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歓喜の国への誘い(3)

 あの家から逃げるように打ち合わせの場から去っていったナーシャは私を連れて拠点の許可が下りた地点に向かった。

 敷地内にあった掘っ建て小屋レベルの建物を見て本当に合ってるかどうか疑ったけど鍵に付いてる名札の住所と適合した為、内心は間違いじゃなかった安堵よりもここで泊まるのかぁって落胆の方が割合を占めていた。

 確かに充分、自分達の優秀さを証明する時間は無かったけど客人に断りなく貧相な部屋を用意するのはエリートとして相応しいもてなしと言えるのだろうか。

 そんな事も気にせず家の中に入ったナーシャは監視カメラが無い事を確認してから誠実な仮面を外した。

 

「ヴあぁぁぁぁぁっ!! つっかれたぁぁぁぁ!!」

 

 打ち合わせの最中、色で分けられたコード付きの爆弾を処理するように女の機嫌を損なう事無くナーシャが有能そうに見えるよう神経を研ぎ澄まして自称エリートと対話していたのだ。

 気を緩ませたら獅子の咆哮の様に溜め込んだ気苦労や不満を吐きながら少し硬そうなベッドに魂が抜き出そうな勢いで横になるのも仕方無い。

 最もここは造りが粗そうだから僅かな隙間から声が漏れないか心配だけど。

 

「ああいう自尊心が高いタイプって傷付けられるとすぐ不機嫌になる人が多いからいつも以上に言葉や振る舞いを選んだけど、ここまで表面取り繕ったのは商社勤務してた頃でも無いわ。

 にしてもおかしくね、アリア?

 監視カメラで行動を把握したりとか首根っこ掴んで引きずってでも無理矢理連れて帰れとか血が繋がってないとはいえ大事な子供にする仕打ちかね?

 やっぱ変だよ。この街」

 

「ん。多分ここに住んでる子、伸び伸び暮らせてないと思う」

 

 ナーシャの行動から察せたと思うけどポリステルタウンは外からやって来た来訪者にとっても窮屈な街だ。

 街の要点には監視カメラもあって、裏で結束してる街の大人達はクモの巣を張り巡らせるように情報を伝達するからサボったり陰口を零せばすぐに本人に届く。

 その後は想像に容易い。ご主人様から長々と調教されるか酷い時はあの変な黒い棒で生産性の無い暴力を齎されるかだ。

 軽く下見した程度でポリステルタウンに住んでいる人間には二種類の人間がいる事が分かった。

 他を凌駕する学歴や能力を持っている事を笠に着て傲慢に見下しもう一人の人間を顎で使う支配者と雑用や望んでも無い教育をやらされ、些細なミスで痣が出来るくらい変な黒い棒で叩かれる彼らの隷属。

 特に男の主人に仕える私と同じ女の子供にこの傾向は顕著に出ている。

 この街は学歴や職歴による階級社会で上下が生まれ、選ばれなかった者は常に選ばれた者への恐怖が付き纏う。

 そんな暮らしに幸福を見出せるのは上層に居座る一握りの人間だけだ。

 探すように言われた子供達も全員が隷属側の人間だった。

 もし他者が無理矢理連れ去った事件性の消失では無く自分の意思で脱獄したのなら、そうなるのも仕方無い環境だ。

 まずは被害者の様子から確認して誘拐に遭ったのか自分から逃げたのかをはっきりさせてからでも連れ帰るのは遅くないはず。

 

「ねぇぇぇ〜 アリアァ〜

 あんた、活力が余ってんだしさぁ〜 外行って食事買ってきてよぉ。

 もうね、夜になるまで一歩も動きたくないわ」

 

 頭の中で今後の行動を整理してるとへろへろのナーシャが要望の多い子供のように間延びした声でおつかいを頼んで来た。

 この態度は酒で相当、酔った時か本当に疲労が溜まり過ぎて限界が来た時に自分じゃなくても出来る簡単な事、限定で私にやらせようとするおっさん臭いモードとは別で面倒臭い駄々っ子モードだ。

 この状態で断ってしまうとちょっと拗ねちゃったりネガティブになって自虐し始めたりするから後始末が大変なのだ。なので渋々二つ返事で受け持った。

 ま、従順に了承したのはそれだけではなく大事な先輩だからってのもあるが強力な戦力であるナーシャがエクソスバレーで戦う際に最も重要な熱意や気迫の素となる精神力が心労のせいで発揮出来ないとなれば誘拐犯どころかポリステル地方にいるエッセンゼーレですら苦戦必須だから、打ち合わせで消耗した彼女の負担を私が少しでも和らげてあげなくては。

 

「ナーシャ、何が良い?」

 

「肉と甘い物。

 脂と砂糖がたっぷりあったら尚良し」

 

 あの悪趣味な街の人々の連携のお陰で判明した子供が消えたと思われる夜まではまだ時間がある。

 ナーシャの希望に合う食事を吟味したり街の深部を探る余裕を有効活用しないと。

 地図によれば仮拠点からそう遠くない場所に味、栄養面共に評価も高いテイクアウト専門の飲食店があるらしい。

 選ばれた者にしか買えない店の一つなのだ。

 最高級の味である事は間違いないはず。寧ろ、そうじゃないとナーシャは更にブチ切れてしまうだろう。

 今はお昼時だと言うのに監視カメラの視線がうざったいなんの色気も無い街の人通りは買い物用のマイバッグを片手に携えた主婦ばっかり。

 依頼を終えて帰社する時間がバラバラな鎮魂同盟ですらみんな午後十二時から十五時までにはご飯を食べに食堂に行くのに昼休憩の学生やビジネスマンが一人もいないなんて不気味に感じる。

 単純に忙しいからかもしれないけど休息をおざなりにしては死後の世界でも元気に働けないだろうに。

 

『流石にそんな細部まで考える必要は無いか。

 スイの影響を受けちゃったのかも』

 

 気持ち悪い空気に長時間浸りたく無いが為に足を早めると空き地に一人の男の子供を発見した。

 空き地の唯一の存在価値であろうベンチに座って本を読んでいる彼は作られた陽だまりを浴びながら心身が開放された貴重な自由を堪能している。

 手にしている本も百科事典や教科書のように分厚い物ではなく文庫本といった感じ。

 もしかしたらこの街に住む人も空想の物語を楽しむ娯楽の習慣くらいは持ち合わせているのかも。

 

「・・・・・・誰?」

 

 つい気配を消さずに長く留まって男を注視してしまってた。

 お陰で不信感たっぷりの眼差しで私の存在に気付かれてしまう。

 バレてしまったなら仕方無い。ある程度装って話をしてみよう。

 

「ちょっと迷った。この近くにテイクアウト専門店があるはずなのに全然見えない」

 

「まぁ、この街は似たような風景が多いから慣れてないと迷うのも仕方ないけど・・・・・・

 お店ならまっすぐ行くと緑の看板に ”Manage” って書いてるのが見えるから・・・・・・」

 

「ありがと。ねぇ、その本って」

 

「お、お前に、教える必要は無い・・・・・・」

 

 本への興味を示したら男は極端にビビり、強奪されないよう大事に抱え込んでしまった。

 ひょっとしたらこの街は読んで良い本ですら制限されてるのかも。

 答え方に焦燥を感じるのも本の内容がバレない内にさっさとどこかに行けって遠回しに言ってるのだろう。

 近付いて話してみると男の人となりが少し判明する。

 声量や言葉の詰まり具合、縮こまる姿勢など見た時から感じてた以上に気が弱そうなのが伝わる。

 落ち着いた髪色や小柄でほっそりとした体型も相まって現実で例えるなら教室の隅で本を読んでる静かな文学男子ってところか。

 

「そういえばお昼なのに、街にいるのは主婦ばっかり。みんなどこでご飯食べてる?」

 

「主に一度、家に帰ったりとか会社の食堂使ってるか・・・・・・

 この時間に外出てるのって多分、昼食や夕食の材料を買いに出るお母さんくらい・・・・・・

 そもそもポリステルタウンには飲食店は三店舗しか無いし添加物や油の多い食品を扱うコンビニなんかは徹底的に排除、してる。

 この街で暮らすなら栄養満点の食事は作れて当たり前って風潮が、あ、あるから・・・・・・」

 

 重視されてる能力は学力だけでなく生活能力もらしい。

 確か、町長の家にも使用人がいたりしたから出来ない人や財力に余裕があって家事に時間を使いたくない人は専門の人材を雇ったりするのだろう。

 

「も、もう良いだろ?

 お、俺は忙しいんだから早くどっかに行ってよ」

 

 男が焦りながら私の退去を促す。

 このまま帰っても良いけど念の為、事件についても聞いておこう。

 町長が街の大人達を通じて消失が多発してるからとそれに乗じて脱走するなんて考えないようにと釘を刺すような内容で子供達に伝えてるみたいだから守秘義務には反しないはず。

 

「最後に一つだけ。

 最近、この街で子供が消えてるの知ってる?

 ちょっと怖くない?」

 

「ま、まぁあったな。そんな事。

 この街から逃げたい、なんて考える奴が、いるとは思えないし、普通に誘拐、だと俺は思う。

 でもそうなるとポリステルタウンの防護を疑う事になっちゃうし・・・・・・」

 

「ほう?

 常日頃から現実離れした空想ばかりに胸を膨らませる君にしては至極真っ当な事を言っているじゃないか。エレン」

 

 高慢な声がした私の背後を見るとそこには嫌な奴のテンプレートみたいな貴族が着そうな高そうで無駄な装飾の多いシャツだったり鞘に収まったままの武器をぶら下げるズボンを履いた文学男子ことエレンと同年代の男がいた。

 どうやら配下も引き連れているらしく彼から見て左には随所に高そうなネックレスや指輪を着けてるお高く止まった女、右にはビデオカメラを回し続ける寡黙な男もいる。

 そいつらを見てエレンは露骨に嫌そうな顔をしている。

 

「ラヴェンヌ様が構想に携わったポリステルタウンの円形の造形は如何なる脅威も退ける絶対防御。

 どんな災害もどんな不埒な輩も付け入る隙は無い。

 なのに子供が相次いで消えるなど最早、神隠しとしか思えないね」

 

「シ、シルヴァ・・・・・・

 なんでここにいるんだ・・・・・・? この時間は町長の家で昼食を食べてるはずなのに」

 

「はぁ、何度も言ってるはずだよ。エレン。

 僕はポリステルタウン町長、ラヴェンヌ様の優秀で誇り高い子息なのだから最低でもですますの口調を心掛けろと。

 もし目の前にいる相手が僕らじゃなかったら、殴られて下手したら高度な言葉遣いになるまで何時間でも説教されてもおかしくなかったよ?」

 

 ラヴェンヌ?

 あぁ、依頼人のあの青髪とメガネの女か。

 まさかあの人に預かってる子供がいるなんて知らなかったけど、親が親なら子も子って奴なのか。

 自分よりも劣っている人間を味がしなくなるまでガムを噛み続けるように相手に光る物が無いならどんな扱いをしても良いと思い込んでいる。

 

「まずは僕達がここにいる理由から説明しよう。

 昼食を食べ終えた僕達は食後の休憩も兼ねて一時間の外出を許可されたんだ。

 ついでに理由無く外を出歩いてる阿呆を見つけたら懲らしめて家に押し戻せとも」

 

「でもあなた、見た限りだと保護者から外出許可証貰ってないでしょー。

 あるって言うならー、今ここで見せてー」

 

 鼻につく言い方を垂らして大きな目を見せつけながら高慢な女がエレンに近付くと、エレンが抱える本に標的を据えた。

 

「もしかしてー、その本の中に大事に抱えてるとかー」

 

「や、止めろ、ルーニィ!!

 そいつに触ん」

 

 鋭い音と一緒に制止するエレンの手に何かが振り下ろされた。

 それはポリステルタウンに入ってから何度も目撃した変な黒い棒。

 レイピアを帯刀するが如く腰の鞘から取り出したシルヴァの手に握られていたのだ。

 

「低能が出過ぎた反抗をしたら駄目じゃないか」

 

 鞭で叩かれたような痛みに気を取られるエレンの隙を突いてルーニィが本を取り上げた。

 適当に本を捲ったルーニィは既に内容を予見していたかのように作り笑いで嘲笑う。

 

「うわー。これ、街内で登録されてない教育非推奨の娯楽小説じゃん。

 デモンー、ちょっと録画してー。

 エレンの保護者に報告しなきゃー」

 

 シルヴァの取り巻きが夢中になってる間にあの変な黒い棒の正体を突き止めよう。

 

「ねぇ。その教鞭みたいなの、何?」

 

「ん?

 あぁ、君はラヴェンヌ様が言ってた鎮魂同盟の方か。ならば知らないのも無理は無い。

 これは真面目に物事に取り組まない低能を痛みを以て正す為にラヴェンヌ様が開発された ”調教棒” と言う物だ。

 ちゃんと余韻の残る痛みを与えられる上に数回叩いた程度では怪我にも繋がりにくい画期的な発明だ。

 ちなみにこの街では暴力は禁止だが、調教棒を用いていれば教育に使われたという事で不問になる」


「へぇ、画期的。

 そんな怖いシステムがあるのにあなたはこの街に快適な居心地を感じるの?」


 皮肉混じりに聞いた私に対し、シルヴァはどうしてそんな事を聞くんだと不思議そうな態度で答える。


「愚問だね。

 細かく設定されたスケジュール、栄養も味も一級の食事、何よりルールを破っていたり勉学に不真面目など正当な理由を掲げて自分より下の奴を見下す快感。

 ポリステルタウンは優秀な程に素晴らしく感じる街さ。ここを出たい奴の気が知れないよ」

 

「はぁ。こんな現実味なくて主人公が強すぎる小説よりも経済書を読んでた方が面白い」

 

 奪った本が投げ捨てられ弧を描いた後に砂場に落ちて大事にされていた本を少しばかり汚してしまう。

 エレンが慌てて着弾した本を確認するとブックカバーには細かな石の粒が付着し、ページは折れ曲がってしまった。

 

「よ・・・・・・ よくも、よくも婆ちゃんが買ってくれた本を!!」

 

 当然、大事な本を蔑ろにされてしまったエレンは怒り狂って殴りかかろうとするが、ポリステルタウンでは純粋な暴力は禁止だと聞かされた私は不明な破った代償のリスクを恐れて彼の腕を捕まえた。

 

「調教棒も無いのに殴りかかるのはオススメしない。何されるか分かんない」

 

「君が聡明な方で本当に助かった」

 

 殴りかかられたのも歯牙にもかけず冷静に制止した私を労う程度で済ませたシルヴァはルーニィとデモンに呼び掛ける。

 

「今日はこのくらいで勘弁しておこう。

 これ以上、妄想に縋るしか出来ない愚図に構ってたら昼休みが終わってしまう。

 エレン、最後に君に警告しておくよ。

 低能がこの街で穏便に暮らしたいならこんな所で時間を浪費せず真面目に勉学に努めて僕らに純粋な忠義を尽くす事だ。

 能力が無い癖に実用性の無い職を夢見て平等を望んで楯突いたら待ってるのは自然領域への追放。そうなれば君はエッセンゼーレの餌だ。

 あぁ、鎮魂同盟の方。昼食のお買い求めならまっすぐ行った先にお店があるので」

 

 シルヴァ達が去った後、地べたに張り付いたエレンは悔しそうな目で私を睨む。

 

「なんで、止めやがったんだ・・・・・・」

 

「従順な時ですら他人の意思を踏み倒してる連中に規律違反で付け入る隙を与えたら本当に何されるか分かんない」

 

「あいつぶん殴った所で街の外に追放されるだけだ。そうすりゃラノベだって自由に読める」

 

「それはただ命を粗末にしているだけ。

 反撃の時はきっと来る。

 もっと自分を大事にしなきゃ。

 じゃ、私もう行く」

 

 好きな本すら自由に読めない街に窮屈を感じるのは同意出来る。

 けど二度目の命日を迎えてしまってはその記憶を失う可能性もある。

 外部の私達の尽力が少しでも街の世相を変えれるまでもう少し、我慢してもらわなきゃ。

 エレンが黙り込んだのを目処に別れようとしたけど次の瞬間、彼が何かの作用によってふらりと立ち上がりうわ言を呟く。

 

『こんな窮屈な牢獄にはもういられない。

 僕らは自由になる。

 外に羽ばたきずっと笑顔でいられる歓喜の国へ向かおう』

 

 ・・・・・・何あれ。

 話し方は変だけど内容は聞き逃せない。

 ポリステルタウンを窮屈な牢獄と例えてたり自由になるって恐らく、この街から抜け出そうとしてると解釈出来る。

 だけど歓喜の国って一体、何を指しているんだろう。

 それからエレンはまだその場にいた私には目もくれず空き地を去って行った。

 

 歓喜の国への誘い(3) (終)

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