裏切られた友情
「亜美さん、深川先生、もう良い時間ですよ」
あ、友くんの声。私の肩を叩いている。
「あ、友くんおはよ。ありがとね、起こしてくれて」
「亜美さんの寝顔、可愛かったですよ」
友くんは私の顔に触れて、少し寂しい顔を向けた。
友くん、何を考えていたのかな? どうしてそんなに寂しそうなの?
私の顔に、友くんが触れたのを見たあの人が反応する。
「日比野くん、俺の彼女に触らないでくれる?」
「亜美さんは可愛いから仕方ないです」
「確かに可愛いけど、日比野くんには触って欲しくないの!」
「はいはい、喧嘩しない!」
変なところで喧嘩するもんなあ。
私は物じゃないんだから、触られたくらいで減りはしないのに。
でも、京平はそれも嫌なんだね。後で友くんに言っとかなきゃ。
そんなに私なんぞを大切にしなくて良いのにな。
「僕は仕事に戻ります、亜美さんも頑張って下さいね」
「じゃあね、友くん」
友くんが休憩室から出ていくと、京平は深い溜息を吐いて、私の顔を引っ張った。
「亜美、隙だらけなんだよ、バカ!」
「ええ、顔触られただけじゃん」
「俺が嫌なの!」
「わ、解ったよ。き、気をつけるよ!」
「もっとガードを硬くするんだぞ」
ガードを硬くと言われても、私普通に生きてるだけなんだけどなあ。
んー、常に腕を組んでいたらいいかな?
試しに私は腕を組んでみた。
「そういう意味じゃないけど、まあいいか」
まあいいのか。じゃあ、友くんがいる時はこうしとこ。
「午後からも頑張ろうな」
「うん、頑張ろうね」
◇
「時任さん、深川先生とクリスマスはデートかい?」
「はい、お互い休みなので。でも、深川先生に無理して欲しくないから、飽くまで予定です」
「あの人仕事頑張ってるもんね。デート出来たらいいね」
みたいな会話が、午後からも繰り広がった。
もうクリスマス近いもんね。
京平は休みの日に寝る人だから、無理して欲しくないのは本当。
それならそれで、私も引っ付いて寝よう。
で、京平が起きたら、私も今起きたとこだよって言えたらいいな。
下手したら、私が寝過ごす説は置いといて。
一方の京平も、やっぱり質問攻めにあったようで、すれ違った時は疲れてた。
ただでさえ、少ない人数で回診してるのにそうなったら、そりゃ疲れるよね。
そんなこんなで、定時を迎えたのだった。
「京平、お疲れ」
「ああ、亜美、お疲れ」
「大分疲れてるね」
「無茶苦茶聞かれまくったからな、俺達の事」
京平、こんなんでプレゼント買いに行けるのかな?
すぐ寝た方がいいんじゃあ?
「プレゼント、買いに行ける?」
「寧ろ明日寝たいから、今日行くよ。心配かけて済まんな」
「そっか、気をつけてね」
「おう!」
久しぶりの1人での帰路かあ。なんか寂しいな。
本当、2人で居ることに慣れすぎちゃってる。
京平はそのままで良いよって言ってくれたけど、寂しい時はどうしたらいいんだろ。
そんな事を考えながら、モゾモゾと着替えた。
更衣室を出ると、友くんがいた。
「あ、亜美さん。お疲れ様です」
「友くん、緊急外来でしょ? 何故こんなとこに?」
「ちょっとでも、亜美さんの顔が見たくて。と、言いたい所ですが、汗かきすぎたので着替えてたんです」
あ、いけない! 腕組まなきゃ。
「ん、何故腕組みを?」
「私は隙だらけらしいから」
「まだ隙だらけですよ、ほら後ろ」
友くんはそう言うと、私を後ろから抱きしめた。少し震えながら、でも、しっかりと。
私の中で、時が止まった。
ーー嘘、何で?
私が呆然としていると、京平が助けに来てくれた。
「日比野くん、亜美を抱きしめるなんて!」
京平は、慌てて友くんから私を引き剥がした。
「隙だらけですもん、亜美さん」
「亜美の気持ちを考えろよ」
私は今にも泣きそうだった。
友くんの事、なんだかんだで信じてたから。
ここまでされるなんて、思わなかったから。
「友くんの事、信じてたのにな」
友くんを見つめながら、私は泣いてしまった。
現場を目撃した京平は、頭をくしゃくしゃにしながら、私に呟く。
「亜美、帰ろ。日比野くんには失望したよ」
「ありがとね」
京平は友くんが何か言いかけたのを振り切り、私を引っ張って、家まで向かった。
私は涙が溢れたまま、京平に話しかけた。
「ごめんね、京平。まさか友くんが……」
「そっか、友達として、日比野くんの事信じてたんだな」
京平は頭を撫でながら、優しく接してくれる。
「抱きしめるのはダメって言ってたの。だから、ショックで」
「よしよし、隙だらけにしても亜美は悪くないから気にすんな」
「腕組んだのに」
「ちょっとは効果あるかな、って思ってたけど、やっぱダメだったか」
「え、ダメなの知ってたの?」
「なんとなく」
京平ってば、半分私を揶揄ってたな!
でも、私の何が隙だらけだったかは、解ってしまった。
友くんを、信じちゃいけなかったんだ。
京平も、私が友くんを信じているのを知ってたから、何も言わなかったんだ。
「よし、到着。よっこらしょ」
京平は私をお姫様抱っこして、布団まで運んでくれた。うん、寝ろってことだね。
「疲れた顔してるから寝ときな。寝るまで側にいるよ」
「ありがとね。おやすみ、京平」
京平は私を抱きしめて、頭をポンポンしてくれたんだけど、私は中々寝付けなかった。涙も止まらない。
これじゃあ、京平が出かけられないじゃん。
そう思った私は、寝たフリをする。
「すぴー、すぴー」
でも、そこは京平だね。見抜いてたみたい。
「すぐ帰るから、寝れそうになったら寝とけよ」
京平は少し悲しそうな顔をして、部屋を後にする。
本当は甘えたかったけど、駄々捏ねてるみたいで恥ずかしかったから、何も言えなかったんだ。
変な意地を張っただけだと、今になって気付いたけど。ごめんね、京平。
ひとりぼっちになって、真実が突き刺さる。
ずっと信じてた大切な友達が、こんな事するなんて。
初めて出来た大切な友達なのに。
「うわあああああああああん」
堪えてたものが、一気に流れていく。
涙は止まるどころか、どんどん溢れかえっていく。
そんな時、ドアを開く音が聞こえた。
「どうしたの? 亜美」
「信次……」
私の泣き声は隣の部屋まで響いていたらしく、信次が心配そうに声を掛けてきた。
「兄貴が居なくて寂しいの?」
「それもあるけど、友達に裏切られちゃって」
「亜美を裏切るなんて……何をされたの?」
私は事の経緯を、信次に話した。泣きながらだけど、ちゃんと伝わったかな?
「そっか。信じてたんだね」
「うん」
「でもその友達は、亜美の事好きって言ってたんでしょ?」
「うん」
「気持ちに応えられないなら、亜美もごめんなさいしなきゃね。亜美は、兄貴を愛してるんだもんね」
「うん、京平を愛してる」
確かにそうだ。友くんから告白された後、返事をするのは遮られた。
でも、遮られたにしても、私の答えはもう決まっているのだから、言わなきゃいけなかった。
知らず知らずのうちに、私は期待を持たせてしまったのかもしれない。
知らず知らずのうちに、友くんを傷付けていたんだ。
「うん、ちゃんとごめんなさいする」
「亜美は友達で居続けたいの?」
「大切な友達だもん」
「振られた後は友達に戻れないって人もいるから、友達でいられなくても、亜美は悪くないからね」
「そっか、友くんは私を異性として見てるんだもんね」
「そうだね。でも、亜美の気持ちはちゃんと伝えてね」
「うん」
後、もう1人謝らなきゃいけない人がいる。
「京平にもごめんねって言わなきゃ。変な意地張っちゃった」
「亜美らしいや。兄貴、全速力で出掛けてったから心配してるね」
「寝たフリしたんだけど、普通にバレてて、すぐ帰るからって言ってた」
「じゃあすぐ帰ってくるね。どうする? 寝とく?」
「京平が帰って来るまでは起きてる」
「無理はしないでよ。晩ご飯はもう出来てるからね」
信次はそう言って、部屋を出て行く。
信次と話したおかげで、私も大分冷静になれた。
そうなると、眠気が私を襲うのだけど、京平に謝るまでは寝れないよね。
私を心配して、急いで買い物に行ってくれたし。
すぐ帰る、って言ってたから、信じて待とうかな。
と、思った直後、息を切らしてやってきた。
「亜美、ただいま。まだ眠れないか?」
「おかえり、京平。待ってたよ」
「疲れてるんだし、寝てれば良かったのに」
「その前に京平に謝りたくて。素直に甘えられなくてごめん。心配かけちゃったね」
私は京平を抱きしめた。
私にとって一番大切で、私をいつだって守ってくれる人。
それなのに、意地張ってごめんね。
急いで帰って来てくれて、ありがとね。
京平も私を抱きしめ、話しかけてくれた。
「泣き止んでる、って事は、信次かな?」
「うん、信次と話して、少し冷静になれた」
そして、京平の目を見つめて呟く。
「私、友くんの気持ちに、応えられないって言う。私のこの気持ちが、揺らぐ事はないから」
「亜美……ありがとな」
「私が愛してるのは京平だもん」
「でも、日比野くんと亜美が気まずくなるよな……」
「友達でいたいって言うよ。友くんは大切な友達だから」
京平は私の頭を撫でながら、微笑む。
「どんな結果でも、俺は亜美を守るからな」
「ありがとね。でも、私は友くんをもう一度信じたいから」
「そっか。亜美がそうしたいなら、それで良いと思うよ」
なんだかんだで、やっぱり京平と話すと安心するな。決意が確信に変わる感じがして。
安心したら、眠くなってきちゃった。
「おやすみ、京平」
私は京平の腕の中で眠った。
「おやすみ、亜美」
「あ、兄貴お帰り。ご飯たべる?」
「亜美と寝てるよ。一緒に過ごしたい」
「そっか。19時くらいに起こしにいくね。おやすみ、亜美、兄貴」
「おう。おやすみ、信次」
亜美「どうしてなの、友くん」
京平「亜美を傷付けるなんて」
信次「それだけ、亜美への好きが抑えられなくなったんだね」
亜美「ちゃんと謝らなきゃ。応えられないって」




