表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
京平の決意
70/240

頑張りたいんだね。

「お待たせ、京平」

「お疲れ、亜美」


 私は京平が待つ緊急外来前に来たんだけど、私が来るなり京平がもたれかかってきた。何があったんだろう?


「京平、どうしたの?」

「ごめん、亜美。しばらく、こーさせて」


 絶対何かあったよね。これ。

 呼吸も荒いし、なんなら、泣いてるよね?

 あんなに頑張ってる京平に、あのおじいさんみたいに、酷い事を言った人が居たのだろうか?

 私はもたれかかって来た京平を抱きしめた。


「大丈夫、京平は頑張ってるもん」

「全然ダメだよ俺。要領悪いし、人を怒らせるし」

「初めての仕事でしょ? 出来なくて当たり前だよ。そんな京平に怒った人がいるの? 許せないよ!」


 初めての仕事、その上医師である京平が入院食の改善を頑張ってるのに、怒るだなんて。


「京平が頑張ってくれたお陰で、今日のご飯は美味しかったよ、って患者様皆が言ってたもん。完食率も普段より高かったもん」

「そっか、患者様、喜んでくれたんだ。それなら俺が居た意味はあったのかな」

「ありまくりだよ! 京平は頑張った!」


 寧ろ、1日で不味いから美味しいに感想を変えちゃうなんて、頑張り過ぎてるくらいだよ。

 普通はこういうのって、徐々にだもんね。

 それだけ料理もしたんだろうし、指導もしたんだろうし、身体も頭も全部使ったんだよね。


「京平に怒ったバカは、私がとっちめるから安心して!」

「や、俺としては仲良くしたいんだけど」

「京平の良さが解らんバカに、合わせる必要ないよ! いつも言ってるでしょ? 自分を大切にしてよ」


 どうしてこんなに頑張ってる京平が、苦しまなきゃいけないの?

 京平はいつも、人の為には怒るけど、自分が言われた事は、間に受けて傷付いてしまうから。

 たまには自分の為に、怒ったっていいんだよ。


「ありがとな、亜美。ちょっと元気出て来たよ」

「京平は、何も悪くないからね!」


 やっと京平が顔を上げて、笑ってくれた。

 私はいつでも京平の味方だからね。

 

「寒い中ごめんな。帰ろっか」

「大丈夫だよ。帰ろ帰ろ」


 私は京平の手を握ったけど、凄く冷え切ってた。

 私に謝る前に、京平のが寒い思いしてんじゃん。おバカ。


「帰ったら、コーヒー淹れてあげるね」

「それは身体も温まりそうだな、ありがと。コーヒー飲んだら走ろっかな」

「え。走るの?」

「おう、亜美も走るんだぞー」


 そう言えば、私、京平と走る約束だったもんね。

 約束してからなんやかんやあって、走れてなかったけど、まさか今日走るなんて。

 無理してないよね?


「落ち込んでたんじゃないの? 大丈夫?」

「亜美のお陰で、元気出たから大丈夫」


 確かにちょっと悲しそうな顔ではあるんだけど、京平は笑っている。

 頑張りたいんだね、京平。それなら、付き合うよ。

 

「でも、ジョギング程度だからね」

「じゃあ、ジョギング程度で10kmばかり」

「え」

「着いてこいよ? 亜美」


 軽々しく言える距離じゃないでしょ。もー。

 でも、実際京平にとっては、走れちゃう距離なんだろうなあ。

 どうしよう、鈍足の私は着いていくので精一杯だろうし、そんなに走れないよ。


「あはは、亜美は走れるだけでいいよ。亜美にはキツい距離だし」

「そう言われると、何か悔しくなるな?」

「おいおい、無理すんなよ」


 物は言いようというけど、気を遣われると悔しくなるのが私の性分。

 負けず嫌いな私が発動しちゃうんだなあ。

 とは言え、トレーニングや筋トレを全くしてない私が走り切れる距離ではないから、限界を超えた先まで走ろっと。


「「ただいまー」」

「あれ、信次居ないね?」

「ああ、さっきライムで連絡来て、今日は海里くんの家で勉強するらしいぞ」


 確かに今日は信次バイト休みだもんね。

 受験に向けて、ますます頑張っている。

 私も力になりたいな。


「そういえば亜美、まだ料理禁止令解けてないよな?」

「信次には、内緒、ね?」

「ふふ。了解」


 私は手を洗って、コーヒー豆を煎り始める。

 うーん。良い香り。癒されるなあ。

 私も信次みたいに美味しくコーヒー淹れたいな。

 京平は何してるかな? あ、もうジャージに着替えてる。

 私もコーヒー淹れたら着替えなきゃ。


 よし、コーヒー豆は煎り終わったから、後はフィルターに入れて淹れるだけ。

 お湯もちょうど沸いたみたい。

 お湯を入れたら、コポコポ鳴る音も好きなんだよね。

 よおし、出来た。ますます良い香り。


「京平、お待たせ」

「ありがと、亜美」


 このコーヒーが、少しでも京平の癒しになりますように。


「あちっ。でも美味しいや」

「身体温めるんだよー」


 あ、京平がまた笑った。私も嬉しくなるよ。

 

「さてと、私も着替えなきゃ」

「亜美、ジャージ持ってたっけ?」

「無いから、身軽な格好にしようかなって」

「今日は寒いから、パーカーとかにしとけよ」


 そういう京平はジャージだけなのにな。

 でも、確かにまた風邪引きたくないし、暖かくはしないとね。


「よし、こんなもんかな」

「亜美、寒いからこっちおいで」

「ん? コーヒー微温(ぬる)かった?」

「いいから、来いよ」


 京平はコーヒーを右手に持って、私を左手で抱きしめた。

 もー。突然引き寄せるからびっくり。

 しかも、めちゃくちゃ悪戯っ子な顔してくる。

 でも、段々悲しい顔がなくなって安心した。


「ふー、やっと暖まった」

「なんなら、私も暖かいよ」

「亜美抱きしめると、安心するや。俺」


 あ、悲しい顔が無くなった。

 なんなら、私も抱きしめて貰えて嬉しいな。


「コーヒーごちそうさま」

「じゃあ、走りにいかなきゃ。京平に着いていけるといいな」

「その前に、もうちょっと亜美を抱きしめとこ」


 京平は両腕で私を抱きしめてくれた。

 私も京平を抱きしめた。

 大丈夫だよ、私がずっと守るからね。

 ずっと傍にいるからね。


「よし、行こっか」

「うん、頑張るぞ!」

 

 ◇


「よし、俺は軽く10km走るから着いてこいよ」

「了解。あ、京平。準備体操しなきゃだよ」

「そうだな。アキレス腱伸ばしとけよ」

「いっちに、さんしっ!」

「ごーろく、しちはち!」


 私達は準備体操を軽くして、走り始めたんだけど。


「亜美、無理に着いて来なくていいぞ」

「うそ、京平、速い……!」


 京平はジョギング程度でも、やっぱり速かった。

 いや、私が遅すぎるだけかもだけど。

 でも、何とか着いていきたい。私は全速力で走った。


「よし、はあはあ、おいついたあ」

「息切れしてんじゃん。無理すんなって言ったのに」


 でも、このままのペースなら、京平に着いていけるみたいだね。

 だけど、当たり前なんだけど、段々苦しくなってきた。

 ダメ、限界を超えた先まで走るんだから。

 京平が側にいれば、大丈夫。元気貰える!


「亜美、顔が青いぞ。座って休んでな」

「何のこれしき。はあはあはあ」

「全力疾走で長い距離は走れねーよ。素直に休め」


 と、言われた次の瞬間、あれ、急に眩暈がし出したぞ?

 ごるあ、私はまだ走りたいんだから。

 京平が側にいないと寂しいし。

 あ、ダメ、倒れる。って、所で、京平が私を受け止めてくれた。


「ほら、言わんこっちゃない。酸素ボンベ吸ってな」


 京平、酸素ボンベ持って来てたんだ。


「はあはあはあ、ありがと」

「落ち着くまで傍にいるよ」


 そう言えば信次も、限界を超えて走って倒れたばかりじゃん。

 人間である以上は、限界を超えちゃダメじゃん。

 迂闊(うかつ)だったなあ。


「顔色も良くなってきたな。俺はもうちょい走るから、亜美は先帰ってていいぞ」

「嫌だ、見てる」

「そっか。寒かったら帰るんだぞー」


 京平は心配そうに私を見つめながらも、再度走り始めた。

 充分体力あるのに、更に上へ行こうとするよね。京平って。

 私に無理すんなって言うけど、明らかに京平のが無理してるんじゃないかな。


 あ、段々京平が見えなくなっていく。

 何処まで走るつもりなんだろう。

 でも、私待ってるから。京平が走り切れるよう応援してるからね。

 はあはあ、酸素ボンベ吸ってるけど、まだ若干苦しいや。

 毎日走って、走れる体力付けなきゃなあ。

 そしたら、京平と長く居れるもんね。


「あ、京平からライムきた」


 京平から送られて来たのは、夕暮れの写真だった。

 「亜美みたい」だって。どういうこっちゃ。

 そうだね、夕暮れってこんなにも綺麗なんだね。

 今はすっかり真っ暗だけど、私の心も照らしてくれてる。

 明日はもっと走れたらいいな。

 そう思いながら、私は星の写真を撮って、京平に送った。

 「京平みたいに綺麗だよ」って、添えて。

亜美「ああ、走れない私の身体が憎い」

信次「毎日走って、少しずつ体力付けなきゃね。亜美は運動してなかったんだから、走れなくて当たり前だよ」

のばら「でも、深川先生、落ち込んでたのに立ち直りましたわね。亜美ってやっぱり凄いのですわ」

亜美「京平が頑張ってるからだよ。あんなに落ち込んでたのに、走るだなんて」

信次「兄貴、頑張るなあ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ