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電光の魔術師(1)

 サーカステントの中に入ると小規模の球技場の広さがあり、こぢんまりと建っていた外観からは想像つかない別世界を築いていた。

 賑やかな効果音混じりながらもどこか郷愁を感じさせるポップなBGM。

 ワゴン車から漂う好きな時好きなだけ食べられるお菓子やドリンク、ご飯の誘惑の匂い。

 車や船とはまた違う実用性の無さそうな乗り物の数々。

 様々な店に大きな宿泊施設もあり暮らすにも不自由はしなさそう。

 個性の噴出を禁じられた堅苦しい統制の美で支配されたポリステルタウンと違い、人工的な光で終わらない夕暮れを演出する全てが輝くカラフルな世界は目移りする度に来場者の童心を刺激し、この空間にいる時だけは普段から厳しく律する自分から解放しようと訴えかけてくるみたい。

 招待した子供達向けに用意されたパンフレットによると、この空間にはテーマ毎に特色の違う運河、都市、絵本、サーカスと銘打つ四つのゾーンに分かれているらしくまるで多種多様なお菓子がギュウギュウに詰め込まれたバラエティセットの中に迷い込んだ感覚に陥る。

 鎮魂同盟には無い大音響や子供達の楽しそうな笑い声が飛び交う騒々しい場所を歩きながらナーシャが感慨深く語る。

 

「多様な色の照明や装飾で彩られたファンタジーの様な世界観。

 メリーゴーランドにスライダーのアトラクション、おまけにチュロスやジュースまで。

 子供を誘拐してる犯人の拠点というからもっと無機質で不衛生なとこかと想像していたら遊園地だなんて誰が当てられるのかねぇ」

 

「遊園地?」

 

 初めて聞いた言葉に私が解説を求めるとナーシャはそこまで知らないのと驚く表情を一瞬零してから教えてくれた。

 

「一言で言うなら家族向けのレジャー施設。

 ま、お手頃価格で行ける場所じゃないから行った事無いって子は珍しくないよ。

 あたしも家族に数回連れて行った貰ったくらいで詳しくは語れないけど特別な思い出を作るには持って来いの場所さ」

 

 どうやら遊園地という場所はお金を払って遊ぶ施設らしい。

 細部まで手の込んだ装飾に見てるだけでワクワクする動く乗り物。

 人の多い活気のある場所はあまり得意じゃないけどそれでも頑なな心を刺激されたのは事実だから仕事が終わってからのご褒美でそんなサービスを受けてみても良いかもと期待して聞き返す。

 

「いくらで行ける?」

 

「高い所は入場料だけで一万以上とか。

 快適にアトラクションを巡りたいならファストパスも買わなきゃだし園内のフードやドリンクだけでも七百以上は想定するべきかな」

 

 前言撤回、そんな所で遊んだらナーシャから分配されてる私のお小遣いが全部溶けてしまう。諦めて仕事の続きに戻る事にした。

 園内を駆け回る子供達をラヴェンヌから貰った資料と参照すると目視出来た時点で特徴が一致。

 ポリステルタウンから忽然と消えた子供達は全員、ここにいると見て良いだろう。

 

「ねーねー。あなたは今日、 "歓喜の国" にやって来た子?」

 

 入口からそう遠くないゴンドラが行き交う運河エリアで橋の欄干に座っていた私より背丈も年周りも一回り小さい女が話しかけて来た。

 見かける子達が遊園地に夢中で招かれざる客の私達を気にも留めていなかったからゆっくり探索出来るかと思ったら想定していない危機に直面してしまった。

 ナーシャにどう偽るべきか目配せしたら初っ端から騒ぎになるのは避けたいから他の子と同じ(てい)で行こうと合図してきたので持ちうる限りの情報(エレンが歓喜の国に導かれた時)を思い出しながら身分を装っていく。

 

「うん。マリーナ()にお呼ばれされて」

 

 女の目が少し細くなった気がする。

 もしかしてさっきの短い一文で不可解な行動を取ってしまったのだろうか。

 しかし女はすぐに表情を切り替えて友好的な対応をする。

 

「そっか〜、やっぱりマリーナは理不尽な仕打ちに苦しんでる幅広い子供達を窮地から救ってるんだね。

 あ、私の事はカナって呼んで。あなたは?」

 

「・・・・・・アリア」

 

「アリアちゃん、可愛い響きだね。これから仲良く出来ると良いな」

 

「あたしの名前は聞かなくて良いのかい?」

 

 ナーシャの質問は聞こえていなかったのか意図的に無視されたのかのどっちかは分からなかったけどナーシャに不完全燃焼な呆然を与えたまま何も返ってこずに終わった。

 東洋人みたいな顔立ちに名前の特徴を聞いて目の前にいるカナもポリステルタウンから消失した被害者の一人だと確信を持てた。

 資料によれば普段の彼女は典型的な文学少女で保護者の筋肉馬鹿から身体を丈夫に鍛える運動を強要されていたらしい。

 自分のしたくない事を拒否出来ない辛さに堪え兼ねていたからこの世界に選ばれたのかも。

 

「カナはここで何してるの?」

 

「ここの景観を見ながら空想するのが好きなんだ。

 子供の自由を躊躇無く奪う大人しかいなかった前の街に居た時には感じた事の無い静穏と清々しさを得られるんだよ」

 

 カナは短い栗毛を揺らしながら周囲を飛び回り早く別世界に飛び込もうと催促する妖精の様に私を興味深く見つめてくる。

 

「初めてなら園内の案内とか必要だよね。

 マリーナが用意してくれた最高の楽園を心行くまで満喫出来るようサポートするからね!!

 まずはこの下の運河を覗いてみて」

 

 促されるままに橋の下の運河を覗いてみる。

 比較的彩色豊かなこの空間で比較的大人っぽいデザインだけどちゃんと個性が際立つ煉瓦造りの住宅に挟まれて流れる運河の水は湧き水の様に透き通ったとても作り物とは思えない品質。

 確かに美しく管理者の努力が垣間見える綺麗な光景とは思うが何故、目立つアトラクションや飲食を取り扱うワゴン車を差し置いてこの光景を見せたのだろうか。

 

「この運河はね、マリーナが魔法みたいな技術で毎日管理してる自慢の景観なんだよ。

 氾濫を知らない穏やかな流れは船を安全に運び、煌めく水質はどんな悪だって浄化してくれるんだ。

 例えば・・・・・・」

 

 カナによる詩的な紹介の後、謎の溜めが入る。

 すると好意的に接してくれていたカナの態度が一変し、声から温かな感情が消え失せた。

 

「歓喜の国を崩壊させようと目論む極悪人とか」

 

 服のポケットから取り出したリモコンのスイッチを押した瞬間、透き通った運河から人の身を食い千切る魚の様にポリステルタウンでエレンの追跡を妨害した宝箱型の機械が飛び出て来た。

 

「アリア、下がりな!!」

 

 虚空にしまってた鎌を回しながら噛み付こうとする機械を斬り付けてナーシャの後ろに下がると両手両足に炎を宿した徒手空拳で即座に撃墜するも運河から追加が飛び上がる。

 攻撃の合図となる音も聞こえず、完全に不意を付かれた哀れな私達にカナは遠巻きで蔑む態度を示す。

 

「歓喜の国に招かれた子供達には危険を感じたら迎撃してくれるマリーナの加護を発動する為の援助要求の装置を貰えるんだ。

 ま、防犯ブザーみたいな奴と同じって思えば良いよ。

 あなた達が入口からやって来る所を一目見た時から変だと思ったんだよ。

 歓喜の国は虐げられた十五歳までの子供だけが招待されるはずなのに保護者が付いてる時点で怪しいし、アリアちゃんはフレンドリーな態度を望むマリーナの事を様付けした時点で確信した。

 あなた達はポリステルタウンの手先に成り果てて私達を連れ戻しに来たんだ」

 

 もうあの地獄に戻りたくは無い。

 資料に載っていた欠点を改善する為に施されたやり過ぎな指導で心身を傷付けられたみんなの執念を背負った牙を剥き出すカナだけど最後に僅かばかりの慈悲を零す。

 

「マリーナもマリーナが苦労して築いた歓喜の国も奪わせはしない。

 私がこのリモコンを起動した事で園内の子供達はあなた達を敵と認識した。

 マリーナの意向で流石に命まで取らないけど今、帰らないとどんな酷い目に遭うか分からないよ」

 

 そうしてカナは滴る大量の宝箱型機械と対処を余儀なくされた私達を残し、ゆっくりと遠ざかって行った。

 

 電光の魔術師(1) (終)

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