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⓪運命の始まり

コメディ小説です。

運命の始まり


『捨てないで捨てないで捨てないで―ーーー!!!!』



山頂で、大男の足元に少年がすがりついて懇願していた。


『人間界を旅行するっていうからついてきたのに!僕のワクワク返せよ!弟を異世界に捨てるなんて!永住する気なんてないぞ!日帰りさせてよこの薄情もの!ぐすんぐすん!僕が何したっていうのさ?!』


兄のこめかみにピキッと青筋が走る。

こうなってしまったきっかけに心当たりがありすぎる少年は今のは失言だったかもしれないと気づき、『あ、えっと…』と固まる。


『言いたいことはそれだけか?』

『や、その…オウチニカエリタイデス……ゴメンナサイ』

『何を言っても遅い。家族会議で決まったことだ』

『僕抜きで勝手に家族で意見交換会しないでよ!家族会議だっていうなら、僕の意見も混ぜるべきだ。それに、今日は僕の13歳の誕生日だし……え、なに?』


兄はフッと笑って弟の片腕を腕で絡め取るようにし、自分の胸に引き寄せた。


許してもらえるのだと思った少年はほっと胸を撫でおろした。もちろんノーガード。

兄は抱きこんだその片腕を巻き込み、反対の腕を弟の首の内側に回して―――絞めあげた!


『クラッチ!!』

『デァァァァァイタイイタイイタイーー!!!ギブギブギブ!頸動脈を圧迫しちゃってるから!血流止まっちゃってるから!やめっやめてぇぇぇぇ!!!』


兄は自分の体を横から後ろに回り込ませ、体重をかけて圧力を加える。

弟は必死に片腕でパンパンと降参の意を表していた。


『タップアウトしてんじゃん僕!兄さんの目は節穴か?!ぐああああ!』


気絶する寸前でアナコンダチョークを解き、兄は黒い翼を広げてバサリと宙へ飛ぶ。


『ゼェッゼェッ、まじで、まじで捨てないよね?こんなに可愛い弟を…』

『もう私達の手には負えん。全ての元凶はお前だ。ああそうだ、人間という生き物は非常に知的好奇心が強い生き物らしい。魔族だとバレれば即座に人体実験施設送りになるだろう。気をつけるんだな』

『そんなッ!』


魔界への闇ゲートを開き、兄はそのまま消えてしまった。


『待って待って待って!ちゃんと学校にも行くし誰にも迷惑かけないし、大食いもやめるから!!待って兄さん!!』


伸ばした腕は兄の足先さえもかすめることもできなかった。魔界への入口となるゲートは完全に閉じられている。翼を出して兄が消えた場所を旋回する。少年は一人取り残されてしまった。


ひゅ~ともの寂しい風が少年の頬を撫でる。


『う……うそ』


空は青く、見たことのない可愛いかんじの白い鳥がのびのびと翼を広げて飛んでいる。


『こんなのって無い!どうやって生きていけばいいんだよ?!』


真っ暗闇の部屋で布団にくるまり、シクシクと泣いていたら、突然やってきた兄に首根っこをつかまれた。「首が締まる!」とヒンヒン喚いたが聞いてもらえず、子猫を口に加えて運ぶ母猫のように雑に扱われ、家から追い出されたのである。人間界旅行だと言われ、大はしゃぎしたものの、喜んだのはつかの間。

”人間界”へ連れてこられてすぐ、今後はこの世界で独り立ちしろと兄に言われてしまったのだ。


ゲートがあった場所で『兄さんのベッド下に何があるか、知ってるんだからー!言いふらすぞー!』と大声での脅し文句を叫んだり、申し訳なかったから家に返してほしいという懇願をしたりしてみるも、なんの反応もない。全て周囲の自然に溶け込んでしまうだけだった。


ここで叫んでも魔界へは届かず、騒いでもなんの意味も無いようだとわかり、ゆっくりと地へ降りて翼を背中の中に戻した。


もしかして兄は帰ったフリをしただけで、どこかで身を隠して弟の様子を観察しているのではと期待する。あたりをウロウロと歩いて見回した。しかし誰もいない。


本当の本当に捨てられたのだということがわかり、ガクンと膝を地面につける。

初めての異世界旅行が、こんな形になるなんて思いもしなかった。


『国宝の湖を全部スライムに変えちゃったからって……家族を捨てることないじゃないか。いや、魔王さまの髪の毛を全部燃やしちゃったのが悪かったのかな……あれもこれも、全部わざとじゃないのに」


過去の失態は、全て意図的ではなく事故だったのだ。

少年は顔を上げ、むん!と気合を入れた。


『こうなったら、自分で魔界への入り口を無理やりにでもこじ開けて帰る!そんで謝って許してもらうんだ!』


手を上にかざし、『魔界への扉よ、開け!』と唱えてみる。


『っく、黒の柱よ、時空を切り裂け!』


シーン。


『黒龍召喚!』


シーン。


『出でよ、黒いつまようじ……」


シーン。


何も起こらない。異世界への扉を開けられないのは仕方ない。異世界へのゲートを開けられるのは、兄のように修行を積んだ高官の術師だけだ。学校もちゃんと通っていないユウキが見よう見まねですぐ使えるはずがなかった。


『な、なんで普通の術も使えないんだ?』


術の根源となる法力は体中に溢れていて、問題は無いはずだ。それなのに、召喚術どころか、日常生活で扱える術すら使えなくなっている。

少年の背中にダラダラと変な汗が流れた。


『人間界では魔族は法力が使えないって学校の授業で習ったけど、あれ本当だった……?いやいや、兄さんは普通に法力を使って魔界への扉を開いてたじゃないか。なんで使えないんだよ?えい、えい」


手を頭上でぐるぐる回して術式を唱えるも、やはり何も起こらない。しばらくそんなことをしていたら、腹から悲鳴が鳴った。


ぐぅぅぅ~~。ぐぐ、ぐごごご……。


『お腹へったぁ~…何か食べ物………ん?』


足元に広がる小さな野草たちに注目した。風に揺れて静かに息づいている。しゃがんでそれらの草を掴んで引っこ抜いてみた。


『悪くない香りだ。食べられるかな……?!』


昨日激辛カップ麺を食べてからというもの、何も食べていなかった。さわやかな香りのする草だ。口に放り込んでムシャムシャと吟味する。


『ニガァ!!』


苦さと寂しさで目がうるんでくる。


「寒いしご飯無いし……どうしろっていうのさ』


魔界では秋だったが、ここも同じくらいの季節のようだ。日中はほんのり暖かい日差しで寒くは無かったが、夕日と共にやってきた風は少し冷たかった。


『こんなことになるなら、魔界スパゲッティ食べ放題選手権にでもチャレンジしとけば良かった』


よくわからない草を我慢してモシャモシャ食べていたその時、草を踏みしめるかすかな音が聞こえた。この足音は動物ではない。2本足で歩く生き物の足音だ。


(ーー”人間”?!)


兄が言っていた言葉を思いだす。

”魔族だとバレれば即座に人体実験”。


(どどどど、どうしよう!僕、バラバラにされちゃう?!)


バラバラにされた自分を想像して、ヒュッと体の中心が冷たくなった気がした。呼吸は浅く、喉が締めつけられるような感覚に襲われ、手足の力が抜けていくのを感じる。冷たい汗が額をつたった。


ゆっくりと音のした方に視線を上げると、そこには老人が目を丸くしてこちらを見ているのが見えた。


老人は言った。


「なんじゃあこいつ!ナマのヨモギ食べとる!」




次回


【第一話 黒の魔法と異世界学園への導き】



お疲れ様です。お読みいただきありがとうございました。

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