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▼第十話「派手にいこうか」




 ほんの数瞬、意識が途切れた隙を突いて、オルトロスとケルベロスが同時にユピテルに襲い掛かっていた。灼熱の炎が四方八方から噴き出し、巨大な前腕が左右から挟撃する。しかし、ユピテルは不敵に笑うと、瞬空閃影で迫りくる攻撃を紙一重でかわし、研ぎ澄まされた意識で天魔神功を解き放った。


 ユピテルの放った天魔神功・第一招式<万陽対消滅ばんようついしょうめつ>は、まさに天変地異と呼ぶべき現象を引き起こした。ユピテルの掌から放たれしもの、それは、凝縮されたエネルギーが一点に集中し、対消滅を起こす、禁忌の技である。ヒトの身体で、それをコントロールすることは不可能であるが、ケラウノスにはその制御が可能であり、これはユピテルにしか使えぬ、超規格外の絶技である。


 それは、宇宙のなかでも最も強力な、破壊の潮流であった。周囲の空間が歪み、熱波が吹き荒れる。直後、凄まじい爆発が起こった。


 双頭のオルトロスは、その巨体を跡形もなく消し去り、ケルベロスは咆哮を上げる間もなく、砂のように崩れ落ちて塵と化した。爆風は周囲の地面を抉り、巨大なクレーターを作り出した。


 その凄まじい破壊力に、アキレウスらデミティターンズは、唖然としていた。彼らがやっとのことで抑え込んでいたキマイラとヒュドラも、その異様な光景に動きを止め、恐る恐る様子を窺っている。


 ユピテルは、量子テレポーテーションで彼らのもとへ瞬時に移動した。


「みなさん、離れてください!! ここは俺に任せてください!!」


 ユピテルの言葉は、有無を言わせぬ迫力があった。デミティターンズは、先ほどの大爆発を目の当たりにしていたため、躊躇なくその場から飛び退いた。


「ユピテル!! さっきのはお前がやったのか!?」アキレウスが叫んだ。

「はい!! 力が強過ぎて、巻き込んでしまいます!! アキレウスさんも早く避難してください!!」


 ユピテルの言葉に、アキレウスは呆れながらも笑みを浮かべた。


「なんて奴だ、まったく……!!」


 周囲に誰もいなくなったことを確認したユピテルは、ケラウノスに問いかけた。


「ケラウノス! 逃げ遅れた兵はいないか!?」

『気配感知なし。オールクリア』


 ケラウノスの返答に、ユピテルは次なる絶技の構えを取った。


「派手にいこうかッッ!!!!天魔神功・第二招式<天龍逆鱗てんりゅうげきりん>!!」


 ユピテルの咆哮とともに、彼の身体から強烈な光が放たれた。それは、太陽が至近距離で爆発したかのような、圧倒的な光量だった。天を貫く光の柱は、雲を突き抜け、遥か上空まで到達しているのが見えた。そして、鼓膜を破らんばかりの轟音とともに、光で組成された龍が空に現れた。近くにいた兵士たちは、あまりの轟音に、思わず耳を塞ぎ、地面に伏せた。


 巨大な龍は、咆哮をあげ、その巨体を震わせた。そして、天空からキマイラとヒュドラ目掛けて急降下した。耳をつんざく轟音とともに龍が降り注ぐと、周囲の空間が激しく歪んだ。直後、世界が真っ白に染まった。巨大な閃光が全てを覆い尽くし、あらゆる音が掻き消される。そして、世界のすべてが吹き飛ぶのではないかと思うほどの爆風が発生し、兵たちは手近な草や木や岩に捕まらなければならなかった。それは、巨大な鉄槌で殴りつけられたような衝撃である。大地が波打ち、着弾点周囲の岩が、粉々に砕け散った。爆心地では、巨大な火球が膨張し、全てを焼き尽くしていく。それは、まさに太陽が地上に降臨したかのような、息を呑む光景だった。原始の炎が全てを焼き尽くし、二体の魔獣は悲鳴を上げる間もなく、光の粒子となって消滅した。


 そして、どこまでも深い、巨大なクレーターと、立ち込める土煙だけがあとに残った。


 こうして、戦場に静寂が訪れた。先ほどまでの激戦が嘘のように、静まり返っている。


 やがて、誰かが吠えた。伝説の魔獣を相手に、勝ったという実感が湧き、腹の底から、吠えたのだ。それは伝染し、戦場に、雄叫びが満ちた。勝利の大歓声である。

 ユピテルは、負傷者や死亡者を運ぶよう、適切な指示を出し、自身もけが人の手当てに奔走した。軽症者には、火薬や弓と並行してつくってあった軟膏を、重症者には、サイキックで応急処置を施していった。


 オリンポス兵らは、神の如き念動力と、仏のような慈愛の心を併せ持つユピテルに、心から敬服した。誰も彼を、十五歳の少年とは見なさなかった。誰よりも何よりも信じられる、無敗の軍事指導者、天から遣わされた軍神として、全幅の信頼を寄せるようになった。


 一旦応急手当てを終えると、ユピテルはケラウノスに魔獣の残留思念が取り込めるか、尋ねた。


『人間と精神構造が違うため、不可能です。魔獣の魔気は人間と適合しません」

「なんだって? もったいないなあ……。ま、ダメで元々だ。やってみよう」

『警告。無理に取り込むと、精神崩壊の恐れが——』

「わかってるって、試すだけだ」


 ユピテルは、辺りに漂う魔気の残滓を、念動力で一か所に集めた。それは、淀んだ気であり、鳥肌の立つような悪寒の塊である。


(これをいきなり取り込むのはさすがにヤバそうだな。さて、どうしたものか……)


 そのとき、ふと、母の手の温もりを思い出した。


(試してみよう)


 ユピテルは、父や母との愛の記憶を思い出し、胸に満たした。そして、その温かい気持ち、愛を、集めた魔気に送った。


 愛は、いくら渡しても減ることがない、無限のエネルギーである。それは、与えるだけ、世界に増え続ける。

 母から与えられた愛で、ユピテルはそのことを学んだ。


 そして、その気付きが、魔気の精錬に役に立った。


 重苦しい空気が、徐々に軽くなっていき、息苦しさが減じていく。まるで、濁った水が濾過されていくように。

 次第に、朝日に照らされる水面のような、輝く気に変わっていった。


「やったぞ!! どうだケラウノス!!」

『エネルギー検査中……取り込み可能なエネルギーに変化しました』

「さあ、来い!!!!」


 ユピテルは、精錬された光の気を丹田に取り込んでいった。乾いた砂漠が水を吸うように、光の気が内臓へと入ってゆく。


 その瞬間、ユピテルの全身を、激しい熱波が駆け巡った。体内の細胞一つ一つが活性化し、血管を流れる血のすべてが光り輝くような感覚とともに、心臓が高鳴る。

 体内のエネルギーレベルが急激に上昇していくのが、ユピテル自身にもはっきりと分かった。身体の中に巨大な発電所が組み込まれたかのように、奥底から力が湧き上がってくる。


 そして、ほんの数十秒で、吸収が終わった。


「ケラウノス、今の俺の内功はどれくらいになった?」

『はい。五十万です。参考までに、千年のデータベースの中でも、飛び抜けて強い内功です』

「ご、五十万!?」


 伝説の魔獣四体分の気を取り込んだことで、アキレウスの三倍以上の内功が手に入ったことになる。


「さすがは伝説といったところだな」


 ユピテルは新しく手に入った力で、すぐにでもティターン王都に向かいたいところであったが、兵士たちの損耗も大きい。彼ら傷付いた兵士たちを故郷へ、家族の待つ家へ帰してやらなければならない。


 囚われた妹の顔が、ユピテルの脳裏をよぎった。焦燥と不安が入り混じった感情が、彼の心を激しく揺さぶる。


——今すぐにでも駆け出したい。


 しかし、ユピテルは拳を固く握り締め、逸る気持ちを必死に抑え込んだ。今は、感情に任せて行動する時ではない。


 ユピテルは、兵士たちに向かって声を張った。


「皆、よく戦った! 多くの犠牲を払ったが、我々は勝利を掴んだ! このまま進軍したいのは山々だが、一旦オリンポスに戻り、軍備を整えよう! さあ、オリンポスへ!!」


(つづく)

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