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不思議な少女(2)

「・・・・・・よし、身だしなみ問題無き」

 

 最上階へ向かう謎に包まれた鎮魂同盟のアジトの半透明なエレベーター。

 そこに乗って両の黒手袋と肩に羽織る鮮やかな色彩のジャケットの安定の位置を確認したりして身だしなみを整えるあたし、ナーシャ・ベイタロスは鎮魂同盟を取り仕切るシャドウマスター(分かりやすい言い方をすればギルド長みたいな役割を持つ権力者)にお呼び出しを受けていた。

 広い世界で仕事したくてオランダの商社から通訳の仕事に転身したあたしの充実の人生は眠るような死でありきたりに終わったはずだったが、目が覚めたら老体は三十代の時と同じ瑞々しい肉体で横たわっていた場所もベッドではなく柔らかい草の上だった。

 で、体を起こした時に殺意を滾らせた変なバケモンに襲われたから学生時代に身に付けた空手であっけなく撃退したらそれを見てた謎の男に勧誘されて鎮魂同盟に所属する事になった。

 受注などの前処理は複雑だけどやる事は単純明快。人に迷惑かけてる悪党を注意したりひどい時はぶっ飛ばしたりして制裁を下す警察と冒険者ギルドを足して二で割ったような内容。

 決して潔白な職とは言えないがあたしらが汚れ仕事を受け持つだけでエクソスバレーに住むみんなが平和に過ごせるんだ。そう考えれば荒事を担う事に躊躇はいらないしやりがいすら感じている。

 だから色んな依頼を受けては奔走して鎮圧してと真面目に仕事をこなしていたはずなのにいきなり同僚から謁見した事も無いシャドウマスターが呼んでるって伝言を受けた時は最初に焦りが生じてしまった。

 多忙なはずのシャドウマスターが末端の狩人であるあたしなんかを指名するなど一体何の用があるのか。

 無理矢理、緊張に漬けられた気分で待っているとエレベーターが音を立てて動きを止めた。

 

「失礼します。

 先程、呼び出しを受け参りましたナーシャ・ベイタロスです。オズワルドさんいますか?」

 

 目的地の階層はシャドウマスター専用のオフィス兼私室。

 モノクロームな家具で構築された近未来的な部屋は書籍や資料、文房具などの小道具が羽を広げる蝶の様に自らの意思を持って宙を舞っている特異な光景が広がっていた。

 その内の一つ、小型のカメラがエレベーターからやって来たあたしに対して凝視するようにレンズを動かす。

 

「どうしたんだい?

 電子機器がいっちょ前に睨んだところで怖くもなんとも無いよ」

 

 きっと不審者がやって来たんだって小型の番犬の様に警戒するカメラに対し、じっと様子を見ていたらその子は部屋の主の声に体を震わせた後、慌てて自分の持ち場へと戻って行った。

 

「うちの子の粗相を許してくれ。

 君が私の部屋に来る事は前持って伝えていたのだがすっかり記憶から溢れ落ちたらしい。

 さぁ、立ち話もなんだ。この椅子に座ってくれ」

 

 淡々と仕事の進捗を絶やさぬまま近くの丸椅子に配置の命令を下した物静かな男性こそ我らが鎮魂同盟の全ての責任者であり、百戦錬磨の暗殺者。ジャック・オズワルドさん。

 整髪料で一切の乱れを封じた白髪混じりの短髪、整った髪と同じ色の髭を蓄える鋭利な顔立ちは自動販売機と同じくらいの背丈も相まって万人から見れば恐怖を与える強面って奴だ。

 けど顔立ちを活かした威厳と威圧は決してむやみやたらに使う事は無いって聞いてるし、そもそも鎮魂同盟の社員ですら滅多に顔は拝めないんだからそんな体験は要望したって出来はしない。

 あたしが軽く断りを入れて慎重に椅子に腰掛けるとオズワルドさんがキーボードを叩きながら用件を切り出す。

 

「貴方の貴重な時間を余計に拝借しようとは思っていない。だから簡潔に済ませよう。

 依頼No.523、ベイタロス君の下まで来い」

 

 オズワルドさんの命令を受けて一枚の紙が無秩序な動きを繰り返しながらあたしの手元にスポッと収まった。

 書面に載っていたのは選択の補助になる依頼内容や場所が事細かな全社員共通のボードに貼られている物とは違い仕事を受ける時に必要な暗号化のコードだけ。

 

「UNdeadからの内密の依頼だ。

 優秀な貴方の腕を見込み、とある自然領域を調査して詳細な地形を書き記して欲しいとの事だ。

 皆、他の任務で手一杯の為、助力は遣わせられない。故に窮地に陥る前に必ず撤退する事。

 勿論、私も惜しみないサポートを提供する。内容は受付の者に手続きをしてから確認してくれ」

 

 エクソスバレーに漂流したばかりの無知で動揺に溺れる魂はエッセンゼーレにとって格好の獲物。毎年、被害に遭う霊体は少なくは無い。UNdeadはそういった霊体をエッセンゼーレの脅威から守る為の活動もする慈善活動の会社だ。

 前以て地形を把握し、一人でも多くの救助者に救いを齎し命を愚弄する影に優位を取る。をモットーにしている彼らは新しい自然領域の出現を多数確認した時、あたしらにもほんの少し調査の仕事を振ってくれると小耳に挟んだ事はあるがまさか秘密裏に頼まれるとは思わなかった。

 ほぼ全ての人工領域と信頼の提携を結んでいるからエッセンゼーレを倒した後に近くの人工領域を検索し、新しい住人の新生活の手配をするなどのアフターサービスが充実してるのもUNdeadの強みの一つである。

 無論、鎮魂同盟もそういった場面に遭遇すれば出来る限り手を差し伸べるけどね。

 それと鎮魂同盟には本当に制裁を与えるべき罪人か正しく見極める為に専用の調査部隊も結成されているのに、狩人側に立つあたしに頼むのはエッセンゼーレと渡り合えるからだろう。

 調査部隊に属する子の殆どは罪人達の懐にすぐ馴染めたり人を欺く事に長けた子が多く、戦闘が得意な子は数える程しかいない。そんな子達に自然領域の遠征を任せるのは些か不安が残ってしまうのだろう。

 こういう仕事をやるのは初めてだがオズワルドさんは私の能力を買って指名してくれたんだし拒否する薄情な真似は出来ない。

 

「了解です。

 この後は他に仕事もありませんし今日中に片付けちゃいますね」

 

 二つ返事で引き受けるとオズワルドさんはお礼と成果への期待を述べた後で話は終わったのだと口を閉ざしてしまい小道具達に見送りの命令を働かせて激務に没頭してしまった。

 

 

 受付のお姉さんに頼んで依頼を受けると同時に拝借したバイクに跨り、無人の荒野を駆け抜ければ目的地に一つの街が蜃気楼を取り払うように姿を現す。

 楼閣の如き小さなビルが密集して紛いの街を形成する自然領域は積年と砂埃を被ってかつての光沢と配色を失っている。

 エクソスバレーは死者が絶命する瞬間に見た光景や抱いた感情により気候や植物の分布、土地の特色だけでなく空の色まで変えて個性溢れる領土として自らに取り込んでる訳なんだけど、ここまで何かしらの感情を読み取れない空虚な土地は見た事ない。

 こんな薄気味悪い場所には一秒たりとも滞在したくないし早く調査を終わらせよう。

 錆びた全自動のドアが鈍足に開かれ砂埃のいらない歓迎を受けて街に入るとあたしの意欲は更に削がれた。

 街の中は砂漠と一体化したみたいに砂が多くて空気が乾燥してるし腐乱臭に満ちてて街全体が死体処理場みたいな場所だ。

 遠くから見れば人工領域にも見える建物も近くで見たらあらゆるガラスは割れてるしコンクリートはひび割れてその隙間から雑草が顔を出している。

 さながらこの空間だけ終末世界が広がってるかのようだ。

 荒廃した周辺には朽ち捨てられた小型の機械、サソリや群れを形成する狼など熱された砂地に適応した義体を持つエッセンゼーレが潜んでいて鍛えてるあたしは問題無いが一般の霊体が散策するにはとても危険な場所だ。

 ま、こんな臭気が漂う場所を好んで来る物好きな子はいないと思うけどね。一応、本部に戻ったら立ち入りは控えるべき場所だって付け加えて報告しとこう。

 

「ん? なんだありゃ?」

 

 支給された端末を四方に翳し全自動でマッピングしてもらいながら進んでいると薄く砂のかかった半壊の道路の上に確実にあたしの物じゃない足跡と白い布の破片が落ちている。

 管理者どころか人っ子一人すらいなさそうなこの場所に紛れ込んだ霊体がいるとは思わなかった。

 見たところ足の指まではっきり残ってるから持ち主は裸足なのが窺え、大きさは二十センチにも満たない事から子供だとも予測出来る。

 そして傍に落ちている布切れ、これは鋭利な刃物によって意図的に切られた物。未開拓の自然領域である以上、人の手でやられたって考えは除外していいだろう。

 以上の資料から推測出来る状況はここで子供の霊体がエッセンゼーレに襲われたって事だ。

 まずいねぇ。鎮魂同盟やUNdeadに所属してる子なら兎も角、未成年で形成された霊体がエッセンゼーレに抵抗出来る精神力を宿してる事は滅多に無い。放っておいたら確実に無残に殺される。

 エクソスバレーに固定された霊体はエッセンゼーレや悪意ある人間による殺意の介入によって命を落としても肉体は滅ばず早くて二週間、遅くて一か月後に甦る事が出来るらしい。

 その代わり母国語や熱中していた物事の知識以外の全ての記憶を失うって何とも寂しい状態になるらしい。

 鎮魂同盟が保護を重視しない組織である事と赤の他人という関係上、無視して本職を続行する選択も取れるけど彼女が生前大事にしていた記憶を喪失させてしまうのは忍びない。

 という訳でちょっと休憩がてら子供を救いに行くとしようか。

 

 

 しばらく探索してまた子供の手掛かりになりそうな物を見つけたからそれを辿って行くと出てきたのは真四角の廃ビル。

 病院みたいな部屋の構造、医療や研究に使われてたっぽい黄ばんだ器具、看板に書かれた施設の名前からしてこの建物は製薬会社として使用されてたみたい。

 ロビーの古びた地図を見る限り、建物の構造は患者の病室から病状に合わせた研究機関まで備え付けられた四階建てみたいだ。

 うーん、結構広いなぁ。手掛かりもぱったり無くなっちゃったしどこから手を付けるべきかねぇ。

 地中に埋まった宝を発掘するような閃きを求めて思索に耽っているとあたしの背後で受付を待つ人々の為のソファを押し退けながら冷たく研ぎ澄ます殺意を感じる。

 狡猾に命を奪い取ろうとする斬撃の気配を察して素早く跳躍し、殺意の持ち主とのご対面が叶うと降りかかる両手の鋏を打ち払い掌底をお見舞いする。

 あたし自身の手応えでも分かったがデコピン程度のダメージしか受けていない巨大なエッセンゼーレは黒曜石と水晶の殻に覆われたサソリの姿を模していて両手の鋏は二刀の鎌の様に鋭い湾曲を携え、尻尾に関しては柔軟に曲がる槍って表現が合ってる。

 長年の支配者として蓄えてきたこの威厳と貫禄。間違いなく戦闘非推奨のエッセンゼーレだね。

 サソリ野郎は自分の攻撃を初めて受け止めたあたしに興味を示しているのか睨みを効かせてここから逃がそうとしてくれないみたい。

 仕方ない、倒すのは無理でも退散させるくらいなら出来そうだから少しだけ遊んであげようか。

 サソリ野郎の最初の一手は影に溶け込むように地面に潜伏。

 その後、あらゆる方向から鋏や尻尾を一瞬、出現させてはまた引っ込める。それの繰り返しだ。

 奴の戦法はさながら音すらも殺し獲物を一瞬で仕留める暗殺者ってところかな。

 隠密性の高いサソリ野郎の攻撃は予測、発覚しにくく迅速に遊びを終わらせる趣に重きを置いた特性と言える。

 並の霊体なら極太の鋏や尻尾で身を貫かれても痛みを感じられないから突き抜けた刃先を見てからじゃないと攻撃された事にすら気付けない。

 けど打つ手が無い訳じゃない。

 奴は潜伏して移動する時、地上に配置されてる物の位置を把握していないか忘れているだけかは分からないが必ずぶつかるから障害物が揺れる。しかも懲りずに何度も。こうした学習能力の低さはやっぱりエッセンゼーレって感じ。

 だからなるべく物を多く置いてる場所に誘い込んでやればサソリ野郎がどこにいるかは大体、予想出来るって訳。

 その法則に基づいて迎撃の構えを取れば避けたりカウンターする事も少しだけ出来る。

 結論を言ってしまえば全部、致命傷には繋がらなかったが一瞬の機は作れた。

 顎の辺りに綺麗に入った蹴りでサソリ野郎をひっくり返しじたばたしてる間に奴が視認出来ない遠くまで隠れて行けば一旦の遊びはこれで終了。

 サソリ野郎は鉱石みたいに輝く瞳孔で注意深く殺意をばら撒くけどあたしを見つけられなかったからか仕方無く地面に潜って別の場所に行った。

 

「ふぃー・・・・・・ 危ねぇ危ねぇ」

 

 埃と砂を被ったベッドシーツから抜け出し、あたしは一瞬の安堵を得た。

 強力なエッセンゼーレの中にはわからん殺しを容赦無くかます奴もいるって聞くし今、生きてるのは毎日の鍛錬の成果よりも舞い込んだ奇跡のおかげだと思ってる。

 でもちょっとした屈辱を与えちゃった以上、あたしはサソリ野郎に目を付けられてしまったからここからの探索は奴との鬼ごっこにもなる。

 エッセンゼーレは知能は低いが受けた痛みを絶対忘れない奴らだ。きっと廃れた街の中に限り、あたしを血眼で地の果てまで追いかけて来るだろう。

 警戒は充分怠らず、砂まみれの廊下を歩いているとフローリングが勢いよく擦れる音が嫌に響く。

 これこそ日本のことわざにある棚から牡丹餅って奴だ。生存も確認出来たしこいつを辿れば迷い込んじゃった不運な霊体に会えそうだ。

 音が発生した方向に走っていくと小柄な霊体とそれを追跡する複数のエッセンゼーレに遭遇したから蹴散らして霊体の背中を追っていくと診察室と思しき広い部屋に突入する。

 霊体の方はうまく隠れてるつもりみたいだけど今までの逃走で疲れが溜まってるのか激しい呼気を漏らし続けている。

 もう足も上手く動かない程、体力を消耗してるだろうけどいきなり逃げられても困るから慎重に近付いて一気にカーテンを開ければ、隠れた隅で念願の対面が果たされる。

 

「・・・・・・」

 

 これは驚いた、身を縮こめる霊体の正体が成人に満たない可愛いお嬢さんだなんて。

 でも今の容姿は彼女本来の魅力を台無しにするみすぼらしい姿。

 本来、艶があって美しいはずの深い紫に染まった長髪はぼさぼさで痛んでるし着ている服は所々、破れているボロ布である。

 しかも服の隙間からちらりと汚れた素肌と少し膨らんだ胸部の輪郭が見えちゃったから入院服みたいな物の下は下着も着けていない事になる。

 エクソスバレーに漂流する時、服装は死んだ当時と同じになると言われてるのにこんな羞恥の恰好で転生させられるなんてどんなに悲惨な生前を過ごしていたのかね。

 

「こんな所で何してるんだい?

 ここは子供の遊び場には物足りない場所だろ?」

 

 気分を変える為のジョークは全く受けず、女の子はただ黙って警戒心を高めている。

 

「そう警戒するな、とは言いにくいね。いきなり出現した怪しい奴に信頼を寄せるなんてあたしも無理だから。

 けどさっきの狼みたいな化け物みたいに取って食ったりするつもりは無い。それだけ理解してくれれば充分」

 

 未だに顔色が強張る彼女を見る限り、こんな説得じゃ心を開けないか。

 しかも言葉を発する事を怖がってるようで現在、女の子は萎縮して沈黙を保ったまま。

 だったらエクソスバレーの恐ろしい特性を教えてどうしてもあたしについて行きたくなるようにしてやろう。

 

「その足の裂傷、奴らにやられたんでしょ? ほんの親切で教えるけどこの街はさっきの化け物、エッセンゼーレっていう奴らがたくさんいるんだ。

 あたしみたいに心身を鍛えてるならともかく、エッセンゼーレの対処に慣れてないあなたがここに滞在し続けていたら次は足だけでは済まないよ」

 

 ここに来て初めて動揺を見せたね。はっきりと驚きはしたみたいだがその時も一言も喋らなかった。

 エッセンゼーレから相当、素敵な体験をプレゼントされたんだろうね。

 残念ながらこれは誇張した脅しではなく事実だからね。身を以てそれを経験してるなら連れ出すのも楽そうだ。

 

「命を惜しむならとりあえずあたしについてきな。街を出るまでエスコートするから」

 

 こうして無言で頷いた女の子はあたしと一緒に行動する事になった。

 小動物みたいに後ろを歩く彼女の姿を見てると庇護欲が搔き立てられるから道中のエッセンゼーレを倒す手にも一層気合が入った。

 けど女の子の腕も中々だったね。護衛の為に携帯してるナイフを渡してあげたらちょっと怖がりながらもエッセンゼーレにダメージを負わせている。

 初めてエッセンゼーレに遭遇した人は ”恐怖” っていうエッセンゼーレを前に無力化してしまう最悪の状態異常に陥る事が多いのに、女の子はそれに屈さず今まで逃げ延びている。

 しっかり鍛えてあげればエッセンゼーレに対抗出来る数少ない戦士になれるだろう。

 まだ行き先も決まって無いだろうしエスコートが終わったら鎮魂同盟にスカウトしてみようかな。

 

「さて、マップによればこの階段を下りたらロビーに出るよ。

 ・・・・・・? どうしたの?」

 

 急に立ち止まり何の変哲もない壁を指差す女の子。

 だが何も無いじゃないかって断言する前にあたしの耳は嫌な予感を抱いた。

 色褪せ一部が焼かれたポスターの擦れる音をキャッチして身を下げてから飛び出た鋏を弾き飛ばし、サソリ野郎の迎撃に成功する。

 鬼ごっこの継続は念頭に置いていたが、まさかこんなに物が少なく狭い廊下で再会するとは厄介だね。

 今いる場所で女の子を守りながら戦うのは厳しいと判断したのでサソリ野郎が張り巡らせる凝視と攻撃を避けながら、急いで出口まで走って行く。

 けどエッセンゼーレの奴ら、連携を覚えたのかサソリ野郎がこの地の支配者の威厳で無理矢理従わせたのか障害物が多い場所を通行止めしてあたしらを袋小路に追い込んできやがった。おかげで女の子は萎縮してしまった。

 こんな真っさらな場所じゃサソリ野郎の襲撃が予測しにくい。

 最悪、女の子単騎で逃げられる安全な逃走経路を求めて周囲を注意深く調べていると女の子がナイフを構え直してサソリ野郎を見据えていた。

 

「・・・・・・私がなんとかする」

 

 初めて聞いた彼女の発声は辿々しいが確かな自信を秘めた頼もしい話し方だった。

 それでも彼女はエッセンゼーレとの対峙は素人。このまま特攻させるなんて戦闘のプロとして許せる訳が無いだろう。

 

「ちょ、あんた何するつもり?」

 

 走り出す女の子に音も無くサソリ野郎の尻尾が迫る。

 あたしが介入しなけりゃ鋭い穂先が霊体の胸を貫く結末に至ると予測していたがそいつは彼女の変化で覆される。

 先程まで怯えていた人格とは打って変わった戦闘慣れした神速で刺突を躱した彼女は葵のオーラが収縮されたナイフを振り抜くとあたしの拳じゃ一ミリもダメージに繋がらなかった甲殻を紙を引きちぎる感覚で簡単に貫通し幾多の霊体を葬ったはずの尻尾を斬り落としてしまった後、自分がこんなに動けた事に呆然としている。

 もしかしてこの子、 ”恐怖” を活力に変えている?

 霊体にとってはエッセンゼーレを目の前に何も出来なくなる一番陥ったらいけない状態異常をバフに変換出来る特異体質なんて今まで見た事無いよ。

 サソリ野郎が強過ぎて逃げる事しか考えてなかったけど、女の子の秘められた実力を引き出せるようにサポートしてあげれば可能性はあるし他のエッセンゼーレ共に妨害されて退路も閉ざされてる以上やるしかないね。

 

「お嬢さん、ここを突破するよ。力を貸してくれ」

 

「・・・・・・何、すれば良い?」

 

「あたしが陽動を受け持つからあんたは安全圏内から攻撃すれば良いよ」

 

 女の子は了承してくれたしじゃ、生きる為の戦いを始めますか。

 開幕早々、壁に潜り込み奇襲を試みるサソリ野郎。また全神経を研ぎ澄ませ備えなきゃいけないのかと思ったら女の子が叫ぶ。


「後ろの左から二枚目の窓」


 また次も。


「今、本棚を伝って玩具が落ちてる所から飛び出ようとしてる」


 とまぁ、こんな風に隠れている場所を炙り出してくれたお陰で構えを取って迎撃するだけで簡単に敵をいなす事が出来た。

 思い返せばロビーに降りる直前、壁を指差しサソリ野郎の接近を教えてくれた。彼女の視界は分からないけどきっと見えない力みたいなので影の輪郭でも掴んでたんだな、うん。

 奇襲が通じないと分かったサソリ野郎は潜伏を止め、一心不乱に鋏を振り回す乱暴で力任せな戦闘スタイルに変わった。

 さっきまで無い知恵を絞って暗殺じみた戦い方をしてたのに急にエッセンゼーレらしい野蛮な戦い方に変えても奴の脅威が下がった訳じゃない。

 尻尾の重量が余程重かったのか動きは俊敏になり、あたしと女の子を追い込む的確な位置取りを数秒で終わらせ鋏を突き立てる。


「ほら、こっちだよ!! サソリ野郎!!」


 あたしは入口で殺し損ねた獲物って因縁を使って奴を引き付けてる間に無理せず凶刃から避け、チャンスがあればカウンターでサソリ野郎の態勢を崩したり暴走して周囲の壁や医療器具も巻き込む攻撃が当たらないよう女の子を庇ったりとにかくまだ戦闘に慣れていない女の子が安全に攻撃出来る環境を作る事に専念した。


「・・・・・・刺せた」


「良い感じだ。そろそろとどめってところかな」


 結果は完璧。女の子の攻撃はサソリ野郎に対する強力な打点となり脚や鋏を斬り落とし弱体化させつつ、本体にも数多の傷を刻んでいく。

 荒い息が止まらないかつての辺鄙な街の王者にあたしは敬礼を捧げる。


「一度死んだ身とはいえ、悪いけどこっちも生存に必死なんでね。始末させて貰うよ。

 あんたもやべぇくらい強かったが今回は勝利の女神があたしに微笑んでくれたって事で」


 拳でサソリ野郎の体をひっくり返すとあたしは女の子にタイミングを示す。


「今だよ!! 思い切り心臓に突き立てな!!」


 女の子は宙を舞い、葵のナイフを振り下ろした。

 体を細々と収縮させてからピタリと動かなくなったサソリ野郎は影に還り、砂塵と一緒に風に流されていく。

 完全な勝利を確認した後、女の子に拳を突き出すと彼女は不思議そうな顔をした。


「・・・・・・なにそれ」


「グータッチだよ。二人で掴んだ勝利なんだから、喜びを分かち合うのは当然じゃん」


 女の子がぎこちなく固めた手に率先して優しく当てると空虚な院内に衝突音が大袈裟に響く。


「しっかし、あたしら意外といいコンビになれるかもねぇ」


「・・・・・・」


「ちょ、無視しないでよ」


 

 

「こちらが彼女の健康診断書です。ご確認を」

 

 さすがは鎮魂同盟が誇る医療チーム。預けて数分後に結果が現れるとは。

 どれどれ、生前に負ったと推測される治りかけの擦り傷が複数あるだけでエクソスバレーに着いて早々付けられた裂傷の他に目立った外傷は無しと。思ったより健康そうで安心だ。

 スマホで撮っていた女の子の戦闘動画を採用担当に見せてあたしに育成責任を担う事を条件付きで女の子の所属も許可されたし、身体検査も終わったし次にやる事は既に決まってる。

 自然領域で染み付いた臭いと女の子の汚れを落とす為に風呂場に直行だ!!

 

「よし、じゃああんたの体を徹底的に洗浄しないとね。

 服飾係。彼女が好きそうな服、適当に見繕っといて~」

 

 戸惑う女の子の意向を無視してアジトの女湯に到着するとパパパっと服を脱いで脱がせて薄緑のタイルで構成された超広い大浴場に足を踏み入れる。

 お互いの体と頭を洗い終わって浴槽に浸かり、手足を伸ばせばやっと仕事が終わった実感を得られる。

 はぁ~・・・・・・ この極楽を味わってる間は生きてた頃を思い出せる。生前の余暇にしていた温泉巡り、エクソスバレーでもしたいけど鎮魂同盟の秘密が漏れたら大変だからなぁ。

 

「ちょ、まだ十秒も浸かって無いでしょ?」

 

 まだ汚れも落ち切っていないのに烏の行水しようとする女の子を捕まえてあたしの膝元に拘束しちゃうと、彼女は観念してじっとしてくれた。

 

「あんた、風呂は苦手なのかい?」

 

「・・・・・・お風呂入る時は、大人の人に聖水をかけて貰わないと体が溶ける、って言い付けられていたから」

 

「なんだい、そのふざけた迷信は。胡散臭い宗教にでも所属してたのかよ?」

 

 女の子は宗教の部分を否定しかけたように見えたけどもう喋ろうとしない。

 てかもう鎮魂同盟の仲間になったんだしそろそろ呼んでいい名前を知りたいんだが、まだ饒舌になっていない彼女が素直に教えてくれるかな。

 

「晴れて鎮魂同盟になった以上、あんたの事をどう呼んだら良いかくらいは教えて欲しいんだけど」

 

 女の子は少し記憶を探った後、ぼそっと教えてくれた。

 

「・・・・・・アリア、アリア・ガレイド。

 それが私の名前。大事な男の子がくれたかけがえのない贈り物」

 

 この子の秘密はまだまだ多いけど、これで少しだけ距離を縮める事は出来たね。やっぱ裸の付き合いこそ最強のコミュニケーションって訳よ。

 さて、秘密を打ち明けてくれた代価にあたしも相応の秘密を伝えないとね。

 

「あたしはナーシャ・ベイタロスだ。

 これからあんたの師匠になる年上のお姉さんだけどナーシャって呼び捨てで良いよ。

 パートナーとして気兼ねなく活動するにはまず、距離を縮めていかないとね」

 

 これがあたしと不思議な少女のアリアとの出会い。

 一緒に仕事したり鎮魂同盟のアジトで束の間の幸福を感じたり話せる事はまだまだあるけど、それはアリアに任せようかね。

 ま、あの子口下手だからプレッシャーはかけないでやって欲しいけど。

 

 不思議な少女(2) (終)

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