歓喜の国への誘い(5)
エクソスバレーは死人の抱いた情景を取り込み日々、拡大を続ける死後の世界。
地域によって景観や気温だけでなく朝から夜の時間帯まで固定されている。
ポリステル地方も比較的多く見られる昼間しか存在しない場所なので他の地域と同じく人工照明を使って星が瞬く夜を演出し、生活習慣を乱さないようにしている。
時刻は夜十一時を回ったところ。
子供だけでなく大人すらも眠っているポリステルタウンは昼間の気分悪い罵倒も家の明かりも消えて休まず機能する監視カメラの細かな音だけが響く不気味な暗さに包まれた。
音も暗視双眼鏡で補強した視覚で探知しても現時点では怪しいのは何一つ見つからない。
「手筈通り、もし敵の妨害が現れたらあたしが対処するからアリアはエレンを追う事だけに集中してね。
どっちか片方だけでも足取りを掴めたらスマホの位置情報共有で行けるから」
「ん。分かった」
町長のラヴェンヌに教えて貰ったエレンの家の近くで潜伏し、どんな異常も見逃さないよう集中力を高める。
するとエレンの自室の窓から私が昼間に見たのと同じ青白い光が漏れ出る。
遂に誘拐犯が動き始めたのだ。
「ナーシャ、準備」
私が腕で軽く小突き、変化を教えた直後、大きな鞄を背負ったエレンが窓を慎重に開けて白昼の内に持ち込んであろう運動靴を履くと猫みたいに屋根に降り立ち、一切音を立てない早歩きで下にいる私達を横切って行った。
「よし、行くか」
「ん」
隠密が得意な私がターゲットの背後に着いて追跡。
道の打開を得意とするナーシャは並行して走り、障害を取り除く体力勝負。
コンビを組んでから実践してる犯人確保のフォーメーションは結成当時から一度も失敗していない。
エレンを操る誘拐犯は背後を振り返り気配を殺していつの間にか幽霊のように接近していた私を認識すると驚いてどこに行くのか聞ける程の動揺が生まれたが、無言で振り切ると家の屋根を中心とするパルクールでもやってるような逃走経路を再び走る。
真昼間に見たエレンの拙い運動能力からは乖離している逃走を見るに本人の意思では無く街の外で待ち構えている犯人が能力とガイドを与えてるみたいだ。
それでもナーシャの厳しい鍛錬と事件の現場で実戦経験を積んだ私は順調にエレンの追跡を進めているが、摩訶不思議な妨害が飛んでくる。
『グァウ、バァァウ!!』
犬の様な威嚇を吠えて私の進路を断つのは木製の宝箱の蓋に上下鋭く生え揃った牙を持つ自立機動型の機械。
中の物を取り出せる限界まで口を開けば足下を見落とす阿呆を待ち構えるトラバサミの様な凶暴性も持ち合わせる。
そんな箱擬きが付き纏う私の集中を逸らそうと十体以上の個体で形成された群れで襲って来る。
『しゃがんで、アリア』
指示通りに体勢を低くすると炎を足に宿し前方広範囲を薙ぎ払うナーシャの強力な足技 "鉄貫龍尾" が飛んで来て大方の宝箱を蹴散らす。
残った奴は型に忠実な美しい突きや蹴りで迅速に個別撃破すると役目を終えたようにナーシャは再び影に消える。
彼女のサポートのお陰でエレンを見失わずに付かず離れずの距離を保てているが遠くの犯人は通用しないと分かっていても時間稼ぎの為に懲りずに同じ凶暴な宝箱を大量に生産する。
その度にナーシャが割り込んで打撃と炎が融合した体術であっという間に灰燼に変えてしまうので、今のところ戦闘面で私が出る幕は無い。
けどターゲット間近で比較的見晴らしの良い住宅街の屋根を追跡してるからこそ気付いた違和感を通信で共有する。
「ナーシャ。あいつの動き、ちょっと変。
出入口に近付いたり遠ざかったりするだけで街から出ようとしない」
巨大な外壁によって広そうな印象を与えられるこの街だけど実際は来訪者を注意深く調べる為の検閲所が大半を占め、住居エリアは敷地の三分の一程も無い。
街を抜けるだけなら子供の足でも五分はかからないのに広がる光景は真下で並ぶ建物の群体だけで変化は無い。
つまり同じ所をぐるぐると回っている。
するとナーシャが嫌な予感を提示する。
『・・・・・・アリア。これ、周回してるんじゃ無い。
徐々にだけど向かう方向が変わっているよ』
「そんなはず無い。今、通ってるルートもさっき見」
『この街自体、似たような建物しか存在しないからそう錯覚してるだけだよ!!
あんた自身が身を持って体感してるだろう?
明るい昼間ですら町長の家を見つけるのに時間かかってるんだから!!』
言われて唐突に思い出し、迂闊な自分を恥じた。
この街の全ての建物は白一色で建物の形も高層住宅を彷彿とさせる正四角形しか無い。
ナーシャがその異変に早く気付けたのは地上付近でしか確認出来ない最低限の区別のアイテムで判別出来たから。
昼間の買い出しで確認した限りでは二階以上の階層に区別のアイテムを飾っている建物は見ていない。
加えて今は明かりが少なく彩色がぼやけて見える夜の状態。
追跡で運動する時、邪魔になるし目立たないように暗視双眼鏡を付けていない私の視界じゃ屋上越しに見る建物はどれも同じに見えて変化に気付けなかった。
一瞬の判断ミスでどっちかが犯人の策略に嵌る危険があるのは最初期からナーシャに言われてる事なのに。
リカバリーの方法を必死に考えてる時、きっと袋小路に追い詰められたであろうナーシャの戸惑う声が通信機越しに聞こえる。
『うわっ、ちょっ、やば』
ナーシャのちょっと焦った声の後、ゴムが膨張し破裂してから大気を震わせる放電の大きな音が後から響く。
彼女が私より何倍も強いのは分かっているけどパートナーが不測の事態に陥れば心配になる不安は持ち合わせている。
現状を聞こうと不器用ながらも必死に叫ぼうとしてみた。
「ナーシャ、だ」
『へーき、へーき!!
ちょっと捕まっちまったけどすぐ追い付く!!
あんたはこのままエレンを追いかけろって!!』
いつも通りに調子の良い声を聞き、ナーシャに問題は無いと知る。
この失態を挽回する方法はただ一つ。ナーシャに託された役目、必ず果たす事。
気を引き締めてエレンを追い続けているとナーシャを無力化出来て脅威を排除し終えたと思ったのかポリステルタウン脱出の大詰めに入った。
撹乱に成功しエレンを城壁に導いた犯人は分け与えた充分な運動能力を使わせて扉も窓も付いてない壁に跳躍させた。
このままだと衝突して大怪我するが私の目の前でマジックショーみたいな奇跡が起こる。
なんと壁にフラフープ並の円形の穴が出現し勇気を出して飛び込んだエレンを呑み込んでしまう。
「き、消えた・・・・・・? 何あれ?」
って驚いてる場合じゃない。
犯人の正体を掴む為にはこの企業秘密の穴が回収される前に飛び込まないと。
収縮してぽっかり空いた城壁が何事も無く戻ろうとしてる超常現象に目掛けて少し離された場所から更にペースを上げた私は愛用の大鎌、 "甘美の贈答" を前持って先に投げておき武器に宿る死霊に命じて動きを静止させる事で空中で固定させる。
それを踏み台にすると跳躍のショートカットに成功し穴の中への侵入に成功。
滑り台みたいな勾配に身を任せる事、数分。
穴から抜けた先は人工で夜に変えているポリステルタウンと違ってずっと昼のままのポリステル地方。街の外に当たる自然領域に出た。
なるほど。検問所は二十四時間稼働してるから正面から出ようとすれば確実に衛兵に尋問される。
だからあの奇術みたいな穴を使ってみつからないよう乗り越えてるのか。
エレンはまだ遠く離れてはいない。
戻って来た大鎌を虚空で回収した後、追跡を再開する。
「お待たせ〜」
位置情報を共有してナーシャと合流。
罠に捕まった後でもケロッとしてる彼女は変な仕掛けと戦った時に少しずれた黒手袋を調整すると周囲の少し薄暗い森を観察して "少し離れるだけでこんなに雰囲気が陰気臭いとはねぇ" とぼやく。
「ナーシャ、怪我無い?」
「え? 平気平気。
なんかゴムバンドみたいなのでちょっと動き封じられただけだから。
ちなみにさっきのミスは街道を走ってたあたしも看板とか早く気付くべきだったし大した怪我もしてないから二人のミスって事で。
それより、いよいよ犯人とご対面だね」
私達は敵の本丸と思しき目の前の施設を見据える。
様々な色の電球が希望の光として煌めく少し古風なサーカステントを。
歓喜の国への誘い(5) (終)