▼第十三話「魔神テュポンとティターン王ハイペリオン」
降り注ぐ隕石は、まるで天が怒りを爆発させているかのようだった。大地は絶え間ない衝撃に震え、雷鳴は地を這うように轟き渡る。
そんな極限状態の中で、ユピテルはユノに、しかし力強く求婚した。
ユノは、たった今死の淵から蘇ったばかりのユピテルの言葉に、息を呑んだ。
「……私もあなたを愛しています!!」
その時、再び巨大な振動が大地を揺るがし、耳をつんざくような爆音が轟いた。すぐ近くに巨大な隕石が落下したのだろう。地響きと共に、熱風が二人の頬を撫でる。周囲の建物が崩れ落ちる音が聞こえ、空には黒煙が立ち込めた。世界は、確実に終末へと向かっていた。
「この世界がたとえもうすぐ滅びようとも、私は、あなたに、永遠の愛を誓います……!!」
ユピテルは優しく彼女を抱きしめ、互いの温もりを確かめ合った。周囲の騒音も、大地の震えも、全てが遠くで起こっていることのように感じられた。二人の間には、静かで穏やかな時間が流れていた。それは、世界の終わりを前にした、束の間の奇跡。永遠に続くかのような、愛の瞬間だった。
十分後、ユピテルは燃え盛る家屋から飛び出した。その際、ユノが無事であるように、念動力で幾重にも重なる強固な防護膜を彼女に与えた。これで、少なくとも隕石や炎から彼女を守ることができるだろう。
外に出ると、そこは一面、火の海と化していた。かつて賑やかだった街並みは見る影もなく、炎と瓦礫に覆われ、黒煙が空を覆っていた。
そして、遠くの地平線に、巨大な異形がゆっくりと歩いているのが見えた。それは、まさしくテュポンだった。その巨体は、遠くからでもはっきりとわかるほど巨大で、巨大な蛇の下半身が、山々を軽々と踏み越え、歩くたびに大地を揺るがしていた。
「勘弁してくれよ!! いったいどれだけ大きいんだ!!」
天魔神功の破壊力をもってしても、あの魔神に太刀打ちできるか、正直なところ自信がなかった。
しかし、逃げるという選択肢はなかった。逃げたところで、世界が滅んでしまえば、結局は死ぬことになる。
「父さん、俺に勇気を貸してくれ!!」
ユピテルは父に祈りながら、瞬空閃影でテュポンの近くへと一気に移動した。
そして、宙を飛び回りながら、念動力を駆使してテュポンに攻撃を仕掛けた。無数の瓦礫をテュポンにぶつけ、気を凝縮した衝撃波を放つ。しかし、その攻撃は、テュポンの巨大な体に比べれば、小石をぶつけるようなものだった。
テュポンは、ユピテルの気配を感じ取るや否や、猛然と怒り狂い、咆哮を上げた。その轟音は、雷鳴と地鳴りが同時に押し寄せてくるかのようで、周囲の山々が崩壊し、大地が大きく揺れた。そして、途方もなく巨大な腕を振り回した。ユピテルは、迫りくる巨大な拳を瞬空閃影で辛うじてかわした。
テュポンは、さらに念動力を使ってユピテルの動きを制限し、巨大な、一つの街ほどもある大きさの気弾を放った。ユピテルは、間一髪で天魔神功・第一招式<万陽対消滅>を放ち、その巨大な気弾を相殺した。
空中で激突した二つのエネルギーは、凄まじい爆発を引き起こし、周囲一帯を吹き飛ばした。
「あいつ、俺に対して明らかに敵意があるな」とユピテルが言った。
ユピテルは、テュポンの攻撃の激しさに、違和感を覚えていた。
テュポンは、ほとんど感情のない魔神で、ただひたすら食欲に従って行動する、一種の昆虫のような精神構造をしている、とユピテルはサイキックで認識していた。
しかし、それにしては、ユピテルに対してだけ、明らかに特別な感情、敵意のようなものを感じ取ったのだ。
「ケラウノス、あいつの感情の波、誰かに似てるんだが、分析してくれ」
『かしこまりました。脳波分析中……』
その間にもテュポンは、信じられないほどの念動力で、大地から六つの巨大な山を文字通りえぐり取った。そして、その巨大な山々を、容赦なくユピテルに投げつけてきた。ユピテルは、迫りくる巨大な質量に息を呑んだが、冷静に天魔神功・第二招式<天龍逆鱗>を発動した。
空に巨大な龍の紋様が浮かび上がり、轟音と共に山々を飲み込んでいく。触れたものは全て蒸発させる光の奔流が、巨大な山塊の数々を、一瞬で霧散させた。
生き残った人々は、その信じがたい光景を目の当たりにし、神話の戦いを目の前で見ているかのように感じ、度肝を抜かれた。
彼らは、ようやく理解した。
ユピテルは、王権を狙ってこそこそと暗躍する必要などない。ただ独力で、どんな国でも、いや、世界でさえも滅ぼせるほどの力を持っているのだ、と。
その認識の変化は、人々の態度にも如実に現れた。先ほどまでユピテルを罵っていた人々が、今や一斉に彼を応援し始めたのだ。「ユピテルさま!! 頑張って!!」「どうか、我々をお救いください!!」と、必死の叫びが戦場に響き渡る。
手のひらをすぐに返す民衆の変わり身の早さに、ユピテルは内心呆れたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
これは、名誉や地位のための戦いではない。愛する者を守るための戦いなのだ。
その時、ケラウノスが言った。
『分析完了。テュポンの感情の波形データが、ユピテルの記憶の中にあるハイペリオンの感情と、完全に一致します』
「ハイペリオンだって!?」
ユピテルは、驚愕のあまり言葉を失った。なぜ、テュポンの感情が、よりにもよってハイペリオンの感情と一致するのだろうか。二人の間には、何の繋がりもないはずだった。
ユピテルは知る由もなかったが、ハイペリオンは、テュポンの封印を解いた際に、真っ先にテュポンに吸収されてしまっていたのだ。
そして、その肉体と精神は、魔神テュポンがこの世界に降臨するための依り代として利用された。
ハイペリオンは、復讐を果たすためにテュポンを呼び出したはずだったが、その巨大すぎる力の前に、抵抗することすらできず、跡形もなく消滅させられたのだ。
しかし、ティターンの王としての強固な精神力の一部が、テュポンの魂に棘のように突き刺さり、ただ一つの目的だけを残した。
それは、ユピテルを殺す、という執念だった。
『テュポンとハイペリオンは、同一の存在となりました。おそらく、ハイペリオンの肉体と精神を依り代にしていると推測されます』
ケラウノスの言葉に、ユピテルは全てを理解した。
「はっ!! だったらちょうどいい!! 父さんの仇が討てる!!」
ユピテルは、再び天魔神功を放った。凝縮されたエネルギーがテュポンの巨体に直撃し、その巨大な体がわずかにぐらついた。
しかし、テュポンは意にも介さず、強大な念動力でユピテルを掴み上げた。ユピテルも負けじと念動力で対抗し、テュポンの拘束から逃れようと試みた。
二つの巨大な力が激しく衝突し、周囲の空間が目に見えて歪んでいく。
空気は振動し、目に見えない圧力波が四方八方に広がっていく。
そして、ついに限界を超えたエネルギーが空中で爆発し、ユピテルは吹き飛ばされ、大地に叩きつけられた。
ユピテルの奮闘を見ていた民衆は、彼が吹き飛ばされるのを目撃し、絶望の叫びを上げた。
「ユピテルさまでも敵わないのか……もうおしまいだ……!!!!」
彼らの希望は、脆くも崩れ去ろうとしていた。
しかし、ユピテルは諦めていない。
テュポンの中にハイペリオンの精神が残っている、というケラウノスの分析が、彼の頭から離れなかった。
テュポンの強大な力は脅威だが、その依り代となっているハイペリオンの精神を破壊することができれば、勝機はあるかもしれない。
「ケラウノス!! 精神干渉を手伝ってくれ!! ハイペリオンの精神に直接攻撃する!!」
テュポンがどれほど強大な魔神であろうと、依り代となっているハイペリオンの精神を壊してしまえば、あるいは勝てるのではないか。
ユピテルは、最後の望みを託し、ケラウノスに命じた。
『了解しました。精神干渉を開始します。ユピテル様、最大限の精神集中を』
ユピテルは精神を研ぎ澄ませ、意識を集中させた。彼は、古今東西、数万年の歴史の中でも、最も強い内功、隔絶した力を解き放った。すさまじい精神力が、テュポンの精神回路、ハイペリオンの精神が混在する混沌とした領域に侵入し、クラッキングを試みていく。それは、複雑に絡み合った糸を一つ一つ丁寧に解きほぐしていくような、繊細で気の遠くなるような作業だった。しかし、ケラウノスの処理能力は魔神の精神回路ですら、素早く正確に突破していく。
そして、精神干渉と同時に、ユピテルは全く新しい技を閃いた。
それは、これまで彼が使ってきたどの技とも異なり、彼の内奥から自然と湧き上がってきた、直感的な閃きだった。
その時、ユピテルは傍らに父マールスの存在を感じた。温かく、力強い、懐かしい気配。
(父さんが教えてくれたのか……。ありがとう、やってみるよ……!!)
ユピテルは、時空間が歪むほどの、途方もない力を一点に集中させた。
それは、彼自身の存在そのものを凝縮し、極限まで高めた、究極の力だった。
(つづく)




