夢ではなかった。紛れもない現実だった。


 しかし、それを諒解すると同時に、不安もよぎった。


 こんな力、自分に使いこなせるのだろうか? 本当に、あの強大なネアンデルタール人たちと戦うことができるのだろうか?


 その時、ユピテルの脳裏に、爆散する間際の父の顔が浮かんだ。そして、敵兵に引きずられていく、妹の震える姿——。


 出来るかどうかじゃない。やるしかないんだ。


 ユピテルは固く拳を握りしめた。


「なんだってやってやる!! ケラウノス、ネアンデルタール人を掃討するぞ、力を貸してくれ!!」

『かしこまりました。戦闘支援を行います』


 そしてすぐにAIによって拡張された念動力が、敵の配置を解析し始めた。


『北東の焼け跡に五十人、南西の倒壊した家屋付近に二十人、中央広場の井戸付近に十五人。合計八十五人が村で殺戮をしています』

「ハイペリオンや妹は?」

『すでに気配を感じません。村を離れたようです』

「クソッ!!」とユピテルは叫んだ。「だったら、まずは生き残った人々を助けるぞ!! 最適な作戦を考えてくれ!!」

『ユーザーインターフェースを更新。直感的操作で念動力を駆使できます。念動力で広場の敵兵を一掃してください』

「やってみるさ!!」


 ユピテルは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。頭の中で、何かがざわめく。それは微かな風のようであり、遠くで響く雷鳴のようでもあった。それらの微かな予兆を、目の前の瓦礫に集中させた。

 そして、「浮け」と念じた瞬間、ふわりと、瓦礫が地面から浮き上がった。

 それはまるで、手で積み木を持ち上げるのと同じくらい、たやすいことだった。


(これが……念動力!!)


 初めての力に感動する余裕もなく、ユピテルはすぐさま、連続して拳大の瓦礫を百個ほど持ち上げた。


 これほど多量の物質を浮かせるには、数百年に一度の才能と、数十年にも及ぶ修練が必要だったが、ユピテルにはケラウノスがいる。ケラウノスが操作を代替しているため、超高度な集中と演算が不要になり、これほどの離れ業を演じることが出来たのだ。

 そしてユピテルは、それらを竜巻のように回転させた。


 斧を持ったティターン兵は、岩の竜巻が風を切り裂き、唸りをあげるのを見て、呆然とし、腰を抜かした。天下十大達人でもこれほどの芸当は出来ぬ。いったい、どんな化け物がこの岩の塊を操っているのか……。

 そして、戦意を喪失したティターン兵の頭を、岩が撃ち抜いて砕いた。さらに、広場にいた十五人の敵兵の頭部を、次々に破壊していった。彼らは、わずか数秒で全滅したのだった。


「なんなんだこの力は!! これなら、勝てる!!」

『ユーザーの思考パターンの解析完了。次回から、さらに効率的なサイキック運用が可能になりました』


 ユピテルは自分の手を見つめた。

 恐るべき力を手にした者の、恍惚と不安が、胸に迫ってきたのだ。


 しかし、ユピテルの心は定まった。


 妹を救うためなら、父の仇を討つためなら、俺は——地獄にでも落ちてやる。


 そのとき、物陰に隠れていた村の子シャルが飛び出してきて、ユピテルに抱き着いてきた。よほど怖かったのだろう。幼い子供にとって、この一連の出来事は、残酷にもほどがあった。


「シャル、もう大丈夫だ、もう大丈夫」

「ユピ兄が後ろから刺されたとき、本当に、もう駄目だと思った」とシャルは泣き喚いた。

「ああ。怖かったよな。でも、安心しろ。兄ちゃんが、この戦いを終わらせるから」


 ユピテルはシャルに、井戸の中で隠れているように指示した。シャルは怯えていたが、ユピテルの言うことに従った。生き延びるには、それしかないと感じていたのだ。


 そのとき、ケラウノスが脳内で言葉を発した。


『ネアンデルタール人の死体を確認。残留思念を取り込みますか?』

「どういう意味だ?」

『サイキック能力を強化できます』

「強くなれるってことか!? やってくれ!!」

『認証完了。意識フィールドを拡張します』


 ケラウノスの言葉が終わると同時に、ユピテルの周囲の空気が変わった。目に見えない何かが、まるで霧のようにユピテルの身体に流れ込んでくる。


 それは、冷たく、重く、そしてどこか獣のような、生々しい感覚だった。


(これが……思念……?)


 今まで感じたことのない感覚に、ユピテルは戸惑いを隠せない。流れ込んでくるものは、単なるエネルギーではない。


 怒り、憎しみ、恐怖、そして絶望。


 様々な感情が混ざり合った、混沌とした塊だった。


『これは、ネアンデルタール人が死の際に抱いた感情の残滓です。丹田に意識を集中し、意識を保ってください』

「丹田ってどこだよ!!」 ユピテルは、ネガティブな感情の嵐に襲われ、膝を屈しかけていた。

『下腹部のことです。深呼吸しながら、丹田に意識を集中してください』


 ユピテルは深呼吸し、下腹部のエネルギーの塊に意識の焦点を合わせた。ケラウノスは、ユピテルの態勢が整うと同時に、思念の取り込みを加速させた。

 流れ込んでくる感情はますます激しくなり、ユピテルの意識を容赦なく揺さぶる。


(う……頭が……割れる……!)


 脳を直接掴まれて握りつぶされているような激痛が、ユピテルを襲った。視界が歪み、平衡感覚が失われる。

 まるで、自分が自分ではない何かに乗っ取られようとしているかのような、恐ろしい感覚であった。


 ユピテルは歯を食いしばり、意識を保とうと必死に抵抗した。ここで意識を失ったら、本当に何かに乗っ取られてしまうかもしれない。


『意識レベルが危険域に達しました。愛の記憶を思い出してください』

「愛の記憶?」

『なんでも構いません。あたたかな思い出に集中してください』


 ユピテルは必死に記憶を探った。温かい光が差し込む場所を。


 すると、ぼんやりと、幼い日の記憶が蘇ってきた。母の膝の温もりを感じる。優しく微笑む母の顔。その記憶に縋るように、彼は意識を集中させた。

 次に蘇ったのは、父の大きな手だった。弓の扱いを教わった日のことである。力強い父の声が、今も耳に残っている。『よくやった』と、誇らしげに褒めてくれた。父の声とともに、悪寒が引いていくのをユピテルは感じた。

 最後に、妹の小さな背中を思い出す。草原に咲き乱れる花々の甘い香り。風が運ぶ草の匂い。妹の笑い声。


 それらの記憶が、光の粒子となってユピテルの心を満たしていく。やがて重く濁っていた意識が、澄み渡る青空のように晴れ渡っていった。


 愛が、ユピテルの心を支え、守った。


 愛は、どのような嵐にも耐え得る力をもたらすのだ、とユピテルは悟った。


 そして、流れ込んでいた感情の奔流が止まり、代わりに、静かで落ち着いた感覚がユピテルを包み込んだ。


『思念の取り込みが完了しました。サイキック能力が大幅に強化されました。とくに、知覚能力と精神干渉能力が向上しています』


(つづく)

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