歓喜の国への誘い(4)
「コクが足りない!!」
持ち帰った食事を口にして開口、ナーシャは山が噴火したのかと錯覚する震撼の怒りを爆発させた。
彼女はどうせ他のも不味いだろと訝しげな注視の後、矢継ぎ早に水菜のサラダやトマトとチーズの和え物みたいな物やご飯などを放り込むと食べ物の咀嚼と同時に練った感想を発する。
「プレートに一緒に載ってる野菜の副菜は美味い。
少々薄味で物足りないけど素材の持ち味をしっかりと活かした中々の出来だ。
ご飯は雑穀米を使ってるけど白米よりちょっと味があるし量が少し多めだからまだ満足感はある。
けどこの街で一番脂の多い肉が皮付きの鶏胸だなんてふざけてんのかい!?
住民登録してない外部の客にもも肉とか豚バラとか提供したって良いだろ!?
しかもタレの辛味もコチュジャンしか担って無いからあたしには物足りないし!!
うぅ、ニンニクが効いたステーキが食いたいよぉぉぉ・・・・・・」
ポリステルタウンの数少ない飲食店、Manageの店主にナーシャの要望通り脂の多い肉料理ととびきり甘いお菓子を頼んで出て来たのは鶏胸肉を使ったよだれ鶏のプレートとスウィーティーファームの果樹園で栽培された果物の果汁のみを使った天然棒付きキャンディー。
優秀な人間は細部まで管理された優秀な食事から。
町長のラヴェンヌが普段から心掛けるようキツく言ってる持論に基づき日頃から一日の間に摂取すべき栄養や塩分、油分が過剰にならないよう節制の食事を心掛けるポリステルタウンの人ならお目にかかれないご馳走や嗜好品かもしれないが、外食やデリバリーを駆使してストレスを溜めないよう一日三食、好きなタイミングで好きな物ばかり食べてたナーシャにとっては寂しい食事内容と思ってしまうのかも。
現にまだプレートに載ってる料理の半分しか食べ進めてないのに物足りなさを感じてるナーシャは塩をかけられた青菜みたいに萎れている。
ちなみに特に要望が無かった私は店主のオススメで煮た白身魚に野菜餡かけをかけたメイン料理だけが違うプレートを食べているがナーシャが嘆いている内容に完全に同感出来る程の不満は無い。
普通に美味しいし鎮魂同盟ではナーシャのオススメに合わせて濃い味の物を良く食べていたから寧ろこの計算され尽くした薄めの味が新鮮に感じる。
あ、そうだ。忘れる前にちゃんと道中の報告しなきゃ。
「ねぇ、ナーシャ」
「んあ? 何?」
「店に行く途中、次の失踪しそうな候補見つけた」
さっきまで嫌いな物が口内に残した余韻に抗うかのような渋い顔で食べてたナーシャの態度がいつも仕事する時の真剣な状態に変わる。
町長には尾行するのが解決への糸口って説明したがその対象は全く決めていなかったからこの報告が進捗に繋がるかもと背筋を伸ばしたのだろう。
「詳しく聞かせて」
「エレンっていう男の子供と会った。
彼が町長が預かってる子供とその配下に大事な本を無下にされて一悶着に発展しそうな場面に遭遇したから阻止したら変な事言ってた」
「なんだい? 変な事って」
「青白い光に包まれると口調や一人称も変わってなんか "窮屈な牢獄にはいられない" とか "自由になる" とかボヤいてた。
これって外部からの影響を受けて街から抜け出そうとする兆候だと思う。
私が最も気になったのは最後に言い残した "歓喜の国" ってワード。
多分、そこに行方不明の人達がいる」
全ての報告を受け止めて静かに概要を整理していたナーシャは数回頷いた後、今後の方針を発した。
「なるほどね。
アリアが聞き取った言葉の断片から推測すれば、次に犯人に選ばれたターゲット候補として今夜の尾行対象に選ぶのに強力な根拠になる。早速、行動に移すとしようか。
エレンって子の住所に関しては町長に聞けば分かるかな。
どうせ "えりぃとですからぁ" って自慢しつつ全部完璧に把握してそうだし」
切り替わってもやってる小馬鹿にしたような物真似を見るに町長のラヴェンヌが余程、気に入らなかったみたいだ。
神経を擦り減らして対応しないといけない相手だからってのもあるだろうけど、他人を規則やスケジュールでキツく縛り上げ能力や絶対服従しか求めない姿勢が個人の価値観を大事にするナーシャの不興を買ったのが一番の要因かも。
ナーシャはいい加減ではあるけど商社や通訳の仕事で沢山の人間と向き合った結果、鎮魂同盟に相応しい正義感と行動力を手に入れた人間だから。
「ついでに歓喜の国についても」
「そうだね。
ポリステル地方に精通してる人しか知らない自然領域やダンジョンが眠ってるかもしれないもんね」
という訳で急いで残りのご飯をかきこみ、町長の家を訪ねる事になった。
「申し訳ありませんが、該当する物に心当たりはありません」
私の道中での出来事とこれからの捜査方針に基づく必要な情報をまとめて伝えると町長が簡潔に返答して来た。
期待してた収穫を得られなかったナーシャは力無くソファにもたれる。
「ほんとですか〜・・・・・・
ポリステル地方にそれらしき怪しげ物とかも無いんですか?」
「はい、ポリステルタウンでエッセンゼーレに対抗出来る者はいないので、自然領域の調査は全く出来ていないのです。
エレン君に関してはお助けできますが、歓喜の国に関してはポリステルタウンに存在しないのでてんで分からず・・・・・・
お力になれず申し訳ありません」
なんで肝心な所が分かんねぇんだ、この堅物メガネ。って内心から聞こえそうな程、項垂れるナーシャに何かを思い出したラヴェンヌが語り始める。
「すみません、今しがた思い出した事が。
実は昔ポリステルタウンに在籍していた女の子がいまして、当時の保護者からその子がよく歓喜の国ってぼやいてたと報告を受けていたのですよ」
歓喜の国ってのは子供の妄言みたいな物から生まれたみたいだ。
ラヴェンヌが棚から引っ張り出したアルバムを開くと白と水色の二色が織り交ざったボブショートの女が首から上まで写ってる。
同年代の人間よりも大人っぽい雰囲気を生み出す人形の様に整えられた綺麗な小顔に宿るのは今回の事件で行方不明になった子供達の写真より幾ばくか完成された笑顔だが、やはり大人の言いなりで作ってる感は否めない。
「彼女の名はマリーナ・キャンメイク。
UNdead社員の方が保護し連れて来た事がきっかけでこの街に住んでいました。
当時の保護者の報告によると能力には問題無かったようですが素行に問題があったようです。
女性に似つかわしくない一人称と言葉遣いを指摘し改善を試みていますが本人は保護者の意向に背き、別の場所で使っていたりと完全に直してはいませんね」
「女性に似つかわしくない一人称って、 ”僕” とか」
漫画の創作人物でかじった知識を私がボソッと聞くとラヴェンヌが静かに肯定する。
「備考欄には女としての自覚が無いと書いてありますね。
まぁ当時、保護者を務めていた男性は理想の男女像を大事にされていた方ですので。
歓喜の国についてですがスケッチブックに殴り書きされていた内容には多くの電球に囲まれた絵の中に ”常に笑顔が絶えない世界” や ”心を解き放つ” と漠然としたまるで理想郷のような空間を想像していたようです」
「へぇ。で、そんな素敵な考えを持ったお嬢さんはどこにいるんですか?」
「今はこの街にはいませんよ。
数年前に引っ越すと申し出てからその後の行方は知りませんし誰も興味は持ってませんね」
本人に聞けない、ポリステルタウンの人達も負うつもりも無し。となると当初の予定通り、怪しい挙動を見せたエレンを尾行するのが今取れる最善の策になりそうだ。
私達は最低限、エレンの住んでる家を聞き出してから仮拠点に戻り備える事にした。
歓喜の国への誘い(4) (終)