最低最悪な友くん
こうして、京平と勉強をした私は、最低最悪な日比野の事を頭の中から追い出して、更に自分でも予習復習して、気持ちよく眠りに着いた。
気持ちよく寝た事によって、日比野の存在も忘れられた。
翌朝、信次が作ってくれたお弁当をもって、今日も看護学校へ向かう。
だが、状況は、更に悪化していた。
「時任さん、日比野くんをいじめないでよね」
「え、い、いいじめてないし、むむ、寧ろ私が」
「日比野くん泣いてたよ、可哀想に!」
何でそうなるん?!
いじめられたのは寧ろ私だよ! テストで負けたらしもべになれって言われたし!
日比野のやつ、そうやって味方を増やしているんだな。
周りからみたら、いじめたお詫びに私がしもべをやってるみたいに見えるし。
でも、ミニテスト自信あるもん。大丈夫。
予習復習もバッチリだしね!
あーん、日比野のこと考えたくなかったのに、朝から最悪だ。
これじゃあ、友達も出来そうにないや。
そんな最悪な気持ちの中、授業は始まった。
今日は、糖尿病の事について勉強するらしい。
予習もしてきたけど、そもそも私の病気だし、知識はバッチリだもんね。
「では、1型糖尿病について、時任さん」
「はい、1型糖尿病は、先に説明のあった2型と異なりまして、膵臓のランゲルハンス島と呼ばれる部分にあるβ細胞が障害され、インスリンを産生出来なくなります。その結果、高血糖状態が続き、生存を危うくする為、高血糖を是正する事と生存を目的として、注射によるインスリンを補う治療が必要です。現在ではインスリンポンプ等の治療法もあります」
「か、完璧ね。ありがとう」
へへん、どんなもんだい! 勉強して来た甲斐があったよ。
糖尿病に関しては、京平の専門分野だから、凄く丁寧に教えて貰ったしね。
その直後、誰かの舌打ちが聞こえた気がした。
◇
次の授業では、早くもミニテストの返却がされるらしい。
負けたら日比野のしもべにされてしまう。そうなりそうだったら、先生に言ってやろう。
違う違う、私は勝つから、これで日比野とはおさらばするんだから。
「まだ授業前のテストにも関わらず、皆さんよく勉強されてますね。100点が2人いました」
ほええ。100点2人もいたのかあ。やっぱレベル高いなあ国立だけあって。
「日比野友」
歓声があがった。日比野、100点取りやがった!
どうしよう、このままじゃ私、日比野のしもべじゃん。今からでも先生に言おうかなあ。
そう思って、手を挙げた時。
「と、時任亜美」
響めきが起きた。良かった、同点ならしもべになる必要はないよね。
「時任さん、100点なの解ってたの? 手挙げてたけど」
「ま、まあそんなもんです、あはははは」
しもべになる必要がなくなった今、先生に言いつける内容は何もないもんね。
自信はあったけど、100点取れて良かった。京平になでなでして貰えるかなあ。
その後はテストの訂正を兼ねての自習となった。
100点の私は訂正箇所はないけど、教科書をみながら、補足として覚えるべき箇所をノートに書く。
そんな最中、やっぱりアイツがやってきた。
「同点でしたね。思ったより出来るんですね」
「べ、勉強、し、し、してるも、ん」
「次は授業のレポートですかね。しもべにしてあげるね」
「ま、ま、ま、負けな、い、もん」
やっぱり、更なる勝負を申し込んできたよ、日比野の奴。
こんな奴には負けたくない。自習時間に予習復習もしっかりしなきゃ。
勉強、食事、睡眠で勝つんだから!
◇
そんな訳で、信次の美味しいお弁当を食べた私は、勉強疲れもあって、食堂でゆっくり寝ることにした。
アラームも掛けたし、次の授業までバッチリ眠るもんね。
なんて、ね。本当は結構限界近かった。
昨日も、1人で予習復習しまくったから、あまり眠れてなかったんだ。
確か、2時に布団へ入ったはず。
次の授業までに起きれるか、不安だなあ。
いいや、アラームを信じよう。
おやすみ、世界。
「無理してるじゃないですか。参りましたって言えば許したのに」
誰かが、上着を被せてくれた感覚を抱きながら、私は気持ちよく眠った。
◇
やがてアラームが鳴って、まだ眠いけど私は起きることにした。おはよう、世界。
あれ、見覚えの無い上着が私に掛かってる。誰の上着なんだろう?
クラスメイトじゃなければ、普通に話して貰えるかな?
周りの人に聞いてみた。
「すみません、私に上着が掛かってたんですが、誰が掛けたかご存知ですか?」
「ああ、髪の長い男の子が掛けてたの見たよ」
髪の長い男の子? 思い当たるのは1人しか知らない。日比野だ。
けど、あの日比野が私に上着なんて掛けるかなあ?
でも日比野じゃないとしたら、誰なんだろう?
ああもう、解らないや。いいや、畳んで椅子に置いとこ。
一応手紙で、上着ありがとうございました、って添えて。
昼からはレポートの書き方を習った。
昨日と今日に行った授業のレポートを、何と明日までに提出しろだって! 看護学校は厳しいなあ。
でも、ノートは取れてるから、後はそれを纏めるだけだね。
ただ、レポートの書き方は思った以上に複雑で、1日で出来るか不安が募る。
これに加えて予習もしたいから、ますます眠れない。でも、夢の為に頑張るぞ。
私は病気持ちだから、人より出来てなきゃ就職すら怪しいしね。
一応書く時間は与えられたけど、時間内で書き終わる速記術を持った人は誰も居なかったので、皆絶望感に満ちた顔になる。
しかし、絶望感は更に続いた。次の授業もレポートの対象になると先生が言ったのである。
提出期限は明日だって! バカなの?!
こうなると皆授業そっちのけで、レポート書きに集中し始めた。
私もそうしたかったけど、折角の授業を無駄にしたくなかったから、先生の話に集中して、走り書きでノートを取る。
レポートがあるならノートの提出はないだろう、と踏んで、取り方を変えてみた。
家に帰ったら、綺麗に書き直すんだけどね。
要領悪いのかな、私。京平にも正しいかどうか、相談してみようっと。
こうして、地獄の宿題を出された私達の授業は終わった。
看護学生はバイトする暇ないぞ、って京平が言ってたのは、嘘じゃなかったんだなあ。
ただ、皆さっきの授業を犠牲にして、粗方レポートは書き終えたらしく、晴々とした顔をしてる人が多く見られた。
私の目的は勉強が出来る事、じゃなくて、看護師になる事だもん。
だから、遠回りかもしれないけど、間違ってないよね?
と、念の為食堂に置き去りにした上着を確認したけど、顔の知らぬ持ち主が持ち帰ったようだ。
春先とは言え、まだちょっと寒いもんね。
持ち帰ってくれたなら良かった。
私も帰ったら、レポート及び予習復習頑張るぞ!
◇
「ただいまー」
「おかえり、亜美。って、疲れた顔してるね。大丈夫?」
「看護学生に休む暇など無いのだよ、信次くん」
「今からまた勉強するの? 無理はしないでね」
「ありがとね、頑張るよ!」
京平が帰ってくるまでに、レポートは終わらせなきゃ。
今は17時。まだ2時間猶予がある。どこまで出来るかな。
でも焦りは禁物。自分の身にする事が大事だからね。
私はノートを見ながら、レポートを少しずつ仕上げていく。
うう。なんか眠たくなってきたや。でも、我慢。ミントガムを噛んで乗り切るぞ。
ううう、それでも眠い。ダメだぞ、亜美。レポートで負けたら日比野のしもべだぞ。
最低限、レポートだけはああああ。
「すやー」
「亜美、寝ちゃダメだよ!」
「は、危ない危ない。起こしてくれてありがとね」
「本当に大丈夫? はい、コーヒー」
「ありがと、信次。ふー、ふー」
ふおお、温まる。コーヒーを嗜んだら、また勉強頑張らなきゃね。
とは言うものの、その後の私と来たら、すやーっと寝ては信次に起こされる、を数回繰り返し、もう寝なよ! って何度も言われながら、レポートに取り組んだのだった。
「亜美、軽くでいいから寝ときなよ。顔色も良くないよ?」
「だって、レポート明日提出なんだもん」
「兄貴帰って来たら一緒にやればいいよ。亜美が倒れちゃう」
「それじゃ意味ないでしょ。大丈夫、まだ行けるよ」
あ、段々信次の顔に心配が灯ってきた。でも、時間を考えたら、レポート終わらせないと予習復習出来ないもん。
看護師になる為に、気合いで乗り越えなきゃ。
と、根性で眠気を抑え込もうとした時。
「ただいまー」
「兄貴お帰り。早かったね。てか、亜美を止めて!」
「お帰り、京平」
あれ、まだ18時6分なのに、もう京平帰ってきたや。
京平は私の顔をみるなり、全力疾走で私の元へ駆け寄り、お姫様抱っこして私を布団まで運んでくれた。
が、勿論、私は納得いかない。
「ちょっと! 勉強中なんだけど!」
「2時間寝とけ。今日はご飯食べながら勉強していいから。顔真っ青じゃん」
京平の顔にも心配が灯る。でも、私にもやらなきゃいけない理由があるんだ。
「レポート、全然出来てないもん……」
「俺が教えるから安心しな。今からも、眠るまで側にいるから」
「珍しいね?」
「寝ずに1人で勉強されても困るからな」
「そう言うことか!」
京平は私を抱きしめて、頭をポンポンしてくれた。
ちょっと、子供じゃないんだから緊張するよ。ドキドキする。
と思ったんだけど、やっぱり京平に抱かれると安心するみたい。
元々かなり眠かったから、おやすみも言えないまま私は眠ってしまった。
「おやすみ、亜美」
蓮「相変わらず性格悪いな、友」
友「色々あったんですよ、僕も」
京平「しかし、今時の看護学生はこんなに宿題が出るのか」
友「亜美さん、授業中に一切レポートやんなかったですしね」
京平「亜美らしいけど、不安になるな」




