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▼第十一話「奸計と暗殺」




 同時刻、ハイペリオンは、魔獣の気配が消えたことに気が付き、青ざめた顔で玉座から立ち上がった。


「まさか、そんなはずはない!! どうなっている!! なぜ、気が消えたのだ!!」


 ハイペリオンは、眉をひそめ、周囲の空気を注意深く探っていた。これまで、戦場からは絶えず魔獣たちの凶暴な気配が伝わってきていた。

 しかし、今、その気配が完全に消え失せた。


 苛立ったハイペリオンは、玉座の間を落ち着きなく歩き回り、その表情は険しさを増していく。

 彼は、これまで幾多の戦いを経験し、数々の強敵と対峙してきた。しかし、今ほど深い不安を感じたことはなかった。


 それは、目に見えない、得体の知れない力に対する、本能的な恐怖だった。


 その時、彼の脳裏に、忌まわしい記憶が蘇った。かつて、神々によって封印された、宇宙をも滅ぼしかねない最強の魔神、テュポンの存在。

 その圧倒的な力は、かつてのティターン神族ですら制御することができず、恐れられていた。


「……テュポン」


 ハイペリオンは、低い声でその名を呟いた。それは、禁断の呪文を唱えるかのような、重々しい響きだった。


「そうだ、テュポンの力だ! テュポンの力を使えば……! 何者であろうと、塵芥に等しい!!」


 ハイペリオンの瞳に、狂気じみた光が宿った。彼は、自身に恐怖を味あわせた者への復讐のため、国もろとも滅ぼしかねない、禁断の力に手を染めることを決意したのだ。


「テュポンの封印を解く……! 奴の力を借りるのだ!! そうすれば、全てが終わる!!」


 ハイペリオンは、もはや正気を失った顔で歩き出した。


 その時、重臣たちが彼の前に立ちはだかった。


「陛下! お待ちください! どうかお考え直しください!!」


 重臣の数人が、必死の形相で訴えた。他の重臣たちも、深刻な表情で頷いている。


「テュポンの封印を解くなど、正気の沙汰ではございません! あれは、我々ティターン族ですら制御できない、禁断の力なのです! もし封印が解かれれば、我々の国、いや、この世界そのものが終わってしまいます!」


 重臣たちの言葉は、切実だった。彼らは、テュポンの恐ろしさを知っており、その封印を解くことがどれほど危険な行為かを理解していた。第一、敵を滅ぼしたところで、自分たちの生活が破壊されるのであれば、本末転倒ではないか。


 しかし、ハイペリオンの耳には、彼らの言葉は届かなかった。彼の心は、恐怖と復讐心によって完全に支配されており、理性は失われていた。


「黙れ!! 貴様らに余の何がわかる……!! 余は、全てを取り戻すのだ。そのためには、どんな手段も選ばん!!!!」


 ハイペリオンは、躊躇なく手を振り上げた。彼の纏う強大な力が解放され、目に見えない衝撃波が重臣たちを襲った。重臣たちは、抵抗する間もなく身体を両断され、血を噴き出しながら絶命した。

 玉座の間は、たちまち血の海と化した。


 ハイペリオンは、自分に仕えていた者どもの死体を、冷たい目で見下ろした。彼らの死に、何の感情も抱いていない。彼の心にあるのは、テュポンの力を手に入れることだけだった。


「これで邪魔者はいなくなった。はっはっはっはっは。テュポン。今、この余が貴様を解放してやる……!!」


 ハイペリオンは、血の匂いが立ち込める玉座の間を後にし、禁足地へと足を踏み出した。



 凱旋したユピテルを待っていたのは、熱狂的な大歓声だった。幾多の城を陥落させ、ついには伝説の魔獣まで退治した英雄として、民衆はユピテルに惜しみない喝采を送った。


 城門にユピテルの姿が見えたとき、ユノは人目を憚らずユピテルに駆け寄り、熱いキスを贈った。


「おかえり、ユピテル!」


 ユピテルは、顔を真っ赤にして、あわあわと口を動かすことしかできなかった。


「ゆ、ユノ! えっと、ああ、いや、なんて言えばいいんだ!」


 ユピテルは四体の魔獣と戦ったときよりも大きなパニックを起こし、天に叫んだ。


 すると、脳内に声が響く。


『抱き締めて、ただいま、と言うことを提案します』


 ケラウノスはこんなときにまでアドバイスをくれるのか、とユピテルは内心おかしくなり、それで一挙に混乱が治まった。


 そして、素直にその助言に従った。


「ただいま、ユノ」


 愛する男に抱き締められたユノは、卒倒するのではないか、と思うほどの幸福を感じた。そしてもう一度、目の前にいる、美しい顔の英雄にキスをした。

 群衆は、また大きく歓声をあげた。



 一方、サートゥルヌス王は、ユピテルの絶大な人気を目の当たりにし、深い疑心暗鬼に囚われていた。佞臣(ねいしん)たちは、王の不安を煽るように、あれこれと讒言(ざんげん)(ろう)した。


「あの者は危険です」

「いずれクーデターを起こすでしょう」

「王の地位を簒奪しようと企んでいるに違いありません」


 彼らの言葉は、根拠のない出鱈目ばかりだったが、元々不安に弱いサートゥルヌスの心を蝕むには十分だった。


 サートゥルヌスの弱い心は、預言すら簡単に信じ、己の娘を殺そうとするほどである。彼は常に何かに怯え、疑心暗鬼に苛まれていた。

 そもそも、ユピテルにわざわざ兵権を与えたのは、最大の脅威であるティターンの恐怖を、わずかでも減じてくれれば、と考えたからだ。


 そしてサートゥルヌスは、ティターンの勢力を弱めたことで、当初の目的は達成したと考えた。


——これ以上は、不要である。


 ついにサートゥルヌス王は、周囲の貴族たちの根の葉もない話を信じるに至り、ユピテルの排除を決断した。

 サートゥルヌスは、保身のことしか頭にない貴族たちに命じた。


「あの計画を実行せよ……」


 彼は、彼と同じく新勢力の勃興に戦々恐々としている貴族たちに命じた。


——これで全てが終わる。これで安心だ。


 彼は、恩を忘れ、安堵の息をついた。



 ユピテルが凱旋したその日、十の城を陥落させ、四体の伝説的魔獣を討ち滅ぼした英雄の凱旋を祝う晩餐会が、王宮の庭園で開催されることになった。

 豪華絢爛な晩餐会には、王国の重鎮たちが集い、盛大な宴が催された。


 ユピテルは主賓として、サートゥルヌス王の隣に座を与えられた。豪華な装飾が施された庭園には、美食の数々が所狭しと並べられ、楽師たちの奏でる優雅な音楽が響き渡っている。

 ユピテルは、このような盛大な宴に慣れていなかったため、少し戸惑いながらも、喜びを分かち合えることに、素直に感動していた。


 ユノは、はにかみながら、どこか居心地が悪そうにしている十五歳の美少年の隣に座り、彼の偉業を心から褒め称えた。


「ユピテル、本当に凄いわ! あなたがいてくれなければ、私たちはどうなっていたことか……」彼女の瞳は、尊敬と愛情に満ち溢れていた。

「大げさだよ、俺は自分がやるべきことをやっただけだ」

「謙遜しなくてもいいのに! あなた以外の誰が、魔獣を倒せたというの?」


 ユピテルは照れながらも、ユノの言葉に深い喜びを感じていた。


 晩餐会は最高潮に達し、人々は酒を酌み交わし、歌い、踊り、英雄の帰還を祝った。


「ユピテルよ。本当によくやってくれた。ティターンの脅威は、向こう数十年は減じただろう。お前のおかげだ。礼を言うぞ」


 王は深々と頭を下げた。


 しかしユピテルは、サートゥルヌス王にかすかな違和感を覚えていた。

 王の表情はどこか硬く、言葉の端々に異質な硬さが感じられたのだ。


(一体、何が……?)


 ユピテルは内心首を傾げたが、場の雰囲気を壊すことを恐れ、何も言わずに微笑みを浮かべていた。


 そして、運ばれてきた料理にユピテルが口をつけた、まさにその瞬間だった。


 彼の顔色がみるみるうちに青ざめていく。激しい苦痛が胃の腑を締め付け、全身を駆け巡る。喉が焼け付くように熱くなり、呼吸ができない。口から泡を吹き出しながら、ユピテルは床に崩れ落ちた。


 大広間は騒然となった。楽師の音楽は止まり、人々の歓声は悲鳴へと変わる。

 ユノは、倒れたユピテルに駆け寄り、その名を叫んだ。


「ユピテル!! ユピテル!! しっかりして!!」


 そのとき、ユノは、父サートゥルヌスと、その周囲に集まる貴族たちの様子が視界に飛び込んできた。

 彼らの表情は、驚きや心配の色ではなく、どこか冷酷で、目的を達したかのような、不気味な静けさを湛えていた。


 その瞬間、ユノは全てを悟った。


 父と取り巻きの貴族たちが、力を持ち過ぎたユピテルを排除しようと企てた、ということを。


 ユノの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。


 それは、愛する人を失うかもしれないという恐怖、そして、父への深い失望と怒りがないまぜになった涙だった。

 彼女の心は、激しい怒りと悲しみに打ち震え、父への信頼は完全に崩れ去り、代わりに深い憎しみが彼女の心を支配した。


 彼女は、ユピテルの手を握り締め、心の中で復讐を誓った。


「ユノよ、医者を呼んでやる。こっちへ来なさい」

「ダメよ!! 誰もユピテルに触れさせない!! 私が、命を賭けてこの人を守る!!」


(つづく)

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