頑張りたいんだね。
「お待たせ、京平」
「お疲れ、亜美」
私は京平が待つ緊急外来前に来たんだけど、私が来るなり京平がもたれかかってきた。何があったんだろう?
「京平、どうしたの?」
「ごめん、亜美。しばらく、こーさせて」
絶対何かあったよね。これ。
呼吸も荒いし、なんなら、泣いてるよね?
あんなに頑張ってる京平に、あのおじいさんみたいに、酷い事を言った人が居たのだろうか?
私はもたれかかって来た京平を抱きしめた。
「大丈夫、京平は頑張ってるもん」
「全然ダメだよ俺。要領悪いし、人を怒らせるし」
「初めての仕事でしょ? 出来なくて当たり前だよ。そんな京平に怒った人がいるの? 許せないよ!」
初めての仕事、その上医師である京平が入院食の改善を頑張ってるのに、怒るだなんて。
「京平が頑張ってくれたお陰で、今日のご飯は美味しかったよ、って患者様皆が言ってたもん。完食率も普段より高かったもん」
「そっか、患者様、喜んでくれたんだ。それなら俺が居た意味はあったのかな」
「ありまくりだよ! 京平は頑張った!」
寧ろ、1日で不味いから美味しいに感想を変えちゃうなんて、頑張り過ぎてるくらいだよ。
普通はこういうのって、徐々にだもんね。
それだけ料理もしたんだろうし、指導もしたんだろうし、身体も頭も全部使ったんだよね。
「京平に怒ったバカは、私がとっちめるから安心して!」
「や、俺としては仲良くしたいんだけど」
「京平の良さが解らんバカに、合わせる必要ないよ! いつも言ってるでしょ? 自分を大切にしてよ」
どうしてこんなに頑張ってる京平が、苦しまなきゃいけないの?
京平はいつも、人の為には怒るけど、自分が言われた事は、間に受けて傷付いてしまうから。
たまには自分の為に、怒ったっていいんだよ。
「ありがとな、亜美。ちょっと元気出て来たよ」
「京平は、何も悪くないからね!」
やっと京平が顔を上げて、笑ってくれた。
私はいつでも京平の味方だからね。
「寒い中ごめんな。帰ろっか」
「大丈夫だよ。帰ろ帰ろ」
私は京平の手を握ったけど、凄く冷え切ってた。
私に謝る前に、京平のが寒い思いしてんじゃん。おバカ。
「帰ったら、コーヒー淹れてあげるね」
「それは身体も温まりそうだな、ありがと。コーヒー飲んだら走ろっかな」
「え。走るの?」
「おう、亜美も走るんだぞー」
そう言えば、私、京平と走る約束だったもんね。
約束してからなんやかんやあって、走れてなかったけど、まさか今日走るなんて。
無理してないよね?
「落ち込んでたんじゃないの? 大丈夫?」
「亜美のお陰で、元気出たから大丈夫」
確かにちょっと悲しそうな顔ではあるんだけど、京平は笑っている。
頑張りたいんだね、京平。それなら、付き合うよ。
「でも、ジョギング程度だからね」
「じゃあ、ジョギング程度で10kmばかり」
「え」
「着いてこいよ? 亜美」
軽々しく言える距離じゃないでしょ。もー。
でも、実際京平にとっては、走れちゃう距離なんだろうなあ。
どうしよう、鈍足の私は着いていくので精一杯だろうし、そんなに走れないよ。
「あはは、亜美は走れるだけでいいよ。亜美にはキツい距離だし」
「そう言われると、何か悔しくなるな?」
「おいおい、無理すんなよ」
物は言いようというけど、気を遣われると悔しくなるのが私の性分。
負けず嫌いな私が発動しちゃうんだなあ。
とは言え、トレーニングや筋トレを全くしてない私が走り切れる距離ではないから、限界を超えた先まで走ろっと。
「「ただいまー」」
「あれ、信次居ないね?」
「ああ、さっきライムで連絡来て、今日は海里くんの家で勉強するらしいぞ」
確かに今日は信次バイト休みだもんね。
受験に向けて、ますます頑張っている。
私も力になりたいな。
「そういえば亜美、まだ料理禁止令解けてないよな?」
「信次には、内緒、ね?」
「ふふ。了解」
私は手を洗って、コーヒー豆を煎り始める。
うーん。良い香り。癒されるなあ。
私も信次みたいに美味しくコーヒー淹れたいな。
京平は何してるかな? あ、もうジャージに着替えてる。
私もコーヒー淹れたら着替えなきゃ。
よし、コーヒー豆は煎り終わったから、後はフィルターに入れて淹れるだけ。
お湯もちょうど沸いたみたい。
お湯を入れたら、コポコポ鳴る音も好きなんだよね。
よおし、出来た。ますます良い香り。
「京平、お待たせ」
「ありがと、亜美」
このコーヒーが、少しでも京平の癒しになりますように。
「あちっ。でも美味しいや」
「身体温めるんだよー」
あ、京平がまた笑った。私も嬉しくなるよ。
「さてと、私も着替えなきゃ」
「亜美、ジャージ持ってたっけ?」
「無いから、身軽な格好にしようかなって」
「今日は寒いから、パーカーとかにしとけよ」
そういう京平はジャージだけなのにな。
でも、確かにまた風邪引きたくないし、暖かくはしないとね。
「よし、こんなもんかな」
「亜美、寒いからこっちおいで」
「ん? コーヒー微温かった?」
「いいから、来いよ」
京平はコーヒーを右手に持って、私を左手で抱きしめた。
もー。突然引き寄せるからびっくり。
しかも、めちゃくちゃ悪戯っ子な顔してくる。
でも、段々悲しい顔がなくなって安心した。
「ふー、やっと暖まった」
「なんなら、私も暖かいよ」
「亜美抱きしめると、安心するや。俺」
あ、悲しい顔が無くなった。
なんなら、私も抱きしめて貰えて嬉しいな。
「コーヒーごちそうさま」
「じゃあ、走りにいかなきゃ。京平に着いていけるといいな」
「その前に、もうちょっと亜美を抱きしめとこ」
京平は両腕で私を抱きしめてくれた。
私も京平を抱きしめた。
大丈夫だよ、私がずっと守るからね。
ずっと傍にいるからね。
「よし、行こっか」
「うん、頑張るぞ!」
◇
「よし、俺は軽く10km走るから着いてこいよ」
「了解。あ、京平。準備体操しなきゃだよ」
「そうだな。アキレス腱伸ばしとけよ」
「いっちに、さんしっ!」
「ごーろく、しちはち!」
私達は準備体操を軽くして、走り始めたんだけど。
「亜美、無理に着いて来なくていいぞ」
「うそ、京平、速い……!」
京平はジョギング程度でも、やっぱり速かった。
いや、私が遅すぎるだけかもだけど。
でも、何とか着いていきたい。私は全速力で走った。
「よし、はあはあ、おいついたあ」
「息切れしてんじゃん。無理すんなって言ったのに」
でも、このままのペースなら、京平に着いていけるみたいだね。
だけど、当たり前なんだけど、段々苦しくなってきた。
ダメ、限界を超えた先まで走るんだから。
京平が側にいれば、大丈夫。元気貰える!
「亜美、顔が青いぞ。座って休んでな」
「何のこれしき。はあはあはあ」
「全力疾走で長い距離は走れねーよ。素直に休め」
と、言われた次の瞬間、あれ、急に眩暈がし出したぞ?
ごるあ、私はまだ走りたいんだから。
京平が側にいないと寂しいし。
あ、ダメ、倒れる。って、所で、京平が私を受け止めてくれた。
「ほら、言わんこっちゃない。酸素ボンベ吸ってな」
京平、酸素ボンベ持って来てたんだ。
「はあはあはあ、ありがと」
「落ち着くまで傍にいるよ」
そう言えば信次も、限界を超えて走って倒れたばかりじゃん。
人間である以上は、限界を超えちゃダメじゃん。
迂闊だったなあ。
「顔色も良くなってきたな。俺はもうちょい走るから、亜美は先帰ってていいぞ」
「嫌だ、見てる」
「そっか。寒かったら帰るんだぞー」
京平は心配そうに私を見つめながらも、再度走り始めた。
充分体力あるのに、更に上へ行こうとするよね。京平って。
私に無理すんなって言うけど、明らかに京平のが無理してるんじゃないかな。
あ、段々京平が見えなくなっていく。
何処まで走るつもりなんだろう。
でも、私待ってるから。京平が走り切れるよう応援してるからね。
はあはあ、酸素ボンベ吸ってるけど、まだ若干苦しいや。
毎日走って、走れる体力付けなきゃなあ。
そしたら、京平と長く居れるもんね。
「あ、京平からライムきた」
京平から送られて来たのは、夕暮れの写真だった。
「亜美みたい」だって。どういうこっちゃ。
そうだね、夕暮れってこんなにも綺麗なんだね。
今はすっかり真っ暗だけど、私の心も照らしてくれてる。
明日はもっと走れたらいいな。
そう思いながら、私は星の写真を撮って、京平に送った。
「京平みたいに綺麗だよ」って、添えて。
亜美「ああ、走れない私の身体が憎い」
信次「毎日走って、少しずつ体力付けなきゃね。亜美は運動してなかったんだから、走れなくて当たり前だよ」
のばら「でも、深川先生、落ち込んでたのに立ち直りましたわね。亜美ってやっぱり凄いのですわ」
亜美「京平が頑張ってるからだよ。あんなに落ち込んでたのに、走るだなんて」
信次「兄貴、頑張るなあ」




