愛してるみたい(信次目線)
休憩室へ行くと、のばらさんが呼び掛けてくれた。
「あ、信次くん、お疲れ様ですわ」
「のばらさんもお疲れ様」
「あら、少し疲れてるんじゃなくて?」
「海里の家族が皆風邪ひいちゃって、看病してたからね」
気に掛けてくれてありがとね、のばらさん。
確かに看病をずっとしてたから、ちょっと疲れてるんだよね。
兄貴、昨日良く平然とやれたよなあ。
「まあ、大変でしたのね。ご飯食べたらお休みになっては?」
「そうしようかな。子供達に疲れた顔見せらんないし」
のばらさんの優しさには、本当救われてるな。
話してて安心するんだよね。
これをきっと、恋って呼ぶんだろう。
「あ、亜美またおかず変えてくれてる。時間ないだろうに」
「お弁当、亜美が作ってるのね」
「そうだよ。しかも、昼と夜でおかず変えてくれてさ」
「亜美の心遣いですわね」
兄貴もだったんだけど、お弁当を別々のおかずにするの絶対大変なのに、僕が飽きないように作ってくれてる。いつもありがとね。
「のばらさんのお弁当も、明日から作るからね」
「本当に有難うございますわ。実は、両親が看護師勤務に良い顔してなくて……助かりましたわ」
「今日は家で、兄貴の作った晩御飯食べてってね」
「有難うございますわ。8時前と19時半以降は、ご飯家で食べられないから嬉しいですわ」
そうだったのか。のばらさんも大変だなあ。
それで栄養失調になるまで頑張って……報われるといいな。
「ごちそうさま、じゃあ少し寝てるね」
「おやすみ、信次くん」
「おやすみ、のばらさん」
なんでのばらさんの側にいると、こんなに安心出来るんだろう。ホッとするんだよね。
恥ずかしい寝顔も、君になら見せられちゃうくらい。
大好きだよ、のばらさん。この気持ちがいつか届きますように。
おやすみ、のばらさん。
「なんでのばら、信次くんといると、安心できるんでしょうか?」
◇
「冴崎さん、イブ遊びに行こうよ」
「九久平先生、そう言う話を病院でするのは、いかがなものかしら? のばらは嫌いですわ」
「なんだと、医者に向かって歯向かうなよ」
「のばらはのばらとして話してますわ。貴方も貴方として話したらいかが? 九久平先生」
「なんだと? いい加減にしろよ!」
ん、なんか周りが騒がしいな。あ、のばらさん!
何があったか解らないけど、九久平先生に、のばらさんが殴られそうだ。
九久平先生の腕が出るよりも先に、僕は咄嗟に身を乗り出して、のばらさんを庇った。
うう、やっぱり痛い。
「な、なんだよ、お前」
「時任信次です。内科主任部長の深川先生の弟です。この事は、院長にも報告させて頂きます」
「ちっ、覚えてろよ」
覚えて貰っても、どうせあんたは首だろうけどね。バーカバーカバーカ。
のばらさんを殴ろうとするなんて最低過ぎるよ。
「信次くん、大丈夫ですの?」
「平気平気。のばらさんこそ、怪我はない?」
「はい。信次くんが庇ってくれましたから」
「それなら良かった。兄貴には今連絡したし、まだ時間あるから寝とくね。おやすみ」
「ちょ、信次くん……お礼くらい言わせて欲しいのですわ」
本当は寝なくても良かったんだけど、何故か解らないけど、照れくさくて、のばらさんの顔が直視出来なくて。
でも、助けられて良かった。無事で良かった。
お礼なんて言わなくていいよ。当たり前の事をしただけだよ。
うん、やっぱり照れくさいや。暫く寝た振りしておくか。
◇
「信次くん、そろそろ時間ですわよ」
アラームが鳴る前に、のばらさんが僕を起こしてくれた。寝ては無かったんだけどさ。
「ふわあ、おはよ、のばらさん」
「おはようございますわ、それとさっきは助けてくれて有難うございますわ」
「当たり前の事をしただけだよ。気にしないで」
とは言うものの、やっぱりお礼を言われると改めて照れてしまうのが僕で。格好付かないね。
「あ、兄貴から連絡きた。院長に報告してくれたみたい。さっきの件」
「怖かったですわ……」
「大丈夫、僕が居る時は絶対守るから」
「それは心強いですわ。有難うございますわ」
こんな事、2度とあって欲しくないけど、もしあったとしても、何度でも守るからね。
「じゃあ、また後でね。帰りは緊急外来で待ち合わせよっか」
「了解ですわ。ではごきげんよう」
背中に受けた殴られた痕が痛い。
でも、これは内緒にしなきゃね。君が気にしちゃうから。
そんなのは、僕も嫌だからさ。
休憩から戻ると、次々に子ども達は帰っていく。
絵梨ちゃんもお父さんのお迎えが来て、帰っていった。
「ばいばーい、しんじ、たくみくん」
「絵梨ちゃんまたねー」
「じゃあな、えり」
そして、相変わらずなんだけど、拓実くん1人になってしまった。
遅番が多いんだよなあ、拓実くんのお母さん。会った事はないんだけど。
小暮さんの話だと、お父さんも仕事人間で迎えが遅くなりがちで大変みたい。
それぞれの家庭に事情ってあるもんね。
そんな訳で僕は、時間まで拓実くんと遊ぶ……というより、寝かしつける事にした。
「つまんね、えりもいねえし」
「だったら、寝た方がいいよ。早く絵梨ちゃんに会えるからさ」
「でも、とーちゃんのかおもみたいし」
そっか、拓実くんなりにお父さんとの時間が欲しかったんだね。
お母さんとは遅番前に遊べてるだろうけど、お父さんはそうは行かないだろうしね。
でもね、それはお父さんを心配させちゃうんだぞ。
拓実くんにはちょっと申し訳ないけど、僕は拓実くんを抱きしめて子守唄を歌った。
寝てる君を見て、お父さんもお母さんも安心するんだよ。
兄貴と亜美が、僕に対してそうだったみたいに。
いつものように、拓実くんはぐっすり寝てくれた。
「お疲れ、時任くん」
「有難うございます、ようやくひと段落です」
「全く、院長もたまには早く迎えに来て欲しいわよ」
ん? 院長? と言う事は、まさか……。
「た、拓実くん、院長先生の息子さんなんですか?!」
「そ。3番目のね。奥さんは病院の財務管理で多忙だし、院長もしょっちゅうオペとかしてるしね」
知らなかった。確かにそれなら、朝までコースになってしまうのも頷ける。
あれ? でも3番目の息子さんなら、お兄ちゃんやお姉ちゃんは?
「ご兄弟のお迎えは厳しいんですか?」
「2人とも大学の院生で、ほぼ泊まりらしいよ。医学生ではないみたいだけど」
「院生さんも大変なんですね」
そっか、それは余計に寂しいよね。拓実くん。
家族にほとんど会えない生活をしているって事だもんね。
「まだ時間あるし、ちょっと話そうか。ひよこ組さんにおいで」
「はい」
僕達はひよこ組さんに移動して、ようやく腰を下ろす。
「私もここは長いけど、拓実くんを寝かしつけたのは、私を除いて君が初めて」
「そうだったんですか?」
「うん。皆ギブアップしてたもん」
「それは知らなかったけど、寝てくれて良かったです」
「私が居ない時は大体起きちゃってて、院長も心配してたからね」
誰でも遅くまで子供が起きていると心配になるもんね。僕もめちゃくちゃ心配させたもん。
結構頑固なとこあるもんなあ、拓実くん。それだけお父さん、院長に会いたかったんだね。
「だから君が続けてくれる事は、院長も嬉しいんじゃないかな」
「そう思って頂けるなら嬉しいです」
「明日は休みだから、後25、26日で長期休みだね。絶対合格してこいよ」
「勿論です。頑張ります」
皆、僕の事を応援してくれてるし、絶対この飛び級試験と大学入試は落とせないね。
どっちも掴んでやる。負けたりしない。
「じゃ、今日はこれで終わり。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
小暮さんの優しさに触れて、僕は職場を後にした。
ロッカールームに行くと、ちょうどのばらさんに出会す。
「あら、信次くんお疲れ様ですわ」
「のばらさんもお疲れ様」
「じゃあ、着替えたら緊急外来前ですわよ」
「うん、了解」
思えば、僕一目惚れだったな。のばらさんの事。
初めて会った時から、印象は亜美の事もあったから良くなかったけど、その可愛さに心を持ってかれて、傷付いてる姿を見たら胸がチクッとして。
そんでもって、次第に仲良くなって。大切な人になったんだ。
前進出来るかな。僕の気持ちは届くかな。
と、ボーっとしてた。早く着替えなきゃ。
「お待たせ、のばらさん」
「大丈夫ですわ。今来たとこですわ」
「じゃあ、我が家までいこっか」
ああ、手を繋ぎたいなあ。告白ごっこじゃないけど、好きです、って言って手を繋いで貰いたいな。
勿論現実はそんなに甘くないよな。でも、のばらさんはどんな反応をするのかな?
それは予想が付かないから、ちょっと楽しみでもあるんだよね。
良くない結果だったとしても。って、ネガティブはいけないぞ、信次。
「今日の晩ご飯は何かしら。楽しみですわ」
「兄貴の事だから、張り切って作ってそうだなあ」
「明日はのばら早番ですから、亜美にお弁当預けてくれると嬉しいですわ」
「了解、明日渡しとくね」
いずれにしても、これからはお弁当を通じての繋がりもできた事だし、もっともっと仲良くなれるといいな。
僕だけかもしれないけど、のばらさんの側にいると凄く安心出来るから。僕も安心させてあげたいな。
「来月は深川先生の勤務どうなるのかしら?」
「あれから鬱症状も出てないし、元に戻るのかなあ?」
「でもそうしたら、また無理しそうですわ」
「それなんだよなあ。学習能力が低いよ、兄貴」
「頑張り屋なのは良いところですわ」
バランスよくやれない人なんだよな、兄貴って。いつも頑張りすぎちゃうから。
そもそも精神病になると、頑張りきれなくて辛いって声が多くあるのに、兄貴はどうして頑張れているんだろう?
無理してるだけなんだろうなあ。
「兄貴が無理しなくていいように、僕も頑張らなきゃ」
「信次くんも深川先生に良く似てるから、無理しちゃダメですわよ」
「心配ありがとね。でも、頑張る事は嫌いじゃないからさ」
後、メンタルには自信あるしね。そう簡単に、僕はやられたりしないから安心して。
「あ、着いたね。ただいまー」
「お邪魔しますわ」
兄貴達は予想通り、もう部屋で寝ているようだった。
ずっと早番なのも、あんまり眠れないから、それはそれで辛いよなあ。
食卓にメモが置いてある。「今日は白身魚のムニエルとシーザーサラダとかぼちゃスープだぞ。全部冷蔵庫に入れてあるから、温めてあげてな」か。
「ご飯温めるから待っててね」
「楽しみですわ」
「あ、かぼちゃスープあるけど、冷たいのと温かいの、どっちがすき?」
「冷たい方が好きですわ」
「じゃあ、今からサラダと一緒に持ってくね」
僕はサラダとスープとフォークとスプーンを先に運んで、その後ムニエルをレンジで温めた。兄貴、やっぱ気合い入れて作ってくれたんだなあ。
「はい、メインディッシュはムニエルだよ」
僕はムニエルとご飯とナイフを運んだ。これで全部揃ったかな?
「いただきますわ」
のばらさんは、目をキラキラさせながらご飯を食べ始めた。
この美味しそうに食べる顔が、やっぱり1番すきだなあ。なんか嬉しくなるもん。
「んー、美味しいですわ。深川先生も料理お上手なのね。ムニエルは香ばしくて、サラダはシーザードレッシングが光ってて、かぼちゃスープも甘くて美味しいですの」
「元々は、僕も兄貴から料理教わったしね」
「じゃあ、信次くんにとっての母の味なのね」
「うん、そんな感じ」
正直、もうあの女の料理の味は忘れちゃったし、お父さんもそんなにレパートリーは無かったからね。
本当に僕は、兄貴に育てられたようなもんだからなあ。
「ごちそうさまでした」
「え、早。そんなにお腹空いてたの?」
「身体が欲してるんですわ。正直足りないのですわ……」
「じゃあ、僕が炒飯作るから待っててね」
「わーい、信次くんの炒飯好きですわ」
落ち着け僕、僕の炒飯が好きなんだぞ。
でも、炒飯でも僕の作ったものを好きって言ってくれるのは嬉しいな。
そんな訳で、僕はキッチンで炒飯を炒めながらニヤけてしまったんだけど、キッチンでならバレてないよね? 大丈夫だよね?
のばらさんは、ニンニクマシマシ大盛りで、っと!
「ほい、できたよー!」
「待ってましたわ! いただきます!」
もう、一口目から最高の顔してくれるもんな、こんなの皆惚れちゃうよね。解るよ、その気持ち。
これからもこの顔を見続けたいな。もっと近くに寄り添いたいな。
ふ、薄々勘付いていたけど、僕、いつの間にか、のばらさんの事、愛してたみたいだ。
信次「気持ちがどんどん強くなっていくよ」
京平「惚れたらそんなもんだぞ」
信次「僕の気持ち、多分重たいだろうなあ、でも本音だしなあ」
京平「イブには正直にぶつけてこいよ?」