友くんとの出会い
「むにゃむにゃ、友くん」
ぐっすり眠った私は夢を見た。友くんと出会った時の夢を。
あれは確か、3年前の看護学校初日の朝……。
◇
「ここが国立東都看護学校かあ。頑張るぞ」
看護学校に初めて通う朝、私は期待に胸を膨らませていた。
私の小さい頃からの夢の一つである看護師に、片足を踏み入れたのだから。
もう一つの夢は、京平と付き合う事だけど、相変わらず京平は鈍感だから、片足どころか爪先すら突っ込めないや。
まあそれも、看護師になれば共通の話題も増えるし、夢を叶える為に頑張るぞ。
と、校門で気合をいれていたら……。
「邪魔です、退いて下さい」
「す、すみません」
あちゃー、初日からやっちゃったよ。
冷ややかな目で見られたけど、上級生かなあ。
入学前の説明で、私達は髪を肩より短い長さに切るよう言われたけど、あの人髪長かったし。
にしても、綺麗な髪の毛だったなあ。
今まで友達出来た事ないけど、今回は出来るかな。
最初が肝心だぞ、って京平も言ってたし、話しかける努力はしなきゃ。
そんな訳で、教室に入ったのだけど、初めてみる顔ばかりだし、皆頭よさそうだしで、心は簡単にポキっと折れてしまった。
毎回私は最初の絡みが下手すぎるんだよなあ。
解っちゃいるけど、緊張と持ち前のコミュ障が合わさって、結局全く喋れなかった。
私がスタートに乗り遅れた中、私達は体育館に集められ、入学式が始まった。
校長先生の式辞、在校生代表の在校生歓迎の辞に続き、いよいよ新入生代表の宣誓の時間。
この宣誓は、入試でトップの成績を取った新入生が行う事になっている、が、残念ながら私じゃないみたいだ。悔しいなあ。
私が悔しさに包まれた中、代表生徒の名前が呼ばれた。
「宣誓、新入生代表、日比野友」
「はい」
「え、嘘?!」
思わず私は声を上げてしまった。皆が私を冷たい眼差しで睨み付けてくるし、先生が近くまでやってきて、しっ! ってしてくる。
でも、声を出さずにはいられなかった。だって、登壇したのは、私に邪魔って言ったあの長髪の子だったから。
長髪の子、日比野くんは、男子生徒みたい。
今や男性看護師は珍しくないが、女性に見間違える程スラっとした体型に、切れ長の瞳に、綺麗な髪。
邪魔って言われた時には、聞き取りきれなかった声も、宣誓の時はハッキリと聞こえてやっと判別が付いた。
まさか同級生だったなんて。
でも、髪の毛は肩より短く切れ、って言われた気がしたんだけど、もしやそれはおバカな私にだけの規則だったのだろうか?
と、一瞬思って、周りを見渡してみるけど、皆も短いや。て事は、日比野くんがルール違反をしているのか。上級生もソワソワしだしたぞ。
こうして、ちょっと周りをざわつかせて、入学式は終わった。
教室に戻ると、日比野くんは同じクラスだったらしく、既に女子の群れに囲まれていた。
そら成績優秀で容姿端麗と来れば、皆の注目の的だよね。
いやあ、全然気付かなかったなあ。
でも、京平のが贔屓目無しに格好良いけどね。
嘘、贔屓目はありまくりだ。だって愛してるもん。
そんな事を考えていたら、日比野くんが段々と近づいて来て、気付いたら目の前にいた。
「君らしいね? 僕の宣誓前に声をあげたの」
「は、はい。ご、ごめんなさい」
「僕の晴れ舞台をよくも。覚えておくね」
「わ、悪気は、なななかったんです」
「もう遅いよ。この後ミニテストがあるけど、僕に負けたら、僕のしもべになってもらうから」
「え、嫌だ」
何こいつ! 入学早々、人に邪魔って言ったり、しもべになれとか言い出してきたり、頭来た。性格悪すぎでしょ!
しかも自分の頭の良さを知ってて、自分に有利な状態で勝負を仕掛けるなんて完全なる出来レースじゃん。
「僕に楯突くの? 面白いね。名前は?」
「時任亜美」
「ふーん。僕は日比野友。ミニテストの結果が楽しみだなあ」
「だから嫌だって言ってるじゃん!」
「こき使ってあげるからね」
こうして基礎知識を図るためのミニテストが行われた。
入試が通常科目なのに対して、このミニテストは看護科目が中心のテスト。
私も京平と一緒に勉強はしてるんだけど、あの激ムカつく日比野も、どうせ勉強してるだろうしな。
いいや、負けたら先生にチクってやろ。ついでに京平にも報告して、とっちめてもらお。
そんなセコい事を考えながら、テストに挑んだ。
だけど、天は私に味方した。やば、全部勉強したとこじゃん。スラスラ解けちゃう。
しかも京平に見てもらったとこばかり。やるじゃん、私。
この調子なら、寧ろ日比野をぶっ倒せる気さえする。
ぶっ倒したら、亜美ちゃんへの今までの無礼を謝らせるんだから!
ついでに折角だからジュースでも奢ってもらお。
ふふふ、解らないとこは一つもなかったぞ。
後はしっかり見直しをして、ミニテスト完了!
「はい、後ろから集めてー」
テストの結果は後日らしい。
ひっひっひ、日比野め。亜美ちゃんの実力をとくと思い知るといいわ!
ミニテストの後は、すぐに学科授業が始まる。
一歩ずつ前へ進んでいかなきゃ。
家に帰ったら京平におねだりして、また復習しよっと。
◇
「京平、早くご飯たべて!」
「亜美、少し待てよ。今帰ってきたばかり……」
「早く復習したいの!」
「亜美もご飯食べてないでしょ?」
「亜美! ご飯食べる前の勉強禁止!」
「なんでえ?!」
正直、日比野のバカちんと真っ向勝負をする為には、ご飯より先に勉強してしまくって、差を詰めなきゃいけないのに。
かたや入試主席、かたやギリギリ合格の私。
そもそもの学力は大いに違うのだ。
でも、大いに違うにしても、あんな性格悪い人には負けたくない。
んだけど……。
「「「いただきます」」」
腹が減っては戦はできぬと言うし、ご飯を先に食べてもいいよね?
でも、出来るだけ早く食べなきゃ!
「亜美、絶対味わってないでしょ」
「はふとはひはっへふお」
「食べながら喋るんじゃないよ、亜美」
私だってじっくりご飯を味わいたいよ。
でも、そんな事してたら、日比野に追いつけない。
私は天才じゃないから、努力しなきゃ。
「兄貴……」
「亜美、ちょっと話そうか。信次もおいで」
「話って?」
な、なんだろ。食事中に京平が話そう、って言い出したのは初めてかもしれない。
「亜美、看護学校初日で頑張りたいのも解るよ。でもな、信次も亜美が看護学校初日だから、亜美の好きな物にしようって前の日から仕込みもしてたんだぞ」
「そうだったんだ……」
「兄貴、それ内緒……恥ずかしいじゃん」
そうだ、私、味わってる気になってたけど、ただ急いで食べてただけだ。
「それなのに、今日の亜美はご飯に対する反応すらなくて。お礼すらもなくて。そんなの亜美らしくないよ。信次泣いてたの気付いてたか?」
「だから、それはもっと内緒!」
うん、私、作ってくれた信次にお礼すら言えてない。美味しかったよ、とかご飯を楽しむ事すらしてなかった。
私のせいで、信次を泣かせてしまうなんて。
「ごめんね信次、勉強しなきゃって焦りすぎてて、信次の気持ちを蔑ろにしちゃってた。こんなに私の事、考えてくれてたのに」
「た、たまには、ね。今日は亜美疲れるだろうから、美味しいもの食べさせたいなって思っただけ」
「うわああああああん。ごめんなさい」
ごめんね、信次。私、最低なお姉ちゃんだったね。
「復習は今日やれば充分だから、まずは美味しく皆でご飯たべよ。その方が楽しいじゃん」
「うん、楽しく信次のご飯食べたい!」
「よし、笑顔のが亜美らしいぞ」
そうだね。ご飯は皆で楽しく食べなきゃ。
日比野なんぞを気にして焦って食べるもんじゃないよね。
いつも通り、味わって食べなきゃ。
信次も力を入れて作ってくれたみたいだし、そうしなきゃ勿体なさすぎる。
「じゃあ、改めて」
「「「いただきます」」」
「ああ、確かに私めちゃ損してた。このとろける卵とチキンライスが絡み合って、鶏肉もジューシーで本当に美味しい! ありがとね、信次」
「喜んで貰えて良かった」
「いつもの亜美だな、これが無いと食べた気しないよ。ああ、美味い」
こんなに美味しいご飯作ってくれてたのに、ちゃんと味わってなくてごめんね、信次。
今日は私の大好きなオムライスだったんだね。
それすらも解んなくなるくらい慌てて食べてたよ。
本当に家族に支えられてるな、私。
叱ってくれてありがとね、京平。
「ごちそうさまでした」
「俺もごちそうさま」
「綺麗に食べてくれてありがとね。僕もごちそうさま」
あー、美味しかった!
美味しいものを食べると、心が満たされるね。
「さ、お待ちかねの復習をしようか。でも、入試の時より気合入ってんな。どうしたの?」
「超ムカつく奴がいて、一泡吹かせたいの!」
「中々穏やかじゃない理由だけど、何されたんだ?」
「邪魔って言われたり、ミニテストで負けたらしもべになれって言われた」
「うわ、性格悪すぎじゃん。美味しくご飯を食べられた亜美のが人間出来てるから、そいつの事は気にすんな」
確かにかなり頭に来たのはあるけど、わざわざ最悪な奴を気にする事はないよね。
寧ろ頭のリソースを割くのも勿体無い。
もう頭の中から、しっしっ! って、しておかなきゃ。
「じゃあ、教科書を参考にさらっていこうな」
「うん、ご指導お願いしまっす!」
蓮「友、お前最悪な奴だったんだな」
友「僕も若かったんです」
のばら「ここから、どう友達になるんですの?」
作者「は、続きをお楽しみに」




