反射的なダメージ
「今日はゆっくりにしようか?」
「大丈夫、患者様を待たせる訳にはいかないもん」
「解った、無理はすんなよ」
今日の午後からは、京平の担当になった。
京平の担当とか、かなり久しぶりだなあ。
鈴木先生、今日は半日だけ有給みたい。
担当してる間も凄く顔がこわばってて、私も指摘したんだけど、終始そんな感じで。
何があるんだろうなあ?
「70番の患者様、23番の診察室へどうぞ」
「宜しくお願いします」
患者様はインスリンポンプを使っていらっしゃる方で、定期検診にいらしたみたい。
「山崎さん、今月も宜しくお願いします。検査の結果ですが、ヘモグロビンA1cは7.0。大分安定して来ましたね。これからも頑張って下さいね」
「有難うございます、深川先生。それと、相談があって」
「どうされましたか?」
「インスリン注入が上手くいかない事が増えて来たんだよ。刺してもエラーが度々出て」
「その際は、注射等で対応されましたか?」
「そうだな。出先で、差し替え出来ない事が多いんだ」
インスリン注入のエラーかあ。あれ凄い嫌だよね。私もエラーでたら、すぐ変えるようにしてるもんなあ。
でも、出先だとそうもいかないもんね。
そんなエラー用に、私もインスリン注射は持ち歩くようにしてる。
「刺す位置は変えていらっしゃいますか?」
「変えてるんだけど……」
「そうなると上手く刺さってないかもしれませんね。横刺しのサーターがあるのですが、試してみますか?
「試してみたいね」
「時任さん、在庫確認してきて」
「はい」
横刺しのサーターがあるなんて、知らなかったなあ。
因みにサーターとは、インスリンを注入する注射器が半分になったような医療器具があるんだけど、それを身体につなげる為に必要なもの。
他にも、血糖値を測る為のセンサーを身体に繋ぐ為のサーターもある。
えっと、在庫は無いみたいだなあ。
看護師長にも念の為、携帯で確認してみよう。
「もしもし、時任ですが」
『時任さんね、どうしたの?』
「深川先生から、インスリン注入をするサーターで横刺しの物があると伺ったのですが、在庫はありますか?」
『ああ、昨日ちょうど切らしちゃったのよね。来月お渡しする旨を深川に伝えてもらえる?』
「かしこまりました」
あちゃあ、在庫切れかあ。
私自身もどういうものか見たかったんだけどな。
「深川先生、在庫確認してきましたが在庫切れで、お渡し出来るのは来月になるみたいです」
「解った。申し訳ありません、在庫切れのようです。今月は念の為、インスリン注射を多めにお出し出来ますが、いかがいたしますか?」
「お願いするよ。結構使っちゃったんだよね」
「次回診療日には、サーターをお渡しします」
「暫くは注射で対応するわ」
「来月の診療日は、1/16です。お大事にして下さいね」
「ありがとうございました」
あの患者様は、暫く注射で対応するみたいだね。
インスリン注入が上手く出来ないなんて厄介だよね。可哀想だ。
「こう言った事象があるからこその横刺し、シルエットってタイプなんだけど、在庫切れとは申し訳なかったな」
「私も勉強の意味も兼ねて、横刺し試してみようかな?」
「了解。カルテに書いとくから、発注するよう看護師長に伝えといて」
「解った!」
私はすぐに看護師長に連絡して、私の分のシルエットタイプの発注を頼んだ。
私達の来月の定期検診で受け取れるかな?
今のでも不便は無いけど、いざって時に知っといて損はないもんね。
「亜美、本当に大丈夫か? かなり眠そうだけど」
「大丈夫、頑張るから!」
「後少し、頑張ろうな」
◇
「診察終了。亜美、お疲れ」
「疲れたー」
「疲れてたにしては、前より良くなってるじゃん。頑張ったな」
京平がなでなでしてくれた。
私の日々の努力が身になってるようで、本当に良かった。
これからも頑張るぞ!
「ちょうど定時だし、あがろっか」
「今日は鈴木先生帰っちゃったし、引き継ぐ人居ないもんね」
私達は更衣室に向かって、帰る支度を始めた。
ああ、なんか眠いなあ。着替えも遅々としてしまう。
昔からそう、京平からそういう意味じゃないにしても、邪魔って取れちゃう言葉を言われると、ダメージが大きいんだよね。
そんな意図、ある訳ないって解ってるのに。
小さい頃なんて、「向こう行ってて」だけでもダメだった。
泣いたし、その日の学校を休んだくらい。
相変わらず弱いな、私。ダメだなあ。
よし、眠いながらも何とか着替えたぞ。
京平待たせちゃってるな。急がなきゃ。
「京平、お待たせ」
「お疲れ、亜美」
やっぱり待たせてしまってる。
でも、京平は、優しく微笑み返してくれた。
ほらね、大丈夫だよ。私。
京平はちょっと機嫌が悪かっただけで、私の事邪魔なんて言ってないよ。
解っているのに身体はそう受け止めてくれてなかったみたい。私はその場で気を失ってしまった。
「亜美!!」
大丈夫だよ、亜美。落ち込まなくていいんだからね。だから起きて。起き……。
◇
私が目覚めたのは、およそ30分後の事だった。
「あれ、私……」
「亜美、良かった。心配したんだぞ」
私の足元には枕が3つ積み重なっていて、下半身が高くなっていた。
そうだ、私、気を失って。京平が私を家にすぐ運んで、応急処置をしてくれたみたい。
「そうだ、そんな意図無いって解ってるはずなのに、京平に「亜美は邪魔」って言われた気持ちになっちゃって……」
「ごめんな、俺のせいで亜美に負担かけちまって。そんな事、思った事ないからな」
「京平、泣いてる?」
「な、泣いてねえよ」
泣いてない、という京平だけど、両目から涙が溢れかえっていた。
ごめんね、そんな意味じゃなかったよね。大丈夫だって解ってたのに。心配かけちゃったね。
「あれだろ、亜美のアラームがうるさいって言葉だろ。落ち込ませたの」
「うん、反射的に身体と心が、「アラームうるさい亜美は邪魔」って、捉えちゃった」
「無理してんの解ってたのに、止めきれなくてごめんな」
「頑張るって決めたのは私だから、気にしないで」
京平は私の足元の枕を外して、布団を掛けてくれた。
「少し寝てな。19時くらいにまた起こすから」
「私、邪魔じゃないよね?」
「居なくなったら俺生きていけないよ、バカ」
「私が居なくなっても京平には生きて欲しいけど、それが聴けてやっと安心出来たみたい。じゃあちょっと寝るね。おやすみ、京平」
「おやすみ、亜美」
甘えたかったのに、そういう事言えなかったんだけど、京平はずっと側にいてくれた。
だって、ずっとポンポンしてくれたから。
ありがとね、京平も疲れてるだろうに。
疲れたのは勿論だけど、安心出来たからより眠れそう。おやすみ、京平。
「亜美を傷付けやがって。許せねえよ、俺」
意識が遠のく中、力強く何かを叩く音が聞こえた。
信次「僕達は、あの女に捨てられたトラウマがあるから、邪魔とかそういう言葉に弱いのかもね。僕は平気だけど」
京平「最悪だわ。俺」
のばら「のばらパンチですわ。てや! てや!」
蓮「亜美達、なかなかグルームライム参加しないと思ったら、そんな事に……」




