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歓喜の国への誘い(2)

 エッセンゼーレの暴走で事故死したボス格の男を除いた組織の残党は見事お縄につき、事の顛末を受付のお姉さんに報告する事で初仕事は大成功に終わった。

 

「これにて仕事終了!! いや~お疲れ、よく頑張った!!

 実戦で解説しちゃったけど仕事の流れは大まかに理解したかい?」

 

 調査部隊が提供した罪人の特徴と主な本拠地などが書かれた依頼を自分の実力に合わせてボードから選んで受付の人に渡して処理して貰えば受注は完了。

 仕事が終わったら生きてる罪人は捕縛部隊に引き渡し、簡単にした調査の報告を受付にすれば依頼完遂。

 複雑な手続きも無いしすぐ覚えられそうだ。

 

「ん。これからどうするの?」

 

「そうだね。余力があるならもう一狩りして金を稼ぐのも悪くないけど、今日は切り上げて休もっか。

 ちなみに注意事項として鎮魂同盟は一か月に三回以上の依頼遂行を維持しないと除名されるから気を付けてね」

 

「依頼ってそんなにたくさん来るの?」

 

「残念だけど死後の世界でも悪い奴ってのは沢山いるんだよ。組織のメンバーにノルマが課される程にはね」

 

 ふぅん、と何気なく返答するとナーシャが呆れながら今回の仕事を振り返る。

 

「しっかしアリアさぁ。仕事の活躍は目覚ましかったけど返す予定の盗品を戦闘の道具にするのはちょっと、ねぇ・・・・・・」

 

 確かに接近する敵をやっつける為にテーブルを蹴飛ばしたり、撹乱させる為に金ピカな卓上ランプを投げつけたり、壊しちゃった金品は少なくは無いけど戦闘の為には致し方無い犠牲だったと思う。

 ともかく損害を清算しても余りある成果を献上した事により鎮魂同盟の一員として正式に認められた私はその後もナーシャと一緒に大きな依頼を任される。

 簡単な物なら放火魔を現行犯で確保、一番の大物なら幾多もの尊き命を蔑ろにした指名手配犯を追跡して倒したりする依頼もあったけど全部、鎌を一振りするかナーシャが暴れるだけで迅速に終わった。

 そんな大罪人を何人も狩猟する内に私達にある仕事が舞い込んだ。

 サリッサ・アマスによるアーテスト地方を舞台にした子供の誘拐事件だ。

 この依頼を通して私はスイ達UNdeadと知り合い、偶然結べた一時的な業務提携によって解決。

 鎮圧された元凶のサリッサと金だけの関係だった野盗達は鎮魂同盟管轄の独房へと収監された。

 時間軸はアーテスト地方の依頼を完了した後になる。

 

「ん~ 結構、贅沢しちゃったね」

 

 季節物の服からコーヒーショップで買った外国の珍品まで大量のお洒落な紙袋を両腕いっぱいに抱えてるのに余裕の表情で先走るナーシャ。

 今は久々の休みを利用してアジトにあるショッピングフロアで買い物した帰りの途中。

 犯罪者からの報復から身を護る組織の秘匿性を保つ為、鎮魂同盟のメンバーは仕事以外での外出は原則、認められていない。

 なので日常生活も娯楽も全部アジトの中で全部済ませる必要があるのだが外見は円形をしているらしい巨大なこの建物は、どの階層もオズワルドって言う鎮魂同盟の頭領が秘密裏に呼び寄せた一流の技術師や仕入れ業者によってそこらの店よりも充実しているから生活面で苦労したことは無い。

 欲求が薄い私なら過剰なくらいだ。

 

「私、欲しい物無いって言った」

 

「そんな釣れない事、言うなよ。

 事件解決の功労者への労いって事で慎ましく受け取んなさいって。

 それにこれから過ごす部屋が殺風景だなんて寂しいだろ?」

 

「それ、ナーシャが私の部屋に遊びに行くつもりだからじゃ・・・・・・」

 

 あの紙袋の中にはナーシャが前々から欲しがってた物だけじゃなく無欲な私向けに空気清浄機やホームルーターなどの実用的な機械や可愛い紫色の壁紙だったり腕に抱けるサイズのウサギのぬいぐるみなんかの部屋を彩る小物も入っている。

 目的は抜き打ちチェックの名分で好きな食べ物や酒やジュースを持って来て私の部屋に泊まる時、色味の無い内装じゃ気分が下がるから本人の関心が無い事を良い事に自分好みに改造しようとしてるんだろう。

 ま、嫌いな物は嫌いって忖度せずに言ったり女に対してはちょっとおっさん臭かったり所々だらしないナーシャではあるけどそれ以外では元商社マンらしくちゃんとしてるから過激な物は絶対、持って来ないとは思うけど万が一、見つけたらこっそり処分しとこう。

 そうぼんやりと留意した私の顔に一枚の紙がふわりと乗った。

 何か書いてあるみたいだから内容が気になってじっくりと読み始める私を変に感じたナーシャは隣に戻って覗き込んで来る。

 

「おー、提案書か」

 

「提案書?」

 

「あたしらは基本、自由に獲物を決める事が出来るけど稀にこの人が適任じゃね? って依頼を上が見つけたり、決めあぐねてる人がいたりするとオズワルドさんの力でこうやって書類が的確に飛んで来てオススメを教えてくれるんだよ」

 

 メンバーが除名処分に至らないように本部が施してくれる寛大な秘策って奴かもしれない。

 となると気になるのは紙に書かれてる事だけど。

 表面にはナーシャが説明してくれた通り、依頼の内容が詳細に書かれている。

 仕事内容は失踪した子供達の捜索と原因追及、となんだかつい最近受け持ったのと良く似てた。

 この依頼を提案されたのも直近の依頼と酷似して任せられると判断したからなのだろうか。

 

「はぁ、ポリステルねぇ・・・・・・」

 

「どうしたの、ナーシャ」

 

 勤務地の名前を見て戸惑うナーシャは恐る恐る聞いた話を共有してくれる。

 

「噂で聞いた程度なんだけど、この人工領域、あまりいい評判を聞かないんだよ・・・・・・

 行った組織の子によると分厚い壁に覆われてて内外の様子が見れず、検問所で質問攻めされるから入るのも一苦労。

 街並み自体は金持ちが住むような壮麗な場所らしいんだけど他人を見下してるとか自分が一番だと思い込んでる奴しか住んでないとか。

 そのせいで鎮魂同盟の独房の方が心地良いなんて変な風評が尾びれとしてついて回ってるのさ」

 

「ふぅーん・・・・・・」

 

 もし報告が事実ならその街に住んでる人は寂しい生活を送ってそう。

 

「ま、あたしも他人の所感に流されてありもしない噂を真実と決め付けたくは無いよ。

 どうする? 受けるかい?」

 

「断る理由は無い」

 

 どんな偏見を持たれていようと浅くしか知らない私には良い遊学になる。

 人に難点があったとしても街並みは綺麗らしいし一度見ておくのも悪くない。

 丁度、次の依頼を決めてなかったしこの提案を有難く受け取っても良いと思う。

 そう了承したらナーシャは手馴れた様子で提案書に何らかのサインを書き込む。

 すると提案書は勝手に自立してどこかへと飛んで行ってしまう。

 ナーシャ曰くこれで依頼受領の意を示す事が出来たから明日にでも仕事出来るらしい。

 

 

「・・・・・・以上で質疑応答は終了だ。通っていいぞ」

 

「どうも」

 

 許可証だけでは通れない厳重な警備に認められ、白亜の分厚い壁に遮られたポリステルタウン内部に踏み入れると私の心が僅かばかり揺るがされた。

 お金持ちしか利用出来そうに無い上質そうな店に豪華な家が建ち並ぶヨーロッパ風の広大な住宅地は確かに美術館みたいに気品漂う規則的な美が宿っている。

 同時に少し異質さも感じる。

 依頼人と面談する場所に指定された家に向かう途中で複数の建物を見て回ってるのにどれも最低限、区別する為のアイテムがあるだけで残りは全部、純白で無機質。

 まるで個性という不要な考えを排斥したとでも言うべき気味の悪さだが、もしかしたらほぼ空っぽな私自身が彩色の少ない普通を過敏に考えているだけなのか。

 でもゆっくり観察は出来なかった。約束の時間の都合ではなく場を震撼させる気分の悪い怒号が嫌に私達の耳を切り裂いたのである。

 

「おい!! この壁、まだ汚れてんじゃねぇか!!

 掃除すらまともに出来ねぇのか!? この出来損ないが!!」

 

「も、申し訳ございません・・・・・・」

 

「次に見た時、まだ汚れが残ってたらつまみ出すからな!!

 あぁ、クソ。忽然と消えやがったガキよりも清掃が出来ないとかお前、何の価値があるんだよ」

 

 貴族っぽい出で立ちの男がみすぼらしい格好の小間使いらしい男を変な黒い棒で叩いている。

 しかも虐げを受けているのは彼だけじゃない。

 セール中の食べ物屋さんで商品を見てる女二人組も異常だ。

 

「はぁ・・・・・・

 この程度の問題も解けないって事は授業を完璧に理解してないって事よね?

 つまり親身に教えてあげた私の貴重な時間を無駄にしたって事を自覚しなきゃ」

 

「あ、あんな淡々とした教え方で覚えられる訳」

 

「口答えする気?

 誰のお陰でこの街で買い物が出来てると思うの?

 あなたの能力じゃ百円ショップすら門前払いを喰らうっていうのに。

 それと私にタメ口を使いたいなら私よりも優秀な成績を証明する事よ」

 

 それ以外にも街のあちこちで発生している見てるのも可哀想な行き過ぎた指導を耳にし、目に入れた事でやっぱりこの街は変だと確信した。

 と同時に私の中に鉄串で刺されたような一瞬の痛みが走った。

 肉体的ダメージとは違う苦しみに襲われてるのに追い打ちをかけるように変な記憶まで流れ込む。

 

『お前達は××の尊き憑代なのだ。取り入れる物には細心の注意を心掛けろ』

 

『あんな俗物まみれの液晶画面を見てはいけません!!

 変な考えが浮かんだらどうするんですか!?』

 

 画面の大部分が白く染まってて姿も背景も見えず、どんな人物が発してるのか声の判別すら出来ない程に頭をぐらんぐらんと揺らす罵倒だけが激しく目立つ。

 

「どうした、アリア? 急に頭を抑え込んで」

 

 ナーシャの優しい声が聞こえると付き纏っていた悪霊が陰陽師の呪術によって祓われたように声も痛みも一瞬で止む。

 呼吸を整えてから私は立ち上がった。

 

「・・・・・・大丈夫」

 

 人に聞こえないように充分離れて声を潜めた私はナーシャに耳打ちした。

 

「ナーシャ、ここ居心地悪い」

 

「同感」

 

 行き過ぎた指導を見ないよう暫く足を速めてようやく辿り着いた指定場所の町長の家。

 自分の学歴の成果を堂々と誇るようにポリステルタウンで一番大きいおうちも例に漏れずシンプルを極めたような金の葉っぱ模様がちょっとあしらわれた程度の特徴しか無い真っ白な家である。

 鎮魂同盟所属の証と依頼書を提示したら使用人が案内してくれる事になり、必要最低限の家具しか置いてない廊下を伝って町長の待つ応接間に通された。

 

「約束より約十五秒程の遅刻。

 業界人なら五分前に来てくれるのが当然だと思いますが充分、時間に間に合ってる範疇ですね」

 

 部屋に入るなり革のソファーに腰掛ける町長こと青髪とメガネの女から変な事を言われた。

 時間厳守の大切さはナーシャから最初に教わったけどあんなに同じような建物が並んでる中で的確に約束の場所を探せという方もどうかしてる気がする。

 考えてる事を読んだのか今、文句を言ったら依頼人の機嫌を損ねてしまうかもしれないからナーシャが呑み込むように目線だけで合図してきた。

 

「いや~ すみませんねぇ。

 雪のように白く美しい街並みに魅入られてしまってつい長く寄り道しちゃってぇ~」

 

 商社と通訳時代に培ったナーシャの口八丁が炸裂。

 平静を装いつつも語尾を大袈裟に伸ばしたあの言い方は本心から言ってないけど、自分が治める人工領域を褒められてあの女も満更ではなさそう。

 

「・・・・・・まぁ、けばけばしい他の人工領域と違って飾らない美しさが特徴の自慢の街が他を上回っていると見抜くとは。

 あなたも中々の慧眼の持ち主のようですね。

 もしや生前はご立派な職業に就いていたのでは?」

 

「いやいや、あたしはそんな大層な職じゃ無いですよ。

 昔、商社に勤めてた事はありますけどもね」

 

 ナーシャが謙遜気味に答えると私達に興味が湧かずどこか覚めてた町長の態度がまるで職場に媚びたい上司が現れでもしたかのようにひっくり返る。

 この街の人達ってほんとに輝かしい功績しか重視して無いんだ。

 

「あら、なんというエリィト!!

 街の子供達にも見習って欲しい模範的存在です!!

 そんなお方を長く立たせてしまうとは申し訳ありません!!

 ささっ、助手の方もご一緒に!!」

 

 使用許可の下りたソファーに座ると町長は年代も性別もばらばらな子供達の顔が写った数枚の写真を取り出した。

 どの子も笑顔を作っているようだけど無理矢理、頬を上げてる感じで自然な笑顔って感じが微塵も感じない。

 

「事前に本部にも伝えた通り、今回は子供達が忽然と消えた原因の追究と連れ戻しをお願いします。

 子供達を誑かした愚か者には死を与え、子供達は最悪、首根っこを捕まえ引っ張ってでも連れ戻してください。

 事件の詳細な報告と全十五人の子供達を確認出来ましたら報酬を支払わせて戴きます」

 

 首根っこを捕まえてって自由奔放な子猫みたいで最早、人間として扱ってないような。

 なんて無口で考える私をよそにナーシャが色んな疑問を町長にぶつけ始めた。

 

「にしても不思議ですね。

 外部からも内部からも入る隙間の無い厚い壁に覆われてるのに子供が出ていけるなんて」

 

「えぇ。

 この街は外部からの誘惑や不埒な眼差しを遮断する為の外壁だけでなく子供達が仕事や勉強を嘘偽りなくこなしているかを確認する為に、監視カメラも何台か設置し街の皆さん全員で異常な子供達を見たら即座に報告出来るネットワークも構築しているので、仮に子供がどこか行こうとしたりこの街に相応しくない低能がいればすぐに検知出来ます」

 

 澄ました顔で語られる子供の自主性を徹底的に潰したえぐい街のシステムを自慢する女の一種の畏怖にナーシャが絶句しそうになっているが、なんとか正気を立て直し依頼の状況を聞き続ける。

 

「一応、確認したいのですが子供達が自らの意思で出てったとか・・・・・・」

 

「有り得ませんね」

 

 即座に先の言葉を撃墜する反論。

 彼女はメガネを指で押し戻した後、感情を一切動かさず、さも当然のように語り出す。

 

「子供達は皆、この街が他の人工領域よりも素晴らしく幸福に過ごせる場所だと自認しています。

 抜け出したいと考える愚かな子は誰一人としていません。

 それに万が一、脱走の計画を練っていた子がいたとしても先程も申しましたポリステルタウンの保護者全員が参加しているネットワークさえあれば日陰で育まれた些細な準備すらも筒抜けになります」

 

 抜け出したいと考えた時、厄介なのは見つかれば即座に犯した悪事を共有される全ての大人だけではなく死角を完璧に潰すように設置された数台の監視カメラもだ。

 さっき見せて貰った監視カメラの映像にはリアルタイムの街の動きだけじゃなくどんな小言も鮮明に映っていた。

 緻密に組み込まれたこの障壁の中、非力な中の子供達だけで脱走するのは無謀とも言える。

 ここは他人の介入による誘拐と仮定して話を進めた方が良いかもしれない。

 

「続きをお話させて戴きます。

 子供が失踪したであろう前夜を探っても監視カメラには変なステッカーの様な物によって撮影は妨害され、外壁の破壊を疑ってもどこにも傷一つすら見当たりませんでした。

 エリィトの私達の知恵を以てしてもどこにどうやって逃げたのか全く見当は付かず・・・・・・

 恥ずかしながら外部のUNdeadや鎮魂同盟の皆さんに依頼を出したという訳です」

 

「はい、事情は概ね分かりました。

 今回の事件、恐らくは理屈に当てはめて解決出来そうに無いっぽいんで張り込んで尾行って形で調査した方が成功も確実だと思いますけど如何です?」

 

「構いませんよ。

 事件解決のエリィトであるあなた達に一任した以上、こちらも文句は言いませんし出来る限りの援助はしましょう」

 

 渡されたのは名札と自由に使って良い家の鍵。

 特に名札に関しては無くすと買い物すら出来ないから絶対に肌身離さないようにと言われた。

 でかでかと鎮魂同盟所属と書かれた名札をぶら下げるのは恥ずかしいが、この街は一定の優れた物が無いと百円ショップすら利用出来ない話を聞いてるから甘んじて受け入れるしか無い。

 

「ありがとうございます。じゃ、報告をお楽しみに」

 

 私の目の前ですっかりぬるくなったブラックコーヒー(砂糖とミルクが無いと飲めない)を一気に飲み干すと、ナーシャは私の腕を掴んで急ぎ足で応接間を出た。

 

 歓喜の国への誘い(2) (終)

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