とんでもない事になった。(信次目線)
いやはや、とんでもない事になった。ただでさえ家では亜美を育てているようなものなのに、リアル子供の面倒をみるだなんて。
五十嵐病院育児センターは、主に五十嵐病院で働いている職員達のお子様を預かる施設のようだ。
少し予定より早めにバイトは始まったけど、良かったかもしれない。ちょうど遅番勤務の職員の方々が、お子様を預けにやって来る時間帯だったから。
因みにこの育児センター、病院の休みの日を除いて24時間どの時間帯でも、お子様を預かっているらしい。
本当は病院が休みの日も運営したいらしいけど、小暮さん曰く、「職員の休みがなくなる!」らしく、そうなってるらしい。
とは言っても遅番の時間帯は、ある程度の時間になれば旦那さんか奥さんが迎えには来てくれるようだ。
が、勿論シングルの方もいらっしゃる為、夜中から朝まで見るパターンもあるらしい。
僕は早速、小暮さんの指導を受ける。
「時任くん、まずは3〜4歳児の子達の面倒をみて貰おうかな。折り紙とか、手遊びとか、歌とかも喜んでくれる子が多いよ」
「……つまり、危なくならないように見張りながら、一緒に遊ぶって事ですか?」
「お、優秀だね。その通り!」
今までの人生で、自分より年下の子達と遊ぶのは初めてだった。どちらかと言えば遊んで貰える立場だったし、普通の遊びで満足出来ないタイプだったので、亜美達には苦労させたなあ。
あ、今気付いてしまった。僕は普通の遊びを……知らない。
「皆「りす組」にいるから宜しくね。何かあったら、「ひよこ組」まで来てね」
「はい、解りました」
弱ったなあ、何とかなればいいけど。でも考えていても仕方ない。僕は、りす組の皆に会いにいく。
「みんなー、信次だよ。よろしくね!」
しかし、既に各々で遊びを見つけていたらしく、僕の自己紹介は総シカトされて終わった。つまり、スベった。恥ずかしい。
それなら、僕は監視に集中しよう。怪我させちゃいけないからね。と、思った瞬間。
「えーーん。たくみくん、マリちゃんかえしてぇ」
「やだよー、えり。おれのガメオのおんなにするぜ」
「マリちゃんには、サエキくんというかれしがいるの。ひどいことはやめて。えーん」
なんなんだ。なんて言葉を発してるんだ。この子供達は。マリちゃん人形が、ガメオプラモに女としてさらわれているじゃないか。サエキくん人形、マリちゃん人形を助けろよ!
じゃなかった。泣いてる子がいる訳だし、仲裁しなくては。
えと、話してる内容を聴くと、マリちゃん人形を取られたのがえりちゃんで、そのマリちゃん人形をさらったのがたくみくんか。
「たくみくん。女の子をさらっちゃいけないよ」
何言ってんだ僕。つい乗せられてしまった。でも、そんなやらかした僕に、たくみくんは一言。
「さらったんじゃねえよ、おみあいさせるんだ」
「だからマリちゃんにはサエキくんがいるからむりだよー」
こんなお見合いあってたまるか。と、激しく思いながらも、僕も応戦する。
「ガメオくんの気持ちはどうなの? マリちゃんの事がすきなの?」
「ガメオには、はなしあいてがひつようなんだ」
「たくみくん、だったらさらわずにともだちでいいじゃん」
お、ガメオプラモのお友達が欲しかったのか。確かにえりちゃんの言う通り、それならマリちゃん人形をさらってはいけない。仲良くしなきゃ。
「僕も友達なら、さらう必要はないと思うな」
「そーだよたくみくん! って、まって、このひとだれ?」
「あ、そういえば。おまえだれだよ」
あ、やっと僕の存在に突っ込んでくれた。僕は、再び名乗る。
「信次だよ、よろしくね」
「しんじかあ。おまえかわったやつだな」
「たくみくんほどじゃないよ。よろしくね」
兄貴のパクリじゃないけど、僕も子供相手に堅苦しいのはすきじゃなかったから下の名前だけ名乗った。
変人扱いされたのは心外だけど、一応自己紹介は成立したようだ。
「ねえたくみくん。僕じゃガメオくんのお友達にはなれないかな?」
「おまえ、ガメオにきょうみもってくれるのか」
「ずるーい、マリちゃんもしんじのともだちになるー」
「皆で仲良くしようね。皆で遊べば、もっと楽しいからね」
「「うん!!」」
良かった。多少の予想外はあったけど、なんとか円満に事は進んだようだ。
他の子たちも、この騒動をみていたのか、僕の存在に気づき始める。
でも良かった。なんか皆、僕の小さい頃に似ていて。
改めて、育ててくれたお父さんと兄貴には、感謝しまくるのであった。
◇
「時任くん大分慣れてきたね。皆君みたいでしょ?」
「皆普通じゃなかったのは、助かりました」
「ひよこ組から、監視カメラで見てたけど、自分の下の名前で呼ばせるとか、深川先生見てるみたいで笑ったよ」
「あ、様子は見てくれていたんですね」
「そりゃ、新人を完全に1人とか無理っしょ。人手が足らなくてすまんね」
完全に放置されたのかと思ってた。それならこの後はかなり安心出来る。
まあ、誰も見てないと思ったからこそ、兄貴の真似事をしたのはあったから少し恥ずかしいけど。
1番人手が足りないから僕はここでの勤務が決まったのだろう。院長先生の意地悪ではないはずだ。
そして、19時半から勤務する職員の方もいらしたので、僕はそのまま休憩に出された。兄貴達はどこにいるんだろう? そもそも休憩に出ているんだろうか?
と、埒が開かない為、ライム送っとこうかなと思った矢先、ガッと僕を誰かが背後から抱きしめてきた。
「信次ー、お疲れ!!」
「うわ。兄貴。びっくりするでしょ?!」
「驚かせたかったからな」
本当にこう言う意地悪好きだよな、兄貴。うわ、しかもめちゃくちゃ笑ってるよ、この人。
「もうオペは終わったの?」
「や、20時半からだからこれから。あ、亜美見っけ」
どうやらオペが休憩時間後だったから、休憩時間合わせられたみたい。
そして、兄貴は何故か亜美も休憩室に呼んでいたらしく、亜美の元に走っていく。しかも、僕にもやった後ろからのハグしてる。亜美、心臓持つかなあ。不安だ。
僕もゆっくりと、亜美の元へ向かった。
「きょ、京平?! びっ、びっくりするじゃん」
「ふへへ、驚かし成功!」
本当は、「ドキドキするじゃん!」って、言いたいよね。亜美。本当に哀れな姉である。
「亜美、仕事お疲れさん。もう直ぐ麻生もくるよ」
「ああ、今回紹介してくれるって言ってた京介のライバル?」
「そ、どうせなら皆揃って紹介したくてさ」
「皆って? あ、信次じゃん。バイトどうだった?」
「亜美もお疲れ様」
ああ、僕に「面白いヤツ」って言ってた人か。そうか、兄貴のライバルなのか。ライバルいるイメージ無かったから、ちょっと意外だ。
そうやって話していると、誰かが兄貴に近付いてきた。そして、兄貴を背後からハグしながら……。
「深川先生、お疲れ様です。この後は冴崎と麻生先生とでのオペ、頑張りましょうね」
「うわ。びっくりした。冴崎さんか。お疲れ様」
「あら、亜美も居たの? 早番の看護師はもう勤務は終わってるんじゃなくて?」
「きょ、京平に呼ばれたんだもん」
出た! こいつか。冴崎のばらさん。行動力が半端ない。これじゃあ亜美の心がぐちゃぐちゃするのも無理はない。
でも何だろう、性格はすげえ悪いヤツなのに、可愛いって思ってしまった。兄貴はなんで普通に流せるんだ?! 普通に可愛い女子が背後からハグしてんのに。
何故可愛いと思ったかと言えば、容姿が可愛いのもさる事ながら、何故か頬を赤く染めていたのは、のばらさんだったから。
「亜美、深川先生は内科主任部長ですのよ。敬語くらい普通に使いなさいよ」
「だ、だって……京平が」
「ああ、亜美は俺への敬語禁止にしたから。家族なのに敬語とか傷付くじゃん」
「た、確かに、か、家族ですものね」
兄貴、内科主任部長だったのか。兄貴普段、自分の役職とか語らないから知らなかった。だからこそ亜美も空気を読んで敬語使ってたんだな。それは兄貴に禁止された訳だけど。
今日はのばらさんが苦しむ日かな? なんだかしょんぼりしてる。俺達家族は仲良いんだぞ。ざまあみろ。
と、同時に、心がギュッと痛む。なんか、すごく悪いヤツになった気分だ。僕の目的は、のばらさんをとっちめる事なのだから、のばらさんざまあみろな展開は、寧ろ望ましい事なのに。
僕自身の感情が解らなくて、少しイライラしてきたところで、のばらさんの後ろから誰かがのばらさんの肩を叩いた。
「のばら殿、少々顔が優れぬようだが問題はないか?」
「あ、麻生先生。冴崎とっても元気ですわ。大丈夫ですわ」
「あ。遅いぞ麻生」
「少々1人のコーヒーブレイクをしていたものでな。すまぬな、京殿。ほれ、京殿の分のコーヒーじゃぞ」
「お、ラッキー。有難うな、麻生」
な、何なんだこいつは?! なんかつるっぱげ眼鏡だし、喋り方もなんか独特過ぎるし。何でか知らないけど、なんかムカつく。解らないけれど、なんなんだ。
◇
と、僕の謎のムカつきはそのままに、兄貴が喋り始めた。
「よし、皆揃ったようだから紹介するね。今日から五十嵐病院でバイトを始めた可愛い弟の信次!」
「時任信次です。いつも姉と兄がお世話になっています」
「あら弟さんでしたの? 冴崎は、のばらって言いますの。深川先生の弟さんでしたら、呼びタメで問題ないですわ」
「いや。流石に歳上には敬語使いますよ。宜しくお願いします、のばらさん」
「我輩は、麻生風太郎。外科主任部長を担当しておる。京殿から、信次殿の話は聴いていたぞ。と、亜美殿とも会うのは初めてであるな。宜しく頼もう」
「あ、時任亜美です。内科所属の外回り看護師です。麻生先生初めまして」
皆、各々に自己紹介を終えた後、これも何かの縁という事で、皆でライム交換をした。
これはのばらさんの提案だった。のばらさん、兄貴のライム知りたかったんだろうなあ。ちゃっかりしてるよね。
こんな、転んでもタダでは起きない性格の人が恋のライバルじゃ、そりゃ苦しいよね。亜美。
ただ1つ言えるのは、兄貴はのばらさんの事も、異性としては見てないようだ。その辺りは、のばらさんもドンマイである。
「あ、兄貴。ここってレンジある?」
「信次今からご飯だもんな。奥にあるぞ」
「冴崎が案内しますわ。こちらですわ」
何故かのばらさんが出てきて、僕をレンジまで案内してくれた。
レンジまで辿り着き、僕はお弁当をレンジで温めようとしたんだけど、その前にのばらさんが話しかけてきた。
「信次くん。深川先生にはいつもお世話になっていますわ」
「はい、こちらこそお世話になっています」
と、一言交わしてお弁当をレンジに入れたんだけど、のばらさんはまだ続ける。
「冴崎、深川先生の事を……実は愛していますの。協力をお願いしたいのだけど、深川先生は何がすきかしら?」
「兄貴の事、愛してるんですね」
知ってるよ、と言おうとする前に、何故か心がグサッとする。
何でグサッと来たかはこの際、後で考えるとして、僕は優しくないので本心と心境を告げる。
「協力はできません。姉も、兄貴の事を愛しているのは知っているので」
しかし、のばらさんは食い下がる。
「じゃあ、何が好きかだけでいいですわ。教えてくださらないかしら?」
「コーヒーとクッキーが好きですよ。それじゃあ」
これは亜美も知ってる事だし、これくらいの情報は教えといてやるか、って感じだ。
だが、のばらさんはかなりしょんぼりした様子で呟く。
「コーヒーとクッキー、ですの……そうなると、手作れるとすればクッキーですわよね。どうしましょう、のばら、料理は苦手ですの……」
お、亜美やったじゃん。亜美は料理普通に出来るもんね。亜美の一歩リードだ。
休日は亜美か、僕の焼いたクッキー食べながら過ごしてるもんね。兄貴。
と、亜美のリードを喜んでいたら、とんでもない提案が降りかかってきた。
「信次くん。やっぱり協力をお願いしたいわ。のばらにクッキーの作り方を教えていただけないかしら。信次くんが料理得意なことは、深川先生や亜美からも聴いてましてよ」
「え、流石に姉を裏切ることになるのでそれは出来ないです」
でも、のばらさんはまだまだ続ける。
「亜美と一緒に作るなら、裏切りにはならないのですわ。じゃあ、お願いね。後で信次くんと亜美とのグループライム作りますから、そこで日程決めましょ。はい、決まりですわ!」
のばらさんはそう言うと、駆け足で逃げるようにその場を後にした。
とんでもない事になった……。
信次「のばらさんの押しが強すぎるせいで、とんでもないことになっちゃった」
のばら「人を愛したら、手段なんて関係ないのですわ」
京平「ん、何の話してるんだ?」
のばら「な、内緒ですわ!」
作者「そして、今まで名前だけ出してきた麻生先生が初登場です」
麻生「宜しく頼もう」
信次「予想以上に変な人だった」
京平「な、麻生面白いだろ?」
麻生「ははは、京殿には敵わんよ」